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その後の二人 2
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次の日からうーちゃんは来なくなった。まぁ、イラッとさせた自覚はある。酔ってたせいで嫌な態度を隠せなかった。
謝ろうと思ったけど、SNSで済ませるのも違う気がしておはようとおやすみのスタンプ以外、気がつけば数日音沙汰なしだった。
ある日の土曜日午前。土曜日は平日勤務組は来ないし、ゆっくりとした営業になる。
カラン。
「いらっしゃいませ。あ。」
「おはようございます。また来ちゃいました。」
「う…広井さんはいませんよ。」
「ええ、知ってます。」
彼女はキレイに笑った。カウンターに座ると、またアイスカフェラテを注文する。
「ふふふ。たかなしさん、広井さんの幼馴染なんですよね?なのに、広井さんって呼んでるんですか?」
「あー、普段は違いますよ。」
「今はお客さん向け?」
「そういう事です。」
グラスをストローで混ぜるとカラカラと涼やかな音が響く。ちょうど今はスポットのように誰もいない。だから二人きりだった。
「今は誰もいなくて…良かった。たかなしさんに聞きたい事があって。」
「何ですか?」
「広井さんの好きな人、知ってますか?」
ズキン。
忘れたい痛みを思い出す。
「さぁ…。俺達、再会したの最近なんですよ。だから、まだそこまでの事を話せないんじゃないですかね。」
「そうなんですか。」
一口カフェラテを飲んだ彼女は、思い切ったように口を開いた。
「あたし、この間告白したら振られちゃったんです。忘れられない大事な人がいるって。気のせいかと思ってたけど、違ったんだって。」
「そう…ですか。その、何と言えば良いのか…。聞くしか出来ませんが、聞きますよ。」
叶わない恋をしてる同士だから、少しは慰められるだろうか。
「卑怯な手を使おうとしたんです、あたし。酔ってたら、もしかしたらって。でも…でも…。」
俯いた彼女のテーブルに、ポタリと雫が一つ落ちた。そっと近くにティッシュの箱を置いて、俺は見ていない振りをする。
「グスッ…。すいません…。広井さんは、あの日、家はどこですか?って聞いたあたしに、ここの住所を教えました。」
家?でも、アパート借りてるのに。それに…住所を番地まで言えたって事だよな?
「あたし…ここに着いてびっくりして…。でも、広井さん、ここが家だって何回も言うし、でも鍵は無くて。グスッ…。」
意味が分からないんだけど…。
「ここは俺の家で、広井さんはアパート借りてるんですよ?良く来るから、間違えたのかな。まだ、引っ越して間もないし。」
俺は彼女に冷たいおしぼりを渡す。目が目が赤くて腫れてしまうだろう。
「ありがとうございます。」
意味を正しく受け取って、目を冷やす彼女。
「広井さんの好きな人は初恋の人らしいです。相手、知ってますか?」
「ごめんね。俺もこの間聞いたばっかり。誰かも知らないんだ。」
「そうですか…。今は急な出張でいないから聞けないし、フラれたのに聞いたらしつこいかと思って。」
「えっ?出張ですか?」
「聞いてませんか?行く予定だった人が病気で、代わりに行く事になって。で、一回受けたら広井さんが担当した方が話が繋ぎやすいから、〇〇県に行ってるんです。」
「そうですか…。最近は挨拶スタンプくらいで。」
彼女はようやく涙が止まり、ティッシュで豪快に鼻をかんだ。意識してない相手にはこういう人なのかな。
「そうなんですか?実は、その人に振られたらチャンスがあるかなって、ずるい事考えてるんです。酷い女だと思いますよね。でも、すごく...好きなんです。昨年うちに転職して来てからずっと好きで。バカだってわかってるんです。しつこいのも嫌われるって。」
泣くのを必死で堪えながら彼女は笑っていた。
「でも、本当にダメだって思えないとダメみたい。優しいから遠回りに断られたけど、はっきり好きになれないって言って欲しい。それで吹っ切れると思うんです。」
彼女は、振られる為にうーちゃんに会いたいんだ。すごいな。強いな。俺は怖いよ。
「でも、仕事場は一緒で辛くない?」
「仕事は仕事です!!ビシッと切り替えます。だって、大好きな仕事だから。」
