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番外編 1
side マテリオ 回想2
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襲撃と二人での逃亡、馬車内のR前までのシーンが全部詰まっています。暴力、微エロにご注意を。
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集会所の後。私とマナは、ジュンヤに貰った飴やクッキーですっかり回復していた。町長の家を借りていたが、即座に出立する。本来はもう一台あった馬車が壊されたので、私はジュンヤと同じ馬車になる事になった。
封鎖を解き、出発してすぐだった。大きな音と振動、そして大声も聞こえる。この短時間で再び襲いかかるとは! しかも、この音は——爆轟が響き渡り、魔導弾か? こんな町中で使う武器ではない! これは民にも犠牲が出るのでは!?
我々はジュンヤを囲み守っていたが、馬車がグラングランと揺らされた。この馬車は外からの攻撃に耐えられるが、倒されたら逃げる事は出来ない。どうすれば——
「っ!! エ、エルビス!! マテリオ!」
「手を離すなっ!! 掴まっていろっ!!」
「ジュンヤ様! ここは、隙を見て出ましょう!!」
ジュンヤとエルビス殿だけでも逃さねばならない。覚悟を決めて出ようと思ったが、突如揺れが止んだ。
「ジュンヤッ! 無事かっ?」
「大丈夫! どうなってる?」
「三人とも出ろっ! 魔道具での爆撃だ!あんなもん町中で使いやがって……!」
転がり出た私たちが見た物は、砂煙で霞む町だった。壊れた町、血を流す騎士……なんと酷い事を。
「酷い……!」
「こっちだ! ついてこい!」
ダリウス様に導かれ、路地へと逃げ込む。だが、背後から追っ手が来ていた。ラドクルト殿とウォーベルト殿がその場に残る。ジュンヤも彼らを信じた。私も信じよう。彼らは強いのだ。メイリル神よ、どうか彼らに武運を!!
どれくらい走ったのか……私はあまり運動する方ではない。長く歩く事はあるが、走り続ける体力はないのだ。このままでは足手まといになってしまう。
敵を撒いた、そう思ったのも束の間、ダリウス様が気配を察した様だった。
「待ち伏せか。エルビス、マテリオ、頼んだぞ」
「ダリウスッ!!」
「死なねーって約束したろ? 行け。はぐれたら予定の場所で会うぞ」
「さぁ、ジュンヤ様、行きますっ!」
「ダリウス、信じてるからなっ!」
「おう! 任せろっ!!」
ダリウス様にとって我々は枷にしかならない。存分に戦って貰うには離れねば——だが、気持ちと裏腹に足はもつれ、息は上がっている。
苦しい!! 肺が潰れそうだ!!
「はぁはぁ……すまない、走るのは、苦手だ……」
「俺も鈍ってて動けない……」
「はっ、はぁ、ジュンヤ様、どこか隠れ場所を探します。待ってて下さい」
エルビス殿の袖を引きジュンヤが止める。しかし、この場をなんとかするには動けるエルビス様しかいない.。
「離れちゃダメだ!」
「しかし、このままでは……爆音は収まっている様子。このままでは見つかります!」
振り切って行ってしまったエルビス殿の背中を苦しそうに見つめていた。
「ど、どうしよう。マテリオ」
「待つしかない。体力も温存しよう。せめてエルビス殿の足を引っ張らないようにしなければ……」
「うん……」
箱の隅の方により、なるべく影になる様に隠れていた。だが、足音が近づいていた。
二人で息を詰め、敵ならば見つからない様にと祈った。
「神子様、み~つけたっ! 手柄は俺様がいただき~!」
「っ!!」
ジュンヤを背に隠す。ジュンヤに走る力は残っているだろうか? 隙をついて逃げて欲しい。
「神官様~戦えないでしょ? 無理しないでそいつを渡せば死なずに済むよ~?」
そんな事は分かっている。勝てるなど露ほども思わない。ジュンヤが逃げる隙さえ作れれば……!!
「ジュンヤは渡さない!」
「マテリオ、無茶するなっ!」
ジュンヤ。良いんだ。私の代わりの神官はいる。そう、もっと優しくて心から崇拝を示す正しい神官が——
「邪魔だ、退け!」
「あ~、めんどくさっ! なぁ、殺しちゃおうぜ。神子様だけ手に入れば良いって命令だろ?」
「そうだな。あんたはメイリル神にでも祈っておけ。楽に殺してやる」
振り返り、ジュンヤを突き飛ばすと、背中に燃える様に熱い衝撃が走った。耐えきれずにたたらを踏んで膝をつく。
「あっ!?」
「走れっ!!」
走れと言っているのに、ジュンヤが私を起こそうと跪いた。なぜ、なぜだ!?
肩を貸そうとする手を振り払い必死で押し退ける。
「逃げろと言ってる!!」
「あんたの命を犠牲にして生き延びたくない! 一緒に逃げるぞっ!!」
「っ!!」
なんて事だ! 私は間違っていた。こんな風に足手まといになる方法を選んでしまった事を後悔した。だが、ジュンヤの目は諦めていない。手を振り敵に何か投げつけた。
「うぐっ!! くそうっ!」
「こ、このっ!! いてぇ!!」
砂を投げつけたらしく、目を擦り苦しんでいる間に必死で足を動かした。だが、背中から血が流れて行くのを感じる。足は更に重くなり、時折ジュンヤが治癒を流してくれるが、走っている上に消耗している今は、応急処置しか出来ない。私のせいで見つかる。それだけは嫌だった。
「置いて行ってくれ」
「嫌だ! 絶対に置いていかない……!!」
その言葉に応えたい。だが体が鉛の様に重い。苦しい、寒い……ここはどこだ……?
どこか分からないが、ジュンヤに促されその場に崩れる様に座り込んだ。
「置いて行け……お前が捕まったらどうする……」
「絶対置いていかない!」
(……ジュンヤ様……ジュンヤ様……聞こえますか……?)
