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育成の始まり

勝利と焦り

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「皆、大丈夫!!?って、これは・・・」

 拠点の近くでの戦闘に、一人での訓練と狩猟を終えたエミリアが慌てて駆けつける。
 以前の戦いの結果を聞いていた彼女は、遠目に見えた魔物の姿から焦りを声に滲ませて弓を構えるが、そこには終わろうとしている戦いの姿があった。

「ストーン・バレット!うん、弱体を掛ければこれでも・・・あら、エミリア?帰ってたの?」

 自らが放った石の弾丸の行方を見守っていたクラリッサは、それに粉砕される蜘蛛の姿に納得の声を漏らす。
 彼女は自分の後方にやってきていたエミリアの存在に気がつくと、穏やかに笑いかけた。
 それは戦闘の緊張感を、微塵も感じさせない表情だった。

「いいの、クラリッサ?戦いから目を離して」
「えぇ、もう終わりだもの。それに・・・」

 こちらへと振り返ったクラリッサに、エミリアは戦いから目を離さずに疑問を口にする。
 彼女の問いかけに余裕たっぷりに頷いたクラリッサは、彼女に従って戦いの場へと視線を向けると意味ありげに目蓋を細めて見せた。
 蜘蛛の死体が至る所に転がっていて分かり辛いが、生き残っている蜘蛛は後一匹のようだ。
 しかし周りにいるアンナもイダも、それに手を出そうとはしなかった。

「これで、最後にゃーーー!!!」

 クロードが作った壁の上に座っていたティオフィラは、大声を上げるとそこから大空へと舞い上がる。
 彼女は重力の加速の乗った拳を振り上げると、それを最後に残った蜘蛛へと叩きつけた。

「最後は、ティオちゃんに締めてもらわないとね」

 砕かれた頭部に、その黒に近い体液が飛び散った。
 蜘蛛は最後にティオフィラに向かって粘糸を吐き出していたが、それは彼女の肩を掠めただけで終わっていた。
 その様子を眺めて満足そうに頷いたクラリッサは、戦いから注意を逸らした理由をポツリと呟く。
 彼女の視線は蜘蛛の体液に塗れたティオフィラに、駆け寄っていく仲間達の姿を捉えていた。

「にゃははは!!やったにゃ、やってやったにゃー!!!」
「おうっ、頑張ったなティオ!」
「・・・すごかった」

 両手を空へと突き上げて全身で喜びを表しているティオフィラは、終いにはその場で飛び跳ね始める。
 ティオフィラへと駆け寄って、それぞれに賞賛の言葉を投げかけて彼女を讃えるクロードとイダは、彼女が跳ね飛ばす蜘蛛の体液に次第に身体を汚していっていた。

「ほらティオ!そのままじゃ汚いから、身体洗いに行こう?」
「にゃ?・・・それもそうにゃ。イダ、解体は任せるにゃ~」

 飛び散る体液がクロード達をも汚す様を見れば、アンナは慌ててティオフィラを制止する。
 彼女が掴んだ肩に自らの身体を見下ろしたティオフィラは、あっさりとそれに従って川の方へと向かっていった。

「・・・うん、分かった」

 去り際のティオフィラから蜘蛛の解体を任されたイダは、すぐさまナイフを取り出すとその死骸へと向かう。

「えっ?あれからなんか素材取れるの?正直、気持ち悪いんだが・・・」
「・・・外皮、硬い」

 当たり前のように蜘蛛の解体を始めたイダの姿に、クロードは若干引いた様子を見せる。
 彼の疑問にイダは近くの蜘蛛の外皮を叩くと、死んだ事によって弱体魔法が切れたそれは、金属に似た硬質な音を響かせていた。

「ふーん、確かそれは使えそうか・・・なんか作ってみるかなぁ」
「・・・それに、おいしい」
「鎧とか、いやそれより軽そうだし腕や足に・・・ん、おいしい?えっ!?食べるのそれ!え、マジで?」

 イダの振る舞いにその蜘蛛の外皮の硬さを思い出したクロードは、それを使った防具のアイデアに頭を捻る。
 彼がその思案に夢中になっていると、イダが何事かをポツリと呟いた。
 始めこそ、その呟きを聞き逃したクロードも、そのショッキングな内容に聞き流せるわけもない。
 慌ててイダにその言葉の真意を問いただす彼の声は、どこか懇願の響きを帯びていた。

