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聖女と救世主

聖女

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「あら、何の騒ぎ?」
「こ、これは聖女様!?このような所においでとは・・・い、いえ大した騒ぎではございません!聖女様が気になされるほどでは・・・」

 クルス達の一行がその場を去り、民衆達の騒ぎも収まりを見せ始めた頃、美しい金髪の少女がその場を訪れ、メルヴィンの部下へと声を掛ける。
 彼はその少女の姿を目にすると慌てて姿勢を正し、自らの身体についた汚れを払っていた。

「・・・ルナ・ダークネスとその一行が現れたのですよ。それで騒ぎに」

 何かを誤魔化すように言葉を濁すメルヴィンの部下に代わって、眼鏡を掛けた落ち着いた様子の青年がその少女の質問に答えている。
 しかし自らの質問に率先して答えたにも拘らず、青年に向ける少女の視線はどこか険悪なものであった。

「ブライアン、貴方・・・ここにいたの?」
「えぇ、先ほどからずっといましたよ。貴方の傍にね」
「まぁ!レディの姿を覗き見るなんて・・・お行儀の悪いんじゃない?」
「それが仕事ですので」

 心底嫌そうに、その形のいい眉を顰めた少女はブライアンと呼ばれた青年に向かって唇を尖らせている。
 しかしブライアンは、そんな彼女の悪態など気にも留めない様子で、爽やかな笑顔をその口元に浮かべていた。

「仕事仕事・・・あぁもうっ、嫌になる!!はぁ・・・それで、何があったの?彼女が現れたと聞こえましたけど?」
「えぇ、その通りです聖女様。彼女が、ルナ・ダークネスが現れたのです」

 一切悪びれた様子のないブライアンの態度に、少女はその美しい長い金髪を振り乱しては、軽く地団太を踏んでいる。
 それである程度ストレスが発散されたのか、彼女は急に落ち着くと改めて何があったのかと青年に尋ねていた。

「ふぅん、通りであのタコ親父が荒れる訳だわ。あれにとって、彼女は天敵だものね」
「まぁ、昔から何かと因縁がありますので、そうなってしまうのも致し方ないかと。眩い光は、時に闇もまた深くしてしまうものですから」

 青年にここで何が起きたのか改めて聞いた少女は、何やら訳知り顔で部下達を怒鳴りつけているメルヴィンへと視線を向けていた。
 そんな彼女の言葉に苦笑いを漏らしながらも同意したブライアンは、その最後に少女の方へと視線を向ける。

「・・・何よ?じっと見て」
「いえ、何でもございません。自覚がないのであれば、その方がよい場合もございますので」
「・・・変なの」

 ブライアンが向ける視線の意味を理解出来ない少女は、それに対して不思議そうに首を傾げるばかり。
 そんな彼女の姿にブライアンは静かに首を横に振ると、少女には理解出来ない言葉を呟いていた。

「あ、やば。ブライアン、後はお願いね!」
「聖女様!?どこに行かれるのですか!?」
「大丈夫大丈夫!遠くには行かないから!!とにかく、後はお願い!」

 ブライアンの訳の分からない言動に、さらに頭を捻らせては首を傾げていた少女は、突如何かに気がついたかのように声を上げると、慌ててその場から駆け出していた。
 そんな少女の振る舞いに驚き、慌てて制止するブライアンにも彼女は手を振って応えるだけ。
 近くにあった積み上げられた荷物の影へと隠れると、そこから僅かに顔を覗かせていた。

「どうしたのでしょうか?まるで、何かから逃げるかのような動きですが・・・」
「おぅ、ブライアンではないか!丁度いい所に!!」
「・・・なるほど、そういう訳でしたか」

 少女の不可解な動きに、顎に手を当てては訝しんでいたブライアンはしかし、その背中へと掛かった大声にその訳を知る事となる。

「む?何か申したか?」
「いえ、何でもありません。レイノルズ司教がお気になされるような事は何も・・・それより私に何か御用でしょうか、レイノルズ司教?」
「そうなのか?まぁそれはよい。それよりもブライアン、折り入って頼みたいことなのだが・・・ここでは不味いな。ブライアン、向こうで話せるか?」
「はぁ・・・」