「今の、聞こえた?」
「ああ、聞こえた。誰だ?」
(後ろです、下の方を見て下さい)
座る場所を移動させられジュンヤが何かすると、箱が動き始めた。なんと、隠し扉か。だが、入っても良いのか?
だが、私達には選択肢は無かった。這う様に通路を移動する。力尽きそうになる私を、ジュンヤが必死で励ましながら引っ張ってくれた。
ハシゴでは気を失いかけたが、ずっとジュンヤが上から励ましの言葉をかけてくれた。見上げると漆黒の瞳が潤んでいる。その声と輝きに力を貰いなんとか降りる事が出来た。
「外の箱は、こちらのボタンを押せば元どおりです。もう大丈夫ですよ」
彼は、王都のノルヴァン商会の店主だった。なんと……神よ……神子に救いの手を差し伸べて下さったのですね?
「お久しぶりでございます、ジュンヤ様。大変な事件に巻き込まれてしまわれた様ですね」
「ノルヴァンさん、なんで」
「説明は後です。今は神官様の手当でございます。」
「そうだっ! マテリオ! さぁ、座ろう。治癒してやるからっ!」
「力を、無駄に使うな……」
「無駄じゃないっ! ほら、こっち」
既に消耗しているジュンヤにこれ以上力を使わせたら倒れてしまう。庇護者と離れている今、それは命に関わる。なんとか長椅子に座るが、背中の痛みは感じない。ジュンヤの治癒のおかげだろうか。寒い、ただ、寒い...。流れる力が温かくもっと欲しいと願ってしまうが、その手を止めさせる。
「逃げる余力を残せ」
「でも……」
「頼む。お前が捕まったら……私は生涯悔やむ。だから、頼む……」
失ってはいけない。そうなれば、生きていけない。悲しげな顔が辛い。そんな顔は見たくない。
ここはノルヴァン殿の家で、地下の隠し部屋だと言う。商人も時折危険な目に会う為避難場所だそうだ。
「いえいえ。ジュンヤ様も神子である……むしろ真の神子であるという噂は商人の間では有名です。殿下と懇意な事も。今回はそれ絡みでしょうか。ああ、言わなくても大丈夫です。ただお助けしたかっただけですから」
「そうだ、ジュンヤが真の浄化の神子だ。それゆえに狙われている」
そう。二人神子の告示前、気づいているが黙っていた者達はジュンヤの味方だ。沈黙は下手に国王を刺激して身に危険が及ばぬ為だ。ならば、彼も信じられるだろう。そう思うと緊張が解けたのか、どっと激しい疲労感に襲われた。
正直、ほとんど会話の内容が入って来ない。分かるのは、パッカーリア商会へ行く手助けをしてくれると言うことだけだ。
眠い、だるい——
朦朧としていると、ジュンヤとノルヴァン殿が手を貸してくれベッドに横になる。傷は完全に癒えていないので、仰向けでは痛みが走る。仕方なく横向きになると、眠気でグラグラする。だが、寝てはジュンヤを守れない……
「マテリオ、少し休めるみたいだから、治癒しよう」
「ダメだ……万一の時は一人で逃げろ」
私に力を使ったら……魔力が足りなくなったら……誰がお前を助けてやれるんだ? それくらいなら、私が——
「俺がそんな人でなしだと思うのか? あんたの事、大事に思ってるのは伝わっていないのか?」
潤んでいた瞳には、まだ諦めないと言う強い意志が見える。私の事が大事だと、そう言ってくれた。ならば、私も諦めずに己の弱い心と戦わなくてはいけない。
痛みを堪え水を飲ませて貰う。こんな事をして貰うとは。だが、水を一気に飲み干し、ようやくひと心地がついた。
「エルビス、大丈夫かな……」
「お一人なら魔法もお持ちだ……きっと誰かと合流出来たんじゃないだろうか……」
猛烈な眠気に襲われる。私が寝ては、一人にしてしまう——
「そう、だな。みんな強い。俺が足を引っ張らなければきっと無事だ……」
「何を言っている。お前は、もう少し自信を持て……お前が……いる、から……」
優しく肩を撫でる手の温かさに、安心して力が抜けて行く。
私は、路地をジュンヤと共に彷徨っていた。追っ手が迫り、何度も角を曲がっては魔の手から逃れる。だが、いつしか私の足は動かなくなり、ジュンヤが私を引っ張る。
もう良い。捨て置いてくれ。
だめだ! 立てっ!!
ジュンヤに私は必要ないが、この世界には必要なのだ——
動けない私たちの前に、顔を覆う二人組が再び立っていた。
逃げてくれっ!!
声を上げたいが出て来ない。死にたくない。死んで泣かせたくない。
連れ去られるのはもっと見たくない……ジュンヤの背後に、二つの影が忍び寄る。
嫌だ……! 連れて行かないでくれっ!!
ジュンヤ、ジュンヤ!!
