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「「「おつかれさまでした~!!」」」
「っす」
今日の練習も終わり、皆が笑顔でとある人物のところに集まっていく。
(——鳶。いつも、俺の上にいる男。どんな練習をしているのかとスカウトを受けて私立グルドヴィード学園に進学したけど……)
刈安のいた地方の中学は公立で、ほとんどがβ、稀にΩがいたくらいだった。第三の性については授業で簡単に聞いていたが、身近ではないため、突き詰めて勉強していない。分かっているのはΩには発情期があって、αと番う、という事。そもそも、近隣にいてもαは大抵金持ちなので、幼少時から私立へ進学する。だから出会うのは大会くらいだった。
鳶は高校二年で同じ階級、身長は俺より少しだけ高いが線が細い。だが、鍛えられたしなやかな筋肉の持ち主だった。顔立ちも華やかな彼はとても目立ち、男女問わずにファンから黄色い声援を送られていた。
刈安はというと、骨格も太いためぱっと見もゴツい印象で、顔立ちも普通だというのが自己評価だ。だが、友人はたくさんいたし、中学までは充実した生活を送っていたのだ。
(あいつがαなんて知らなかった。死ぬ程練習してるのかと思ったのになんだよ、チャラチャラしやがって!!)
一年生は練習後の掃除を担当するため、刈安は黙々と掃除をしていく。
(練習が終わったら、また自主練して帰ろう。絶対に勝ってやる!!)
一年生も帰った武道館に残り、一人打ち込みをする。
「ふっ!! ふっ!!」
黙々と練習をしていると、入り口のドアが開く音がして目をやる。そこにはいつもの奴らがいた。
(暇人め)
「あれ~? 万年二位君は、また練習~?懲りないねぇ、βは一生鳶君には勝てないってのにさ」
鳶のファンクラブとやらがいて、そいつらが刈安にちょこちょことちょっかいをかけにくる。
「……」
「また無視かよ、暗い奴」
ゲラゲラと大笑いしているが、無視して黙々と練習を続ける。からかいを完全にスルーしているのが気に入らないのか、しょっちゅうやってくるのだ。だが、反応をしたらしたでもっと面倒になると無視を決め込んだ。
(俺だって、こんな風になると思わなかったよ)
刈安はグルドヴィード学園の内情をよく知らないままスポーツ特待生としてスカウトされ、学費免除で入学した寮生だ。父はアルコール中毒症で暴力夫だった。母は刈安を守ろうと小学一年の時に離婚をし、懸命に働いて育ててくれた。養育費は数回で送られなくなった、と叔父に聞いた。それを知った刈安は、小学生の頃から大会を飛び回り嵩む遠征費を気にして、柔道をやめようとしたが母はそれを許さなかった。
『柔道が嫌いになったらのならやめても良い。でも、お金が理由で辞めるのは母さんを傷つけるのよ?』
そう言われたのだ。だから柔道をするなら高校も公立校だと思っていたので、学費免除でのうえ食費と光熱費だけ負担をすれば良いスポーツ強豪校のグルドヴィード学園はキラキラと光って見えた。
実のところ、『今時は大学に行かなくちゃダメ』という母には秘密だが、大学では柔道はやめてバイト三昧にするつもりだった。少しでも仕送りを減らしたい、これまでの母の苦労に報いたいと思っていた。
そんな一庶民の刈安は、入学してみたらみんな良い所のお坊ちゃんの中で、持ち物も会話の内容も華やかでついていけないと知り、笑顔は徐々に消えていったのだ。
「こいつさぁ、いっつも鳶君の対戦で負けてやんの。それなのにうちに入学してくるとか、鳶君のストーカー? きもっ!!」
「「「はははは!!」」」
「いーっつも負けてるよなぁ! ダセェ!」
「ガタイは良いのに、細マッチョの鳶君にけちょんけちょんにやられるよなぁ? ハハッ!」
「まぁ、β君にしては頑張ってんじゃな~い?」
(ストーカーなわけあるかっ!! 強豪校で学費免除だからだ!!)
あざけるメンバーの中には、刈安が大会で何度も勝った相手もいる。小学生の頃から試合に出ていれば、大体の顔は覚えているものだ。『なんでお前に言われなきゃいけないんだ』という苛立ちを全て練習にぶつけ、あざけりとののしりを受けながら練習を終えて更衣室へ入る。しばらく話し声が聞こえていたが、急に静かになりようやく一人になれたと思い、大きなため息をついた。
(もうすぐ一年……あと二年もこの生活が続くのか?)
