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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

はじまり

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 まだダンジョンが稼動し始めるよりもずっと早い時間、そんな早朝とも言える時間に一人、最奥の間でうんうんと唸っている男がいた。
 その男、カイ・リンデンバウムはある事で悩んでいるようだ。
 それは彼の目の前に飾られている、光り輝く大剣が無関係ではないだろう。

「やっっっばいなぁ・・・何で、こんな事になっちゃったんだろう?」

 カイは目の前に飾られている光り輝く大剣、聖剣アストライアを見上げながらしみじみと溜め息を吐いている。
 その溜め息には、こんなつもりではなかったのにと後悔している彼の情感がたっぷりと込められおり、とてもどんよりと重い。
 そんなジメジメとした行いを、彼はもうかれこれ数十回ほど繰り返していた。

「はぁ・・・とにかく、これだけでも何とかしないと。あぁ、でも・・・勇者をアンデッド化しちゃったからなぁ・・・ちゃんと次代の勇者、生まれてくるのかなぁ?」

 勇者を殺してしまった事実は今更どうする事も出来ないとして、この聖剣アストライアまでもここにおいておく訳にはいかない。
 そう考えるカイは、それへと手を伸ばしていた。

「おぉ!!やっぱ格好良いな、これ!!うわぁー、テンション上がるー!!」

 しかしそんな悩みも吹っ飛んでしまうほど、その手に取った聖剣は格好良く、美しいものであった。
 聖剣を両手に握り締め、掲げては興奮しているカイはもはや、先ほどまでの悩みなど忘れたように歓声を上げている。
 しかし彼は忘れてはいないだろうか。
 それは魔を断つ剣であり、自らもまた魔に属する側の者だということを。

「いてててっ!?ちょ、マジか!!?こ、これは、もうあかん!!!」

 自らに相応しくないだけでなく、敵対している存在に握られた聖剣はその輝きを強くしては、その全身から電流のような刺激を発し始めている。
 その痛みにやられ、悲鳴を上げ始めたカイはしかし、その剣を手放したくないのかそれを握り締めたまま、ふらふらとこの部屋の中央にまで歩いてきてしまう。
 無駄に粘って見せたカイはしかし、増してゆく痛みに終いにはそれを手放してしまっていた。

「うおっ!?あっぶな~!後ちょっとで、ダンジョンコアに当たる所だったよ・・・ふぅ、セーフセーフ」

 カイの手から放り出され、放物線を描いて落ちていく聖剣は、ダンジョンコアの横を掠めて床へと突き刺さる。
 その後一歩でこれまでの全てを台無しにしてしまいそうだった軌道に、カイは安堵の吐息を漏らすと両手を膝へと置いていた。
 その指先からはポタリポタリと、血が垂れ続けている。

「あれ?これ、切っちゃったのかな?うおっ!?結構、深いなこれ!治療室、治療室っと」

 鋭すぎる聖剣の刃は、切られた痛みすら与えずに、実際にそれを目にするまで本人にもその傷の存在を教えない。
 ぱっくりと開いた傷口に、ようやく痛みを感じ始めたカイは、その思ったよりも深い傷口に慌てて治療室へと足を急がせていた。
 しかしポタリポタリと血を垂れ流していたのは、何も彼の指先だけではなかった。

「・・・何だ?何か眩し・・・うおっ!!?」

 ポタリと落ちた血液は、聖剣の刃を伝ってダンジョンコアへと落ちる。
 それが一瞬の内に蒸発し、消え去ったのはそれが熱を帯びていたからではないだろう。
 それは、契約だ。
 あなたとボクの。
 もしくは、世界と君との。

「カイ様、いかがなさりましたか!!」
「やれやれ・・・こんな早朝から呼び出しとは、この老骨に鞭を打ってくれ、ますな・・・!?」

 カイの悲鳴に、まだ早朝といってもいい時間にもかかわらず、部下の二人が駆けつけてくる。
 物凄い勢いで飛び込んできたヴェロニカは、眩い光に尻餅をついてしまっているカイへと駆け寄っていく。
 彼女の後ろからゆっくりとこの部屋へと足を踏み入れたダミアンは、まだ眠たそうな目蓋を擦りながら文句を零していた。
 しかしそれも、その眩さを目にするまでだ。
 彼はその輝きに、信じられないものを見るように目を見開いていた。

「ふぁ~・・・もう朝ぁ?ぅう~・・・おはよう、ございますゃ・・・」

 眩い光の中から現れたのは、自らの背丈ほどもある髪を纏わりつかせた、幼く美しい少女であった。
 彼女はその髪の毛だけで隠されたシルエットを一度伸ばすと、眠たそうに目蓋を擦り、目覚めの挨拶と共に再び眠りへと落ちていってしまっていた。

「えっ?な、何これ?一体、何なのこれ?」
「これは・・・?も、もしやカイ様がこの子を連れ込んで・・・!?そんな!?こんな年頃の女の子が好きなんですか!!?私では駄目なんですかー!!?」

 目の前に突如現れた、見知らぬ少女の存在にカイは訳がわからないと混乱してしまっている。
 彼へと駆け寄ったヴェロニカも始めは同じような様子であったが、自らの敬愛する主人と全裸の少女という構図に、あらぬ疑いを抱くともはや我を忘れて、彼の身体を揺り動かし始めていた。

「・・・くふふふっ、ふははははっ、はーっはっはっはっはっは!!!そうか、そういう事か!!あの時の違和感は、貴様の存在じゃったのじゃな!!!それに気付かぬとは、やれやれこのダミアン・ヘンゲも衰えたものよ!」

 その場に居合わせながら、一人黙りこくっていたダミアンは急に、笑い声を漏らし始めると次第にそれを張り上げて喚き散らし始めていた。
 彼のその狂ったような笑い声に、我を忘れていたヴェロニカはその手を止めて、思わずそちらへと顔を向けてしまっている。
 そんな周りの様子にも気付かないといった雰囲気で、ダミアンはしばらく笑い続けていた。

「ダ、ダミアン?どうしたんだ、一体?もしかして、この・・・少女の事について何か知っているのか?」
「これはこれは・・・このダミアンした事が、失礼を致しました。少々、想定外の出来事だったのもので・・・」

 見た事のないダミアンの振る舞いに、カイは怯えながらも恐る恐ると声を掛けていた。
 彼のその振る舞いと、口走っている内容はどうやら、この正体不明の少女について何か知っていると示している。
 自らの主の声に、ようやく正気を取り戻したダミアンは反省を口にすると、深々と頭を下げていた。
 しかしその目に浮かんだ狂気の色は、決して晴れることはない。

「さて、この少女についてお聞きになりたいのでしたな」
「あぁ、知っている事を話してくれ」

 そしてそれは、彼の唇の形や声からも確かに伝わってくる。
 長い長い年月を生きた筈の彼を、これほどまでに狂わせる存在とは何なのか、カイには想像もつかない。
 そして彼の口からそれを説明されても、それを理解することは出来なかった。

「お喜びください、我が主。貴方様は魔王に、大魔王になられる権利をお手になられたのです」
「・・・へ?」

 ダミアンを口にした事実を、カイが理解することはない。
 彼の背後では、幸せそうな笑顔を浮かべながら、深い眠りについている少女の寝息だけが、いつまでも響き続けていた。
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