「ゔぅ…」
「マテリオ? 大丈夫か?」
「——っ!」
とっさに跳ね起きた。目の前には驚いて見開いた黒瞳がある。手を伸ばし、その肩を掴む。
「うおっ?!」
「本物か!?」
「ほ、本物? そうだよ、ジュンヤだよ! 目ぇ覚めたか?」
確かにジュンヤだ。肩に触れた温もりに現実だと安心した。その途端ガクリと力が抜け、ベッドに倒れこんだ。
悪夢だった。絶対に現実にしたくない。
「具合どうだ? なんか食べよう。血を流したから栄養取らないと」
「私が……」
「怪我人は大人しくしとけって」
食事をしなければ回復しない。そう言って食事を取りに行ってくれる背中を見つめる。私が動けなければ夢の通りになってしまう……重い体を無理やり起こし、立とうと思った。寝ていてはダメだ。弱い姿を晒したくない思いもある。
「どうした? 大丈夫か?」
「あぁ……起きる……」
「えっ!? まだ無理だろ?」
ベッドから出ようと立とうとしたが、目眩がしてグラリと傾いてしまった。
「あぶなっ!! 重いっ! まだ寝てろって!」
倒れ掛けた私を必死に受け止めてくれた。その手が触れた場所がカッと熱くなる。そして、自分が半裸だと気がついた。確かに血塗れだった。拭いてくれた形跡もある。
私の肌にジュンヤが触れた。その事に何故か鼓動が早くなった。背中にクッションを入れてくれて、上体をもたれかからせると、安堵で思わずため息が出た。なぜ背中に痛みがないのか、考える事も出来なかった。
そして助けを借りてシャツを着る。こんな事が起きるなんて……いつも侍従に世話を焼かれている潤也だが、元々は自分で全てをしていたというだけあって、弱って動けない私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。申し訳ない気持ちと裏腹に、優しく声を掛けられ喜びが湧く。
「傷は塞がったけど、血が足りないんだから無理に動くな。これ、少しでも良いから頑張って食べて、血を増やせ。神官服は血塗れでもうダメだった、ごめん」
「いや、良い……すまん」
「何言ってんだ。それは俺だろ……俺のせいだ」
「それは違う。私が勝手にした事だ」
違う。言いたいのはそんな事じゃない。——ありがとう。そう言いたいのに。
「あのさ、死なないでくれよ。死んだら寂しいだろ……頼むから、もう無茶するな」
「寂しい、のか?」
「寂しいよ。寂しい。だから、死ぬような真似はするな。どんなにみっともなくても俺は生きる。だからあんたも生きる選択をしてくれ」
「……分かった」
私がいなくなると寂しい。その言葉に胸が熱くなる。私は必要とされている。ならば、この命の寿命が来るまで、這ってでも生きて側にいよう。
持って来てくれた携帯食に齧り付く。小さくとも栄養価の高い、長期保存可能な物だ。あまり食欲はないが、食べなければ力が出ないと必死で飲み込んだ。満腹になった頃、ベルが鳴り慌ててジュンヤが出て行った。
ノルヴァン殿の報告では殿下は無事で、先にユーフォーンへ発った。ただ、ジュンヤと再び離れる事に抵抗なさったそうだ。それもそうだろう。安否も分からぬのだから。
騎士もピリピリしていて、下手に近づけない様だ。夜まで待てと言われ、我々は頷く以外何も出来ない。上の階に戻るノルヴァン殿を見送ったジュンヤは、もどかしそうだが、それしかない事も理解していた。
「なぁ……これしかないよな?」
「そう思う。皆、お前を守る為に動いている。だから今は耐えるんだ」
「あ、また顔色悪いよ、少し寝た方が良い」
「何か……連絡方法を考えたいんだ。寝てる場合じゃない」
「倒れたら意味がないだろ?」
そう言われてベッドに押し込まれた。寝た筈なのに、満腹になったせいかまた眠気が襲って来る。
ジュンヤが優しくトントンとしてくれるリズムにいつのまにか眠ってしまった。
次に目覚めた時、ジュンヤの姿がなく私は激しく動揺した。外に出ようにも朦朧としていて開け方なども聞いていないし、どうしたら良いのか分からずヤキモキしていた。
うまく動かない体は一人でベッドから出ることもできない。すると、話し声が聞こえて焦げ茶色の髪の褐色の男が二人現れた。
「何者だっ!! ジュンヤをどうしたっ!!」
まさか! 捕まったのか? 見つかったのは私だけ? 足枷になるくらいなら、自死するしか……!!
「俺だ! ジュンヤだっ! 変装してる! こっちはノルヴァンさんだっての!!」
「はぁ? なぜだっ?!」
「神官様。急ぎなのであとでご説明します。まずはお着替えをしてください」
訳も分からず、だが緊急事態なのだけは理解出来た。必死でハシゴを上がるが、支えがなければ落ちていたと思う。ノルヴァン殿とジュンヤが肩を貸してくれて、車庫へ着いた。
「さぁ、ここへお入りください。狭いですが二人で横になるスペースはあります」
荷馬車の後ろの扉ではなくサイドのどこかを触ると、するりと横に扉が開いた。なんと……外からは分からない。これも危険回避の為か?
「わ、分かりました。マテリオ、ほら頑張れ」
ぼうっとしていた様だ。話が途切れ途切れにしか覚えていない。裏切りがあり、とにかく二日間馬車の中にいる事は分かった。背中を押して貰い中に入る。
ぴったりくっつかなければ収まらないサイズの、小さなベッドと棚がある狭いスペースに二人で乗り込む。高さは普通に座る高さはあるのだが、横幅が狭い。当然か。普通の荷馬車に見合う量の荷物がなけれがならないのだからな。
「開ける際はこの赤いボタンですが、余程の事が無い限り開け無い方がいいでしょう。遮音はこのボタンです。丸二日は開けられませんので耐えてください。時間計はこちらです。では、申し訳ありませんが閉めますよ?」
扉が閉まって馬車は動き始めた。私は情け無い事に、少し動いただけで力尽きてしまった。悪いと思うが横になる。息苦しい……ほんの少し動いただけで息切れなどしなかったのに。治癒だけでは足りないのだ。
「頑張れ。脱出するぞ」
「ああ……すまない……」
ジュンヤが汗を拭ってくれている。すまないと思いつつ、今は休むしか出来ない。
「その馬車、待てっ!!」
外から大声が聞こえる。これはリューンか!? 私達はすぐに外に連絡しようとしたが、ジュンヤが外を確認し動きが止まった。裏切ったディックがいるらしい。ザッと説明されたが、裏切り者が奴ならあり得ると思った。
だが、ジュンヤはなんとか神兵に伝えようとしていた。私には何が出来る? そんな私など気にせず、とうとうジュンヤは神兵に無事で、私と一緒だと知らせてくれた。
と言っても、ノックの回数で知られるシンプルな方法だったが、何もないよりずっと良い。ジュンヤは連絡が取れ、エルビス殿の無事も分かり安心していた。私もだ。敵の手に落ちたのではないと知るだけで、ダリウス様も動きやすくなるだろう。
私も安心したが、寒さと戦っていた。血を流しすぎた。しかし、寒いはずなのに汗が流れ落ちる。こんな所で死んでたまるか。ジュンヤを一人ぼっちにしたくない。何度も汗を拭ってくれる優しい手に甘えてしまう。
「大丈夫か……?」
「寝ていれば、体力も戻る……み、水をくれ。」
「うん」
怪我は治っても体力は戻らない。それが治癒の問題点だ。この二日の間に少しでも動ける様にならなければ。
それなのに、水をなかなか渡してくれなかった。
「マテリオ。考えたんだけど、試したい事がある」
「なんだ……?」
「水口移しで、飲んでみろ。」
「はぁ!? な、何を言って! 良いから……それを……」
口移し? それは私とジュンヤが? そ、そんな破廉恥な事を! 身動き取れないならまだしも、水くらい飲める!!
