ボケ老人無双

斑目 ごたく

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栄光時代

あの時の輝きをもう一度

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「はぁ、はぁ、はぁ・・・やってやったわ、やってやったわよ。へへ、どんなもんよ・・・」

 荒い呼吸にその胸を激しく上下させながら、カレンは地面へと横になり空を見上げている。
 その周囲には彼女が巻き上げた炎によって、燃やし尽くされたスケイルウルフの死体が転がっていた。
 その数は先ほどまで彼女を取り囲んでいたそれよりも少ないように見えたが、それは恐らく旗色が悪くなった段階で幾らかのスケイルウルフが逃げ去ってしまったからだろう。

「カレン様、お見事でございました。ただ私としましては、やはりあの必殺技が見とうございましたけど・・・」

 ぐったりと地面に横たわるカレンに、控えめな拍手が届く。
 彼女がそちらへと目を向ければ、そこにはにっこりと微笑むレティシアの姿があった。

「あぁ、うん。えっとね、レティシアあれは・・・あ、そうだ!それより、レティシア大丈夫だった?」
「大丈夫とは?一体、何の事でしょうか?」
「いや、ほら実際の戦いって何かとグロいじゃない?いくら魔物とはいえ、生き物が死んじゃってる訳だし・・・気持ち悪くなったりしてない?」

 カレンの戦いっぷりを称賛しながらも、彼女はどこか残念そうに俯いていた。
 それはカレンが、先ほどの戦いに彼女が望んでいた必殺技を使わなかったからだろう。
 そんなレティシアに、それはそう簡単じゃないと話そうとしていたカレンは、その途中である事実に気づく。
 それは、カレンの周りに転がっているものについての懸念であった。
 カレンがチラリと視線を向けたその先には、彼女によって叩き潰され燃やされたスケイルウルフの死体が転がっていた。

「それの、何が問題なんですの?」
「えっ?でも、その・・・可哀そうとか、気持ち悪ーいとか、思わない?」
「まさか。狼など、家畜を襲う害獣でしかないではありませんか?ましてや、魔物などと・・・人を害するものを殺すことに躊躇いを感じるなど、人としての風上にも置けないでしょう?ましてや私は貴族でございます。そうしたものから人々を守らねばならぬ立場、そのような考え持つ筈もございませんわ」
「はわぁ~・・・流石、貴族の御令嬢。子供に見えても、しっかりしてるなぁ・・・」

 カレンの心配をよそに、レティシアはそれが何の問題なのかと首を傾げて見せている。
 そして彼女は、貴族としてそんなものを哀れむような立場ではないと語っていた。
 その先ほどまでのミーハーは少女とは違う、貴族の顔を見せたレティシアに、カレンは感心するように感想を漏らしていた。

「さぁ、それよりお茶にいたしましょう、カレン様!こちらに、もう用意は出来ておりますわ!!依頼は冒険のお話を聞かせてもらう事ですもの!ちゃんとお話もしてもらいませんと!!さぁさぁ、お早く!折角淹れたお茶が、冷めてしまいますわ!」
「あれ、またいつものレティシアの戻っちゃった・・・まぁでも、こっちの方が緊張しなくて―――」

 カレンが感心した貴族としての顔を、一瞬でミーハーな少女のものへと戻してしまったレティシアは、地面に広げたレジャーシートを叩くと、そちらに早く来てとカレンを促している。
 そんな彼女の姿に苦笑いを漏らしたカレンはしかし、そちらの彼女の方が気楽だとそこへと歩いていく。

「ガアアアアァァァ!!!」

 そんな彼女の背後に突然、巨大な魔物のシルエットが現れていた。

「レティシア!!?」
「えっ、何ですかカレン様?急に・・・きゃあ!?」

 その存在にいち早く気がついたカレンは、レティシアに駆け寄るとその腕を引く。
 全くその事態に気づいていない様子のレティシアは、そんな彼女の振る舞いに目を白黒としていた。

「グルルルゥゥゥ」
「そんな、嘘でしょ・・・?オーガトロル・・・何でこいつが、ここに」

 二人の前に現れた魔物、それはかつてカレンが戦った強大な魔物、オーガトロルであった。



「ガアアアァァァ!!!」

 森の木々を揺り動かすような雄叫びは、実際にその木々を揺り動かしている。
 それはその雄叫びの主、オーガトロルが振り抜いた拳によって齎されていた。

「あぁ・・・あぁ・・・」

 そのオーガトロルのこぶしによって弾き飛ばされ、揺り動かされた木々の一つに叩きつけられたカレンは、力なくズルズルとその表面をずり落ちていく。
 その喉から漏れるように零れている悲鳴は、彼女のダメージの深刻さを示していた。

「だ、め・・・立た、ないと。レティシアを、守ら・・・なきゃ」

 それでもカレンは、成すがままにその木の根元までずり落ちた身体を、何とか起こそうとしていた。
 手放すことのなかった杖に体重を掛け、何とか身体を起こしているカレンの視線の先には、自分よりももっと無力の存在の姿があった。

