上 下
16 / 168
希望はのんびりスローライフ

クロードとトゥルニエ

しおりを挟む
「それでは、シラク様は人を癒す力だけではなく、物を直す力も持ち合わせていると?」
「いや、正確に言うと・・・いったん素材に作り直してから、同じ物に直しているというか・・・まぁ、大体はそんな感じです」

 元は小さな家屋だったのだろうか、壁が崩されほとんど原型を留めていない場所に、家具だけが放置されている。
 そんな場所で椅子に腰掛けた二人の男、クロードとトゥルニエは机を挟んで対面していた。

「そのようなことが・・・あぁ、これは失礼。私はエドモン、エドモン・トゥルニエと申します。このヴィラク村の指揮官を任されています、娘のアンナとは、もうお会いになられたとか?」
「あぁ、これはご丁寧に・・・俺はクロード・シラクです。クロードでいいですよ、シラクってほら、言い難いですし」

 自らの名前を名乗ったトゥルニエは、飲み物を運んできていた娘へと視線を送る。
 彼の視線に釣られてクロードがアンナへと目をやると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで見せていた。
 彼女がそっと机に置いた器には、薄っすらと色の付いた温かい飲み物が満たされている。
 この鼻に通る匂いから、ハーブティーか薬草茶といわれる類のものだろう。

「そうだ!この服貰っちゃって、助かりました。さっきまでのは、流石にちょっとね」
「いえいえ、命を助けてもらった事に比べればそのような事など。・・・あの服装は、戒律の類ではないと」
「・・・?」

 思い出したように声を上げ、自らの身体を見下ろしたクロードはその服装を示してみせる。
 彼は自らが作り出した藁の服ではなく、周りの人達と似たような格好をしていた。
 それはトゥルニエが用意したものだったらしく、礼を言うクロードに対してトゥルニエは逆に畏まって頭を下げている。
 トゥルニエはクロードから隠した口元に一つの推測が外れた事を口にする、その呟きはクロードには良く聞き取れず、彼は不思議そうに首を傾げていた。

「ではクロード殿にお伺いします、その力は剣や鎧といった武具にも使えるのでしょうか?それと消耗の程は如何ほどなのか?クロード殿は先ほどから怪我人の治療に、壁の修復と走り回っておられますが・・・」
「お父様っ!?」

 娘が運んできた飲み物を口にしたトゥルニエは、湿らせた唇で探るように言葉を搾り出す。
 彼はクロードの力の秘密を探ろうとしていた。
 それは相手の手の内を明かそうとする行為であり、ほとんど初対面の相手に対して行っていい事ではなかった。
 その言葉にアンナは驚きの声を上げる、その響きはどちらかといえば非難の色を帯びていた。

「いえ、力を使って消耗とかはないです。ただ単純に働きっぱなしで、疲れてはいますけどね」

 彼の質問にあっさり答えたクロードは、突然声を荒げたアンナを不思議そうな表情で眺めている。
 その言葉を聞いたトゥルニエもなぜか固まってしまったが、クロードは彼に習って薬草茶に口をつけていた。

「あれほどの力を使って消耗はないとっ!!?本当なのですかっ、クロード殿!!」
「うわっ!?あちちっ」

 静止した状態から動き出した途端大声を上げたトゥルニエに、口をつけた薬草茶は苦い。
 彼が目の前の机へとその両手を打ち付けた衝撃音は大きく、驚いたクロードは薬草茶の入った器を取り落としてしまう。
 まだ半分以上中身の入ったそれは、舞った中空の熱々の液体を周囲に撒き散らす。
 火傷の痛みに声を上げたクロードは、どうにか椅子からは転げ落ちずに済んでいた。

「アンナ!お前は魔法を使えば消耗すると、疲れるといったな?」
「は、はい!簡単な強化魔法でも疲れを感じます、連続で使うと特に頭がくらくらして・・・」

 動揺するトゥルニエは、魔法の使い手である娘に質問する。
 急に父親からごく当たり前のことを聞かれたアンナは動揺に言葉を震わせるが、その瞳はクロードへの羨望で輝いていた。