「茂木さんは素敵な人だね。うーちゃんは茂木さんみたいな人と付き合えば良いのに。」
「ふふふ...ありがとうございます。でも、重い女って言われて振られてばっかりなんですよ。一途って言ってよね!!」
「ハハハッ!!うん、やっぱり素敵だよ。すごいなぁ。」
「あら。じゃあ、あたし達付き合っちゃいます?」
「あ、それはないない!!」
今度は二人とも心から笑ってた。茂木さんはまだ目が赤かったけど、カフェラテを飲みきって立ち上がった。
「またコーヒー飲みに来ても良いですか?」
「あ、うち昼間しか営業してないし、日曜は休みだから。」
「カフェなのに~?」
「カフェって言い方はオシャレすぎるかなぁ?父が言うには、純喫茶って奴だから。」
「あ、それ。意味分からないんですけど調べてみようかな。」
「昔はお酒を出さない店の事だったらしいですよ?食事も簡単なものばかりですし。」
「へぇ。やっぱり調べてみます。おもしろそう。じゃあまた。」
「はい。ありがとうございました。」
彼女が去って静けさが戻って来た。
俺は...うーちゃんが好きだ。
昔は分からないけど、特別な友達だと思っていた。俺はゲイなのか?そんな事もなく、女の子と付き合った事もあるし、そう言う事だって経験済みだ。
でも、なんでうーちゃんがこんなに特別なのか。好きな事に理由なんてない。彼女の様にスッキリ振られて、二度と会わなくなって吹っ切るべきだろうか。
会いたいな。
とても簡単な事だった。会いたい。いつだって会いたいと思ってる。今のままの関係が壊れて、男同士なんて気持ち悪いって振られて二度と会えなくなるのが怖かった。だから気が付かないふりをした。
でも、彼女に会って気持ちが変わった。ずっと苦しい思いを引きずるなら、振られてこの恋を葬って...。そして先に進むべきなのかもしれない。
俺はスマホを取り出して、うーちゃんとのトーク画面を開いた。
『会いたい。話したい。帰って来たらうちに来て欲しい。』
送信するまで時間がかかった。押そうとしても押せず...。でもお客さんの来店が押すきっかけになった。既読になるまで、俺はドキドキで待つ事になる。
営業が終わってダラダラとチューハイを飲んでいると、夜になってやっと既読になって返事が来ていた。
『俺もすぐに会いたい。帰ったら連絡する。おやすみ』
無視はされなかった事に安心して眠りについた。
一週間経ち、金曜日の今日、うーちゃんが帰って来るという。間が空いたせいで、意気込んでいた気持ちがしぼんでいた。怖くて仕方ない。
『もうすぐ着きます。』
閉店準備をしてた所に連絡が入った。怖い。
『入口は空けてあります。』
送信後は落ち着かなくて、早めにクローズを出してハンドミルを引っ張り出し、手でコーヒー豆を挽いて気持ちを落ち着かせた。
無心でゴリゴリしてると、悟りでも開けそうな気がする。
カランと背後でベルが鳴る。
クローズだから、入って来るのは一人しかいない。なるべく冷静に…。ふうっと深呼吸して振り向く。
「おかえり。」
「ただいま。」
いつも繰り返される挨拶だった。でも、今日は少しだけ違う。
「出張だったんだって?茂木さんに聞いたよ。コーヒー飲む?」
「うん。お願い。」
なるべく明るい声を意識して、怯んだ気持ちを奮い起こす。終わらせるんだ。だけど、少しだけ…。もう少しだけ、優しい時間が欲しい。
「急な話で大変みたいだったね。」
「茂木さん、ここに来たの?」
「うん。コーヒー飲みにね。」
「そう。」
いつも饒舌なのに、言葉少ななうーちゃんが心配になった。
「ごめん、疲れてるのに来てくれた?明日以降でも良いよ。家で休んで来て。」
そうすれば、数日後回しに出来るから。
「ううん。違う。考え事しててさ。ごめんな。」
「仕事の事?」
「違うよ。あ、これお土産。こっちはおばさん達に。」
貰ったのは牛タンビーフジャーキーとか笹かまだった。保存が出来るのは一人には助かる。
コーヒーを飲みながら、本題とは程遠い話を延々と繰り返す。
「ことりちゃん。話って…何?」
「あ、えっと、そうだな…。そう言ったよな。」
よし、思い切って言おう!そう決めたのに、先に言葉を発したのはうーちゃんだった。
「茂木さんと付き合ってるの?」
「…えっ!?」
呆気にとられて言葉が続かなかった。何でそうなるんだ?