「治癒だけじゃ足りないんだ。そうだろ? 傷は治ったけど、魔力も減ったままだし、そのせいか分からないけど体力も戻らない。だから、これは……治療だ。うん」
「治療……? し、しかし」
「一回やってみて効果なければ終り。それで良いだろ? このままじゃ、もし追いつかれたりした時逃げられない」
「確かにそうだが……その時は、」
「置いてかないぞ。言ったろ?」
治療? 治療でキ……口移し? ケローガでのダリウス様の回復は凄まじかった。だから、治療ならば——許される?
「良し、お互い確認しよう。これは治療!」
「これは治療……」
私は自分に何度も言い聞かせる。あくまでも治療で、キスでは……ない。緊張で震えてしまうのが分かる。なぜ震える? キスなど何度も力の交歓で行って来たではないか。だが口を開けられずにいると、温かく柔らかい唇が触れ舌が唇を開く様促して来た。
恐る恐る開くと、水がこちらに流れ込んでくる。ただの水の筈なのに、甘くトロリと柔らかな蜜に変わっている様だった。
甘い——なんて甘美な蜜だ。体の奥に力が送り込まれ、冷たい身体に温かい一筋の流れとなって体内を走った。だが、わずかな間だけで、すぐに融けて消えてしまった。
「どう……かな?」
「力が……入ってきた……」
「そ、そうか! 良かった。今ので足りる?」
もう一度欲しい。それしか考えられなくなっていた。ジュンヤの甘やかな花の香りをすぐ側で感じながら、もっと欲しいと思った。
「足りない」
「わ、分かった。もう一回、な?」
再び口づけ水を流し込んでくれた時、思わずその背中に手を回してしまった。細くしなやかで、だが決して貧弱ではない均整の取れた体だ。
もっと触れたい。——触れてはいけない。なぜこんなにも苦しいのか。
「ん……」
舌が水を誘導して入って来て、私は思わずその舌に触れた。その時、甘く痺れる様な衝撃が全身を駆け巡った。
これは、なんだ……?もっと欲しい。欲しいのは、力? 違う。
ジュンヤと触れ合っている、その時間が——欲しい。
気がつけばジュンヤの肩をしっかりと掴んでいたらしい。あんなにも力の入らなかった手が嘘の様だ。
欲しい…。この体を抱きしめ、もっと深い所まで行きたい……!!
「んむっ……」
舌を滑り込ませると、甘やかな声が漏れた。それは堪らなく可愛らしい声だった。いつもの凛とした清廉なジュンヤとの違いに、全てを奪いたい激しい欲求を駆り立てられた。
「んっ、ふぅ……ん……」
どこもかしこも甘い口腔を舌で舐めあげ、舌を絡めると、唾液が飲み込めないジュンヤから無理矢理奪い啜った。
「はあっ、はぁ……急に、なん……だよ……」
私だって分からない!! これ程に誰かを欲した事はない。それに、こんなに誰かの体液を甘美に感じた事も……離れようとするジュンヤを阻み腰を抱く。
なぜ、私は……体が勝手に動きジュンヤを拘束してしまう。
「分からない、私はどうしたら……!?流れて来た力が、甘い……痺れる様な……これはなんなんだ……?」
「と、とりあえず離れよう? 落ち着いてから考えよう。ほら、手ぇ離せって」
「無理だ。何故か分からないが離せない」
ジュンヤも、甘く感じている? 私から離れたい? そんなのは嫌だ……嫌だ……
離したくない。
「なら、このままで良いから、話そう。うん」
「話、と言っても……」
「えーと、力はどんな感じ?まだ足りない?」
「足りないのは、足りない……だが、違うんだ。どう言えば良いのか……体が……」
恥ずかしい事に、下半身に問題が生じていた。こんな馬鹿な! 私はジュンヤを神聖な神子として崇めていた筈だ! こんないやらしい反応をするなんて!
「見るな! これは何かの間違いだっ! 向こうを、向いてろ!」
「こ、これ、俺のせい……だろ?」
「とにかく! 治めるから!」
祈りの言葉を思い出そうと必死になるが、考えるのは先程のジュンヤの甘い舌の感触と、滑らかな口腔の事…。
「そう言うなら、手ぇ離してくれないと……」
離さなくてはいけないと分かっている! 分かっているとも。
「分かってる! 分かってるんだが……こんな事……!」
抱きしめた手を離す事が出来なかった。手だけ別の生き物になり意識を持っているかの様だ。
「っ!? んんっ……」
突然ジュンヤからキスされた。トロリと甘い蜜が私に与えられ、もう止められなかった。
小さく柔らかな甘い舌。私の舌先で愛撫すると、応えて絡めて来る。同時に甘い蜜と温かな力が流れ込む。
愛しい……愛している……この身体の隅々まで愛して、繋がりたい……!!