「・・・レティシア?貴方、何を・・・?」

 その無力な、守るべき存在であるレティシアが、まるで彼女を守るかのようにオーガトロルとの間に立ち塞がる。
 それが何のためなのか、カレンには分からなかった。

「カレン様、あの魔物・・・もしかして、オーガトロルではないのでしょうか?貴方が初めての依頼で倒したという、とても強力な魔物の」
「え、えぇ・・・だから、レティシア。貴方は早く逃げ―――」

 カレンの前へと立ち塞がったレティシアは、振り返ると彼女へと尋ねている。
 その目の前の魔物が、カレンが初めての依頼で討伐したという、あのオーガトロルではないのかと。

「でしたら、取るべき一つしかありませんわ。カレン様、貴方の必殺技を使うのです。あのカレンファイヤーを。新聞には載っていませんでしたが、きっと前回もそうして倒したのでしょう?だったら、きっと今回も倒せるはずですわ!」

 レティシアの質問の頷いたカレンはだからこそ、早く逃げるべきだと伝えようとしていた。
 しかしレティシアはそれを遮るように首を横に振ると、それならばあの魔物を倒す手段は一つだけだと告げていた。
 カレンの必殺技である、カレンファイヤーただ一つだと。

「ち、違うの・・・あの時は、あの時は私がやったんじゃなくて―――」
「そのための時間を、私が稼ぎますわ!!」

 カレンの活躍を新聞記事の内容でしか知らないレティシアからすれば、そう考えてしまうのも自然な成り行きであった。
 そしてカレン自身も、その手柄を自分のものだと喧伝して回っていたのだ。
 だから今更どうにもならない、それが自分ではなくトージローがやったのだとしても。
 レティシアはカレンが止める間もなく、自らが囮になって時間を稼ごうと駆け出して行ってしまっていた。

「オーガトロルさん!お茶はいかがかしら?少し冷めてしまったけれど、まだ十分楽しめますわよ!?」

 慌てて逃げ出したためか、抱えたままであったバスケットの中身を見せるように傾けて、レティシアはオーガトロルを挑発しようとしている。

「クンクン・・・ガアアアァァァ!!!」

 そしてそこから食べ物の匂いを感じ取ったオーガトロルは、雄叫びを上げるとレティシアに向かっていく。

「私じゃ、私じゃないの・・・あいつを倒したのは・・・トージロー!?トージローいるんでしょ!!?お願い、助けて!!」

 そんなレティシアの姿を目にしては、カレンはフルフルと横に振り続けていた。
 自分にそんな力はないと震えるカレンは、その力を持つ者へと助けを求める。

「っ、トージロー!?来てくれたの、ね・・・?」

 そしてその声に応えるように、物陰から何かが飛び出してきていた。

「キゥー?」

 それは妙に立派な体格をした牡鹿と、それに擦り合わせるように身体を寄せている雌鹿の番であった。
 その番はカレンの声に応えるように一声鳴くと、そのままこの場を立ち去っていく。

「カレン様!?何をしてらっしゃるのですか!?お早く、お早くお願いいたします!!もう持たな・・・きゃあ!?」

 通り過ぎていった鹿の番を見送り、呆然とその場に立ち尽くしてばかりいるカレンに、レティシアの焦った声が響く。
 彼女はもう限界だと叫んでいたが、その言葉はすぐに現実のものとなってしまっていた。

「ガアアアァァァ!!!」

 彼女との間に遮るものを、周りの木々もろとも薙ぎ払ったオーガトロルは、勝利を確信したかのように雄叫びを上げている。
 そのオーガトロルの前には、それに巻きこまれたのかぐったりと横たわるレティシアの姿があった。
 横たわる彼女の横には、バスケットから零れたティーポットが。
 そこから漏れだしている液体が妙に赤いのは、その中身が紅茶だからだけではないだろう。

「・・・私が、やらないと」

 そう呟いた唇が震え、握りしめた杖の感触は固い。
 それでもカレンはそれをオーガトロルに真っ直ぐに向けると、集中をし始める。
 レティシアが望んだ必殺技、カレンファイヤーを使うために。

「イメージしろ、イメージ・・・あの時の私を。トージローではなく、あの時強かった自分自身の事を・・・」

 デリックから教わった即席魔法の使い方は、イメージすること。
 それをあの時と同じように繰り返すカレンの杖の先には、あの時と同じように、いやそれよりも大きな火球が宿り始めていた。

「グルゥ?ガアアアァァァ!!!」

 その姿にオーガトロルも彼女が脅威だと感じたのか、再び雄叫びを上げるとそちらへと向かい始めていた。

「・・・あぁ、カレン様・・・どうかそれで、そのカレンファイヤーで・・・この敵を、打ち倒してくださいませ・・・」

 ぐったり横たわった状態から、レティシアが僅かに顔を上げカレンへとその視線を向ける。
 その瞳は、いつかと変わらずうっとりと輝いていた。

「これで、決める!!カレン・・・ファイヤーーー!!!」

 絞り切った魔力にクラクラと眩む頭は無視して、カレンは啖呵を切ると炎の宿った杖を振りかぶる。
 そして放っていた、彼女の必殺技であるカレンファイヤーを。
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