「俺のいない間に茂木さんと仲良くなったって?何話したの?」
「それはさ、えっと…。今日は会社寄った?」
「直帰だから、明日行くよ。」
まだ話してないなら俺からは言えない…。口を噤むと、すごく嫌そうな顔をした。
「なにそれ。隠れてコソコソ付き合ってんの?」
「違う!違うって!」
「じゃあ何!?俺は一人離れて仕事してたのに、彼女と仲良くなってた?何でだよ!」
「何でうーちゃんに怒られなきゃいけないんだよ!関係ないだろう!?」
しまった。
そう思った時には言ってはいけない言葉が出てしまった。言いたいのは違う事なのに。
「関係ないんだ。そっか。」
「ちが…。」
「疲れて帰って来て喧嘩とか、俺、無理。帰る。」
「待って!!」
このまま帰ったら、もうダメな気がする。同じダメでも、言いたい事言ってダメになりたい!
立ち上がって出て行こうとすると背中を引き止める。
「いや、ちょっと頭に血が上ってるから帰るよ。」
「俺!言いたい事ってそういんじゃないから!聞けよ!」
ようやく立ち止まった背中にホッとした。
「そのまま聞いてよ。振り向かなくて良いから。返事も要らない。聞くだけ聞いたら帰って良いよ。」
無言の背中に語りかける。
「俺…うーちゃんが好きだ。子供の頃の意味は分からないけど、今の俺は好き…恋愛の方の意味で、好きだ。気持ち悪いって分かってる。でも、自分の気持ちを終わらせるには、こうするしかないと思った。だから、もう来ないでくれ。顔を見るのは辛い…。幸せになっ…えっ!?」
うーちゃんがグルンと勢いよく振り向いたせいで、倒れそうになった所を、ガシッと抱きかかえられた。
「ちょっと!?今の聞いてた!?離せって!」
こんなに密着したら、ドキドキしちゃうだろ?
「ことりちゃん…。今の、本当?からかってない?」
「ふざけんな!冗談で言える内容じゃないだろ?!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、どうしたら良いのか分からなくなってた。
「俺も、好きだよ。ずっとことりちゃんが好きだった…。」
「え…?でも、初恋の人がどうとか聞いたけど!?」
「茂木さん、話したんだ。それがことりちゃんですけど?」
「ふぁっ!?は、はつこ…?えぇっ?」
俺達が一緒にいたのは小四までだ。その頃から?えっ?
