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家に戻って、エドナさんや母が支度をしてくれたんだけど……

「えっと、ウィル……そんなに見ないでくれる?」
「……」

 カツラをかぶってワンピースを着て、胸元にはクッションの膨らみがふっくらしている。お嬢様はこんなに大きくないと思うけど、作った人の趣味かな?

「よしよし。似合ってるじゃねぇか。本物のお嬢さんは警護もつけた。念のためアンディに似た格好もしてもらったし、大丈夫だろう」
「僕はどうしたら?」
「ちょっと買い物に行ってくれ。メイドさんにはわざとはぐれてもらって隙を作るから、絶対に近寄ってくるはずだ」
「やっぱり危険だ」

 ウィルはまだ反対みたいだ。でも、ここまで準備したし! 頑張ろう!

「アンディ」

 ウィルに呼ばれたと思ったら抱きしめられていた。体の大きなウィルに抱きしめられると、僕はすっぽり包まれてしまう。

「ウィ、ウィル!?」
「気をつけろよ。いくら男でも、相手の力が強かったら逃げられないんだから。大声で俺を呼べ」
「うん……頼りにしてるよ」
 
 いつだって頼りにしてきた。でも、今日は僕が役に立って見せるから!! 

 ウィルがいなくなった後、小一時間してからエドナさんと宿の客用玄関から出る。エドナさんが心配そうな顔で僕を見た。

「アンディさん……お嬢様の代わりに危険な目にあわせてごめんなさい。気をつけてくださいね」
「大丈夫。僕だって男だよ? ほら、商品に夢中なふりをしてて」
「はい……」

 エドナさんが店の店頭の商品を見ている間に、僕は他の店が気になった風を装い彼女の側を離れた。

「どこかにいるのかな? それとも、人がたくさんいるから来ないかな?」

 人気の少ないところに誘い込んだらどうだろう? 少しずつ人通りの少ない方に向かうと、なんとなく視線を感じた。

 きたかな?

 裏道を目指すと、はっきりつけられていると確信した。

 ウィルたちがついてきてるはず……でも、これだけじゃ証拠がないよね。

 次の角を曲がろうとした瞬間、目の前に影が現れて僕はそいつにぶつかってしまい、そのままガッチリと抱き込まれてしまった。

 や、やだっ!! 怖いっ! でも、声を出したら偽物だってわかっちゃう! みんなが来るのを待たなくちゃ!

 悲鳴をあげないようにしながら必死でもがくけど、力が強くて全然逃げられない。

「よぉ、その子か?」
「このドレス、俺が王都で見た時に着てたやつだ。おい、暴れるな。俺が死ぬまでかわいがってやるからな? こら、大人しくしろ! 顔、見せろって」

 そう言いながら体を撫でまくられ、不快感で寒気がした。

 ウィル以外に触られたくないっ!

「ううっ……!」

 俯いたまま暴れていると、イラついたのか思いっきり抱きしめられて息ができなくなった。苦しくてぼんやりと意識が遠のいていく。

「おい!! おまえら!! その子から汚い手を離せ!」
「チッ!! 警備隊か。ずらかろうぜ」
「ああ。ほしいもんは手に入ったし……くそっ! 囲まれたぞ!!」

(どうしよう。力が入らないよ)

「はいはい、その子をどうするつもりかなぁ~? 返してもらうぜ?」

 ダルトンさんの声もして、彼らは逃げ場を失ったみたいだった。

「くそっ!!」

 そいつは僕をくるっと反転させてみんなに見せつけ、盾にするようにして後ずさった。これじゃ足手まといになっちゃう!! 
 僕は精いっぱい体をよじって、腕から逃れようともがいた。

「くそっ! 大人しくしろ!! おまえら、動くなよ! 近づいたらこの女を痛めつけるからな!」
「や、やだぁ! ウィル! 助けて! ウィル~!」

 暴れたはずみでカツラが落ちて、男は僕の顎を掴んで顔を確認すると激怒していた。

「っ?! おまえ、男っ? ちくしょう! 騙したな!!」
「おい、そんなの捨てて逃げ、ぎゃっ!!」
「どうし、うぐっ!!」

 もう一人が悲鳴を上げたと思ったら、僕を押さえつけた男も悲鳴を上げた。

「あっ?!」

 ドン!! と突き飛ばされて、僕はあっけなく転がった。振り向くと、男の肩に短剣が刺さっていた。あの柄は、ウィルの短剣だ! 警備隊に入隊した時に、僕がプレゼントしたやつ……
 逃げ出した男たちを、みんなが追いかけて走っていく。

