鳶と刈安

松沢ナツオ

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「鳶君、いらっしゃい!! 待っていたよ。そっちが噂の彼かな?」
「うん。体格が良いから、三井さんの店の服がぴったりだと思うんだよね~」
「任せて! 言われたサイズも揃えておいたよ。」

  店長らしき男性が出迎え、鳶と楽しそうに会話をする。二人の眩しさに、刈安はいたたまれない。

「あ、あの!! なんかめちゃくちゃ高そうですけど! 俺、こんなの無理っす! 似合わないし!!」
「いや!君は磨けばもっとカッコよくなるよ!!」
「でしょう? じゃあ、ちょっと見せてね」

 店長が選ぶのかと思いきや、鳶がささっと服を手に取り、刈安に当ててはこの色はいい、ダメと言いながらテーブルに並べていく。

(口を出す隙がない!!)

 これを着て、あれを着て、としばらく着せ替え人形にされいたが、その全ての素材の良さと仕立ての良さに驚かされた。どのみち彼らの勢いに敵わない。諦めて言われるがままに着ていく。
 某ファストファッション店で購入するTシャツはいつも胸囲がキツくて苦しかった。それかぶかぶかの不格好な物。だが、着せられるTシャツ一つさえ品質が違うと思い知る。

(こんなの、もう一生着ないかも。良い経験と思うか)

 全部着せられて鏡の前に立つと、いつもの俺だが別人の様だった。ピチピチTシャツは消え去り、オシャレなジャケットも肩幅や腕まわりがぴったりだ。

「ふふふ。僕セレクト、完璧でしょう? 三井さん、これ、このまま着ていくね?」
「オッケ~!」
「オッケーじゃないですよ! こんなの買えません!!」

 値札はついていないが、高級品なのは明らかだ。

「プレゼントだよ。僕のせいで嫌な思いをさせたからね」
「それは先輩のせいじゃないですよ」
「ううん。気がつかなかった責任を取らせて? そうじゃないと、僕が辛いんだ。ね?」

 切なそうな瞳で見つめられて、思わずドキドキしてしまう。鳶先輩も俺も男だし、俺はベータなのに、なんでこんなっ?!

「わ、分かりました! だから、見ないで下さい!」
「え~? 見ちゃダメなの?」
「ダメです! ダメ!」
「残念~。じゃあ、もうお昼だし、ご飯に行こうか。歩きでも良い?」

 刈安は全力で頷く。歩きの方が気楽で助かる。そして、二人並んで歩き始めたのだが。

 ——視線が痛い。鳶先輩を見ているんだな。

「ふふふ、嬉しいな。みんなが刈安を見てる」
「俺ですか?」
「そうだよ。そのマッチョ体系にぴったりあったファッション、キリッとした顔立ち。完璧じゃない?」
「そんなの、言われた事ないです」
「そっか~。これからは言われるよ~?」

 鳶先輩はどうかしている、と思いながらランチを食べて、巨大なゲームセンターでギャーギャー叫びながらゾンビを打ちまくり大笑いをした。クレーンゲーム機は、こんなもん取れるか!!とブーブー文句を言い合う。

 こんなに遊んだ事、なかったな。楽しいな。

「ああ~、疲れたね。寮に戻る前に、うちに遊びにおいでよ」

 何も考えずに連れられて行った鳶の家は、驚く程に立派だった。

(実家のアパートと玄関フロアが同じくらいじゃないか!!)

