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4章

微かな希望

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 俺の腕の中で色を無くしていくレニドールを抱きしめて、何度も呼びかけた。そして、意を決してキスをして、治癒と浄化を一気に流し込む。俺の行動に周囲がざわめいたが、止めずにいてくれた。

 レニドール! ラジート様! 俺の声が聞こえたら応えて……!! 戻って来い……!!

 必死に治癒を流し込んだが、さすがに苦しくなり唇を話して顔色を見る。ピクリとでも動いてくれたら希望が持てるのに。

「はぁ、はぁ……ラジート様! レニドール!! 起きろっ!! くそっ、まだ足りないのかよ!」

 もう一度キスして治癒を送り込むが、相変わらず返事はない。なぜか出血は無いのだが、剣が突き抜けた証拠に鎧の左胸にはポッカリと穴が開いている。

「ジュンヤ様、お待ちを! 消えかかっていたのは止まったようですよ! 失礼します。脈をとってみます」

 エルビスが手首に触れてから、慌ただしくレニドールの鎧を脱がせ服を切り裂いた。無残な切り傷を覚悟して見ていたが、そこには剣の刺し傷らしい線が赤く浮かび上がっているが、わずかな血がこびり付いているだけだった。
 エルビスは心臓に耳を当て、暫く聞いていた。

「脈は取りにくかったのですが、心臓はどうにか動いているようです。ジュンヤ様の治癒のおかげでしょう」
「だが、なぜ出血がないのだ? 私は確かに手応えを感じたし、瞬間は血飛沫が飛んだのに……」
「いや、見ろよ。ちゃんとぶっ刺してるぜ? 返り血も浴びてるじゃねぇか。心臓にしちゃ少ないけどな」

 ダリウスに言われてティアを見れば、鎧に確かに返り血らしき血痕があった。
 
「ナトルは?」
「ラジートの茨で拘束されたままだ。気を失っているが、まぁ、生きてる」
「ラジート様とナトルは繋がっているって言ってたんだ。ナトルが生きているのなら、きっと二人も助かる筈だ! もっと浄化と治癒を流してみる!」

 俺はもう一度冷たい唇に口付けた。頑張ってくれ。
 ラジート様。起きて、また俺達を困らせてくれよ……! レニドール、もう一度笑顔を見せてくれ。

「ジュンヤ様! 自発呼吸ができるようにようになって来ました!」
「ほ、本当……? でも俺、これ以上は動けなくなりそうだ。どうしよう……」

 体を起こすと、ぐらりと世界が揺れた。

「ジュンヤ、もう無理だろう。ここまでにした方がいい」

 ティアが抱きしめ支えてくれて、レニドールの体から引き離された。

「でも、まだ目が覚めてないし……」
「ジュンヤ様、これ以上はご自分の意識を保てませんよ?相手は神です。一度で目覚めさせるのは無理でしょう」
 
 ダリウスが髪をくしゃっと撫でて来た。

「一旦、王都の外で保護するしかねぇな。俺達は後宮の救出の任務もある」
「ダリウスのいう通りだ。扉の外の騎士に任せ、後宮へ向かおう。ウォーベルト! 彼らを呼んでこい」
「はっ!!」

 ティアの指示で待機していた騎士を呼び、ナトルの監視と二人の救助の二班に分けた。茨に縛られたままのナトルは、土魔法の騎士が対処する。

「ジュンヤ様!神官殿が来ましたよ!」

 誰かの声に振り向けば、汗だくで髪を振り乱したマテリオがいた。

「マテリオ……! 無事で良かった……」
「無事じゃないのは自分の方だろうっ?! 無茶をしたのか?!」
「はは、大丈夫。でも、レニドール達を助けるには力が足りないんだ。あの魔石、まだ使えそう?」
「まだ大丈夫だと思う」

 マテリオが取り出した大きな魔石は、まだキラキラと光って余力があるように思えた。

「それを使って助けてやってくれ。俺は力を分けて貰わないと無理だ」
「ラジート神も助けられるのか?」
「分からない。でも、レニドールだけでも助けてやりたいし、やれる事をやろう」
「分かった」

 マテリオがレニドールに近づいて魔石を傷のある胸元に乗せた瞬間、レニドールの体から大きな光が放たれ、その場にいた全員が目が眩み一瞬よろめいた。光が収まり目を開けると、魔石には小さなヒビが入っていた。

「どうなった?」

 マテリオが脈を確認して頷く。

「意識はないが、とりあえず安定したと思う。動かしても大丈夫だ。先ほど神殿全体を浄化したから安全だ。そちらに連れて行くと良いだろう。あちらにはマナとソレスもいるから任せられる」

 みんなから思わず安堵のため息が漏れた。ラジートもレ二ドールも、みんなに取っても仲間になっていたんだな。
 
「良い所に戻って来てくれた」

 ティアの言葉にマテリオは首を横に振った。

「もう少し早ければ、ジュンヤも無事だったかもしれません」
「自分を卑下するな。ジュンヤはこれから回復させてやれば良いのだ」
「はい。」

 ティアがマテリオをあんな風に気遣って励ましてくれるなんて。そして、今度は騎士達に向き直った。

「ではレニドールは神殿へ移送し、ナトルはこの場で監視をする。ダリウス、後宮に向かうメンバーの選抜は任せる」
「お任せあれ、殿下。エマーソン、ウォーベルト。お前達の力を信じてナトルを任せる。良いな?」
「はいっす!目覚めても絶対に逃さないっす!」
「はい。お任せください」

