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救世主

真実 1

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 眩く光る太陽は、丁度頂き超えた辺りか。
 燦々と輝くそれに一瞬、影が掛かったかのように何かが横切る。
 それは次第に大きくなり、やがて太陽を覆い隠していた。

「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 その影、クルスは悲鳴と涙と涎を垂れ流しながら、猛烈な勢いで落下していく。
 それは天頂にあっては太陽を覆い隠していたが、地に落ちては人の姿へと変わっている。
 それでもその手や身体から放つ光に変わりなく、眩いばかりの奇跡が彼を讃えていた。

「ぁぁぁぁっ!!?あ、あれはもしかして・・・良かった、帰ってこれたんだ」

 もはや自分でも制御出来ない力に吹き飛ばされて、ただただ悲鳴を上げるだけであったクルスも、その先に懐かしい姿を目にすれば正気にも戻る。
 その永遠と広がる木々の間に、不自然なほどにぽっかりと空いた空間と、その中に聳える異様なほどに大きい白い建造物の姿は、見間違いようがない。
 それは彼がこの数か月暮らしてきた、あの神殿の姿であった。

「あれ?ちょっと待って、これ・・・何か、そこに真っ直ぐ向かってない?やばい、やばい、やばい!?このままじゃ、ぶつかる!!?」

 ようやく帰ってこれた場所に、思わず涙ぐんでしまったクルスはしかし、その涙をすぐに乾かしてしまう。
 それは自らが向かっていく方向の真正面に、その建物があるからであった。
 今も刻一刻と猛烈な勢いで近づいていくそのシルエットに、もはや衝突は避けられないように思われた。

「ちょ、これ何とかならないのか!?僕の力で、軌道を・・・あれ、思ったより時間が・・・?うわああああぁぁぁぁぁっ!!!?」

 他に比較する物のない巨大な建造物は、距離感を狂わせる。
 そのため、クルスが何とかその力を振るい衝突を逃れようと試みた時には既にそれは手遅れで、彼にはもう悲鳴を上げる事しか許されていなかった。



 パラパラと落ちる土埃は、その衝突の凄まじさを物語っている。
 そしてその中心にあったにも拘らず、無傷に近いクルスの姿は、その奇跡の力を何より雄弁に示していた。

「痛ててて・・・酷い目に遭った」

 うつ伏せの状態で床へとへばりついていたクルスは、ゆっくりとその身体を引き剥がすと、自らの無事を確かめるように頭を払っている。
 そこからは彼に身体に降り積もっていた土埃が立ち込め、辺りにモクモクともやを作っていた。

「えっと・・・ここは、どこだろう?神殿の中なのは間違いないと思うんだけど・・・」

 ようやく身体を起こし辺りを見回すクルスは、そこに見覚えない室内の様子を目にする。
 彼が落下した地点に、神殿以外の人工物などない筈だ。
 そして神殿で何か月か過ごしたといっても、その間の動きを著しく制限されていたならば、このように全く見たことのない場所も珍しくないだろう。

「ここは・・・子供部屋?子供が遊ぶような玩具が転がってるけど・・・信徒の中に子供なんていたかな?いや、いてもおかしくはないのか・・・」

 部屋の中を見てみれば、そこは子供部屋のようだった。
 幼い年齢の子供が喜ぶような玩具や、彼らが描いたような絵が壁や床、そして散らばっている紙の上に描かれている。

「あれ、これは・・・髪の毛?いや、それとは違うような。こんな白くて、ごわごわした毛は・・・」

 床に散らばっていた紙を何となく拾い集めていたクルスは、その傍に落ちていた白い毛を手に取っていた。
 それは人の髪の毛や体毛にしては固すぎて、まるで獣の体毛のような質感をしていた。