 改めてライフスタイルの違いに驚きながら鳶の部屋に入ると、そこもおしゃれ空間が広がる。ああ、これが格差社会か、と楽しかった高揚感が冷えていく。

「ソファ、好きなとこに座って~。はい、お茶が来たよ。どうぞ」
「——うまいです。」

 何もかもが違う。お茶やクッキー一つをとっても、俺と鳶先輩は違う。αにβは勝てない。根本にある力量と才能、生活スタイルさえも違う。

(なんだろう。苦しいな……)

「刈安? どうしたの?」

 いつの間にか隣に座っていた鳶が不思議そうにのぞき込んできた。

「いいえ、なんでもないです」

(自分でも分からないのに、聞かれても困ります。)

「刈安。ねぇ、刈安? こっちを見て、聞いてよ」

 刈安が渋々そちらを見れば、いつもほほ笑みを湛えている事が多い鳶の顔が真剣だった。

「僕ね。αがβやΩに勝つのは当然だって思ってた。実際そうだったし。でもさ、刈安は他のαに勝って来たし、学園に来てからの努力も見て来た。君は静かだけど、大会で会う君が、僕にはお日様みたいに見えてさ。勝った時の笑顔と、僕に負けた時の涙も忘れられない。それが、うちに来たら笑わなくて……なんだか悲しかった」
「——お日様は、鳶先輩の方です。何度やっても先輩には勝てないし」
「えっ?!」
「あっ、いや。なんでもないです」

 余計なことを言ってしまったと思っても、既に聞かれてしまった。

「ねぇ。僕はね、地道に努力してる君が気になってた。かわくてキレイなΩだって近くにいるし、友人のαもたくさんいる。そして、ゴマをするβにたくさん会って来た。でも、君は、他の誰とも違う」
「だって、意味がないですから」

 俺はこの人の世界に関わる事は無い。偶然、たった二年間すれ違うだけだ。

「——僕には、あるよ。ねぇ、刈安。僕は君が好きだ」
「っ?! そんな要素ありました? 大体、お、俺はβで! 男で!」
「知ってるよ。でも、そんな君がほしいんだ。僕は大会で歯を食いしばってなく君を何度も抱きしめたいと思ってた。気がつかなかったか?僕が見ているのを」

 そう言って鳶は、刈安の逞しい胸筋に触れた。

「っ?! なっ?」
「刈安は、僕が嫌い?」
「そっ、そんな訳ないです!! 強くて、俺の目標ですっ!」
「ふふ、嬉しいな。ねぇ、キスして良いか? 良いよね?」
「えっ? ちょ、ちょっ! んむっ?!」

 ソファに押し倒され胸を弄られると、今まで感じた事にない感覚にゾクゾクと体が震えた。押し戻そうとしてもびくともしない。しかも、いつの間にか押さえ込みの体勢になっている事に驚きを隠せない。

(そうだった!! この人の寝技から一度も逃げられた事ないっ!!)

「ん~!!ん!」

 刈安の唇を割って入り込んだ鳶の舌は、思う存分口腔を舐め回して、未経験の刈安をやすやすと翻弄する。性に未熟な生真面目な男は、初めて与えられた快感にぼうっとしてしまい、頭が真っ白になっていた。

「はぁ、はぁ……と、鳶、先輩……俺、こんなの、初めてだから、止めて下さい! からかってるんじゃ」
「本気だよ。ファーストキスだったのか? 嬉しいな。それに、かわいいね、刈安。俺の物になって?」

(鳶先輩の、物に?)

 試合の時の様に鋭い視線に焼かれながら、それも良いか、と思いうなずいた。俺は、この人を目指していた。
 でも、ライバル心と憧れという言葉の奥にあった、邪な想い。

「良いですよ……あなたの物に、なります」
「嬉しいな。今度、こっちも……僕に頂戴ね?」
「っ!! えっ? 俺が? 俺が、さ、される方?!」

 するりと尻のはざまを指でなぞられ、初めての感覚に震えた。鳶の方が細いし綺麗だし、まさか自分が抱かれる対象に見られるとは思っていなかったからだ。

「かわいい方が抱かれる方に決まってるよね?」
「かわいくないですって!」
「俺にはかわいいの。大丈夫。急に怖い事はしないから、今日は俺のキスを覚えて?」

(卒業まであと、一年。その前に先輩の前に番が現れて、俺の事なんか消し飛んでしまうかも。だったら、それまでのわずかな時間を、憧れ続けたこの人に明け渡すのも良いかもしれない……)

 口付けを受け入れながら、いつか来る別れを思い心が軋んだ。

 
 
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