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初めてのお客様

カイ・リンデンバウムはそれを渡したい 5

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「何だこれ?こんなの・・・クリス、止めろクリス!!」
「あぁ・・・あぁ!助けて、助けてママぁぁぁっ!!」

 ダンジョンの奥から急激に立ち上る圧倒的な存在の気配を、カイは気づかない。
 魔法的な素養を全く持ち合わせていない彼には、それを感知する事は出来ないのだ。
 しかし、魔法を扱う技能を修得している二人は違う。
 彼らはそれぞれに急激に怯えた様子を見せ始め、錯乱する気配すら見せていた。

「何だよハロルド?アイリスも、一体どうしたっていうんだ?」

 錯乱するハロルドとアイリスの二人に、クリスだけが何の事だか分からないと首を捻っていた。
 彼もカイと同じく魔法的な素養を持ち合わせない人間なのだろう、ダンジョンの奥から立ち上る圧倒的な気配に気づこうともしていなかった。

「お前、この気配が分からないのか!?こんな恐ろしい・・・あ、あれ?」
「消えた・・・?そんな、一体なんだったの・・・?」

 クリスのとぼけた態度にハロルドは信じられないと掴みかかるが、その勢いはある時を境に急激に萎んでしまっていた。
 彼らが感じていた気配は、現れたときと同じように一瞬の内に消え去ってしまう。
 そのあまりに見事な消え方に、彼らにはそれが錯覚だったのではないかとすら思えてしまっていた。

「?で、これはもういいのか?結局、殴っても反応しなかったけど」
「あ、あぁ・・・そうだな、もう大丈夫なんじゃないかな」

 彼らの不可解な態度の意味が理解出来ないクリスは、殴って反応を確かめたカイの事の方を気にしていた。
 まだ不安げに通路の奥へと視線をやっていたハロルドは、彼の問い掛けに気もそぞろといった態度を見せている。
 彼からすればそんな事よりも先ほどの気配が気になるのだろう、そのためか彼は大して考えずに大丈夫だという結論を下してしまっていた。

「よっしゃ、それじゃこの剣は貰いっと!」
「だ、駄目だよそれは!死んだ人から物を奪うなんて!」

 ハロルドからの許可に、クリスはさっとカイが握っていた剣を奪う。
 それをすでに軽く素振りし始めている彼に、アイリスは死者は敬うべきだと文句を叫んでいた。

「えー、いいだろ別にー。このおっさんだって、形見の剣を使われて喜んでるって」
「うぅ・・・それは、そうかもしれないけどぉ」

 軽く素振りをして具合を確かめたクリスは、それに布を巻きつけて腰へと下げている。
 彼は文句を言うアイリスに対して、死人を盾にする事で正当性を訴えていた。
 同じような感情論を違うアプローチから主張されたアイリスは、うまく反論することが出来ずに頬を膨らませて悔しがっている。
 彼女はどうやら、このまま押し切られてしまいそうだ。
 それも当然だろう、何故ならその死者本人がクリスの言い分を望んでいるのだから。

(そうですよー、俺も喜んでるからそれで全然構わないですよー!それにしても、やっと渡せたか。剣一つ渡すだけでも一苦労だな・・・まぁ、これでこれからが多少は楽になりそうかな?)

 ようやく目的を果たせたカイは、それに胸を撫で下ろしている。
 ただの木の棒よりはずっとましな得物を手に入れたクリスに、これからの探検は少しはましなものとなるだろう。
 カイはそれを思い浮かべながら、一仕事終えた満足感に浸っていた。

「うぅ・・・それはもう諦めるから、せめて埋葬してあげようよ。それぐらいはいいでしょ?」
「えぇ~、面倒臭いなぁ」
「まぁ、君がそう言うなら。ほらクリス、一緒に穴を掘るぞ」

 クリスの言葉に彼が死者の物を奪うのを止める事を諦めたアイリスは、それならせめて埋葬だけでもしてあげようと提案する。
 その言葉にクリスは面倒臭そうな表情を見せるが、ハロルドがさっさと行動を始めてしまえば彼も従うしかない。
 彼らは適当な石なんかを手に取ると、通路の脇に穴を掘り始めていた。

(え、え?埋葬って、俺を埋めるつもりなのかっ!?や、止めろぉ!!生き埋めは勘弁してくれー!!)

 彼らの会話に、自らが埋葬されてしまう事に気づいたカイは、必死にそれを止めてくれと訴えている。
 しかし言葉を発する事の出来ない彼の訴えに気づく者など存在せず、着々と彼の墓穴が出来上がっていく。
 カイはその横で、自らが埋められていく様を見守ることしか出来ずにいた。
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