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決戦、エイルアン城

嘘から出たまこと

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 城門の前には、魔物達が群れを為して騒いでいる。
 本来城が攻められたのならば門を閉ざして防備を固めるべきだったが、彼らは人類の殲滅が目的であり、その戦いは勝ちつつある状況だ。
 そのため敵襲など格好の獲物に過ぎず、逆に打って出ようと門を開きそれに備えていた。
 しかし彼らにはどこか、戸惑いの色が見られた。
 それもその筈で、敵がどこにもいなかったのである。
 敵襲だと聞いて喜び勇んで表まで出てきた彼らは、その高まった戦意を持て余していた。

『なんだぁ?戦闘が始まってないぞ?どうした、もう終わっちまったのか?』
『こ、これはオーデン閣下!それが・・・敵の姿が見えないのです。もしかするとこちら側ではなく、裏手に攻め寄せてきたのかもしれません』

 でっぷりと溜まった贅肉を揺らしながら城門までやってきたオーデンは、始まっている様子のない戦闘に、訝しげな声を上げた。
 彼の登場に慌てて振り返った狼の頭を持つ獣人は、背筋を正すと現状を報告する。
 オーデンはその報告を聞くと苛立たしげに腹を揺らす、彼の種族から考えると半裸で生活することの方が普通であったが、流石に立場もあるからなのか彼は簡素な衣服を纏っていた。

『裏手だぁ?向こうは崖になってるだろうが!なんだぁ、誰か中から手引きをして縄でも垂らしたってか!?』
『そ、そのような事は決して!!』

 このエイルアン城は、突き出た崖の突端に立てられている。
 そのため後方の防備を気にする事なく、前方だけを守ればいい造りとなっていた。
 勿論内側からならば脱出できる通路の一つや二つ存在したが、それは内部から手引きがなければ使用できない。
 高い崖は外から縄を掛けるのは難しく、例え出来たとしても見張りがいない訳でもない城壁に、登りきる前に気づかれてしまうだろう。
 それが突破されたとあれば内部から手引きがあったと考えるのが妥当だ、オーデンの疑いに狼の頭を持つ獣人は必死に仲間の潔白を主張していた。

『ふん!そうだろうよ!であれば、敵が来たのは正面からに決まっている。しかし、こうも姿が見えないというのはどういう事だ?』
『その、誤報なのでは?私以外にも敵の姿を見た者はいませんし・・・』

 エイルアン城の崖下とその周辺には森が広がっているが、城門の前方は防衛上の理由からか森が切り開かれ、視界を遮るものが存在しなかった。
 そのため敵が潜んでいるとすれば、崖の下の森か、城門からかなり離れた位置にある森の中という事になる。
 城の周辺を巡回している兵士も存在したが、敵襲の知らせは城内から聞こえたように思えた。
 そうであればそれほど遠くの敵を見つけられたとは思えず、獣人の誤報なのではという疑いも、もっとものように感じられた。

『誤報、か。だとすると・・・ん?おい、そいつを貸せ!!』
『え!?は、はい!』

 獣人の兵士の考えも、この状況を見れば納得も出来る。
 オーデンは溜息を吐くと、城内へと踵を返そうとした。
 しかしそうだとすると彼にはある疑問が浮かんでくる、敵襲の知らせがあまりにタイミング良すぎたのではないかと。
 芽生えた疑問に立ち止まった一瞬は、彼の視線に不審な動きを気づかせた。
 遠く離れた森の中に、不自然に動く茂みの姿があった、それに気づいたオーデンは獣人が持っていた槍を掴み取る。

『そこかぁぁぁぁぁ!!!』

 獣人が差し出した槍を掴んだオーデンは、それを思いっきり振りかぶると助走をつけ始める。
 その過程で前に屯っていた魔物達を弾き飛ばしていたが、彼がそれを気にすることはないだろう。
 彼は全身の力を込めてその槍を投擲する、あまりの勢いに彼はド派手に転倒してしまうが、集団の前方まで走った彼に幸運にも下敷きとなった者はいないようだった。

「にゃああぁぁぁ!!?」

 オーデンの巨体とその怪力を込めた槍は、とんでもないスピードで怪しい動きがあった茂みへと飛来する。
 彼の狙いはお世辞にも正確とはいえない、しかし今はその威力と飛距離を褒めるべきだろう。
 彼が放った槍は狙いこそ外して茂みの近くの木へと突き刺さったが、それは成果としては十分だった。
 何故なら、その槍に驚いた茂みに潜んでいた者が、大きな悲鳴を上げていたのだから。