「っ!そんな、まさか・・・じゃあ、あそこの爪の跡は・・・うわっ!?」

 その色を、そしてその質感を憶えている。
 そしてクルスは、この部屋のあちらこちらに刻まれている爪を研いだような跡も見つけていた。
 それはまさしく、あの子がここにいた事を示している。
 しかし、それは有り得ないのだ。
 あの子がその無邪気な笑顔を見せるのは、クルスといる時だけ。
 それ意外の時間はどこか知らない場所で辛い目に遭っていると知りながら、見て見ぬ振りをしてきたのだから。
 崩れた天井から、瓦礫が落ちて土埃が舞う。

「げほっ、げほっげほっ!!?」

 舞い上がった土埃が視界を覆い、クルスは激しく咳き込んでいた。
 しかしそれも、すぐに晴れる。
 まだ高い日差しに、抜け落ちた天井からは眩いばかりに光が降り注いでいた。

「あぁ・・・そうか。全て、全て僕が勝手に決めつけていたんだ・・・」

 土埃が晴れ、眩い光に照らされたのは、壁一面に描かれた人々の姿だった。
 その中心にはクルスと思しき少年と、アナと思われる少女が描かれている。
 そしてその周りには、信徒達の姿があった。
 それは不器用ながら、明るく幸せそうな色味で描かれており、彼が決めつけていた虐待の気配は微塵も感じることは出来なかった。

「くぅー!!」

 そして、その明るい声が聞こえてくる。
 崩れた天井の間から空を見上げ、その眩しさに目を細めていたクルスは、その声にそちらへと顔を振り向かせ、そこでもまた眩しい光景を目にしていた。

「アナ・・・?アナ!!」
「んー!!」

 勢いよくこちらへと駆けてくるその白い毛玉は、崩れた天井から差し込んでくる日差しに、キラキラと輝いている。
 その姿に焦点を合わせようとして細めた目蓋は、滲んだ水気に視界をぼやけさせる。
 クルスは両手を広げると、彼女を受け止める体勢を作っていた。
 そしてその白い毛玉、アナはそんな事などお構いなしに、最初から全速力でクルスに向かって飛び込んでいる。

「うわぁ!?痛てて・・・」
「くぅー、くぅー!!」
「はははっ、くすぐったいよアナ!そんなに舐めちゃ・・・ちょ、本当に・・・やり過ぎ・・・」

 受け入れ体勢を整えていた身体も、想定以上の勢いで飛び込んでくれば、そのまま押し倒されてしまう。
 飛び込んできたアナの勢いに瓦礫へとその身を沈めたクルスは、痛む身体を擦っては埃を払っている。
 そんなクルスの顔に、彼の胸へと飛び込んだアナはお構いなしといった様子で頬を擦り合わせていた。
 そしてそれでは気が収まらなかったのか、彼女はやがてその顔を激しく舐め始め、それは彼が声を発するにも苦労するほどの勢いであった。

「駄目ですよ、アナちゃん!!そっちは危ないから・・・?クルス、様・・・?」

 アナが飛び込んできた方角から、彼女を追いかけるように栗色の少女が小走りで駆け込んでくる。
 その少女は焦った様子でアナへと制止の声を掛けていたが、その先で彼女に押し倒され思うが儘に顔を舐められているクルスの姿を目にすると、驚愕の表情を浮かべその場に立ち竦んでしまっていた。

「君は、あの時の・・・そうか、アナの面倒を見てくれていたんだね」
「えっ!?そんな、面倒なんて私はただ・・・そ、そうだ!あの時は、その・・・助けてくれてありがとうございました!!」

 そんな栗色の髪の少女、ボニーの姿を目にしたクルスは、そこにいつか出会った少女の姿を思い出していた。
 そして彼女の今の姿に、どうしてここにいるのかを理解したクルスは、その口に微笑みを浮かべてお礼の言葉を述べる。
 ただでさえ突然現れたクルスの姿に混乱していたボニーは、その言葉にさらに混乱を加速させると、それを現すように両手をワタワタと暴れさせ、やがていつかのお礼を述べると激しく頭を下げていた。
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