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救世主

暴動 4

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「はぁ、はぁ、はぁ・・・辿り、ついた」

 無我夢中で走り込み飛び込んだのは、いつか見た掘っ立て小屋の中。
 激しい運動の疲れに息を切らせるクルスは、その場に身を屈め膝に手をついては呼吸を整えている。

「でも、僕は・・・」

 ようやく辿り着いた目的の場所にも、クルスの表情は冴えない。
 それはそこが、彼が望んだ場所ではなかったからか。
 それでもここに彼が存在するのは、多くの者がそれを望み、希望を託してくれたからだ。
 それらを振り返るように視線を巡らせた彼は、この部屋の中の様子を見まわしていた。

「・・・これを、お探しかい?」

 その姿はここから脱出するための鍵を探し求める姿に見えたのか、クルスに対してそう声を掛けてくる者がいた。
 彼はその指にキーホルダーの輪っかを潜らせては、クルスが目的していると思っている鍵をグルグルと回して見せている。

「まさか、お前までこの暴動に加わってるなんてな?ガキの手紙を届けるためにってのは嘘で、本当はここの様子を探ってたのかい?クルス・ジュウジー、いや救世主様つった方がいいのかぁい?」
「貴方は・・・」

 鍵の存在を見せつけるように動かして、それを今や握りしめた男は、かつてクルスに病気の治療を頼んできた男であった。
 彼は自らの胸元を押さえると、芝居がかった調子で騙されたとオーバーな振る舞いを見せている。
 しかしその口調とは裏腹に、彼の口元には勝ち誇ったかのような笑みが浮かんでいた。

「いやぁ、騙された騙された!まさかそんな狙いがあったなんてな!はははっ、しかしどうだい?あんたもう一人、付き従う者もいやしない。だがこっちには武器もあって、あんたを捕まえれば大手柄だ!あんたっていう暴動の首謀者をなぁ!!はははははっ、こりゃ傑作だ!!騙された方が得するなんてな!!」

 手をパタパタと振りながら信じられないと話す男は、やがて頭を押さえては高らかに笑いだしている。
 そして彼は得物を取り出すと、それを構えていた。
 彼が取り出した得物は、室内で振ることを想定したのか短めのこん棒のような警棒であった。
 それを両手に一本ずつ構えた彼は、じりじりと間合いを詰めてくる。

「待ってくれ、僕はそんなつもりじゃ・・・!」
「そんなん知るかよ!!お前はなぁ・・・黙って俺の手柄になりゃいいんだ!!はははっ!痒いのを治してくれてありがとう!!おかげで、今は存分に動けるぜ!!」

 嘘や誤魔化しではなく、クルスに彼の言うような意図はなかった。
 しかし彼からすればそんなものは関係ないのだ、彼はただクルスを捕まえ、その手柄が欲しいだけなのだから。
 欲望と野心に加速された腕は速く、それはクルスへと真っ直ぐに迫る。
 それに対して、クルスは反応すらしていなかった。

「間に、合った・・・」

 しかしその手は、クルスの身体には届かない。

「何だぁ?この金色の毛玉はぁ?どっから出てきたんだぁ?金、色・・・?まさかっ!?」

 男はクルスを庇うようにこちらに背中を向け、彼を抱きしめている誰かの姿に訝しむように首を捻っている。
 その誰かは、この薄暗い場所にあっても眩いほどに輝く金色の髪を湛えている少女であった。

「ごめんね、クルス。今度こそ、助けに来たよ」
「パトリシア・・・?」

 クルスを抱きしめる金髪の少女、パトリシアはその感触を確かめるようにもう一度強く彼を抱きしめると、その顔を覗き込むように腕を伸ばす。
 そうして彼女は輝くような、それでいて今にも泣きだしそうな笑顔で彼を助けに来たと宣言していた。

「私はパトリシア!聖女、パトリシア・フレイムストーンです!!そこの貴方、ここで引くのならば私に手を出したことは不問に致します!!さぁその得物をしまい、お引きなさい!!!」

 彼女の唐突な登場に、クルスは理解が追いつかないと目を丸くしてしまっている。
 そんな彼の表情に僅かに表情を緩めたパトリシアは振り返ると、年相応の少女の姿を脱ぎ捨て、聖女としての振る舞いで男に対して命令を下す。

「へへへ・・・聖女だとぉ?関係ないね。この扉の向こうに入っちまったもんはなぁ、存在しないことになってるんだ。聖女だってなぁ、例外じゃねぇんだよ!!」

 しかし指を伸ばし、宣言するように命令するパトリシアの言葉に、男は下卑た笑みを漏らすばかり。
 彼はこの場所に纏わるルールを口にすると、パトリシアの手をその得物で払い避けていた。

「嘘!?そんな事、ある訳が・・・」
「それが、あるんだなこれが。聖女だろうとなぁ・・・俺の邪魔をするんなら、消えちまいなぁ!!」

 彼が口にしたルール、この場所は外の世界とは全く別の世界だと告げるそれを、パトリシアは信じられないと否定している。
 しかしそれは、目の前の彼の振る舞いが証明している。
 先ほどのものとは違い、パトリシアの手を払った彼の振る舞いは到底許されるものではない。
 そして今まさに、はっきりと敵意を覗かせて彼女へと飛び掛かっている彼の振る舞いなど、有り得ないのだから。

「彼の言う通りです!!ここは危険だ!パトリシア、彼を連れて早く外へ!!」

 そんな男の事を眼鏡の青年、ブライアンが後ろから羽交い絞めにする。
 彼は男を必死に取り押さえながら、パトリシアに早くここから逃げろと叫んでいた。

「う、うん!クルス、行こう!!」
「あ、あぁ・・・」

 ブライアンの声に力強く頷いたパトリシアは、クルスの手を取り出口へと向かう。
 そこには何が何だか分からないという様子で、外へと続く扉を押さえている信徒の姿があった。

「待てよ!お前だけは!!」

 執念か、それとももっと別の感情のためか、どうにかブライアンを振り切った男が、出口へと向かうクルスへと手を伸ばす。
 今だに、パトリシアに引っ張られるだけで自分の足で走ろうとしていないクルスの足は遅く、それに追いつかれてしまう。

「駄目!!」

 そして追いつかれてしまったクルスの代わりに、パトリシアがその身を捧げていた。

「クルス、貴方だけでも逃げるの!!いい!?」

 クルスの身代わりに男の魔の手に落ちたパトリシアは、その最後に彼の身体を押し出している。
 彼女に押し出されたクルスは、扉を押さえていた信徒とぶつかり、彼はそこから弾き飛ばされてしまっていた。

「パトリシア・・・どうして、どうして皆、僕なんかのために・・・」

 押さえのなくなった扉は、ゆっくりと閉まっていく。
 それを見送ったクルスは俯くと、ふらふらと歩き出していた。
 出口の方へ向かい、ゆっくりと。
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