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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

収拾不能の大混戦 1

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「お兄さん達、助けに来たよ!!ボクが来たからには、もう安心して―――」

 顔見知りの冒険者達が戦っている部屋へと突入したリタは、その手に握る聖剣を振りかざしては、自分に任せてくれと大声で宣言していた。
 しかしそれをはっきりと聞き取れた者が、一体どれくらいいただろうか。
 彼女がその部屋へと足を踏み入れるのと同時に、どこかから現れた魔物達が雄叫びを上げながら、雪崩れ込むようにしてこの部屋へと飛び込んできていた。

『勇者だ、勇者を狙え!!他はどうでもいい、とにかく勇者を殺して手柄を立てろ!!』
『おぉ!!』

 隠し通路を通ってこの部屋へと足を踏み入れたゴブリン、ヨヘムとその一行は彼の先導の下、勇者を倒せと雄叫びを上げている。
 その声は、このダンジョンの主であるカイ以外には伝わっていないだろう。
 しかしその声に帯びた明確な殺意と戦意は、例え言葉が伝わらずとも肌に響くものがあった筈だ。

『このダンジョンの主達は、今回の計画に我らを加える事すらしなかった。それは我らにその力がなかったからか!!否、断じて否である!!』
『我らには、その力がある!それを証明するのだ、勇者を仕留める事で!!行くぞぉ!!我に続けぇぇぇぇ!!!』

 ヨヘム達がこの部屋へと踏み込んだのとは別の隠し通路、恐らくダンジョンに居住している魔物達用の通路から訪れたオークの集団は、その先頭を進む二体のオークによって率いられている。
 その二体のオーク、ルーカスとマルセロは引き連れたオーク達を鼓舞すると、そのまま彼らを率いて部屋の中へと突撃していく。
 その勢いは凄まじく、魔法を使っても問題ないよう広いスペースを設けられた部屋が、狭く感じるほどの圧力を放っていた。

「おっ!何か知らんが、いい感じになってきたな!これなら・・・」

 雪崩れ込んでくる魔物の数は凄まじく、それはとてもではないが二人の冒険者では対応しきれるものではなかった。
 彼らは彼らで自分達が相手にしていたゴブリンを片付け、その身体に取り付いたスライムをどうにか引き離そうとしている所であったが、それがうまくいった所でこの状況が覆せるとは思えない。
 この絶体絶命の場面をどうにかする方法は、もはや一つしかない。
 それは、勇者がその力を振るう事だ。
 カイはその力をようやくお目にかかれると、期待を込めた瞳をエヴァンへと向ける。
 しかしそこには、意外な光景が広がっていたのだった。

『おいおい、何勝手に手ぇ出してんだぁ?それは駄目だって言われてんだろぉ?』
『ちっ、ノルデンの脳筋が。俺達の邪魔をするな!』
『それは出来ない相談だなぁ!!』

 エヴァンへと飛び掛ろうとしていたヨヘム達は、その横合いから突っ込んできたニックによってその鼻先を押さえられている。
 どこか歪曲しているような奇妙な曲線を描く剣を振るうニックは、それを叩きつけては先頭を進んでいたヨヘムを押し止めていた。
 ヨヘムがその手にする二本の棍のような得物を両方とも使わなければ受け止め切れなかった一撃に、ニックの攻撃の鋭さが窺えるだろう。
 ニックはそれをそのまま無理矢理振り切ってヨヘムを弾き飛ばすと、彼の横合いからエヴァンに襲いかかろうとしていたゴブリン達を牽制していた。