「・・・楽しみ、じゅるり」
「うわ、マジか・・・なぁそれって、タラバガニ的な感じ?タラバガニ的な感じなの!?」

 黙々と解体作業を続けているイダは、クロードの問いかけに答えるというよりも独り言といった風に、今晩の食事への期待を漏らす。
 涎すら垂らしている彼女の表情に冗談ではないと悟ったクロードは、自分の世界の知識を持ち出して必死に可食の可能性を探るが、それは解体に夢中なイダに無視されていた。

「なんか、楽しそうね」
「ふふっ、そうね。どう?エミリアちゃんも、一緒に・・・?」

 彼らの楽しげな様子に、エミリアは思わず素直な感想を漏らしてしまう。
 川で汚れを落とすのに服を脱ぎだしたティオフィラを、必死に抑えているアンナを眺めていたクラリッサは、その声に慎重に彼女へと誘いを掛けていた。

「私は・・・私は一人でもやってみせる!!」

 クラリッサの言葉にエミリアが言葉を迷わせたのは、何も彼女らの楽しげな姿を見たからだけではない。
 彼女らがケイヴスパイダーに敗北したというのを聞いたのは、数日前のことだ。
 そのたった数日の間に一方的に勝利できるだけの実力を身につけた彼女らの姿に、エミリアは自らの選択への懐疑を心のどこかに覚えていた。
 それでもクラリッサの言葉に、彼女が拒絶を口にしたのはそのプライドゆえか、それとも意固地になった心が引き返す術を探して、もがいているだけか。

「おおっ!?・・・なんだよ」

 前も見ずに駆け出して行ったエミリアは、ぶつかりそうになったレオンの存在にも気付けない。
 慌てて彼女の突進を避けた彼は、そちらを見もしない彼女の態度に不満を漏らしていた。

「ごめんなさい、レオン。私のせいで・・・」
「なんだ?また振られたのか?懲りないね、どちらも」

 彼女の振る舞いに責任を感じていたクラリッサは、近づいてきたレオンへと謝罪する。
 クラリッサの言葉に事情を察した彼は、彼女に対して皮肉げな笑みを向けた。

「それで、あなたどうレオン?あなたが加わってくれると心強いのだけど・・・?」
「俺は一人でいいさ。あいつの能力は近くにいれば、ある程度効果があるんだろう?それで十分さ」

 レオンの言葉に曖昧な笑みを返したクラリッサは、彼にも誘いの言葉を掛ける。
 イダの解体作業を、おっかなびっくりといった様子で眺めているクロードへと視線を向けたレオンは、静かに拒絶の言葉を告げていた。

「それに、俺が入ると嫌がる奴がいるだろ?」
「そんな子なんて・・・」

 どこかすっきりとした笑顔を見せていたレオンも、自らの境遇を口にする時はどこか悲しげな表情を覗かせる。
 その言葉を即座に否定したクラリッサは、彼への同情からではなく本当に心当たりがなく、首を迷わせていた。

「いるさ、一人な」
「・・・そう、そうね。確かにそうかもしれない。ごめんなさいレオン、あなたにばかり・・・」

 レオンはある種の確信を持って、その言葉を口にした。
 その態度に、クラリッサもやがて一人の少女の存在に思い至る。
 エミリアが去っていた方向へと視線をやった彼女は、レオンの思惑を理解した事でより深く頭を下げて、彼に謝罪していた。

「別に気にしなくてもいいって。それじゃ俺は、訓練の続きに行ってくるよ。あいつの事も適当に見ておくから、晩飯の準備よろしくな」
「今日は、ケイヴスパイダーの肉を使った料理よ」
「そりゃ、楽しみだ」

 エミリアが去っていった方角と、同じ方向へと歩いていくレオンを見送ったクラリッサは、解体作業を手伝おうとイダ達へと近づいていく。
 服を脱ぐティオフィラを止める事を諦めたアンナは、寧ろ開き直って彼女と水の掛け合いっこをして楽しんでいた。
 彼女達の華やいだ歓声と、クロードの解体に怯える悲鳴だけが、暮れてゆく川辺に響き続けていた。
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