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穏やかな日々の終り

亀裂 1

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「そうだ、剣を教えてくれよ。得意だろ?」

 近くで取ってきたものだろうか、怪しい色をしたキノコを火に掛けて調理していたレオンは、クロードのその声に顔を上げる。
 それなりに経った時間にクロードも空腹は感じていただろうか、そのキノコの見た目に近づこうとする素振りを見せなかった。
 エミリアの知識を借りれれば分かったかもしれない毒の有無も、今の彼では名前しか分からない。
 それだけの情報で野性のキノコに手を出すのは、あまりに危険すぎる行いだった。

「剣を?別に構わないが・・・これしか持ってきてないぞ?」
「それならなんか適当に・・・流石に土は嫌だから、石かなぁ」

 いい具合に焼けたのだろうか、地面に刺した串ごとキノコを手に取ったレオンは、それを口にすると剣を示してみせる。
 彼はその愛用の剣しか持ち合わせていないようだ、クロードはそれを見ると洞窟の外に出て、適当に素材になりそうなものを物色し始めていた。

「これならいけるかなぁ。あんまり大きすぎないように・・・こんなもんでどうだ?」

 両手で抱えきれないほどの大きさの岩を見つけたクロードは、それに手を翳すと剣のイメージを頭に思い描く。
 あまりに力に自信がない彼としては、あまり大振りなものは扱いに困るだろう。
 ファンタジー的な憧れで、ついつい大剣にしてしまいそうな心を諌めた彼は、扱いやすそうな大きさの剣を作り出していた。

「やっぱりファンタジーといえば剣だよな!魔法の方はちょっとな・・・難しそうで」

 この数ヶ月の間、エミリアやアンナから魔法を教わった彼は、その扱いと感覚の難しさにその習得を半ば諦めてしまっていた。
 その彼にとって剣は、もう一つのファンタジーの代名詞とも言えるもので、それを手にした彼は上機嫌にそれを掲げてみせる。

「その力・・・人の域を超えるその力を、一体誰から授かった?」
「え?アニエスからだけど?」

 剣を掲げては色々な角度で眺めているクロードに、レオンがどこか畏れを含む声色で問いかける。
 弓を教えてくれているエミリアの目もあって、中々手にする機会がなかった剣をその手にしたことで上機嫌なクロードは、その質問の意味を深く考えずに答えてしまう。
 その言葉にレオンは、驚きに目を見開いていた。

「・・・アニエス?アニエスだと!?」
「あ、やべっ!?あー・・・その、悪いんだけど、この事は秘密にしてくんない?」

 彼の反応に失言してしまった事に気がついたクロードは、もはや誤魔化しようのない状況に秘密にしてもらうように頼み込む。
 今更秘密にする必要のない事実も、親しい少女達よりも先にレオンに教えたとあっては角が立つ、手を合わせて頭を下げるクロードには、レオンの表情は見えていなかった。
 その顔には驚愕よりも、強い怒りと憎しみが覗いている事も。

「それは邪神アニエスの事かっ!!!」
「え!?あいつ邪神なの?そんな感じは・・・うおっ!?」

 自らに力を授けた存在を邪神とのたまうレオンに、クロードは暢気に疑問の声を返していた。
 そんな暢気な振る舞いも、激昂して詰め寄ってきたレオンに押し倒されれば余裕もなくなる。
 その首筋に剣を突きつけられれば、なおさら。

「疑ってはいたが・・・やはりお前もそうなのかっ!!お前も親父と同じように、人類に仇を為すつもりか!!!」
「いやいやいや!?そんな訳ないだろ!!?何でそんな話になるんだよっ!?」

 激昂するレオンは力をうまくコントロール出来ないのか、その剣先を徐々にクロードの首筋へと沈めていく。
 抉られるような傷跡はすぐにクロードの力で癒されるが、その痛みまでなくなる訳ではない。
 彼がそこまで怒る理由に見当がつかないクロードは、目の前の恐怖から逃れようと必死に弁明していた。

「お前は親父に力を授けて勇者にした存在と、同じ奴に力を授けられたと言ったな・・・」
「あ、勇者の血筋ってそういう・・・古い血筋とかじゃなくて、父親がそうなのね」

 クロードの弁明に、レオンはその疑いの理由を話し始める。
 その内容にクロードはまったく別の事実に気づき、一人で勝手に納得していた。
 レオンの持つ才能には勇者の血筋というものがあり、それをクロードは勝手に古い血筋を受け継ぐ者と解釈していたが、どうやらそれは間違っていたようだ。

「その親父が人類を裏切り、今の状況を招いた!!そんな人間に力を与えた存在が、邪神でなくてなんだというんだ!!!」
「あぁ・・・そんな感じの流れなんだ。あいつ碌な事してねぇな・・・」

 転生の際のすったもんだによってアニエスに対する評価が下がっているクロードは、レオンの主張に思わず追従してしまう。
 それは強い怒りを表現するために腕を振り回しているレオンが、首に突きつける剣先を緩めているのも関係しているだろうか。

「これ以上そんな奴に邪魔はさせない!お前が親父と同じ存在だというなら、俺がここで殺してやる!!」
「ちょ!?ちょっと待てって!!俺はまだなんもしてないだろ!!?ていうか、寧ろ人の役に立ってるから!!!」

 首筋から離れた剣先にほっと一息を吐いても、それを両手で掲げるのを見れば焦りもする。
 父親に対する憎しみをクロードに対しても向けてくるレオンは、迷う事なく彼の事も断罪しようと両手に力を込めた。
 その動きはどう考えても本気のものだ、クロードは必死に自分の無実と有用性をアピールして、命乞いをしていた。

「それが偽りではないと何故言える!!親父も部隊を率いて魔王を討伐に向かい、そのまま人類を裏切った!!!」
「あー・・・それを言われちゃうとなぁ。あ、でも!俺なんて、滅茶苦茶弱いじゃん!ほら、こんな奴なんて放置してても全然平気だって、な!!」

 父親に対する強い憎悪は、クロードに対する不信にも繋がっている。
 彼らが行動を共にした時間は半年に満たない、実の父親に裏切られた彼にとって、その程度の月日では信用に能わないだろう。
 転生者というバックボーンのなさが、レオンの言い分に納得を与えてしまっている、クロードは彼に信用される事を諦めて、自らの無害さをアピールし始めていた。

「弱い・・・?お前の戦闘能力のどこに意味がある?お前の有用性は自らが証明してきただろう、その力はあまりに危険すぎる!!敵に渡すわけになどいかない!!!」
「えぇ・・・評価を上げようとして頑張った事が裏目に出るのかよ、ちくしょう!」

 クロードの能力の異常さは、その恩恵を受けてきたレオンにも良く分かっていた。
 彼の力は味方が増えれば増えるほど、その異常さを加速させていく。
 それはつまり滅びかけている人類よりも、魔物側についた方が効果を発揮するという事を示していた。
 今までの頑張りが目の前の窮地へと繋がっている、その皮肉な結果にクロードは叫び声を上げる。
 レオンはもはや、有無を言わさずに剣を振り下ろそうとしていた。
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