上 下
263 / 308
カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

収拾不能の大混戦 5

しおりを挟む
『で、結局奴さん・・・リンデンバウム様は何がしたいんだ?そもそもこいつらがその計画を台無しにしようとしてるから、俺達がこうして頑張ってんだろ?』
『それは、俺にもさっぱり分からない。分からないが・・・従う他ないだろう?』

 レクスとニックの二人がここでエヴァン達一行を守っていたのは、そうする事がヴェロニカの、ひいてはカイの計画に沿った行動だと考えたからだ。
 しかしその行動を、その計画の主導者である筈のカイの手によって止められるとなれば、流石に混乱してしまうのも無理はない。
 ニックは意味が分からないと肩を竦めるが、それはレクスも同じだ。
 しかしその命令に逆らう事が出来ない事だけは、確かであった。

『そりゃ、な・・・あぁ、もう。うざってぇなぁ!一々、突っかかってくんじゃねぇよ手前ぇら!!』

 カイ直々の命令によって、もはやそこで戦う意義すら失ったニック達にも、手柄を狙って戦意を昂ぶらせているゴブリンとオーク達は相も変わらず襲い掛かってくる。
 彼らも目の前の二人の動きがどこかおかしいという事には気づいているだろうが、勇者の首という特大の手柄に目が眩んでいる彼らに、それに構っている暇などないだろう。
 戦う意義を失ったものの、カイの合図があるまではこの場を維持しなければならないニックは、目を血走らせては突っかかってくる魔物達に、投げやりな態度でその得物を振るっていた。

「さてさて、うまく話をつけられたな。多少は疑われたかもしれないが・・・ま、問題ない程度だろ。それに、これであの二人を勇者と戦わせずに済みそうだしな。出来ればダンジョンで生成した魔物と戦わせたかったが・・・ま、死ななければどうにかなるし、大丈夫だろ」

 カイがやろうとしている事は、今ダンジョンで進行している計画に反する行動だ。
 そんな行動へと協力を募るなど、彼には荷が重い役目だと思われたが、どうやらそれは問題なくこなせたようだった。
 彼はうまくいった説得に満足感を滲ませながら、ニックとレクスの二人をこちら側に引き込めたことに喜びを示している。
 それは彼らを勇者と戦わせるという、危険な役目から遠ざける事に成功したという喜びであった。
 ダンジョン運営開始当初に知り合い、その後も順調に出世していっている二人のゴブリンは、彼からしてもお気に入りの存在である。
 そんな二人に死の危険を背負わせてまでやるほどの価値は、今彼がしようとしている事にはないだろう。
 ダンジョンで生成した魔物と違い、死んだら替えが利かない魔物達が彼らの代わりに死んでしまうかもしれないが、それを躊躇うほどの思い入れをカイは彼らには抱いてはいなかった。

「そろそろ良さそうか・・・?」

 レクス達との打ち合わせが終わり、エヴァン達の下へと帰っていくカイの目には、今だに背中に括りつけた大剣を抜くのに四苦八苦している彼の姿が映っていた。
 それには彼を戦わせたくないアビーが、あまり協力的ではない事も関係しているだろう。
 しかしその地面すれすれまでに頭を下げて、剣の柄を掴んでいる彼の姿は抜刀術の構えにも見えなくはない。
 そんな少年漫画的な構えに、彼の勇者という肩書きを合わせれば、そういったシュチュエーションに慣れ親しんだカイに、それが準備完了に見えたとしても仕方のないことであろう。

「ふぅ・・・勇者様!!勇者様、お助けください!!!」

 一度大きく息を吸い込んだカイは、レクス達が守っている方向を指差すと大声で危機を叫ぶ。
 その声に反応したレクス達は、まるで弾かれるように押さえつけていた魔物達から飛び退くと、その進路を開けていた。
 エヴァン達へと危機を告げたカイは、その声を上げると共に全力でその直線上から避難している。
 立ち塞がるレクス達が消え、カイもその場から退いた今、エヴァンとその首を狙う魔物達の間に、遮るものはなにも残されてはいなかった。

『あいつだ、あいつを狙えぇぇぇ!!!』
『俺だ、俺が一番乗りだぁぁぁ!!!』

 怒涛のような勢いで、魔物達はエヴァンへと殺到する。
 しかしその状況にも、彼は地面へと顔をこすり付けており、その事態を目にしてはいない。
 それも今、終わる。

「何だ?えっ・・・?」

 響き渡る大声に顔を上げたエヴァンが見たのは、彼へと迫り来る魔物達の群れ。
 それを目にした彼は、ただただ間の抜けた声を上げる事しか出来ずにいる。
 そして彼の姿は、その大群の中へと飲み込まれていった。
しおりを挟む

処理中です...