『ゴブリン共の仲間割れか?いいや、そんなものどうでも良い!とにかくもこれは好機。勇者に一番槍を入れる名誉、このルーカス・ロメリが頂いたぁ!!』

 ニックが乱入してきたゴブリン達の足止めに成功したとしても、勇者の命を狙ってこの部屋に足を踏み入れて来たのは、他にも存在する。
 そのもう一方の勢力であるオーク達、その先頭を行くルーカスは寧ろその事実を喜び、歓声を上げてすらいた。
 彼らは勇者という魔物共通の脅威を打ち払いたいのではなく、それを仕留めて手柄を立てたいと願っているのだ。
 そのライバルが足止めされたと知れば、喜ぶのも当然であろう。
 まして彼らのターゲットである勇者まで、阻むものが何もないとなれば尚更。
 しかし果たして、それは事実であろうか。
 そういえば先ほどゴブリン達を止めたゴブリン、ニックには相棒とも言える存在がいたような。

『悪いけど、そうさせる訳にはいかないんだ』
『邪魔だ、小童!!そこをどけぇ!!』

 猛烈な勢いでエヴァンへと迫っていたルーカスの前に、小柄な人影が割り込んでくる。
 それは大柄な体格を誇るオークの中で、さらに大柄でがっちりとした体格のルーカスからすれば、まさに子供といってもいい体格差の相手であった。
 彼はそんな相手など相手にならぬと、手にした巨大な棍棒を振り払い、その人影を弾き飛ばそうとする。
 しかしその場に響いたのは、何か固い物同士がぶつかる鈍い音だけであった。

『くっ、この・・・ゴブリンの分際で!ぐぐぐ・・・』
『そのゴブリンに、渾身の一撃を受け止められる気持ちはどうだい?ましてやこうして押し返されるのは?』

 ルーカスが振り払った棍棒は、彼の目の前のゴブリン、レクスによって受け止められている。
 そしてそれは彼の攻撃を何とか凌いだというものではなく、その場からピクリとも動くことないという、余裕に溢れたものであった。
 それどころかレクスは、その手に持つ巨大な斧へと力を込めると、徐々にルーカスを押し込んでみせてすらいた。

『何をしている、ルーカス!?そんなゴブリンなど、そのまま押し潰してしまえ!!』
『ぐっ、分かってる、分かってるがしかし・・・このままでは・・・』
『くっ!調子に乗るなよ、ゴブリン!!』

 彼らの中でも随一の実力を持つルーカスが、自分達よりも圧倒的に小柄なゴブリンに押し込まれてしまっているという奇妙な光景に、彼の相棒ともいえるマルセロが戸惑った声を上げる。
 彼は力任せで構わないからさっさとそんなゴブリンなど押し潰してしまえと声を荒げるが、そんな声にもルーカスは苦しそうな表情を見せるばかり。
 その表情に、彼の今の姿が冗談の類ではないと悟ったマルセロは、彼を助けるためにその得物を振るう。

『甘いなぁ、甘過ぎるよ・・・この、甘ちゃん共がぁぁ!!!』

 流石はオークの集団を率いるだけあって、マルセロがその得物である槍で放った突きは鋭い。
 しかしそれも、明らかにこちらを攻撃してくるという雰囲気を始めから醸し出していれば、予想して避ける事も出来る。
 マルセロの攻撃をあっさりと避けてみせたレクスは、押し込んでいたルーカスを弾き飛ばすと、渾身の突きを躱されて態勢を崩しているマルセロへと襲い掛かっていた。

『くっ、な、何だこいつ!?いきなりっ!?』
『おらおら、どうしたぁ!?こんなもんかぁ!!』

 レクスの斧を振るう姿は、彼の普段の冷静沈着な様子とはかけ離れた、酷く荒々しいものであった。
 その小柄な身体には相応しくないような巨大な斧を振るうレクスは、それを激しく振り回してはマルセロを圧倒していく。
 それは普段から抑圧されていた、彼のストレスがそうさせたのであろうか。
 いいや、違う。
 その戦い方は、戦士としての彼本来の姿だ。
 その証拠に彼の戦いぶりをチラリと確認したニックは、どこか満足そうに僅かに笑ってみせると、すぐに自らの戦いへと戻っていく。
 それは彼なりの信頼の証だろう、事実レクスは荒ぶった台詞を吐きながらも、その斧使いを乱してはいなかった。
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