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 一日の始まりから終わりまでを床に伏せるようになってから早数年、部屋の大きな窓から見える景色が私の世界のすべてでした。

 春には大小様々な命が一斉に活動を再開し、夏には太陽の熱い日差しとどんよりとした入道雲の夕立が交互に降り注ぎ、秋には紅葉を終えた庭の立派な花楸樹ナナカマドがたわわに果実を実らせ、冬にはしんしんと静かに積もる白雪が時間をかけて少しずつ銀世界を形作っていきます。

 私は産まれた時から体が弱く、よく熱を出しては寝込んでいたので侯爵家の長女という責任ある立場にありながら、その役目のほとんどを二歳年下の妹に任せっきりの駄目な姉です。

 そのうえ同年代の友達もおらず、もちろん他所の令嬢がみんな一度は経験をしているデビュタントもしたことがありません。

 当然外に遊びに出るなんてことはもってのほかで、やることがなかった代わりにたくさんの本を読んだおかげで無駄に知識を蓄えていたりはします。

 そんな私ですが、婚約者だけはいました。
 ではなくと過去形なのは既に婚約破棄の打診が向こうの家から届き、こちらがその申し出を受諾したからです。
 お相手はさる伯爵家のご子息様でした。

 元々この婚約は両家の親が決めたものであり実はその婚約者となる方に結局一度もお会いしたことはないのですが、それでも私はお相手の男性へひそかに想いを馳せておりました。

 やはり女としてこの世に生を受けたからには恋の一つや二つはしてみたかったのと、なによりこんな役立たずな存在の自分がせめて家族のためにできる恩返しといえば政略結婚くらいでしたから、理想の旦那様を空想することで淡い恋心に昇華させようとしていたのかもしれません。

 しかしそれも将来的に私の体調が快復するのと、妻として世継ぎを産むことを条件とした婚約でしたので、いつまで経っても寛解かんかいの兆しが見えない者が婚約破棄されるのは当然の話でした。

 なにより、向こうの家にまでこれ以上私のことで煩わせることは本意ではありません。
 ゆえに甘んじてこの結果を受け入れたのですが、再び役立たずでお荷物で穀潰しの存在に逆戻りしてしまいました。

 ですからその日を境に、ふとした瞬間にこのまま死んでしまいたいという暗い感情に駆られるようになりました。

 確かこういうのは希死念慮といったでしょうか、とにかくこの先もずっと周りの人間に迷惑をかけるだけの自分が生きていても仕方がない、それならばいっそ死んだ方がみんな楽になって喜んでくれるのではないかと考えるようになったのです。

 けれども自決するだけの覚悟は持てず、ただ自らの死を漠然と乞い願うだけの退廃的な毎日を送っていました。

 すると、そう長くは生きられないだろうとかねてより侍医の先生から宣告されてはいましたが、最期の刻は割とすぐにやってきました。
 
 突然体調が悪化した私はそのまま三日三晩四十度を超える熱にうなされ続け、苦しみぬいた挙げ句にあっけなく息を引き取ったのです。
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