「夜逃げで出て行って、ずっともう一度会いたいのがことりちゃんだった。女の子とも付き合ったけど、ことりちゃんはずっと特別だったんだ。それで好きなんだって…気がついた。」
「うーちゃんは…ゲイ?」
「違うよ?ことりちゃんは?」
「違うと思ってた…。でもそうなのかな?」
うーちゃんだけ。こんなに特別で、嫌われるのが怖いのは、たった一人。
「ゲイなのかなんて、俺も分かんないけど…ことりちゃんのエッチな格好を想像するし、やらしい事したいって思う。男にこんな事思ったのは一人だけだよ。」
一人だけ。
同じ事を思ってた?俺は…エッチな事まで考えてなかったけど、うーちゃんが居ない生活は、もう考えられない。
「お、俺、そこまでは…!」
「考えなかった?俺にやらしい事されてどうなるかとか。」
「俺がされる方なのかよ!?」
「あ、したい?こうしてくっついてるの嫌か?」
「わ、分かんない…。くっついてるのは…嫌じゃない…よ。」
嫌どころか、触れてる所が全部熱くてドキドキしてる。こんなの恥ずかしい…。
「キス、してみようか?」
「えっ?キ、キス?」
「うん。嫌かどうか、分かるでしょ?」
うーちゃん…。スムーズさに、これまでの相手をふと想像してしまった。
「なに、ことりちゃんキスした事ない?童貞?」
「んな訳あるか!」
「なら、してみようか?」
「う…。」
「目ぇ、閉じて?」
目を閉じて、キスが降りてくるのを待つ。心臓がバクバクとなっているけど、うーちゃんの心臓もバクバクなのに気がついた。慣れてる風だけど、違うのかもしれない。
ふと唇に温かく柔らかいうーちゃんの唇が触れる。そっと押し付けて離れていく。
「嫌だった?」
「やじゃないよ…。」
もう一度、したい。そう思った。
「もう一回、しよ?」
俺は黙って目を閉じた。今度はさっきよりも深い口づけに変わり、そっと舌が滑り込んで来た。その舌にそっと自分の舌を絡める。
怖がってないよ。
嫌じゃないよ。
…大好き、だよ…。
「ことりちゃん…。好きです。付き合って下さい。」
「また先に言われちゃったな。こちらこそ、よろしくお願いします。」
男同志なんて、きっと大変だ。昔より大分マシとはいえ、同性カップルを白い目で見る人間は多い。茂木さんの事だって...。でも、違うんだ。同性だからじゃない。うーちゃんだから、好きになった。
気がつかなかった想い。出会ってしまった俺達。
俺達は最初から二人で一つだった様に引き寄せられた。
もう一度ここから始める。
新しい時間を共に歩く為に。
謝ろうと思ったけど、SNSで済ませるのも違う気がしておはようとおやすみのスタンプ以外、気がつけば数日音沙汰なしだった。
ある日の土曜日午前。土曜日は平日勤務組は来ないし、ゆっくりとした営業になる。
カラン。
「いらっしゃいませ。あ。」
「おはようございます。また来ちゃいました。」
「う…広井さんはいませんよ。」
「ええ、知ってます。」
彼女はキレイに笑った。カウンターに座ると、またアイスカフェラテを注文する。
「ふふふ。たかなしさん、広井さんの幼馴染なんですよね?なのに、広井さんって呼んでるんですか?」
「あー、普段は違いますよ。」
「今はお客さん向け?」
「そういう事です。」
グラスをストローで混ぜるとカラカラと涼やかな音が響く。ちょうど今はスポットのように誰もいない。だから二人きりだった。
「今は誰もいなくて…良かった。たかなしさんに聞きたい事があって。」
「何ですか?」
「広井さんの好きな人、知ってますか?」
ズキン。
忘れたい痛みを思い出す。
「さぁ…。俺達、再会したの最近なんですよ。だから、まだそこまでの事を話せないんじゃないですかね。」
「そうなんですか。」
一口カフェラテを飲んだ彼女は、思い切ったように口を開いた。
「あたし、この間告白したら振られちゃったんです。忘れられない大事な人がいるって。気のせいかと思ってたけど、違ったんだって。」
「そう…ですか。その、何と言えば良いのか…。聞くしか出来ませんが、聞きますよ。」
叶わない恋をしてる同士だから、少しは慰められるだろうか。
「卑怯な手を使おうとしたんです、あたし。酔ってたら、もしかしたらって。でも…でも…。」
俯いた彼女のテーブルに、ポタリと雫が一つ落ちた。そっと近くにティッシュの箱を置いて、俺は見ていない振りをする。
「グスッ…。すいません…。広井さんは、あの日、家はどこですか?って聞いたあたしに、ここの住所を教えました。」
家?でも、アパート借りてるのに。それに…住所を番地まで言えたって事だよな?
