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体育祭
しおりを挟む龍神side
服装を整えるために鏡と向き合いながら、短く息を吐く。
夏休みが明け、今日からついにまた学園が再開する。
時刻は午前7時半前。二学期初日は夏休み中に仕事を終わらせているため風紀室に向かわなくて良い。こんな日はなかなか無いので、つい少し遅めに出てしまう。
「そろそろ行くか…」
部屋を簡単に片付けて戸締まりを確認する。学園内だから厳重に警戒するほどではないのかもしれないが、意識は日頃から高く持たなければ。
ん、閉まってるな。
「いってきます」
俺は一人部屋なので誰もいないのだが、何となくいつも言っている言葉を呟いた。一年の時は相部屋、というのも、実は少しだけ楽しそうで羨ましかったりもしたのだが……今となってはもう1人部屋にすっかり慣れてしまった。
玄関で靴を履く。少し汚れていたので、帰ったら掃除をしようと思いながら玄関を開けた。
するとその瞬間、同時にインターホンが鳴って、
「うおっ!!」
という悲鳴と共にびっくりしている西連寺が視界に入ってきた。
「同時か……流石にビビった。ほんとに時間ピッタリに出んのかよ……」
罰が悪そうな顔で頭をかく仕草に思わず固まる。制服姿で、肩には鞄。その出で立ちから登校途中だと分かる。なおさら状況が理解できなくなった。
「…………仕事は、もう無いと思っていたんだが。もしかして急ぎの書類があったのか?」
「は?」
西連寺が俺の部屋を訪ねてきたのは今回が初めてだ。よほど火急の用があるか、重要な案件であると見るのが妥当だろう。
「……あー、そうだった、お前はそういう奴だよな……」
しばしの沈黙の後、肩を落としてこめかみを押さえる西連寺。なんだ、その顔は。
馬鹿にされたような気がしてムッとしている俺に、まず仕事じゃねぇ、と否定を返した。若干決まり悪そうにしながらも不満げにする。
「……言ったろ、変わるって。忘れちまったのかよ」
その言葉に、波のごとくあの夏祭りでの出来事が押し寄せてきた。西連寺、かき氷、花火、キス、告白……全て鮮明に記憶されていて、情景を思い返した俺は火がついたように顔を真っ赤にしてしまった。反射で顔を腕で覆うが、もう遅い。西連寺が楽しそうにくくくっ、と声を押し殺して笑う。
くそっ、こいつ…………。
「………忘れられるわけないだろうが、あんなの……」
「ふっ、くくっ……覚えてるみてぇで安心したぜ。まあそれで、変わる一環としてまずは一緒に登校しようと思ってな」
本当に別人だな、と俺は変な気分で西連寺を見つめる。俺へのニ人称が『てめぇ』から『お前』になっているし、馬鹿にしたようなことも嫌味も言わない。俺以外の人間には西連寺はいつも大体こんな感じなので根本的には変わっていないのだが、俺にその態度を向けられるとなんだかどう反応したらいいか分からなくて困る。
「まあ、登校くらいなら………」
俺は誰かと一緒に登校したことはほとんどないのだが、まあ並んで歩くくらいなら構わない。提案に頷いてカードキーで部屋を施錠した。すると西連寺がごく自然に手を繋いできて、焦って抗議する。
「っ!?これは聞いてない!」
手を離そうとする俺に、しかし西連寺は平然とした様子で首を傾げた。
「知らねぇのか?降魔では登校では手を繋ぐのが常識だ」
「……は?」
常識……?
何だ、そんなのは聞いたことがないぞ。
いや、もしかすると、俺の知らないところで実は………。
いや待てそんな常識があってたまるか。
常識、という言葉と堂々と言い切る西連寺に一瞬騙されそうになるが慌てて首を振る。どういう文化だそれは。
「ま、別に減るもんじゃねぇし諦めろ」
「馬鹿かお前は!誰かに見られたらどうする!」
「上等だ、見せつけてやるよ」
冗談ではない。俺がいつも登校している時間ならまだしも、この時間は他の生徒がたくさん登校してくる。見られたらと思うと気が休まらないぞ、俺は。
祭りの時は手を繋ぐだけで赤面してたくせになんなんだこいつは。なんで急にこんなに接近してくるんだ……。
「まだこれよりマシだろ?俺だって譲歩してんだよ」
そう言って西連寺は一度手を離し繋ぎ直す。指の間に西連寺の長い指が絡んでぎゅっと握られた。さっきの握手のような繋ぎ方とは違って、密着が妙に艶めかしくて頬が紅潮する。しかも解き方もよく分からない。
「……~ッ!もう、いいだろう。離せっ…」
「ふ、お前もそんな顔すんだな。良い収穫だ」
俺の様子を見て満足げな顔をした西連寺が元の繋ぎ方に戻してようやく息を吐き出した。これは、心臓に悪い。
「………分かった」
睨みながら仕方なく承諾する。西連寺が目を細めた。
「稀吏に聞いた甲斐があったな」
その言葉に俺はハッとした。昨日の夜、生徒会書記の稀吏から明日何時に寮を出るのかと聞かれた。何故西連寺が俺が今日出る時間を知っているのか疑問だったがまさか稀吏もグルだったとは……無害な存在だと油断してしまっていた。
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