愛してる? そうだったのか。私はジュンヤを愛していたのか……
愛しい人の舌を丹念に愛撫しながら、二度とはないだろうこの時間を思った。ひと時の、思い出を……愛を受け止めて、欲しい。
「ん、んんぅ……ふぁ……はぁ、マテリオ、も、終り……力入る様に、なったろ?」
唇が離れてしまい、私は与えられた蜜を嚥下した。熱い力が流れ込み、情欲と共に燃え上がった。ジュンヤを抱き込み、グルリと反転して覆い被さった。
「あっ!?」
「はぁはぁ……ジュンヤ……私は、私は ……欲しい物があるんだ……頼みを、聞いてくれるか?」
「何? 俺に出来る事?」
「お前じゃなければダメだ。——コレが、欲しい……」
抱いてはいけない……あの方達への裏切りになってしまう……、せめて昂ぶってくれているココの雫を与えてくれないだろうか。
「それって、まさか」
「飲みたい……慈悲をくれ……」
「そんな無理しなくても!」
「無理じゃない。私は、触れてみて気がついた。お前が——好きなんだ」
「っ!? そ、んな。媚薬効果のせいだよ!」
「絶対違う。庇護者の検査を辞退した時は、贖罪と崇高な判断だと信じた。神子を崇め守ろうと思っていた。だが、お三方に抱かれる様になったお前を見ていると心がざわめいていた!」
もう、二度と言う機会はないと覚悟して告白する。黒瞳を見つめ、たった今気がついた激情を暴露する。
「お前は私をなんとも思っていないだろうが、私は……この気持ちに気がついてしまった……!」
私に告げられたその表情は困惑していた。分かっている。友の様に思ってくれていたのは。愛ではない事も。
「俺……は……」
「今、この時だけ……私の物になってくれないか……?」
この馬車の時間だけ。二度とはない時間。
「俺を、抱きたい……のか?」
「——そうだ。無茶な事を言っている自覚はある。これでこの気持ちは封印する。その代わり、生涯守ると誓う。」
「生涯って……そんなの……」
「私には一生を賭ける価値のある時間だ。」
「俺、無神経な事したかも。ごめん……」
「お前はお前らしくいて良いんだ。そこが——愛した理由だから」
もっと怒っても良い筈なのに、その言葉はいつも誰かを思いやる。これは私の勝手な思いなのに。
「急に言われても、分からないよ、分からない——」
「最後までしなくていい。ただ、触れて奉仕したい。お前に触りたい」
「俺ばかり恥ずかしいのは嫌だ……」
「——そうか」
私は拒まれた。無理はしたくない。
貰った力が尽き、上に倒れ込みそうになったので横に転がった。終わりだ。ユーフォーンへ着いたら、新しい神官の手配をしよう。一緒にいれば身の危険を感じたり嫌な思いをするだろう。そんな風に困らせたくない。
「大丈夫かっ?!」
「ああ。少し力を分けて貰ったし、そのうち回復するだろう……すまない。私の言った事は忘れてくれ」
「忘れる?そんなの、難しいよ……」
「すまなかった」
「謝って欲しい訳じゃないっ! ただ、びっくりしたんだ。そんな風に見えなかったからさ。だって、俺達の出会いってそういうのが発生する状況じゃなかった気がするんだ」
「そうだな。散々酷い事をした。私はついさっきまで自分の気持ちに気がついていなかった。だから、正直戸惑っている。あんな強引な真似をして悪かった」
話しているうちに昂りも治っていた。良かった。これ以上みっともない姿を晒したくない。
「その事はもう良くてさ。俺はむしろそれがあったから、腹を割って話せる相手だと思って接してた。そういう意味では特別なんだ。」
「そうか……それだけでも良しとするか……」
「なぁ、だからかな?あんたも——俺の庇護者だった」
「どういう事だ? それはお互いの心が通じてないとダメだと聞いた」
「愛か恋か友情か……分からないけど、俺達繋がってるんだろうな。口移しした時、甘かったんだろう? 俺もあんたの舌が甘かった」
なんて事を言うんだ!! あんな真似をした私を特別だと思ってくれていた? そしてあの甘さをジュンヤも感じていた? 私も庇護者?
カッと顔に熱が集まり、腹の奥から湧き上がる歓喜に頬が緩むのを感じ片手で顔を隠す。
「なんて事を……言うんだ……」
期待をしてしまいそうだ。だが、浮かれてはいけない。私が動揺していると、当然に何かを思い出したように困った顔をした。
「マテリオ。乗る時にノルヴァンさんに聞いた説明覚えてる?」
「すまん……全部は覚えていない。ユーフォーンの騎士が裏切った事と、二日間はこの中なのは覚えてる」
「そうか。で、ここにトイレがない事も覚えてる?」
「そう言っていた気が——あ」
「思い出した?」
ジュンヤが棚を探り出して来た玉。これは洗浄機能があるが、基本的に性交時に使われる。
「これさ、清浄だけの玉?」
「多分、違う。無理矢理体内を清浄すれば、多少の不快感が起きる。それをごまかす為の——媚薬だ。」
「そういう事か」
「入れなくては、いけないな」
「そうだね……浅くても効く?」
「——より深い方が不快感は少ないらしい」
ジュンヤが香油も出して分け合う。
「あのさ。お互い見ないように一緒にやろう。背中向けてさ!」
「そうだな! ああ。そうしよう。見ない!