 ダリウスが選抜している間に、ティアが俺の手を握った。

「少し時間が必要だろう? ナトルは押さえたが、命がある間は茨が消えないようだ。となれば、後宮もまだジュンヤの力が必要なはずだ」
「そうだね。キスして、貰える?んんっ……」

 ティアの優しいキスが降って来て、そろりと舌が入り込み絡みつく。

 温かい力が流れて来て俺を助けてくれる。人目もあるけど、もう愛情表現をする事を迷わない。
 
 ありがとう。大好きだよ。思いを込めて与えられるままにティアの力を受け入れると、萎えた腕に力が戻ってくる。

「エルビス、マテリオもだ。力を分けてやれ」

 呼ばれた二人にも力を貰う。

「おい、俺を仲間外れにすんな」
「んぐっ! んん~! はぁっ! バカ……」

 割り込んで来たダリウスに噛み付かれるようにキスされた。

「ヤキモチ焼きなんだから、全く」
「ふん! だって狡いだろう?」
「ふっ……本当に困った奴だな。でも、ありがとう。もう歩けそう。行こう、後宮へ」

 ナトル相手よりはマシだと信じたい。玉座の間から後宮へ続く扉は、さっきの浄化で枯れた茨で覆われていて全員で排除した。
 だが、みんなかなり疲労が蓄積していて、扉の封鎖を解くのに時間がかかった。それでも、俺達は前に進む。
 王妃レイブン様……か。国を救う為に王都に残った。ティアを疎んでいじめていたそうだが、民の為に残る気概がある。本当の所はどんな人なのか。

 通路には騎士以外にも倒れた人達がたくさんいた。所々に断ち切られて枯れた茨の残骸ある。彼らの肌には一様に茨の紋が浮かんでいる。服装を見れば文官や侍従らしき人もいた。戦闘員では無いはずの侍従までが短剣を握っていて、主人を守る為に犠牲になったのは明白だった。

「この先だ」

 ダリウスが立ち止まると、みっしりと茨が扉に張り付いて蠢いていた。それを見てティアが俺を手招いた。

「ジュンヤ、頼めるか?エルビスと水属性の騎士はこちらへ」

 みんな魔力を消耗していて、ティアも一人では無理と判断したんだろう。みんなで力を合わせて浄化の刃で荊を排除する。

「くっ……!」

 ティアとエルビスが膝をついて俯く。水属性の騎士達も同様に膝をついて息を整えていた。

「はぁ、はぁっ……殿下、大丈夫です、か?」
「エルビスも、大丈夫か?」
「な、なんとか……」

 魔力は治癒では回復出来ないのがもどかしい。いや……出来なくはないが、ここでは無理だ。

「みんなっ!頑張ろう!!」

 頑張っている人に頑張れなんて酷かもしれない。でも、俺が出来るのは精一杯の檄を飛ばすしかない。みんな、自分を奮い立たせて立ち上がる。

「グラント、ラドクルト、まだ余裕はあるか? こいつをぶった斬ってくれ」
「ああ、なんとやれるだろ。」
「刈り取りはお任せを」

 ダリウスがグラントとラドクルトに指示をして風で残骸を切り裂き吹き飛ばすと、ようやく扉が見えて来た。

「この奥に王妃様達がいるんだよな?あんたの父上も。良かったな!」
「ああ。だが、後宮全体が茨で囲われちまってたらしい。後宮の兵糧なんか微々たるもんだ。無事だと良いんだがな……」
「何かあっても俺がいるよ! 大丈夫だ!」
「ーーそうだな。行くか」

 珍しく躊躇する背中を押して扉の奥に進むと、閉ざされていたせいか瘴気の嫌な匂いが篭っていた。こんなところに籠城する羽目になったのか。
 冷や汗が流れる中廊下を進むと、豪奢な扉の前を守る様に蹲る二人の騎士を見つけた。近くに茨の残骸があり、必死で扉を守ったことが伺えた。

「ピート? マイヤル?!」
「ううっ……」

 ラドクルトが駆け寄り肩を揺さぶると、呻き声を上げて目を開いた。

「ラド、か?」
「そうだ! 団長も一緒だ!! 王妃様は!? ファルボド様はご無事か?!」
「多分……中に、いらっしゃる……」
「ラドクルト、ちょっと退いて! 浄化する!」

 顔を上げた二人の騎士の顔にはっきりと茨の模様が浮かんでいて、手を握り浄化をすると彼らの体が光り始めた。光が消えるのを確認し、命の危険が去ったと安堵した。

「神子、様……?」
「俺はジュンヤだ。もう大丈夫。立てるか?」
「ううっ……!」
「手を貸す。頑張れ! お前らも頼む」

 ラドクルトと仲間の騎士が肩を貸して扉の前から移動する。扉を開ける前に、ダリウスとグラントが扉の前に立ち、他の騎士はティアを囲って万が一に備えた。
 そして、エルビスとマテリオが俺の前に立つ。

「ジュンヤ様は私達の後ろへ」
「でも」
「下がるんだ」
「分かった」

 魔石を持って篭ったと聞いたから、大丈夫……だよな……?
 
 俺は初めてこの国の王妃と出会う。そして、ダリウスの父親、ファルボド公爵もこの扉の向こうにいるんだ。王妃がどんな人であっても俺はティアを守る。それは絶対に引けない想い。

 扉がゆっくりと開いていく。俺は決意を込めてみんなの背中を見つめていた。

ーーーーーーーー

次は王妃様とダリウスパパが初登場です! 緊張感のある話は次回で終わりです。
ゆっくり更新ですがよろしくお願いします。
 
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