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それは吹雪の中で始まる
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かくんと落ちた頭に、落ちていた意識は一瞬の沈黙から目覚めている。
いつか見た悪夢を思い出していたのは、この窓を叩く騒音があの時の音に似ていたからか。
『―――県北部の山間部を中心に雪が強まり、○○県××町ではこの一時間に30センチ以上の積雪を計測しています。また雪は今夜遅くにかけて降り続く見込みで、交通機関の影響に注意が必要です。では現場の・・・』
古いブラウン管のテレビから垂れ流されてくる不吉なニュースを証明するように、この寂れたロッジの窓ガラスを猛烈な吹雪が叩いている。
そのぎしぎしと忙しなく軋む音は不協和音となって鳴り響き、それを聞く者の意識に不快な感情を湧き立たせていた。
しかしそんな頼りない窓も、つい先ほどまでその吹雪をその身で浴びていた者からすれば、どんな城砦よりも屈強な守りにも思えてしまう。
今この手に握られているコーヒーは、このロッジの従業員から貰ったサービスだったか。
それへと口をつけたニュースをぼんやりと見詰める若い男性、匂坂幸也(さきさか こうや)はその飲み物に軽く口をつけると、そっとその入れ物を近くのテーブルへと戻していた。
「ね、ねぇ・・・貴方。ここまで来れば大丈夫よね?」
「大丈夫さ。この吹雪だ、奴らもここまでは追ってこれないよ」
薄い味のコーヒーに不味さに喘いだ舌にも、その暖かさはいくらかその身体の震えを抑えてくれる。
テーブルへと置いた紙コップに、匂坂がテレビへと視線を移そうとしていると、彼の背後から何やら深刻そうな話し声が聞こえてきていた。
「なぁなぁ、兄ちゃん兄ちゃん。何かゲームとか持ってない?」
「っ!びっくりしたぁ・・・えっと、ゲームだって?何か、あったかな・・・?」
自らの背後に座っている夫婦が話しているであろう深刻な話に、自然と耳を傾けていた匂坂は、声を掛けられるまでその存在に気付くことはない。
正面から声を掛けてきた無邪気そうな少年は、軽く匂坂の裾を揺すっては暇でしょうがないとゲームをおねだりしている。
そんな少年の存在に驚き肩を跳ねさせた匂坂も、その無害そうな少年の姿にすぐに落ち着きを取り戻すと、自らの荷物を探り始めていた。
「っ!?翔、駄目じゃない!知らない人に、いきなり話しかけちゃ!!」
「うっ!でもさー、ここ暇なんだもん!母さん達も構ってくれないしさー」
「いいから、こっち来なさい!」
自分の子供が見知らぬ他人に声を掛けているのを目撃すれば、母親ならば誰でもすぐに駆けつけるだろう。
それが例え、無害そうな若者であっても。
「その・・・すみません、うちの翔がご迷惑を」
「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。別に、迷惑ではなかったですから」
慌てて声をかけてきた少年、翔(かける)を引き止め抱きかかえた彼の母親は、彼の頭を無理矢理下げさせては匂坂へと謝罪の言葉を述べている。
彼女の腕の下では、どこか不満そうな表情で佇んでいる翔の姿があった。
彼の父親であるであろう男性、進藤大助(しんどう だいすけ)もこちらを心配そうな表情で見据えている。
しかし彼はどうやら、自らの息子の事よりも匂坂の背後にある、このロッジの入り口の方が気になっているようであった。
「そう、ですか。そう言ってもらえると助かります。ほら、こっちで大人しく待ってなさい」
「はーい」
気にしていないと口にした匂坂の態度に、胸を撫で下ろした翔の母親、進藤静子(しんどう しずこ)は彼の手を引いて自らが座っていたソファーへと戻っていく。
「・・・翔君、翔君!」
「ん?何、兄ちゃん?」
「これ、良かったら使って。後で返してくれればいいから」
元の場所に戻ったといっても、それは背中合わせのソファーの距離だ。
囁き声ですら漏れ聞こえてしまう近さに、匂坂はそっと翔へと声を掛けると、先ほど探り当てていた携帯ゲーム機を差し出していた。
「えっ!いいのかよ、兄ちゃん!やったー!」
差し出されたゲーム機を受け取り、無邪気に喜んで見せる翔の声は決して小さくはない。
その声量は、わざわざ声を潜めさせた匂坂の努力を無に帰すものだろう。
事実として彼の隣に座っている静子は申し訳無さそうに匂坂へと視線を向け、匂坂もそれに何ともいえない表情で頭を下げていた。
「っ!?お父さん!」
「落ち着け、落ち着くんだ!とにかくそこに隠れて!」
その時、扉を叩くような音と共に、猛烈な寒風が吹き込んでくる。
それは、このロッジの扉が開かれた合図だろう。
その音に肩を跳ねさせた静子は、心配そうな表情で大助の方へと顔を向ける。