「あたし…ここに着いてびっくりして…。でも、広井さん、ここが家だって何回も言うし、でも鍵は無くて。グスッ…。」
意味が分からないんだけど…。
「ここは俺の家で、広井さんはアパート借りてるんですよ?良く来るから、間違えたのかな。まだ、引っ越して間もないし。」
俺は彼女に冷たいおしぼりを渡す。目が目が赤くて腫れてしまうだろう。
「ありがとうございます。」
意味を正しく受け取って、目を冷やす彼女。
「広井さんの好きな人は初恋の人らしいです。相手、知ってますか?」
「ごめんね。俺もこの間聞いたばっかり。誰かも知らないんだ。」
「そうですか…。今は急な出張でいないから聞けないし、フラれたのに聞いたらしつこいかと思って。」
「えっ?出張ですか?」
「聞いてませんか?行く予定だった人が病気で、代わりに行く事になって。で、一回受けたら広井さんが担当した方が話が繋ぎやすいから、〇〇県に行ってるんです。」
「そうですか…。最近は挨拶スタンプくらいで。」
彼女はようやく涙が止まり、ティッシュで豪快に鼻をかんだ。意識してない相手にはこういう人なのかな。
「そうなんですか?実は、その人に振られたらチャンスがあるかなって、ずるい事考えてるんです。酷い女だと思いますよね。でも、すごく...好きなんです。昨年うちに転職して来てからずっと好きで。バカだってわかってるんです。しつこいのも嫌われるって。」
泣くのを必死で堪えながら彼女は笑っていた。
「でも、本当にダメだって思えないとダメみたい。優しいから遠回りに断られたけど、はっきり好きになれないって言って欲しい。それで吹っ切れると思うんです。」
彼女は、振られる為にうーちゃんに会いたいんだ。すごいな。強いな。俺は怖いよ。
「でも、仕事場は一緒で辛くない?」
「仕事は仕事です!!ビシッと切り替えます。だって、大好きな仕事だから。」
「茂木さんは素敵な人だね。うーちゃんは茂木さんみたいな人と付き合えば良いのに。」
「ふふふ...ありがとうございます。でも、重い女って言われて振られてばっかりなんですよ。一途って言ってよね!!」
「ハハハッ!!うん、やっぱり素敵だよ。すごいなぁ。」
「あら。じゃあ、あたし達付き合っちゃいます?」
「あ、それはないない!!」
今度は二人とも心から笑ってた。茂木さんはまだ目が赤かったけど、カフェラテを飲みきって立ち上がった。
「またコーヒー飲みに来ても良いですか?」
「あ、うち昼間しか営業してないし、日曜は休みだから。」
「カフェなのに~?」
「カフェって言い方はオシャレすぎるかなぁ?父が言うには、純喫茶って奴だから。」
「あ、それ。意味分からないんですけど調べてみようかな。」
「昔はお酒を出さない店の事だったらしいですよ?食事も簡単なものばかりですし。」
「へぇ。やっぱり調べてみます。おもしろそう。じゃあまた。」
「はい。ありがとうございました。」
彼女が去って静けさが戻って来た。
俺は...うーちゃんが好きだ。
昔は分からないけど、特別な友達だと思っていた。俺はゲイなのか?そんな事もなく、女の子と付き合った事もあるし、そう言う事だって経験済みだ。
でも、なんでうーちゃんがこんなに特別なのか。好きな事に理由なんてない。彼女の様にスッキリ振られて、二度と会わなくなって吹っ切るべきだろうか。
会いたいな。
とても簡単な事だった。会いたい。いつだって会いたいと思ってる。今のままの関係が壊れて、男同士なんて気持ち悪いって振られて二度と会えなくなるのが怖かった。だから気が付かないふりをした。