『いたぞ!向こうだ、向こうの茂みに潜んでいるぞ!!行って殺してこい!いや、女ならば生け捕りにしろ!!いいな、女だったら生け捕るんだぞ!!』
『はっ、了解致しました!』

 茂みから響いた悲鳴がどれほど聞こえていただろうか、しかし激しく動いた茂みを見逃す訳もない。
 オーデンはその茂みに敵が潜んでいると断定して、周りの兵士に攻撃の指示を出す。
 周りの兵士達もようやくの獲物に喜び勇んで駆け出していくが、先ほど対面したばかりのヒューマンの少女の姿を思い出したオーデンは、それに待ったをかけた。
 彼はそこに潜んでいた者も彼女と同じ美しい少女である可能性を考え、もしそうであったならば生け捕りにするように厳命する。
 彼の傍に控えていた狼の頭を持つ獣人は、奪われた槍の代わりを周りの兵士から受け取ると、去っていくオーデンに頭を下げて了承を返していた。

『・・・しかし、あれほど遠くにいた敵に気づく者がいるたぁな。随分と目のいい奴がいたもんだ』

 遠く離れた森に潜む敵に、オーデンが気づけたのは偶然だ。
 しかもそれは敵が迫っているという状況で、注意を向けていたから気づけたものであり、それなしにそれを発見した者がいる事に、彼はただ感心の声を漏らしていた。

『さて、ここは放っといても大丈夫だろうし・・・ぐひひ、さっきの女の所に行くとしますかね』

 敵の居所が判明した事で戦況も安定したと判断したオーデンは、下卑た笑みを浮かべると、先ほど立ち去った牢屋へと足を向ける。

『いやいや、流石に戦闘中は不味いか?しかしな・・・おい、お前!!』
『こ、これはオーデン閣下!何か御用でしょうか?』

 先ほどの少女との行為を思い浮かべて涎を垂らしていたオーデンも、流石に戦闘中にそれは不味いのではないかと思い直す。
 しかし一度屹立した欲望は中々収まらず、彼は近くを通った兵士を呼び止めた。

『幹部共に俺は遅れると伝えてこい、そうだな・・・俺自ら戦場の兵士共を鼓舞してくるとな』
『は、ははぁ!畏まりました!!』

 先ほどの獣人と同じ狼の頭を持った獣人は、オーデンの命令に深く頭を下げると、踵を返して城の奥へと走っていく。
 その姿に満足した彼は、悠々と牢屋に向かって歩みを進めていた。

『ふふふ、これでいい。これなら十分に楽しむ時間もあろうというもの。なに、別に嘘でもないしな』

 自らの思いつきに満足した呟きを漏らしたオーデンは、牢屋への階段を下りる。
 彼が実際に兵士達を指揮して敵を発見したのは事実であり、それから司令部に向かうのに多少時間が掛かってしまうのも仕方のないことだろう。

『さぁ~て、大人しくしてましたかー?・・・あん?いないだと?』

 彼なりの精一杯の笑顔を浮かべて牢屋へと下りてきたオーデンは、その奥にいるはずの少女に向かって語りかける。
 その明るい声に反応がないことは予想していたが、奥へと進んだ彼はそこに誰の姿もない事に気づき、疑問の声を漏らした。

『どういう事だ?あの状態からどうやって・・・ん?なんだ?』

 完全に四肢を拘束されていた状態から姿を消した少女に、オーデンは一体どうやってそれを行ったのかと首を捻る。
 何らかの手段で拘束から逃れたとしても、多くの魔物がいるこの城で誰にも見つからず進むなど不可能な筈だった。
 答えの見つからない疑問に戸惑う彼は、それを探して右往左往してしまう、その彼の足元から何かが割れるような物音が響いていた。

『こ、これは・・・!敵だ、敵が内部に入り込んでいるぞ!!!』

 そこには、床の下に埋められたリザードマンの死体があった。
 その姿に全てが繋がったオーデンは、敵が内部に侵入したと大声を上げる。

『くそっ!!外の敵は陽動か!?だとするとさっきの敵襲の声も・・・ええい、今はどうでもいい!!とにかく敵だ、敵を探せ!!!』

 牢屋の階段を駆け上るオーデンは、これまでの全てが敵の策略だったのではと疑い始めていた。
 しかしその思考は纏まる事はなく、彼は敵の存在を喚き散らしながら駆け出し始める。
 その足は幹部達が集まる、司令部へと向かっていた。
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