 少女の動きの理由を悟り、ブライアンが思わず口の中で呟いた言葉をメルヴィンは耳聡く聞き咎めている。
 しかしそれを誤魔化すブライアンの仕草は、如才のないものだ。
 ブライアンの折り目正しい仕草と笑顔にあっさりと誤魔化されたメルヴィンは、何やら神妙な表情を見せると彼に頼みたいことがあると話を持ち出す。
 そして周囲の目を気にするように周りを見渡した彼は、近くにあった積み上げられた荷物の方を指差していた。

「っ!?何でこっちに来るのよ!?」

 そこはまさに、少女が身を潜めている荷物であった。

「・・・?何か聞こえたか?」
「ネズミか何かでしょう。それより、お話とは?」
「おおっ、そうだったそうだった!話というのは他でもない、貴公にルナ・ダークネスの・・・いや、奴が連れている少年を監視してもらいたいのだ」

 積み上げられた荷物の裏側で、少女が思わず漏らしてしまった声をメルヴィンは聞き逃さない。
 しかしそれは、ブライアンがわざとらしいほどの大声で違うと断言することで事なきを得る。
 その大声は、それを聞いているであろう少女を安心させるためのものだったのだろう。

「ルナ・ダークネスが連れた少年の監視・・・一体、何故でしょうか?そもそも、私にはお役目が・・・」
「そのお役目というのは、あの娘の護衛であろう?そういえば、あの娘の姿が見えんが・・・」

 メルヴィンが口にした頼みに、ブライアンはどこか警戒するような声色を口にしている。
 そうして彼が口にした断りの理由が、姿の見えない少女の存在を浮き彫りにしてしまっていた。

「いえ、間違いなくここにおられます」
「・・・そうなのか?まぁ、とにかく。そのような役目、貴公がわざわざやるまでもなかろう?わしの部下に変わりをやらせよう。だから先ほど件、やってはくれんか?」

 その事実に不思議そうに首を傾げるメルヴィンに、ブライアンが返した言葉は間違いではない。
 しかしその言葉に、彼の背後にいた大きなネズミがガタガタと激しい音を立てさせてしまう。
 それでもどうやらメルヴィンはそんな事よりも自らの頼みの方が大切なようで、少女の姿がないことはさほど気になってはいないようだった。

「・・・理由を、窺ってもよろしいでしょうか?」
「・・・今は、言えん。とにかく、何も言わずにやってはくれんか?」

 メルヴィンの物音への不注意さは、それだけがこの件に夢中になっている事を示している。
 その圧力に負けたブライアンは、最後に理由だけでもと尋ねていたが、それに対してメルヴィンは背中を向けて押し黙るばかりであった。

「・・・・・・レイノルズ司教が、そこまで言われるなら」
「おおっ、そうかそうか!ならば早速頼めるか?先ほど奴らは向こうの方へ・・・」

 ブライアンはやがて、諦めたように了承の言葉を告げる。
 それに歓喜の声を上げたメルヴィンは、ブライアンの肩を叩くと早速とばかりに彼を連れ、何処かへと立ち去っていく。

「・・・もしかして、あのねちっこいブライアンの監視がなくなった?・・・チャ~~~ンス」

 その会話の一部始終を積み上げられた荷物の裏で聞いていた少女は、ニヤリと口元を歪ませる。

「よーーーし!これで、こんな堅っ苦しい生活ともおさらばね!!」

 喜びに、勢いよく立ち上がった少女は、それを大声で宣言している。
 その勢いは、彼女の背後に積み上げられた荷物を見事に崩してしまっていた。

「おいっ!?何してくれてんだ、嬢ちゃん!!?」
「ふぇぇぇ!!?す、すみませーーーん!!悪気はなかったんですーーー!!!いつか、いつか弁償しますからーーー!!今は・・・ごめんなさーーーい!!」

 思わぬトラブルに、その荷物の主だろうか男の太い怒声が響く。
 しかし少女は今更止まる訳にもいかず、謝罪の言葉を叫びながら駆け出していた。
 その背中には長い金髪が舞い、光を浴びてキラキラと輝いていた。
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