でも、彼女に会って気持ちが変わった。ずっと苦しい思いを引きずるなら、振られてこの恋を葬って...。そして先に進むべきなのかもしれない。
俺はスマホを取り出して、うーちゃんとのトーク画面を開いた。
『会いたい。話したい。帰って来たらうちに来て欲しい。』
送信するまで時間がかかった。押そうとしても押せず...。でもお客さんの来店が押すきっかけになった。既読になるまで、俺はドキドキで待つ事になる。
営業が終わってダラダラとチューハイを飲んでいると、夜になってやっと既読になって返事が来ていた。
『俺もすぐに会いたい。帰ったら連絡する。おやすみ』
無視はされなかった事に安心して眠りについた。
一週間経ち、金曜日の今日、うーちゃんが帰って来るという。間が空いたせいで、意気込んでいた気持ちがしぼんでいた。怖くて仕方ない。
『もうすぐ着きます。』
閉店準備をしてた所に連絡が入った。怖い。
『入口は空けてあります。』
送信後は落ち着かなくて、早めにクローズを出してハンドミルを引っ張り出し、手でコーヒー豆を挽いて気持ちを落ち着かせた。
無心でゴリゴリしてると、悟りでも開けそうな気がする。
カランと背後でベルが鳴る。
クローズだから、入って来るのは一人しかいない。なるべく冷静に…。ふうっと深呼吸して振り向く。
「おかえり。」
「ただいま。」
いつも繰り返される挨拶だった。でも、今日は少しだけ違う。
「出張だったんだって?茂木さんに聞いたよ。コーヒー飲む?」
「うん。お願い。」
なるべく明るい声を意識して、怯んだ気持ちを奮い起こす。終わらせるんだ。だけど、少しだけ…。もう少しだけ、優しい時間が欲しい。
「急な話で大変みたいだったね。」
「茂木さん、ここに来たの?」
「うん。コーヒー飲みにね。」
「そう。」
いつも饒舌なのに、言葉少ななうーちゃんが心配になった。
「ごめん、疲れてるのに来てくれた?明日以降でも良いよ。家で休んで来て。」
そうすれば、数日後回しに出来るから。
「ううん。違う。考え事しててさ。ごめんな。」
「仕事の事?」
「違うよ。あ、これお土産。こっちはおばさん達に。」
貰ったのは牛タンビーフジャーキーとか笹かまだった。保存が出来るのは一人には助かる。
コーヒーを飲みながら、本題とは程遠い話を延々と繰り返す。
「ことりちゃん。話って…何?」
「あ、えっと、そうだな…。そう言ったよな。」
よし、思い切って言おう!そう決めたのに、先に言葉を発したのはうーちゃんだった。
「茂木さんと付き合ってるの?」
「…えっ!?」
呆気にとられて言葉が続かなかった。何でそうなるんだ?
「俺のいない間に茂木さんと仲良くなったって?何話したの?」
「それはさ、えっと…。今日は会社寄った?」
「直帰だから、明日行くよ。」
まだ話してないなら俺からは言えない…。口を噤むと、すごく嫌そうな顔をした。
「なにそれ。隠れてコソコソ付き合ってんの?」
「違う!違うって!」
「じゃあ何!?俺は一人離れて仕事してたのに、彼女と仲良くなってた?何でだよ!」
「何でうーちゃんに怒られなきゃいけないんだよ!関係ないだろう!?」
しまった。
そう思った時には言ってはいけない言葉が出てしまった。言いたいのは違う事なのに。
「関係ないんだ。そっか。」
「ちが…。」
「疲れて帰って来て喧嘩とか、俺、無理。帰る。」
「待って!!」
このまま帰ったら、もうダメな気がする。同じダメでも、言いたい事言ってダメになりたい!