私の事も見ないでくれ」
なんと言う事だ! 後ろでズボンを脱ぐ気配があり、思わず意識してしまうのを振り払い、私もズボンを下ろした。問題は、私の体はとても硬い事だ。これを奥まで入れるのは至難の技となるだろう。
恥ずかしさと同時に、背後のジュンヤも行う事に僅かに興奮しながら玉を押し当てた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読者様お疲れ様です!二話連続1万字超えでお疲れだと思います。次はもっと長いです、本当にすいません。ただ、R回に至るまでの気持ちの経緯を描きたいという事があり、かなり前からの心情を書き連ねたところ、こんな文字数です。
次話はR回です。ニヤニヤお楽しみ頂けたら幸いです。
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集会所の後。私とマナは、ジュンヤに貰った飴やクッキーですっかり回復していた。町長の家を借りていたが、即座に出立する。本来はもう一台あった馬車が壊されたので、私はジュンヤと同じ馬車になる事になった。
封鎖を解き、出発してすぐだった。大きな音と振動、そして大声も聞こえる。この短時間で再び襲いかかるとは! しかも、この音は——爆轟が響き渡り、魔導弾か? こんな町中で使う武器ではない! これは民にも犠牲が出るのでは!?
我々はジュンヤを囲み守っていたが、馬車がグラングランと揺らされた。この馬車は外からの攻撃に耐えられるが、倒されたら逃げる事は出来ない。どうすれば——
「っ!! エ、エルビス!! マテリオ!」
「手を離すなっ!! 掴まっていろっ!!」
「ジュンヤ様! ここは、隙を見て出ましょう!!」
ジュンヤとエルビス殿だけでも逃さねばならない。覚悟を決めて出ようと思ったが、突如揺れが止んだ。
「ジュンヤッ! 無事かっ?」
「大丈夫! どうなってる?」
「三人とも出ろっ! 魔道具での爆撃だ!あんなもん町中で使いやがって……!」
転がり出た私たちが見た物は、砂煙で霞む町だった。壊れた町、血を流す騎士……なんと酷い事を。
「酷い……!」
「こっちだ! ついてこい!」
ダリウス様に導かれ、路地へと逃げ込む。だが、背後から追っ手が来ていた。ラドクルト殿とウォーベルト殿がその場に残る。ジュンヤも彼らを信じた。私も信じよう。彼らは強いのだ。メイリル神よ、どうか彼らに武運を!!
どれくらい走ったのか……私はあまり運動する方ではない。長く歩く事はあるが、走り続ける体力はないのだ。このままでは足手まといになってしまう。
敵を撒いた、そう思ったのも束の間、ダリウス様が気配を察した様だった。
「待ち伏せか。エルビス、マテリオ、頼んだぞ」
「ダリウスッ!!」
「死なねーって約束したろ? 行け。はぐれたら予定の場所で会うぞ」
「さぁ、ジュンヤ様、行きますっ!」
「ダリウス、信じてるからなっ!」
「おう! 任せろっ!!」
ダリウス様にとって我々は枷にしかならない。存分に戦って貰うには離れねば——だが、気持ちと裏腹に足はもつれ、息は上がっている。
苦しい!! 肺が潰れそうだ!!
「はぁはぁ……すまない、走るのは、苦手だ……」
「俺も鈍ってて動けない……」
「はっ、はぁ、ジュンヤ様、どこか隠れ場所を探します。待ってて下さい」
エルビス殿の袖を引きジュンヤが止める。しかし、この場をなんとかするには動けるエルビス様しかいない.。
「離れちゃダメだ!」
「しかし、このままでは……爆音は収まっている様子。このままでは見つかります!」
振り切って行ってしまったエルビス殿の背中を苦しそうに見つめていた。
「ど、どうしよう。マテリオ」
「待つしかない。体力も温存しよう。せめてエルビス殿の足を引っ張らないようにしなければ……」
「うん……」
箱の隅の方により、なるべく影になる様に隠れていた。だが、足音が近づいていた。
二人で息を詰め、敵ならば見つからない様にと祈った。
「神子様、み~つけたっ! 手柄は俺様がいただき~!」
「っ!!」
ジュンヤを背に隠す。ジュンヤに走る力は残っているだろうか? 隙をついて逃げて欲しい。
「神官様~戦えないでしょ? 無理しないでそいつを渡せば死なずに済むよ~?」
そんな事は分かっている。勝てるなど露ほども思わない。ジュンヤが逃げる隙さえ作れれば……!!
「ジュンヤは渡さない!」
「マテリオ、無茶するなっ!」
ジュンヤ。良いんだ。私の代わりの神官はいる。そう、もっと優しくて心から崇拝を示す正しい神官が——
「邪魔だ、退け!」
「あ~、めんどくさっ! なぁ、殺しちゃおうぜ。神子様だけ手に入れば良いって命令だろ?」
「そうだな。あんたはメイリル神にでも祈っておけ。楽に殺してやる」
振り返り、ジュンヤを突き飛ばすと、背中に燃える様に熱い衝撃が走った。耐えきれずにたたらを踏んで膝をつく。
「あっ!?」
「走れっ!!」
走れと言っているのに、ジュンヤが私を起こそうと跪いた。なぜ、なぜだ!?
肩を貸そうとする手を振り払い必死で押し退ける。
「逃げろと言ってる!!」
「あんたの命を犠牲にして生き延びたくない! 一緒に逃げるぞっ!!」
「っ!!」
なんて事だ! 私は間違っていた。こんな風に足手まといになる方法を選んでしまった事を後悔した。だが、ジュンヤの目は諦めていない。手を振り敵に何か投げつけた。
「うぐっ!! くそうっ!」
「こ、このっ!! いてぇ!!」
砂を投げつけたらしく、目を擦り苦しんでいる間に必死で足を動かした。だが、背中から血が流れて行くのを感じる。足は更に重くなり、時折ジュンヤが治癒を流してくれるが、走っている上に消耗している今は、応急処置しか出来ない。私のせいで見つかる。それだけは嫌だった。
「置いて行ってくれ」
「嫌だ! 絶対に置いていかない……!!」
その言葉に応えたい。だが体が鉛の様に重い。苦しい、寒い……ここはどこだ……?
