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勇者がダンジョンにやってくる!

主人の失踪に部下達は事態が動き出す事を予感する 2

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「そういやぁ、フィアナの奴がいねぇな。ま、つってもあいつの事だから、てっきりまだ寝てるもんかと思ったんだが・・・何だ、旦那の護衛に行ってたのか」

 ダミアンの言葉に周りを見渡したセッキは、この場にいない少女について口にしている。
 彼の口にした通り、普段であれば彼女はまだ寝ている筈の時間だ。
 そのためこの場にいなくても不自然ではなかったのだが、どうやら今回は事情が違ったようだった。

「それを先に言いなさい!あぁでも、危険ではないのは分かったけど・・・カイ様はどこに行ってしまわれたの!?もしこのまま戻ってこられなければ、私は一体どうすれば・・・!」

 フィアナが護衛についた事を知り、カイの下へと向かう足を止めたヴェロニカはしかし、その不安を鎮める事が出来ずにいた。
 彼女にとって、カイのお傍にいることが人生そのものである。
 そのカイが自らの下を離れた事に、彼女は生きがい失ったように混乱してしまい、軽い錯乱状態に陥ってしまっていた。

「何、そう慌てる事もない。そこに書かれておる事をよく読んでみぃ、何も心配する事はないことが分かるじゃろうて」
「書かれている事・・・?そんなの何度も読み返したわ!!でもこの内容じゃ、カイ様がいつ帰ってくるなんて分かりようがないじゃない!!」

 ばたばたと落ち着きなくこの部屋をうろつき始めたヴェロニカに、ダミアンは落ち着くように呼びかけている。
 彼はカイが残した書置きをもう一度じっくり呼んでみるように勧めているが、彼女はもう何度も読み返したと、その言葉に聞く耳を持とうとはしなかった。

「やれやれ・・・普段はあれほど聡明じゃというに、それが愛しい男の事となるとこうじゃ。やはり女というものは、なんとも度し難い・・・」

 カイの書置きをよく読んでみれば、彼がここを出て行った目的も理解出来る。
 しかしそんな簡単な事もやろうとしないヴェロニカに、ダミアンはしみじみと溜め息を吐いていた。
 彼女はそれを読まないのではなく、理解する事が出来ないのだろう。
 それ以上にカイが黙って出て行ってしまったという事実が大き過ぎて、それ以外の事が目に入ってこないのだ。

「・・・セッキ、お主は慌てないのじゃな?」
「ん?だってあれだろ?旦那のいつもの奴だろ?あれにも書いてあったじゃねぇか、俺に任せろって」

 動揺が収まらないヴェロニカと違い、セッキは平然とした様子を見せていた。
 そんな振る舞いをみせるセッキにダミアンが理由を尋ねると、彼は何て事もないような口調でカイへの信頼を口にする。
 何か事が起こす際に、カイはいつも一人でふらりとどこかへと消えてしまう。
 今回の事も、そんないつもの事なのだろうと、セッキは当たり前のように口にしていた。

「やれやれ・・・セッキにも分かる事じゃというに、ヴェロニカは・・・」
「おぉ?そりゃ何か、俺が馬鹿だって言いたいのかい?」

 セッキが自分と同じ事をあの書置きから読み取った事に、ダミアンは改めてヴェロニカに苦言を呈している。
 しかし彼の口ぶりは、セッキの頭の出来を揶揄するようなものであった。
 当然それを本人が聞き逃す筈もなく、セッキはダミアンに対して凄んでみせていたのだった。

「ふんっ!自分の胸に聞いてみんか、痴れ者めっ!」
「はははっ!まぁ、あんたらと比べたらな。ま、俺はそれでいいんだよ!なんたって俺は、肉体労働担当だからな!はっはっはっ!!」

 セッキからの凄みを受けてもダミアンは全く動じずに、逆に彼に対して毅然と言い返していた。
 ダミアンのそんな振る舞いに、セッキは機嫌良さそうに笑い声を上げている。
 彼からすれば自分の頭がダミアン達より劣っている事など、自明の理なのであろう。
 ダミアンの罵り混じりの言葉にも、気にした様子は見られなかった。

「そんじゃ、頭を使うのはあんたらに任せるぜっ!」
「ぐえっ!?」

 機嫌よく笑い声を上げていたセッキは、その最後に景気づけとばかりにダミアンの背中を叩く。
 彼からすれば軽い冗談のつもりだったのかもしれないが、二人の体格の違いを見れば、その結果も想像つくだろう。
 セッキが軽く叩いた背中に、ダミアンは潰された猫のような悲鳴を上げて吹っ飛ばされてしまっていた。

「こういう所が足りないと言うとるんじゃ!!もっと考えてから行動せんかっ!!!」
「はははっ、悪い悪い!じゃ、後は任せたぜー」

 狭い室内ならば無限に吹っ飛ばされるという事はなく、近くの壁へと激突したダミアンはしかし、その間際に身体を入れ替えたのか、それほどダメージはないようだった。
 吹き飛ばされた勢いが強かったためか、張り付いた壁から中々落ちてこないダミアンは、その場所からセッキを激しく叱責している。
 彼の叱責にも、セッキは軽く笑って流すばかり。
 彼はダミアンへと軽く手を振ると、そのままこの部屋を後にしていってしまっていた。

「待たんか、セッキ!聞いておるのか!!全く、彼奴にも困ったものじゃて・・・」

 立ち去っていくセッキを呼び止めようとしても、彼は聞く耳も持とうとはせずに、そのまま姿を消していく。
 ようやく地面へと降り立ったダミアンは不満が収まらないと、彼への文句をぐちぐち零していたが、それもいつもの席へと戻るまでだ。
 いつもの席へと腰を下ろした彼は、今だに部屋の中を歩き回り、慌てふためいているヴェロニカへと目をやっていた。

「さて、どうしたものか。カイ様からはいつもどおりダンジョンを運営せよ、とのお言葉じゃが・・・肝心のヴェロニカがこの有様ではのぅ」

 今だに落ち着きなく、この狭い部屋をうろうろと歩き回っているヴェロニカは、なにやらぶつぶつと独り言を漏らしており、しばらくは正気を取り戻しそうもない。
 しかしこのダンジョンにおいて、それを操作できる技術を持っているのは、ヴェロニカを含め三人しかいなかった。
 その三人の内、ヴェロニカ以外の二人は、今ダンジョンにはいないカイとフィアナであった。
 そのためダンジョンを円滑に運用するには、ヴェロニカに正気に戻ってもらうほかないのだが、ダミアンにはその方法がとんと思いつかないのであった。

「とりあえず門番の魔物を他に動かせばいいのかのぅ?後はそれぞれを管理している者達と話せば・・・こ、こうか?」

 ダンジョンに冒険者を招き入れるには、とりあえず門番となっている強力は魔物を退かせばいい。
 それさえ済ませれば、後はそれぞれの部屋の管理をしている者や、領域の管理をしている者と相談しながら運営していけるだろう。
 それぐらいならば自分にも出来ると、ダミアンは門番の魔物の移動を試みていた。
 しかしそれは一向にうまくいく気配がなく、ヴェロニカも正気を取り戻す気配をみせない。
 ダミアンのたどたどしい操作の音と、ヴェロニカのなにやらぶつぶつと呟く声だけが、その部屋からは響いてくる。
 その響きは一向に止む事はなく、どうやら今日のダンジョンの開場は、普段よりも大分遅くなってしまいそうだった。
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