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カイ・リンデンバウムの恐ろしき計画

メイドは内密に話したい 2

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「お二人の実力を疑うなど・・・滅相もございません。私が相談したかったのは、エヴァン坊ちゃんの事なのです」
「あの坊ちゃんの?確かに、ふらふらしてて危なっかしいが・・・こっちの言う事は素直に聞いてくれるし、そこいらの糞貴族共と比べれば対して問題にもならないぞ?なぁ、ケネス?」
「だから、言い方!う、うぅん!確かにコレットさんが心配するのも無理はありませんが、安心してください。僕達はこうした仕事も経験積みですから」

 真顔のままで首を横に振り、彼らの実力を疑う訳ではと否定を口にするアビーは、エヴァンの事で相談があるのだと二人に告げていた。
 その言葉に今だにふらふらとそこらを彷徨っているエヴァンへと目を向けたエルトンは、僅かな納得を示しながらも疑問を口にしている。
 危ない所を助けに入ったためか、エヴァンの彼らに対する態度は素直で真っ直ぐなものだ。
 今までに貴族に関わる仕事も数多くこなしてきた二人からすれば、そんな彼は大変扱いやすくアビーが心配するような事はないように思われた。

「いえ、そうではないのです。お二方、坊ちゃまの格好を見て、どう思いましたか?」
「格好?そりゃ、やっぱり金かかってんなって・・・あぁ、そういやあの子が持ってた奴に似てるな、あれ。似せて作ったのか?」
「あの子って、リタの事?確かに良く似てるけど・・・そういえばあの髪も・・・えっ、もしかしてそういう事?」

 自分たちの仕事ぶりについて疑われたと感じている二人に、アビーはそうではないとエヴァンの方を示していた。
 エヴァンの姿を改めて見るまでもなく、その服装の高級さは伝わっている。
 しかしその背中に背負っている大剣の姿を目にすれば、いつか見た存在に思いを馳せることもある。
 エルトンが口にした言葉に、かつて酒場で出会った少女リタを思い出したケネスは、その姿を真似ているようなエヴァンの格好に、アビーが言いたい事を悟りつつあった。

「おや、お二人は勇者様ご本人と顔見知りでございましたか。であれば、尚更でございます。近々あのダンジョンには、勇者様ご本人が訪れるという噂。その際にも坊ちゃんの気分が損なわれないよう、勇者ごっこにお付き合いいただければと、お願いしたいのでございます」

 エルトンとケネスの二人が勇者本人と顔見知りであった事に、僅かに驚いた様子を見せたアビーは深々と頭を下げると、彼らへとエヴァンの勇者ごっこに付き合ってくるよう頼み込んでいた。

「はぁ?勇者ごっこ?何だそりゃ?」
「うわぁ・・・やっぱり、そういう・・・その、そういった事は僕達にはちょっと・・・」

 彼女の言葉にエルトンは訳が分からないと疑問符を顔一杯に浮かべ、ケネスは頭を抱えて肩をがっくりと落としている。
 ケネスからすれば実入りが良く楽な仕事だと思っていた案件が、一気に複雑で面倒臭いものになったのだ、それは肩を落としたくもなるというものであろう。

「勿論、追加の報酬は弾ませてもらいます。これでいかがでしょうか?」
「いや、報酬がどうとか言う話ではなくてですね・・・えっ、こんなに!?」

 自らの頼みに難色を示すケネスに対して、アビーはなにやら手元で報酬の増額について示しているようだった。
 これは報酬の問題ではないと話すケネスも、冒険者としての本能だろうか、自然とその手元を覗き込んでいる。
 そこに示されていた金額は、彼が思わず驚きの声を上げてしまうほどのものであった。

「今回の件が問題なくが終われば、さらに追加で・・・」
「嘘でしょ!?こんな額、下手すれば僕達の一年分の稼ぎに匹敵するんじゃ・・・」

 報酬の額を目にした事で明らかに気持ちが揺らいでいるケネスに対して、アビーはさらに畳み掛けるように報酬の追加について話している。
 その額が如何ほどのものかは分からないが、ケネスの顔色が興奮の暖色から、青ざめた色に変わるほどのものであるのは確かなようだった。