どこか分からないが、ジュンヤに促されその場に崩れる様に座り込んだ。
「置いて行け……お前が捕まったらどうする……」
「絶対置いていかない!」
(……ジュンヤ様……ジュンヤ様……聞こえますか……?)
「今の、聞こえた?」
「ああ、聞こえた。誰だ?」
(後ろです、下の方を見て下さい)
座る場所を移動させられジュンヤが何かすると、箱が動き始めた。なんと、隠し扉か。だが、入っても良いのか?
だが、私達には選択肢は無かった。這う様に通路を移動する。力尽きそうになる私を、ジュンヤが必死で励ましながら引っ張ってくれた。
ハシゴでは気を失いかけたが、ずっとジュンヤが上から励ましの言葉をかけてくれた。見上げると漆黒の瞳が潤んでいる。その声と輝きに力を貰いなんとか降りる事が出来た。
「外の箱は、こちらのボタンを押せば元どおりです。もう大丈夫ですよ」
彼は、王都のノルヴァン商会の店主だった。なんと……神よ……神子に救いの手を差し伸べて下さったのですね?
「お久しぶりでございます、ジュンヤ様。大変な事件に巻き込まれてしまわれた様ですね」
「ノルヴァンさん、なんで」
「説明は後です。今は神官様の手当でございます。」
「そうだっ! マテリオ! さぁ、座ろう。治癒してやるからっ!」
「力を、無駄に使うな……」
「無駄じゃないっ! ほら、こっち」
既に消耗しているジュンヤにこれ以上力を使わせたら倒れてしまう。庇護者と離れている今、それは命に関わる。なんとか長椅子に座るが、背中の痛みは感じない。ジュンヤの治癒のおかげだろうか。寒い、ただ、寒い...。流れる力が温かくもっと欲しいと願ってしまうが、その手を止めさせる。
「逃げる余力を残せ」
「でも……」
「頼む。お前が捕まったら……私は生涯悔やむ。だから、頼む……」
失ってはいけない。そうなれば、生きていけない。悲しげな顔が辛い。そんな顔は見たくない。
ここはノルヴァン殿の家で、地下の隠し部屋だと言う。商人も時折危険な目に会う為避難場所だそうだ。
「いえいえ。ジュンヤ様も神子である……むしろ真の神子であるという噂は商人の間では有名です。殿下と懇意な事も。今回はそれ絡みでしょうか。ああ、言わなくても大丈夫です。ただお助けしたかっただけですから」
「そうだ、ジュンヤが真の浄化の神子だ。それゆえに狙われている」
そう。二人神子の告示前、気づいているが黙っていた者達はジュンヤの味方だ。沈黙は下手に国王を刺激して身に危険が及ばぬ為だ。ならば、彼も信じられるだろう。そう思うと緊張が解けたのか、どっと激しい疲労感に襲われた。
正直、ほとんど会話の内容が入って来ない。分かるのは、パッカーリア商会へ行く手助けをしてくれると言うことだけだ。
眠い、だるい——
朦朧としていると、ジュンヤとノルヴァン殿が手を貸してくれベッドに横になる。傷は完全に癒えていないので、仰向けでは痛みが走る。仕方なく横向きになると、眠気でグラグラする。だが、寝てはジュンヤを守れない……
「マテリオ、少し休めるみたいだから、治癒しよう」
「ダメだ……万一の時は一人で逃げろ」
私に力を使ったら……魔力が足りなくなったら……誰がお前を助けてやれるんだ? それくらいなら、私が——
「俺がそんな人でなしだと思うのか? あんたの事、大事に思ってるのは伝わっていないのか?」
潤んでいた瞳には、まだ諦めないと言う強い意志が見える。私の事が大事だと、そう言ってくれた。ならば、私も諦めずに己の弱い心と戦わなくてはいけない。
痛みを堪え水を飲ませて貰う。こんな事をして貰うとは。だが、水を一気に飲み干し、ようやくひと心地がついた。
「エルビス、大丈夫かな……」
「お一人なら魔法もお持ちだ……きっと誰かと合流出来たんじゃないだろうか……」
猛烈な眠気に襲われる。私が寝ては、一人にしてしまう——
「そう、だな。みんな強い。俺が足を引っ張らなければきっと無事だ……」
「何を言っている。お前は、もう少し自信を持て……お前が……いる、から……」
優しく肩を撫でる手の温かさに、安心して力が抜けて行く。
私は、路地をジュンヤと共に彷徨っていた。追っ手が迫り、何度も角を曲がっては魔の手から逃れる。だが、いつしか私の足は動かなくなり、ジュンヤが私を引っ張る。
もう良い。捨て置いてくれ。
だめだ! 立てっ!!
ジュンヤに私は必要ないが、この世界には必要なのだ——
動けない私たちの前に、顔を覆う二人組が再び立っていた。
逃げてくれっ!!
声を上げたいが出て来ない。死にたくない。死んで泣かせたくない。
連れ去られるのはもっと見たくない……ジュンヤの背後に、二つの影が忍び寄る。
嫌だ……! 連れて行かないでくれっ!!
ジュンヤ、ジュンヤ!!