汗を拭いて、あとは寮の自室でシャワーを浴びるのが日課だ。武道館にもあるが鍵がかかる自室で一人になりたかった。
(全員個室なんて、金持ち学校はすごいよな。)
だが、控室を出た刈安は硬直した。
「――っ?! な、なんで?!」
そこには、帰ったはずの鳶が畳の上に座って、出てきた刈安に手を振っている。
「っす」
今日の練習も終わり、皆が笑顔でとある人物のところに集まっていく。
(——鳶。いつも、俺の上にいる男。どんな練習をしているのかとスカウトを受けて私立グルドヴィード学園に進学したけど……)
刈安のいた地方の中学は公立で、ほとんどがβ、稀にΩがいたくらいだった。第三の性については授業で簡単に聞いていたが、身近ではないため、突き詰めて勉強していない。分かっているのはΩには発情期があって、αと番う、という事。そもそも、近隣にいてもαは大抵金持ちなので、幼少時から私立へ進学する。だから出会うのは大会くらいだった。
鳶は高校二年で同じ階級、身長は俺より少しだけ高いが線が細い。だが、鍛えられたしなやかな筋肉の持ち主だった。顔立ちも華やかな彼はとても目立ち、男女問わずにファンから黄色い声援を送られていた。
刈安はというと、骨格も太いためぱっと見もゴツい印象で、顔立ちも普通だというのが自己評価だ。だが、友人はたくさんいたし、中学までは充実した生活を送っていたのだ。
(あいつがαなんて知らなかった。死ぬ程練習してるのかと思ったのになんだよ、チャラチャラしやがって!!)
一年生は練習後の掃除を担当するため、刈安は黙々と掃除をしていく。
(練習が終わったら、また自主練して帰ろう。絶対に勝ってやる!!)
一年生も帰った武道館に残り、一人打ち込みをする。
「ふっ!! ふっ!!」
黙々と練習をしていると、入り口のドアが開く音がして目をやる。そこにはいつもの奴らがいた。
(暇人め)
「あれ~? 万年二位君は、また練習~?懲りないねぇ、βは一生鳶君には勝てないってのにさ」
鳶のファンクラブとやらがいて、そいつらが刈安にちょこちょことちょっかいをかけにくる。
「……」
「また無視かよ、暗い奴」
ゲラゲラと大笑いしているが、無視して黙々と練習を続ける。からかいを完全にスルーしているのが気に入らないのか、しょっちゅうやってくるのだ。だが、反応をしたらしたでもっと面倒になると無視を決め込んだ。
(俺だって、こんな風になると思わなかったよ)
刈安はグルドヴィード学園の内情をよく知らないままスポーツ特待生としてスカウトされ、学費免除で入学した寮生だ。父はアルコール中毒症で暴力夫だった。母は刈安を守ろうと小学一年の時に離婚をし、懸命に働いて育ててくれた。養育費は数回で送られなくなった、と叔父に聞いた。それを知った刈安は、小学生の頃から大会を飛び回り嵩む遠征費を気にして、柔道をやめようとしたが母はそれを許さなかった。
『柔道が嫌いになったらのならやめても良い。でも、お金が理由で辞めるのは母さんを傷つけるのよ?』
そう言われたのだ。だから柔道をするなら高校も公立校だと思っていたので、学費免除でのうえ食費と光熱費だけ負担をすれば良いスポーツ強豪校のグルドヴィード学園はキラキラと光って見えた。
実のところ、『今時は大学に行かなくちゃダメ』という母には秘密だが、大学では柔道はやめてバイト三昧にするつもりだった。少しでも仕送りを減らしたい、これまでの母の苦労に報いたいと思っていた。
そんな一庶民の刈安は、入学してみたらみんな良い所のお坊ちゃんの中で、持ち物も会話の内容も華やかでついていけないと知り、笑顔は徐々に消えていったのだ。
「こいつさぁ、いっつも鳶君の対戦で負けてやんの。それなのにうちに入学してくるとか、鳶君のストーカー? きもっ!!」
「「「はははは!!」」」
「いーっつも負けてるよなぁ! ダセェ!」
「ガタイは良いのに、細マッチョの鳶君にけちょんけちょんにやられるよなぁ? ハハッ!」
「まぁ、β君にしては頑張ってんじゃな~い?」
(ストーカーなわけあるかっ!! 強豪校で学費免除だからだ!!)
あざけるメンバーの中には、刈安が大会で何度も勝った相手もいる。小学生の頃から試合に出ていれば、大体の顔は覚えているものだ。『なんでお前に言われなきゃいけないんだ』という苛立ちを全て練習にぶつけ、あざけりとののしりを受けながら練習を終えて更衣室へ入る。しばらく話し声が聞こえていたが、急に静かになりようやく一人になれたと思い、大きなため息をついた。
(もうすぐ一年……あと二年もこの生活が続くのか?)
汗を拭いて、あとは寮の自室でシャワーを浴びるのが日課だ。武道館にもあるが鍵がかかる自室で一人になりたかった。
(全員個室なんて、金持ち学校はすごいよな。)
だが、控室を出た刈安は硬直した。
「――っ?! な、なんで?!」
そこには、帰ったはずの鳶が畳の上に座って、出てきた刈安に手を振っている。
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