「あっ、魔法とかある感じなんだ・・・そりゃそうか」

 自らの身に降りかかった薬草茶によって負った火傷を、癒しの力で治療したクロードはトゥルニエ達の会話から新たな事実を発見する。
 魔法という響きから期待を高鳴らせたクロードは、周りの景色とこれまで遭遇した光景を思い起こす。
 なるほど、確かにファンタジーな世界だ。魔法があってもおかしくない。

「これは・・・元は土かな?いったん戻して・・・これで元通り」
「おぉ・・・!!これは、実際に目にするとすごいものですな!」

 机へと落ちて幾つかの破片へと化した器に、クロードは手を翳すと元通りの器へと復元する。
 彼の力を始めて目の前で目撃したトゥルニエは、そのあまりの非常識さに目を丸くしていた。

「やっぱり消耗した感じはないですね。あ!アンナちゃん、だっけ?ごめんね、せっかく淹れてくれたのに零しちゃって」
「そんなっ!?謝らないで下さい!わ、私、新しいの淹れてきますね!!」
「あぁ・・・うん、お願い」

 収まった光に手の平を何度も握ってみても、疲れや違和感を感じることはない。
 そのことをトゥルニエに報告したクロードは、薬草茶を零してしまった事をアンナに謝罪する。
 彼女はクロードのその言葉に動揺して、駆け出していってしまう。
 一口だけ口をつけた薬草茶が、正直あまり好みではなかったクロードは、彼女の後姿を微妙な表情で見送っていた。

「それで、クロード殿。武具の修繕は可能なのでしょうか?」
「あぁ、そうでしたね。やった事はないですけど・・・たぶん、大丈夫だと思いますよ?どこかに破損した武具が?行った方がいいですか?」
「おぉ、本当ですか!!それでは・・・いや、怪我人はまた増えているでしょうし、治療所にこちらが運びましょう。クロード殿には治療の合間に、修繕をお願いしても?」

 やった事のない試みに、成否の不確かな状況にもクロードは安請け合いをする。
 彼の返答に喜び思わず身を乗り出したトゥルニエは、しかし彼の提案に一旦思案を巡らせる。
 クロードの特異な力はなにも物を修繕できるだけではない、寧ろその治療の力こそが真髄ともいえた。
 僅かな時間思案を巡らせたトゥルニエは、図々しいともいえるお願いをクロードへと投げかける、その提案は彼の今までの振る舞いを考えると、勝算がなくはないものだった。

「そうですね。新たに怪我人も出ているでしょうし、そちらに向かいます」
「ありがとうございます!クラリッサ、君はクロード殿に付き添いを」

 不安げな目を覗かせるトゥルニエに対して、クロードの返答は軽いものだった。
 その返答にすぐに感謝を述べて頭を下げたトゥルニエは、近くで見守っていたクラリッサを彼に付き添うように促した。

「はい、おじ様。ほら、ティオちゃんにイダちゃんも、一緒に行きましょう?」
「うみゃ~・・・ティオ、もう眠いにゃぁ」
「・・・ティオ、重い」

 半壊した建物の隅で、むずがるティオフィラの顎の下を撫でててはあやしていたクラリッサは、彼女の傍でじっとしていたイダと共にクロードについて行こうとする。
 彼女の手つきによって眠気が誘導されていたティオフィラは、クラリッサに手を引かれるとふにゃふにゃと脱力して、隣のイダに寄りかかった。
 イダはそんな彼女に静かに文句を漏らしたが、すでに寝息を漏らし始めたティオフィラは、イダの背中から離れる気はなさそうだ。

「もう、ティオちゃんったら・・・イダちゃん、お願いできる?」
「・・・わかった、頑張る」

 軽く揺すっても起きる気配のないティオフィラに、クラリッサは頬を押さえて困った表情を作る。
 彼女は申し訳なさそうにイダにティオフィラの運搬を任せるが、イダは慣れているのか二つ返事で了承すると、ティオフィラの身体を抱えやすいように調整していた。

「それではおじ様、私達はこれで。あぁ!クロード様!治療所はそちらではありません!」
「あれ、そうだっけ?」

 トゥルニエへと軽くお辞儀をして別れを告げたクラリッサは、見当違いの方向へ向かおうとしていたクロードに慌てて駆け寄っていく。
 その二人の後をティオフィラを抱えたイダがよちよちと、彼女の足を引きずりながら追いかけていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

処理中です...