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「ルブランテ様、どうかこの辺りで湧き上がったお怒りを鎮めてくださいまし。その端整なお顔に憤怒の色は似つかわしくありませんわ。わたくしにもなにか至らぬところがあってカムシール様もあのようなことをなされたのでしょう。それゆえ自省するべきはわたくしの方ですわ」

 頃合いと悟ったのか、件のロゼッタがおずおずと口を挟んだ。

 そもそもの発端である彼女だけど芝居がかったような口調ね。

 私とは決して目を合わせないように目を伏せてはいるものの、果たしてフェイスベールの下ではどのような表情を浮かべているのやら。

 自分に置き換えてみたらそうね、たぶん笑っているに違いないわ。
 だってあまりにもバカらしくて。もちろん簡単に信じ切ってしまうルブランテのことだけど。

「おおロゼッタよ、自身に仇なす者まで慮るとはそなたはなんと慈悲深い心の持ち主なのだ。それに引き換え、カムシールはなんと狭量なことか。おおかた彫刻品と見紛うほどに美しいロゼッタの容貌に嫉妬したのだろうが愚かにもほどがある。まったく、これだから女というやつは……」

「いやですわルブランテ様、わたくしが彫刻品のように美しいだなんて。しがない男爵令嬢であるわたくしなどより、よっぽどカムシール様の方が見目麗しくありましてよ。その証拠にほら、学園でカムシール様の美貌を褒めたたえる殿方の数は尽きないほどですもの」

「ははは、そのようなことあるものか。確かに他の貴族たちには美人の令嬢が婚約者で羨ましいと褒めそやされたこともあるが、あんなのはただの世辞だろう。余の両まなこにはロゼッタの美麗さしか映らんよ。この世のどのような名画よりもずっと眺めていたくなる」

「ルブランテ様ったら、本当にお上手ですこと。流石、女性の扱いに慣れていらっしゃるご様子。お戯れであっても嬉しさのあまりわたくしもつい本気にしてしまいますわ」

「構わん、余は世辞など言わぬ。なればこそ我が口をついて出た称賛の言葉はすべて嘘偽りのない本心ということだ。だが、ここまで余に言わせるとはお前も罪な女だ。一国の王太子を惑わすとはこれは責任を取らせねばならぬな」

 あの気位が高く傲慢なルブランテがこうも他人を、それも普段は下に見ている男爵令嬢を臆面の照れもなく褒め称えるとは驚きね。

 それだけルブランテがあの女に入れ込んでいるということかしら?

 私のことを褒めてくれたことなんて一度だってない癖に。とはいえ気のない相手からの褒め言葉なんてもらったところで嬉しくもないけれど。
 
 ああそうそうこの間《かん》の私はといえば、目の前で繰り広げられるあの二人の胸焼けしそうなほどに甘くてくだらない、まさに歯の浮くような会話を黙って聞かされていた。

 けれども脳裏に浮かぶのは、

 ――時間の無駄なのに、いつまでこんな茶番を見守っていなければならないのだろう。あー早くおやつ食べたい。今日はドーナツの気分!
 ただそれに尽きた。
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