大助はそんな彼女に、とにかく姿勢を低くしてソファーの陰へと隠れるように指示していた。
いつか見た悪夢を思い出していたのは、この窓を叩く騒音があの時の音に似ていたからか。
『―――県北部の山間部を中心に雪が強まり、○○県××町ではこの一時間に30センチ以上の積雪を計測しています。また雪は今夜遅くにかけて降り続く見込みで、交通機関の影響に注意が必要です。では現場の・・・』
古いブラウン管のテレビから垂れ流されてくる不吉なニュースを証明するように、この寂れたロッジの窓ガラスを猛烈な吹雪が叩いている。
そのぎしぎしと忙しなく軋む音は不協和音となって鳴り響き、それを聞く者の意識に不快な感情を湧き立たせていた。
しかしそんな頼りない窓も、つい先ほどまでその吹雪をその身で浴びていた者からすれば、どんな城砦よりも屈強な守りにも思えてしまう。
今この手に握られているコーヒーは、このロッジの従業員から貰ったサービスだったか。
それへと口をつけたニュースをぼんやりと見詰める若い男性、匂坂幸也(さきさか こうや)はその飲み物に軽く口をつけると、そっとその入れ物を近くのテーブルへと戻していた。
「ね、ねぇ・・・貴方。ここまで来れば大丈夫よね?」
「大丈夫さ。この吹雪だ、奴らもここまでは追ってこれないよ」
薄い味のコーヒーに不味さに喘いだ舌にも、その暖かさはいくらかその身体の震えを抑えてくれる。
テーブルへと置いた紙コップに、匂坂がテレビへと視線を移そうとしていると、彼の背後から何やら深刻そうな話し声が聞こえてきていた。
「なぁなぁ、兄ちゃん兄ちゃん。何かゲームとか持ってない?」
「っ!びっくりしたぁ・・・えっと、ゲームだって?何か、あったかな・・・?」
自らの背後に座っている夫婦が話しているであろう深刻な話に、自然と耳を傾けていた匂坂は、声を掛けられるまでその存在に気付くことはない。
正面から声を掛けてきた無邪気そうな少年は、軽く匂坂の裾を揺すっては暇でしょうがないとゲームをおねだりしている。
そんな少年の存在に驚き肩を跳ねさせた匂坂も、その無害そうな少年の姿にすぐに落ち着きを取り戻すと、自らの荷物を探り始めていた。
「っ!?翔、駄目じゃない!知らない人に、いきなり話しかけちゃ!!」
「うっ!でもさー、ここ暇なんだもん!母さん達も構ってくれないしさー」
「いいから、こっち来なさい!」
自分の子供が見知らぬ他人に声を掛けているのを目撃すれば、母親ならば誰でもすぐに駆けつけるだろう。
それが例え、無害そうな若者であっても。
「その・・・すみません、うちの翔がご迷惑を」
「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。別に、迷惑ではなかったですから」
慌てて声をかけてきた少年、翔(かける)を引き止め抱きかかえた彼の母親は、彼の頭を無理矢理下げさせては匂坂へと謝罪の言葉を述べている。
彼女の腕の下では、どこか不満そうな表情で佇んでいる翔の姿があった。
彼の父親であるであろう男性、進藤大助(しんどう だいすけ)もこちらを心配そうな表情で見据えている。
しかし彼はどうやら、自らの息子の事よりも匂坂の背後にある、このロッジの入り口の方が気になっているようであった。
「そう、ですか。そう言ってもらえると助かります。ほら、こっちで大人しく待ってなさい」
「はーい」
気にしていないと口にした匂坂の態度に、胸を撫で下ろした翔の母親、進藤静子(しんどう しずこ)は彼の手を引いて自らが座っていたソファーへと戻っていく。
「・・・翔君、翔君!」
「ん?何、兄ちゃん?」
「これ、良かったら使って。後で返してくれればいいから」
元の場所に戻ったといっても、それは背中合わせのソファーの距離だ。
囁き声ですら漏れ聞こえてしまう近さに、匂坂はそっと翔へと声を掛けると、先ほど探り当てていた携帯ゲーム機を差し出していた。
「えっ!いいのかよ、兄ちゃん!やったー!」
差し出されたゲーム機を受け取り、無邪気に喜んで見せる翔の声は決して小さくはない。
その声量は、わざわざ声を潜めさせた匂坂の努力を無に帰すものだろう。
事実として彼の隣に座っている静子は申し訳無さそうに匂坂へと視線を向け、匂坂もそれに何ともいえない表情で頭を下げていた。
「っ!?お父さん!」
「落ち着け、落ち着くんだ!とにかくそこに隠れて!」
その時、扉を叩くような音と共に、猛烈な寒風が吹き込んでくる。
それは、このロッジの扉が開かれた合図だろう。
その音に肩を跳ねさせた静子は、心配そうな表情で大助の方へと顔を向ける。
大助はそんな彼女に、とにかく姿勢を低くしてソファーの陰へと隠れるように指示していた。
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