ダンジョン経営から始める魔王討伐のすゝめ 追放された転生ダンジョンマスターが影から行う人類救済

カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

カイ・リンデンバウムは全てを見通し指示を出す １

　世間からは、冒険者の友という名で呼ばれるダンジョン。
　その最奥の間には、ダンジョンの様子を映したモニターが、大量に浮かんでいる。
　それら全ての情報を把握し、的確な指示を与えられるの女性、ヴェロニカはどこか苛立つように落ち着かない様子を見せていた。

「ようやく戻ってきたわね・・・どう、カイ様はまだお戻りになられないの？」

　モニターに映る外へと繋がる隠し通路には、ゴブリン達の姿が映っていた。
　彼らは相当急いでやってきたようで、肩で息をしては膝に手をついて必死に呼吸を整えている。
　しかしそんな彼らの姿にもヴェロニカは不満そうに眉を顰めると、彼らが呼吸を整えるのを待つ事なく声を掛けていた。

『はぁ、はぁ、はぁっ・・・そ、それが・・・リンデンバウム様の御姿はどこにも・・・』

　彼らはどうやら、このダンジョンから姿を消したカイ・リンデンバウムの捜索を行っていたようだった。
　必死に呼吸を整えながら、ヴェロニカへとその結果を報告しているゴブリンが、それを言い辛そうにしているのは、彼女が望む報告を上げられないからだろう。

「そう・・・では、もう一度探しに行きなさい。勿論、人間共には見つからないようにね。元々この地の住人であった貴方達には容易い事でしょう？」
『ははっ、畏まりました！』

　しかし望まない報告を上げてきたゴブリンにも、ヴェロニカの表情は陰る事はない。
　それは当たり前の事だろう。
　彼女の主人、カイ・リンデンバウムは『顔の無い男』と噂されるほどの男だ。
　その男が本気で姿を消したならば、そんなゴブリンなどに見つけられる訳がない。
　そのため彼女のこの行いは、何の意味もない事でしかない。
　しかし敬愛する主人の居場所が分からないという事実に耐えられないヴェロニカには、そんな無駄な行為でも心を落ち着かせるために必要な行いであった。

「あのような者でも、このダンジョンには必要な人員。少しばかり、強く当たりすぎではないかのう」

　ヴェロニカの指示を受け再び駆け出していったゴブリン達は、まだ十分に息が整ったといえない有様であった。
　そんな彼らの姿を哀れに思ったのか、自らの定位置にゆったりと腰を下ろしていたダミアンが、ヴェロニカの振る舞いについて苦言を呈してくる。

「あら？これは不思議な事を言うのね、ダミアン？あの者達は私が任せた仕事を十分にこなせなかったのよ？そう考えれば、十分過ぎるほどに優しい対応だったと思うのだけど？」　

　そんな彼の言葉に振り返ったヴェロニカの顔に浮かんでいるのは、薄い微笑だ。
　その表情と共に彼女が話した言葉は優しいものであったが、そこに含まれた苛立ちを老獪たるダミアンが見逃す筈もなかった。

「やれやれ・・・一体何を苛立っておるのじゃ、お主は。あのような者に当たるなど、お主らしくもない」
「苛立ってなんて！！いえ、そうね・・・少し苛々しているのは、事実よ。でもそれは仕方のないことではなくて？我らが偉大なる主人が、私達に何も言わずに姿を消したのよ？これで動揺しない方が、寧ろおかしいでしょう？」

　苛立ちを指摘するダミアンの言葉に、ヴェロニカは咄嗟に否定の言葉を叫んでいる。
　しかしそれ自体が、苛々している心情を肯定する振る舞いだ。
　それはヴェロニカ自身も身に沁みて分かっているのか、彼女もすぐにその事実を認めていた。
　しかし彼女は、それも当然であると主張する。
　それは彼女達の敬愛する主人、カイ・リンデンバウムが、彼女達に黙って姿を消したのだからと、彼女はダミアンに訴えかけていた。

「それは何度も言っておるように、カイ様のいつもの振る舞いであろうて。我らは主人が成果を持ち帰ってくるのを、黙って待っておるしか出来んじゃろう？」
「それはそうかもしれないけど・・・でも！今回は違うかもしれないでしょう！？カイ様は私達が考える勇者抹殺計画にご不満なご様子だったし・・・私達に愛想を尽かして、去ってしまったのかも」

　ヴェロニカのそんな懸念に、呆れた表情を見せるダミアンは、カイのそんな行動はいつもの事だろうと彼女に語りかけていた。
　カイがこういった状況で誰にも言わず、ふらっと姿を消す事はこれまでもよくある事であった。
　ダミアンも今回もそうだろうと訴えるが、ヴェロニカは今回は違うかもしれないと動揺した表情を見せていた。

「確かにそうした面もあったかもしれん、しかし・・・あの御方がその程度の事で我らを見限るとは、到底思えんのじゃが」

　ヴェロニカは今回彼女達が立案した勇者抹殺計画が、カイのお眼鏡に叶わないものであったのではないかと心配している。
　確かにその計画について説明している時のカイは、常に浮かない表情をその顔に浮かべており、口数も極端に少なかった。
　それは彼女達が立てた計画に対して、彼が不満を抱いていたからかもしれない。
　ダミアンもヴェロニカのそうした不安に同調する様子を見せていたが、彼はやはりその程度の事であの御方が自分達を見限る訳はないと断言していた。

「本当にそうだと言い切れるの？今回の計画は、カイ様がここに来られる前からお考えになられていた大事なものよ？それに満足のいく計画を立案できなかった私達なんて、あの御方には必要ないと思われても仕方ないでしょう！？」
「うむむ・・・確かにそれも一理あるが。しかしのぅ・・・」

　今回の勇者抹殺計画は、カイがこの辺境のダンジョンに赴く前から考えていた、壮大な計画の一部の筈だ。
　そんな大事な計画を満足にこなせない部下など、果たして彼に必要な存在であろうか。
　これまでもたった一人で多くの事を為してきた偉大なる御方すれば、そんな者達など使い捨ての駒にすらなれない存在だろう。
　そんな者達など、いつ捨てられてもおかしくない。
　そう主張するヴェロニカに、ダミアンも納得する素振りを見せている。
　それは彼女の主張に、彼も納得出来るだけの材料を見つけたからであろう。