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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

そして彼らはすれ違う 3

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「アビーがそう言うなら、私に異議はないぞ。では、急ぐとするか。しかしご飯を食べたばかりだ、お腹が痛くなってしまわないように早足で向かうのだぞ」 
「はぁ・・・レイモンド様がそう仰るなら」

 エルトンとケネスの不自然な言動も、アビーがそれを信用するならばエヴァンもその疑問をあっさりと払拭させてしまう。
 そして彼が音頭を取って先を急ぐと告げてしまえば、それに逆らえる者などこの場には存在せず、どこか引っかかるものを感じているカイも、それをそのままに先へと急ぎ始めていた。

「えー!なんでさー!もうちょっとお話しようよー!!あ、それならリタがそっちについて行こうか?ねぇ、いいでしょいいでしょー!」
「その、悪いんだけどこっちにも事情があるんだ。そういうのは、また今度にしてくれないか?」

 さっさと先を急ごうとしているエルトン達に対して、知り合いに会えたのが嬉しいのかリタは中々引き下がろうとしない。
 そんな彼女にケネスがやんわりと拒絶を告げているが、そんな言葉では彼女を諦めさせる事は出来ず、その頬を膨らませるばかりであった。

「事情って何さー!折角会ったんだから、一緒に冒険に行こうよー!」
「ちょ、しつこいなこの子・・・何で、こんなに―――」

 ケネスの濁した言葉では、リタの勢いを止める事は出来ない。
 彼らが抱えている面倒臭い事情など知らないとのたまう彼女は、さらに彼らに詰め寄っては自分も入れてと主張している。
 酒場で一度あっただけの自分達に、なぜ彼女がこんなにも執着するのか分からないケネスは、どうやったら彼女が諦めてくれるのかと頭を抱えてしまっている。
 そんな時、どこかから彼女の呼ぶ声が響いていた。

「リター!!どこに行ったんですかー!!勝手な行動はこのマーカス・テルフォードが許しませんよー!!!」
「あっ、まずっ!?」

 どこかから響いた凛とした声は、どうやらリタを探しているもののようだ。
 その当の本人は、その声が聞こえたと思うとすぐさまその身を屈め、まるで見つかっては不味いように身体を隠そうとしていた。

「リター、出てきなさーい!今ならまだ、許してあげますよー!!」

 リタを探している人影は、気付けばこの村の入口へと近づいてきている。
 大声を上げながら少女を探している、その男の周りを人が避けて歩いているのは、何もその変態的とも取れる行動からではない。
 それは彼が一目で高位の神官であると分かる衣装を、その身に纏っているからであった。

「うぅ・・・絶対嘘だ。前もそう言って、散々お説教したくせに・・・」

 周りを頻りに窺いながらアトハース村の入口へと向かっている神官の男、マーカスの視線から逃げるように、リタはその小さな身体をさらに縮めてはエルトンの後ろへと身を隠している。
 彼女はそうして身を隠しながら、何事かをぶつぶつと呟いていた。
 その内容はマーカスの言葉が信用出来ないという、彼女の一方的な言い分である。
 過去の経験がよほど辛かったのか俯いてしまった彼女には見えているだろうか、そうこうしている間にマーカスが彼女の姿を確認出来る所まで回り込んでしまっていることを。

「リタ!こんな所にいたのですか!!」
「うわっ!?もう見つかっちゃった!ご、ごめんねお兄さん達!また今度、一緒に冒険しようねー!!」

 マーカスがリタを見つけたと声を上げたのは、彼女とはまだ距離が離れた場所であった。
 それは彼のミスであったのかもしれない。
 その声を聞いたリタはすぐさま立ち上がると、全速力で村へと走り去っていってしまう。
 去り際にまた今度一緒に冒険しようと手を振った彼女の姿を、エルトンとケネスの二人は何ともいえない表情で見送っていた。

「何か、悪い事しちまったかもな・・・」
「タイミングが悪かったんだよ、きっと」
「そんなもんかね?」

 猛スピードで駆け去っていったリタの姿は、もはやここからは見ることは叶わない。
 ここからまだ見えるのは彼女を追いかけては、バタバタと駆けているマーカスの姿ぐらいだろう。
 エルトンとケネスの二人は、そんな彼の姿に目をやりながら、しみじみと何ともいえない気持ちを吐き出していた。

「結局、何だったのだあの娘は?」
「さぁ、私には分かりかねますが・・・お二人のファン、といった所ではないでしょうか?」
「ふぅん・・・腕の立つ冒険者ともなると、色々と大変なのだな」

 アビーが近づかないように距離を保った事で、エヴァンはリタの姿すらはっきりと捉えてはいないだろう。
 彼は突然近寄ってきては騒ぐだけ騒いで去っていった彼女に対して、不思議そうに首を捻っている。
 そんな彼の様子にアビーはことさらすっとぼけた態度を貫くと、適当な事を話しては彼の注意を逸らそうと試みていた。

「さっきの子は一体・・・何かこう、背筋にゾクってくる感覚があったんだが・・・まぁ、気のせいか」

 カイは去っていったリタの方へと視線を向けながら、その背筋に感じた悪寒について考えを巡らせている。
 その感覚は、魔物が故の本能が感じさせたものであろうか。
 魔を断つ剣を携えた少女から感じた感覚は、恐怖からくる生存本能か、それとも戦うべき相手を見つけた闘争本能か。
 どちらにしても中身が平和ボケした人間でしかないカイにとっては、気のせいとして過ぎ去ってしまう感覚に過ぎない。
 彼にはそれ以上に、大事な事が目の前にあった。

「それでは、皆さんダンジョンに急ぎましょう!」
「うむ!楽しみなのだ!!」

 リタが立ち去ってしまった以上、もはや彼らに急ぐ理由はない。
 しかしようやくお目当ての勇者を見つけたカイからすれば、一刻も早く彼をダンジョンにまで連れて行きたいところであった。
 そしてそれは、エヴァンとて同じだ。
 彼の号令に軽く飛び跳ねるようにして頷いたエヴァンは、意気揚々と歩みを進めている。
 グングンと前に進んでいく彼らの姿に、エルトンとケネスの二人は軽く目配せを交わすと、自然と左右に分かれて辺りを警戒し始めていた。
 一行の最後尾を歩くアビーは軽く目を伏せ、辺りを警戒している。
 しかしその目は、決してエヴァンから、そしてカイから離れる事はなかった。
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