「ううっ……ウィル……」

 ウィルも警備隊だ。きっと捕まえに行っちゃうんだ——

「アンディ!!」
「ウィル……」
「大丈夫か?! くそっ、あの野朗!!」
「追いかけなくて、良いの?」

 抱きしめられた手に安心して、一気に世界が歪んで、頬に熱いものが流れた。

「おまえの方が大事に決まってるだろう?! 家に連れていってやるから……アンディ? 擦り剥いてるな? 痛いのか?!」

 優しく声をかけて体をさすってくれる。

「怖かったんだ……あの男に捕まって、暴れても動けなくて、触られて……嫌でしょうがなかった……グスッ」
「本当はもっと早く追いつくはずだったのに、遅くなってごめんな?」

 返事ができなくて、必死で首を横にふった。

「大丈夫。きてくれたもん。ありが、んんっ」

 ウィルがぎゅっとしながらキスしてくれた。怖くて強張っていた体の力が抜けていく。

 こんなキスされたら、ただでさえ腰が抜けてるのに、もう歩けないよ……

 フワッと体が浮いて、ウィルは僕を抱いて歩き始めた。

「作戦とはいえ、あんな男に触らせちまった。消毒するぞ」
「消毒?」
「そう」

 お風呂かな? 消毒液で拭くのかな? それはキズに滲みそうだなぁと思っていると、あっという間に自分の家だった。

「アンディ!! どうしたの?! ケガをしたの?! 警備隊は何をしてたのよ!」
「アンディ! ウィル、何があった?」
「父さん、母さん、大丈夫。ちょっと転んだんだ。それと——腰が抜けて歩けないだけ」
「ああ、良かったわ……一階のお風呂を使って良いわ。ウィル、ついでに泊まって行ってちょうだい。その方がこの子も安心するわ」

 母さんは目がうるうるしてて、心配かけて悪かったな、と思った。

「ありがとう、おばさん。アンディ、座れそうか?」

 食堂の椅子に座らされて、これくらいなら倒れたりしない。うん、ちょっと体に力も入るようになってきてる!

「ん? ウィル?」

 ウィルは僕の足元に、片膝をついて座っていた。

「アンディ。俺たち、子供の頃からずっと一緒だったよな。おまえにキスしかしなかったのは、結婚まで大事にしたかったからだ。おじさんとおばさんには、俺の決意は話してある。今回の護衛を受けたのはだな、これを引き取りに行くためだったんだ」
「えっ?! 急にどうしたの?」

 ちょっと待って!! 父さんたちがいるのにキスの話とか~!! それに、僕と最後までしなかったくせに。他の人に触られたのが、そんなに嫌なの?

「おまえのことを一番知ってるのは俺だ。そして、一番愛してるのも」

 胸元から箱を取り出しふたを開けると、お揃いの指輪が入っていた。

「もう一度言う。アンディ、俺と結婚してください」
「ウィル……ウィル……」
「返事は?」
「はい! 僕と結婚してください! 大好き! 愛してる!!」

 ウィルに飛びついて抱きついて、僕は子供みたいに泣いた。でも、感動の場面を騒音がかき消した。

「ウィリアムさんが戻ってるって本当?! ウィリアムさん!!」

 階段をバタバタと降りる音がして、お嬢様が現れた。

「お嬢様!! いけません! あの方は……」
「——どうして二人は抱き合ってるの?」
「あ、これは……」
「アンディと俺は恋人同士で、そして結婚するからだ」
「そんなっ!! そりゃあ、同性婚は合法だけど、私に優しくしてくれたのは何?」
「大変な目にあってかわいそうだったからだよ。悪いけど、俺は昔からアンディ一筋だ。アンディ以上にかわくてけなげな子には会ったことがないからね」
「そ……そんなぁ」

 お嬢様はその場にぺたんと座り込んでしまった。ごめんね。それでも、僕はウィルを譲れないんだ。
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