「何だか知らねぇけど、報酬を弾むってんなら別にいいじゃねぇか?用はあの坊ちゃんのお遊びに付き合えって話だろう?」

 報酬の多さに目が眩みそうになっていたケネスに、追い討ちをするようなエルトンの声が届く。
 彼は報酬が弾まれるならば、お遊びにぐらい幾らでも付き合ってやるとのたまっている。
 そんな彼の態度は、冒険者らしい豪快さや度量の深さを示すものだろうか。
 いいや、違う。

「エルトン・・・お前はいいよな、それで。面倒臭いことは全部、俺に押し付ければいいんだから」
「はははっ!ばれたか」

 彼は面倒臭い事は全て、相棒へと押し付ける腹積もりであったのだ。
 それをすぐに見抜いたケネスは、ジトッと伏せた瞳をエルトンへと向けている。
 ケネスのそんな振る舞いに、エルトンは悪びれることもせずに豪快な笑い声を上げていた。

「それで、お引き受けくださるでしょうか?坊ちゃんもあのように懐いておられるご様子、私としては出来ればお二方にお願いしたいのですが・・・」
「うぅん・・・しかしですね」
「何も、難しく考える必要はありません。普通に冒険を楽しませてくだされば、良いのです。ただ、本物の勇者様と遭遇した場合は坊ちゃまの気分を害さないように、誤魔化してくださるようお願いしたいというだけで」

 エルトンの言葉に風向きが良くなった事を察したアビーは、すぐさま言質を取ろうとケネスに問い掛ける。
 しかしそんな状況になっても、ケネスは頑なに首を縦には振ろうとはしない。
 そんな彼の様子に、アビーは決して難しいことを頼んでいるのではないと彼に語りかけていた。

「それなら問題ないだろ?あの子が本当にこっちに来るかなんて、分からねぇんだから。偶然すれ違う事なんて、ないない!」
「うーん・・・それもそうか。分かりました、この件引き受けさせてもらいます」

 勇者であるリタがあのダンジョンに来るかもしれないという事を、まさにその場で耳にした彼らも、彼女がこの場に現れたという話は聞いてはいない。
 あの場の雰囲気ではすぐにでもやって来そうなものであったが、今だにその影もないという事は、そもそも彼女はここにはやって来ないかもしれない。
 そうであるならばこの仕事は、普通に貴族の坊ちゃまのレクリエーションに付き合うだけのものとなる。
 それであの報酬であるのならば断る理由はないと、ケネスはようやく決断を下していた。

「それは、ようございました。それではお二方、先ほどの件くれぐれもお願いいたします」
「おぅ!頼んだぜ、ケネス!」
「・・・はいはい、分かりました分かりましたよ!ったく、いっつもこれだ・・・」

 ケネスの決断にニコリともしないまま軽く頷いたアビーは、そのまま彼らに先ほどの話を必ず守るようにと言い聞かせている。
 その言葉に先に応えたのは、その責任を欠片ほども負う気のないエルトンであった。
 彼は威勢良く了承の声を上げると、ケネスの背中を叩いては全部任せるとのたまっている。
 そんな彼の態度にケネスが小言を零すだけで受け入れたのは、長年の付き合いがなせる業か。

「それではお二方、食事を取りに参りましょう。坊ちゃまもそろそろ限界の筈・・・おや?」

 相談の間にも列は進み、彼らの番になるまでそう間がない状況となっている。
 二人との秘密の相談も終わり、これ以上エヴァンを一人にしておく必要もなくなったアビーは、手早くそれを済ませてしまおうと、そちらへと意識を移していた。
 彼女はその前に一度、エヴァンが今どうなっているかを確認しようとそちらへ視線を向ける。
 その視線の先には、意外な事に席を確保することに成功している、エヴァンの姿が映っていた。
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