立ち上がって出て行こうとすると背中を引き止める。
「いや、ちょっと頭に血が上ってるから帰るよ。」
「俺!言いたい事ってそういんじゃないから!聞けよ!」
ようやく立ち止まった背中にホッとした。
「そのまま聞いてよ。振り向かなくて良いから。返事も要らない。聞くだけ聞いたら帰って良いよ。」
無言の背中に語りかける。
「俺…うーちゃんが好きだ。子供の頃の意味は分からないけど、今の俺は好き…恋愛の方の意味で、好きだ。気持ち悪いって分かってる。でも、自分の気持ちを終わらせるには、こうするしかないと思った。だから、もう来ないでくれ。顔を見るのは辛い…。幸せになっ…えっ!?」
うーちゃんがグルンと勢いよく振り向いたせいで、倒れそうになった所を、ガシッと抱きかかえられた。
「ちょっと!?今の聞いてた!?離せって!」
こんなに密着したら、ドキドキしちゃうだろ?
「ことりちゃん…。今の、本当?からかってない?」
「ふざけんな!冗談で言える内容じゃないだろ?!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、どうしたら良いのか分からなくなってた。
「俺も、好きだよ。ずっとことりちゃんが好きだった…。」
「え…?でも、初恋の人がどうとか聞いたけど!?」
「茂木さん、話したんだ。それがことりちゃんですけど?」
「ふぁっ!?は、はつこ…?えぇっ?」
俺達が一緒にいたのは小四までだ。その頃から?えっ?
「夜逃げで出て行って、ずっともう一度会いたいのがことりちゃんだった。女の子とも付き合ったけど、ことりちゃんはずっと特別だったんだ。それで好きなんだって…気がついた。」
「うーちゃんは…ゲイ?」
「違うよ?ことりちゃんは?」
「違うと思ってた…。でもそうなのかな?」
うーちゃんだけ。こんなに特別で、嫌われるのが怖いのは、たった一人。
「ゲイなのかなんて、俺も分かんないけど…ことりちゃんのエッチな格好を想像するし、やらしい事したいって思う。男にこんな事思ったのは一人だけだよ。」
一人だけ。
同じ事を思ってた?俺は…エッチな事まで考えてなかったけど、うーちゃんが居ない生活は、もう考えられない。
「お、俺、そこまでは…!」
「考えなかった?俺にやらしい事されてどうなるかとか。」
「俺がされる方なのかよ!?」
「あ、したい?こうしてくっついてるの嫌か?」
「わ、分かんない…。くっついてるのは…嫌じゃない…よ。」
嫌どころか、触れてる所が全部熱くてドキドキしてる。こんなの恥ずかしい…。
「キス、してみようか?」
「えっ?キ、キス?」
「うん。嫌かどうか、分かるでしょ?」
うーちゃん…。スムーズさに、これまでの相手をふと想像してしまった。
「なに、ことりちゃんキスした事ない?童貞?」
「んな訳あるか!」
「なら、してみようか?」
「う…。」
「目ぇ、閉じて?」
目を閉じて、キスが降りてくるのを待つ。心臓がバクバクとなっているけど、うーちゃんの心臓もバクバクなのに気がついた。慣れてる風だけど、違うのかもしれない。
ふと唇に温かく柔らかいうーちゃんの唇が触れる。そっと押し付けて離れていく。
「嫌だった?」
「やじゃないよ…。」
もう一度、したい。そう思った。
「もう一回、しよ?」
俺は黙って目を閉じた。今度はさっきよりも深い口づけに変わり、そっと舌が滑り込んで来た。その舌にそっと自分の舌を絡める。
怖がってないよ。
嫌じゃないよ。
…大好き、だよ…。
「ことりちゃん…。好きです。付き合って下さい。」
「また先に言われちゃったな。こちらこそ、よろしくお願いします。」
男同志なんて、きっと大変だ。昔より大分マシとはいえ、同性カップルを白い目で見る人間は多い。茂木さんの事だって...。でも、違うんだ。同性だからじゃない。うーちゃんだから、好きになった。
気がつかなかった想い。出会ってしまった俺達。
俺達は最初から二人で一つだった様に引き寄せられた。
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