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逃亡

格好の手段

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「はぁ・・・そうは言っても、一体どうすればいいんだろう?」

 神殿の廊下を歩きながら、パトリシアは一人溜め息をつく。
 目的であったクルスとの面会が叶い、意気揚々と彼を助けると宣言してから、一体どれ程の月日が経っただろうか。
 実際にはそれは数日の月日でしかなかったが、自信満々で宣言した手前と、この全くうまくいっていない進捗は、彼女の気分を重くするには十分なものであった。

「クルスの話では、脱出路は見つけたから後は騒ぎを起こして注意を引いてくれるだけでいいって言われたけど・・・これだもんな」

 廊下を一定の速度で歩くパトリシアに、続く足音は彼女の分だけではない。
 後ろをチラリと振り返った彼女の目に映ったのは、無言のままに付き従う信徒の姿であった。
 それらが女性信徒だけであったのは、せめてもの配慮だろうか。
 しかしそれらの目的が、パトリシアの監視にあることは明らかであった。

「はぁ・・・本当、どうしたらいいんだろ?」

 そんな監視の目の中で、一体どうやって騒ぎを起こしたらいいのか。
 パトリシアはそんな難しい課題に、頭を抱えたい思いで溜め息を漏らす。

「パトリシア様、次の御予定なのですが・・・」
「あ、はい!えっと、次はどこに・・・あれ、貴方どこかで・・・?」

 そんなパトリシアの下に、栗色の髪をした信徒が近づいて来ていた。
 彼女の声に慌てて顔を上げ、聖女としての表情を作っていたパトリシアはしかし、目の前の女性の姿を捉えると、そのまま逸らしそうだった視線を再びそこへと戻していた。

「はい?あの、私が何か・・・?」

 予定を伝えに来ただけの信徒は、パトリシアの反応に戸惑い小首を傾げている。
 そんな彼女を前に、パトリシアはこめかみに指を当てては何やら唸りながら考え込んでいた。

「うーん、うーん・・・あっ!あーーー!!?貴方、あの時の!!」
「え?」

 そして彼女は思い出す、その目の前の信徒がいつか救おうとしていた少女であった事を。
 ようやくそれを思い出したパトリシアは抱えていた頭を上げると、ボニーの顔を指差して大声を上げている。
 パトリシアのそんな激烈な反応を目にしても、ボニーはより一層訳が分からないとぽかんと口を半開きにするばかりであった。

「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきます!!貴方、案内お願い出来ますか!?出来ますよね!?」
「えっ、えっ!?せ、聖女様っ!?」
「それじゃ、行ってきまーす!!」
「ちょ、えっ!?きゃあぁぁぁっ!!?」

 呆気に取られ、ぼーっと突っ立ってしまっているボニーの手を取ったパトリシアは、そのまま適当な言い訳を叫ぶとその場から駆け出していた。
 訳も分からないまま彼女の引きずられているボニーは悲鳴を上げるが、それもやがて掠れて消えていく。

「えっと、私達はどうすれば・・・?」
「生理現象でしょう?待つしかないじゃない、それに・・・」
「何かあった時は、あの新入りのせいになる、か」

 パトリシア達が去っていた後、そこに残された信徒達は途方に暮れたように立ち尽くしていた。
 彼女の達は戸惑うように、周りの信徒達と言葉を交わしていたが、やがてその場で待つしかないという結論に達したようだ。
 彼女達が不安そうに視線を向ける先からは、もはやボニーの悲鳴すら聞こえなくなっていた。 



「な、何なんですか貴方は!?幾ら聖女だからって・・・はっ!?もしかしてそっちの趣味が・・・いやー!!助けて、誰かー!!犯されるー!!」

 無理やりボニーを女子トイレに引っ張り込み、そこの個室へと押し込んだパトリシアの鼻息は荒い。
 その興奮した様子は、ボニーに何かを勘違いさせるには十分な迫力であった。

「えっ!?何を・・・ち、違うって!!そんなんじゃないから!えっと・・・貴方、私の事憶えてない?」
「は?ネムレス教の聖女では?それがどうだっていうんですか!?私は、そんな権威に何て屈しませんからね!!」

 ボニーが口走った内容を、始めパトリシアは理解出来なかった。
 しかしやがてそれを理解すると、顔を真っ赤に染めた彼女は必死に首を振ってはそれを否定している。
 パトリシアはボニーと依然会ったことを思い出させようと語り掛けるが、なまじ知名度が高かったためか彼女は一向にピンときた様子を見せない。

「だから、違うんだって!!ほら、あの時・・・聖霊祭の時、クルスと一緒にいた!憶えてない!?」
「・・・クルス様と?そういえば、あの時もう一人誰かいたような・・・」

 何故か刻一刻と悪化していくような状況に頭を抱えたパトリシアは、どうにかボニーの記憶を引きずり出そうと、数少ない共通のエピソードを口にしている。
 そしてパトリシアが口にしたクルスという単語に、ボニーは反応すると急激に大人しくなっていた。

「そう!それがわた―――」
「えーーー!?もしかして、あの時私を助けてくれたの聖女様だったんですか!?そんな、私・・・クルス様にだけじゃなく、聖女様にまで助けてもらっていたなんて・・・感激です!!」

 何かを思い出すように考え込み始めたボニーの姿に手ごたえを感じたパトリシアは、自らの胸に手を当ててその存在をアピールしようとしている。
 しかしそれをするまでもなく自力で思い出したボニーは驚くように大声を上げると、キラキラと輝く瞳でパトリシアの手を握り締めていた。

「え?う、うん。そうなんだけど・・・何か調子狂うな」

 先ほどまでは強い疑いの目を向けてきていたボニーが今や、尊敬と憧れで輝く視線を向けてきている。
 その見事なまでの手の平返しに、パトリシアは圧倒され戸惑ってしまっている。

「えーっとね、その・・・貴方に手伝って貰いたい事があるのだけど―――」
「はい!!私に出来る事なら、どんな事でも仰ってください!!」

 いつの間にか立場が逆転し、今やパトリシアがボニーに気圧されてしまっている状況に、彼女は恐る恐るといった様子で当初の目的について口にする。
 本来ならば了承され辛いその申し出はしかし、ボニーによって詳細まで到達する前に了承されてしまう。
 その勢いは、その事実が本来嬉しい筈のパトリシアが、逆に引いてしまうほどのものであった。

「えぇ・・・いや、いいんだけど。大丈夫なのかな、この子・・・こんな簡単に人を信用しちゃって」

 もはや疑う事の知らない瞳を向けてくるボニーに、パトリシアは心配の視線を向けている。
 しかしその意味に彼女が気づくことはなく、不思議そうに瞬きを繰り返すだけ。

「それで、私は何をすればいいんですか!?」
「ええとね・・・それじゃあ―――」

 胸に去来した心配も、目の前の都合のいい存在を無視するほどのものではない。
 グイグイと逆に圧力を掛けてくる勢いで、頼み事を要求してくるボニーにパトリシアはやがて押し切られ、その考えを話し始める。
 それは、至って単純な計画であった。
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