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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

勇者達の冒険は今始まったばかり 2

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「キルヒマンさん、大丈夫ですか?気分が悪いようなら、少し休んでから行きましょうか?」
「い、いえ、そんな必要は全然!いやー、この壁はどうして光っているんでしょうね?不思議ですなー!はっはっは!!」

 壁に向かって一人ぶつぶつと喋っている男を見れば、頭がおかしくなってしまったと思われても仕方のないことだ。
 そんなことを思っていたのかは分からないが、少なくともそんな彼を心配をして声を掛けてきてくれたケネスに対して、カイは背中を跳ねさせると大袈裟に驚いて見せていた。
 先ほどまで彼が一人で呟いていた内容は、決して彼らに知られてはならないものだ。
 それを誤魔化すためならば、うっすら光っているだけの壁を大袈裟に不思議がる事も厭いはしない。
 ダンジョン商人であるならば珍しくもない光景を示しては、大袈裟に驚いてみせるカイの姿に、ケネスは不思議そうな表情で首を捻ってみせていた。

「別に何ともないんだろ?だったらさっさと先に進もうぜ?」
「あ、はい!私は大丈夫ですよ!!」

 先ほどまでの不自然な振る舞いを早く忘れ去って欲しいカイは、エルトンからの催促に率先して答えている。
 彼は先へと進む道の傍らに立っては、退屈そうに得物に体重を預けているエルトンへと駆け寄ると、もう準備万端と軽く両手を掲げてみせていた。

「レイモンド様も、それで大丈夫ですか?」

 カイが先へと進む意思をみせた事で、エルトンは既にその気になって得物を肩へと移している。
 その様子を横目で眺めては少しだけ嘆息漏らしたケネスは、僅かに身を屈めてはエヴァンの意思を伺っていた。

「うむ、問題ないぞ!それと、このダンジョン内ではお前達の指示に従うので、わざわざ確認しなくともよいぞ!」 
「坊ちゃま、それは・・・いえ、そうですね。それが、よろしいかと」

 ケネスのお伺いにエヴァンは元気良く答えると、これからは一々確認しなくともよいと通達していた。
 その言葉にアビーは僅かに眉を顰めると彼の事を諌めようとしていたが、ダンジョンという特殊な環境を考えればそれも致し方ないことだろうと、諦めるように言葉を飲み込んでいた。

「・・・それでは、これからはどんどん指示を出しますが、よろしいですね?」
「うむ!どんどん指示してくれ!その方が冒険らしくて、楽しいからな!」

 エヴァンの素直な物言いにも、ケネスは確認の意味を込めて、もう一度その言葉を確かめている。
 その視線がエヴァン本人よりも、その斜め後ろに控えるアビーへと向いているのは、彼女こそが彼を操っていると考えているからか。
 そんな細かいやり取りを一切気にしていないエヴァンは、そんなことよりもこれからの冒険が楽しみだと拳を握り、アビーもそんな彼の姿にほんの僅かだけ笑みを漏らしているようだった。

「じゃあよう、隊列を決めるぞー。先頭は勿論、俺とお前な。その後ろは・・・キルヒマンさんに任せっかな。しっかりと、勇者の坊ちゃんを守ってくれよ?」

 ようやく先へと進む意思を固めた一行に、エルトンはさっさと隊列を決めに掛かっていた。
 彼は自らと相棒であるケネスを指し示すと、その二人で先頭を務めると示している。
 冒険者である彼らが、一番危険である先頭を務めるのは当然の事だろう。
 彼がその次に配置する人員を迷ったのは、誰を殿に回すべきかと考えたからか。
 次から次へと冒険者がやってくるこのダンジョンでは、それほど後方を警戒する必要はない。
 とはいえ全く警戒を怠る訳にもいかないそこには、それなりに実力のある人物を配置したい。
 エルトンは僅かな迷いをみせた後に、それをアビーに任せると決めると、自分達のすぐ後ろに回るのはカイであると指名していた。

「は、はい!勿論ですとも!!この命に代えても、必ずお守りいたします!!」
「ははっ、冗談だって!冗談!心配しなくても、あんたら全員俺達が守ってやるからよ」

 エルトンが叩いた軽口に、カイが過剰な反応を示したのは、それが彼の目的そのものであるからだ。
 両手を握り締めてまで力強く宣言するカイの姿に、エルトンは思わず笑い出すと、冗談だと話してはその背中を叩いている。
 エルトンがその最後に呟いた言葉は、彼の冒険者としてのプライドが言わせた言葉だろうか。
 とにかくも場にそぐわない内容を大声で叫んでしまったカイは、どこか気まずく恥ずかしい思いを抱えては、身を縮こませてしまっていたのだった。

「ま、つっても・・・護身用の武器ぐらいは必要だわな。キルヒマンさん、何か適当な得物はあるのかい?」
「い、いえ。残念ながら・・・」
「ふぅん、じゃああんたは手ぶらであんな森の中を独りで歩いてったってか?まぁ、商売柄手の内は見せたくないってことかね・・・ケネス、お前余ってる奴があるだろ?それをキルヒマンさんに渡してやってくれよ」

 戦う必要はないと断言したエルトンはしかし、不測の事態への備えも怠らない。
 ダンジョンの中に入っても、その得物の姿を見せようとしないカイの姿に、彼はそれを窺うように声を掛けている。
 そんな彼の言葉に、素直に何も持っていないと返したカイの姿に、エルトンはどこか疑うように目を細くすると、ぶつぶつと一人何やら納得を呟いていた。

「余ってるんじゃなくて、予備の得物なんだけどね・・・これを使ってください、キルヒマンさん。それを使う事態にならないのが一番ですが、もしもの時は壊してもらっても構いませんよ」
「は、はい!大事に使います!」
「いえ、ですから・・・」

 エルトンの声に、自らの荷物から予備の得物であるナイフを取り出したケネスは、それをカイへと差し出している。
 それを受け取ったカイは、とても大事そうにそれを抱え込んでいた。
 そんな彼の姿に、自らが口にした事がうまく伝わっていないと、ケネスは困った表情で再び何やら言葉を選び始めていた。

「ほんじゃ、後は勇者の坊ちゃんとメイドの嬢ちゃんだな。メイドの嬢ちゃんには殿を任せるぜ。つっても後ろを注意してくれるだけでいいからな。危ない事があっても、くれぐれも自分で対応しようとせずに俺達を呼んでくれな」
「畏まりました。坊ちゃんも、それでよろしいですね」

 エルトンがアビーに殿を任せたのは、その戦闘能力を目の当たりにしたからであろう。
 魔物化した狼相手にもある程度粘る事の出来る彼女の力を考えれば、後方を警戒する程度の仕事など簡単なものだ。
 エルトンは寧ろアビーがその戦闘能力にかまけて、危険に対して自分で対処しようとするのではないかと心配していたが、彼の指示に素直に頷いた彼女の姿にその心配はなさそうであった。
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