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救世主

脱出の企て

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「いやぁ~、助かった助かった!流石は『救世主』様だな!こうも見事に治っちまうなんてな!」

 愉快そうな声を上げながら、無精髭を生やした男はクルスの肩をバンバンと叩く。
 彼らが立っているのは、簡素な作りの掘っ立て小屋の中だ。
 それは生活するには満足のいく作りではなかったが、強制的に労働させている奴隷達を監視するには、それでも十分なのだろう。

「・・・それで、お願いしても?」
「あぁ、お願い?・・・何の話だっけ?」
「っ!?話が違う!!貴方を治せば、こっちの願いも聞いてくれると・・・!」

 ニタニタとした笑顔を浮かべながら、馴れ馴れしく肩を組んでくる男に、クルスはどうにか距離を取ろうとしながら、確認するようにそちらへと視線を向ける。
 しかしそんなクルスの視線に対して男は惚けた表情を見せると、まるで見当がつかないと首を捻っていた。

「はははっ!冗談だよ、冗談!!手紙だったよな?いつもの所に出しとけばいいんだろ?適当な封筒はあったかなっと・・・」

 そんな男の態度に、クルスは彼の手から逃れるとその顔を睨み付ける。
 男はそうしてクルスに睨み付けられてもしばらくは惚けた表情を続けていたが、やがて噴き出すように笑いだすと、彼が手に持っていた手紙を奪い取っていた。

「・・・信用して、いいんですよね?」
「あ?当たり前だろ?こんな程度の仕事で、ただで治療してくれる奴を手放すかっての!いやぁ、この前娼館に行ってから、あそこが痒くて痒くて・・・あの女、ガキだ何だとうるさいだけじゃなく、絶対何かもってやがったな!なーにが、毎月ちゃんと検査してる優良店だ!嘘っぱちじゃねぇか!!」

 ひらひらと手にした手紙を振りながら、どこかに適当な封筒がないかと探している男の背中に、クルスは疑いの混じった視線を向けている。
 そんなクルスの疑いに男は振り返ると、彼を手放す訳がないと下卑た笑みを覗かせていた。

「へへへ・・・でもあの女、あっちの方が良かったなぁ。痒いのも治ったし、今度もういっぺんいってみるかな?また痒くなったら、治してもらえばいいんだし・・・」
「・・・とにかく、お願いしますね」

 不誠実な娼館に対して怒り散らし、明後日の方向へと怒鳴っていた男はしかし、やがて頬を緩ませるといやらしい表情をその顔に浮かべていた。
 そんな彼に対し、これ以上ここにいるのは時間の無駄だと判断したクルスは嘆息を漏らすと、そのままこの場を後にしていく。

「何だ、もう行っちまうのか?そうだ、今度一緒に遊びに行こうぜ!あの子は譲れねぇけど、他にもいい子がいるからよぉ!」
「・・・行ける訳、ないじゃないか」

 去っていくクルスに気づいた男は、下品ながらも気のいい笑顔を浮かべては彼へと手を振っている。
 そんな男の姿を振り返りながら、クルスを一人呟いていた。
 彼の視線の先には男が手を振る掘っ立て小屋と、それとは不釣り合いなほどに頑丈の作りの扉の姿が映っていた。
 そのこの世界と、外の世界を隔てる扉の姿が。



「おぉ!クルス、ここにおったのか!」

 仕事を果たし、帰途を歩くクルスの足はどこか重たい。
 そんなクルスの姿を見かけ、慌てた様子で駆け寄ってくる老人の姿が。
 彼は、その口元に立派な髭を生やしており、そのために口元が見えなくなっている老人であった。

「イーザさん?どうしたんですか、そんなに慌てて」
「はーはーはー・・・どうしたもこうしたもあるかい!お前さんを探しとったのよ!!一体、何処に行っておったのじゃ!?」

 その老人、イーザはクルスの傍にまで駆け寄ると膝に手をつき、肩で激しく息をしている。
 そうしてしばらく息を整えていたイーザは、突如顔を上げると不満げな表情で怒鳴り声を上げる。

「ククルの手紙を届けに行ってたんですよ」
「そうか、あの坊主の・・・そりゃ、悪かったのう」

 しかしそれも、クルスが何処に行っていたのかを聞くまでの話だ。
 それを聞いたイーザは、はっとした表情を浮かべると、そのまま申し訳なさそうに肩を竦めていた。

「それで、どうしたんですかイーザさん?」
「おおっ、そうじゃそうじゃ!お前さんを探しとったのよ!今、大丈夫かの?」

 事情も知らずに一方的にクルスを責めてしまったと落ち込むイーザに、彼は気を遣っては要件を促している。
 それに顔を上げたイーザは、今度は丁寧に彼に予定を尋ねていた。

「別にいいですけど・・・何なんですか、一体?」
「何をって・・・脱走の話に決まっておろうが!」

 為すべき仕事を果たしたクルスは、改めてイーザに用件を尋ねている。
 そんな彼の呑気な様子に、イーザは憤慨するように要件など決まっていると吠えていた。

「またその話ですか?言ったじゃないですか、僕はその話には乗らないって。いいんです、僕はもうここで・・・」

 奴隷労働施設からの脱走。
 それはこんな環境下に置かれた人にすれば、当然の考えといえる。
 しかしそんなイーザの言葉に、クルスはうんざりと首を振ると、全てを諦めてしまったかのような遠い目をしていた。

「・・・お前さんはそれでもええかもしれんが、あの坊主みたいなのもおる。あんな子供を、いつまでもこんな場所に置いておくつもりか?」
「それは・・・」

 クルスが見せる遠い目に、複雑な表情で押し黙ったイーザはしかし、それでも彼の説得は諦めはしない。
 彼は先ほどの少年、ククルの事を持ち出し、クルスを脱走へと誘う。
 その言葉には、クルスも迷いを見せていた。

「それに、今回はお前さんも無関係ではないぞい。何せ、お前さんの教団が・・・えぇと、何と言ったかの?まぁええ。とにかく、お前さんの教団がここの連中に襲撃されるという話があるんじゃからな」

 迷う素振りを見せたクルスに、イーザは手応えを感じさせる笑みを湛えると、腕を組んでは畳みかけるように言葉を続ける。
 それは、彼の教団が襲われるという話であった。

「え・・・?」

 イーザの言葉に、クルスは言葉を失い固まってしまう。
 彼の耳には、掘り出した鉱石を精錬し、加工する音が響いている。
 その鉄を打ち、武器へと加工する耳障りな音が。
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