「ゔぅ…」
「マテリオ? 大丈夫か?」
「——っ!」
とっさに跳ね起きた。目の前には驚いて見開いた黒瞳がある。手を伸ばし、その肩を掴む。
「うおっ?!」
「本物か!?」
「ほ、本物? そうだよ、ジュンヤだよ! 目ぇ覚めたか?」
確かにジュンヤだ。肩に触れた温もりに現実だと安心した。その途端ガクリと力が抜け、ベッドに倒れこんだ。
悪夢だった。絶対に現実にしたくない。
「具合どうだ? なんか食べよう。血を流したから栄養取らないと」
「私が……」
「怪我人は大人しくしとけって」
食事をしなければ回復しない。そう言って食事を取りに行ってくれる背中を見つめる。私が動けなければ夢の通りになってしまう……重い体を無理やり起こし、立とうと思った。寝ていてはダメだ。弱い姿を晒したくない思いもある。
「どうした? 大丈夫か?」
「あぁ……起きる……」
「えっ!? まだ無理だろ?」
ベッドから出ようと立とうとしたが、目眩がしてグラリと傾いてしまった。
「あぶなっ!! 重いっ! まだ寝てろって!」
倒れ掛けた私を必死に受け止めてくれた。その手が触れた場所がカッと熱くなる。そして、自分が半裸だと気がついた。確かに血塗れだった。拭いてくれた形跡もある。
私の肌にジュンヤが触れた。その事に何故か鼓動が早くなった。背中にクッションを入れてくれて、上体をもたれかからせると、安堵で思わずため息が出た。なぜ背中に痛みがないのか、考える事も出来なかった。
そして助けを借りてシャツを着る。こんな事が起きるなんて……いつも侍従に世話を焼かれている潤也だが、元々は自分で全てをしていたというだけあって、弱って動けない私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。申し訳ない気持ちと裏腹に、優しく声を掛けられ喜びが湧く。
「傷は塞がったけど、血が足りないんだから無理に動くな。これ、少しでも良いから頑張って食べて、血を増やせ。神官服は血塗れでもうダメだった、ごめん」
「いや、良い……すまん」
「何言ってんだ。それは俺だろ……俺のせいだ」
「それは違う。私が勝手にした事だ」
違う。言いたいのはそんな事じゃない。——ありがとう。そう言いたいのに。
「あのさ、死なないでくれよ。死んだら寂しいだろ……頼むから、もう無茶するな」
「寂しい、のか?」
「寂しいよ。寂しい。だから、死ぬような真似はするな。どんなにみっともなくても俺は生きる。だからあんたも生きる選択をしてくれ」
「……分かった」
私がいなくなると寂しい。その言葉に胸が熱くなる。私は必要とされている。ならば、この命の寿命が来るまで、這ってでも生きて側にいよう。
持って来てくれた携帯食に齧り付く。小さくとも栄養価の高い、長期保存可能な物だ。あまり食欲はないが、食べなければ力が出ないと必死で飲み込んだ。満腹になった頃、ベルが鳴り慌ててジュンヤが出て行った。
ノルヴァン殿の報告では殿下は無事で、先にユーフォーンへ発った。ただ、ジュンヤと再び離れる事に抵抗なさったそうだ。それもそうだろう。安否も分からぬのだから。
騎士もピリピリしていて、下手に近づけない様だ。夜まで待てと言われ、我々は頷く以外何も出来ない。上の階に戻るノルヴァン殿を見送ったジュンヤは、もどかしそうだが、それしかない事も理解していた。
「なぁ……これしかないよな?」
「そう思う。皆、お前を守る為に動いている。だから今は耐えるんだ」
「あ、また顔色悪いよ、少し寝た方が良い」
「何か……連絡方法を考えたいんだ。寝てる場合じゃない」
「倒れたら意味がないだろ?」
そう言われてベッドに押し込まれた。寝た筈なのに、満腹になったせいかまた眠気が襲って来る。
ジュンヤが優しくトントンとしてくれるリズムにいつのまにか眠ってしまった。
次に目覚めた時、ジュンヤの姿がなく私は激しく動揺した。外に出ようにも朦朧としていて開け方なども聞いていないし、どうしたら良いのか分からずヤキモキしていた。
うまく動かない体は一人でベッドから出ることもできない。すると、話し声が聞こえて焦げ茶色の髪の褐色の男が二人現れた。
「何者だっ!! ジュンヤをどうしたっ!!」
まさか! 捕まったのか? 見つかったのは私だけ? 足枷になるくらいなら、自死するしか……!!
「俺だ! ジュンヤだっ! 変装してる! こっちはノルヴァンさんだっての!!」
「はぁ? なぜだっ?!」
「神官様。急ぎなのであとでご説明します。まずはお着替えをしてください」
訳も分からず、だが緊急事態なのだけは理解出来た。必死でハシゴを上がるが、支えがなければ落ちていたと思う。ノルヴァン殿とジュンヤが肩を貸してくれて、車庫へ着いた。
「さぁ、ここへお入りください。狭いですが二人で横になるスペースはあります」
荷馬車の後ろの扉ではなくサイドのどこかを触ると、するりと横に扉が開いた。なんと……外からは分からない。これも危険回避の為か?
「わ、分かりました。マテリオ、ほら頑張れ」
ぼうっとしていた様だ。話が途切れ途切れにしか覚えていない。裏切りがあり、とにかく二日間馬車の中にいる事は分かった。背中を押して貰い中に入る。
ぴったりくっつかなければ収まらないサイズの、小さなベッドと棚がある狭いスペースに二人で乗り込む。高さは普通に座る高さはあるのだが、横幅が狭い。当然か。普通の荷馬車に見合う量の荷物がなけれがならないのだからな。
「開ける際はこの赤いボタンですが、余程の事が無い限り開け無い方がいいでしょう。遮音はこのボタンです。丸二日は開けられませんので耐えてください。時間計はこちらです。では、申し訳ありませんが閉めますよ?」
扉が閉まって馬車は動き始めた。私は情け無い事に、少し動いただけで力尽きてしまった。悪いと思うが横になる。息苦しい……ほんの少し動いただけで息切れなどしなかったのに。治癒だけでは足りないのだ。
「頑張れ。脱出するぞ」
「ああ……すまない……」
ジュンヤが汗を拭ってくれている。すまないと思いつつ、今は休むしか出来ない。
「その馬車、待てっ!!」
外から大声が聞こえる。これはリューンか!? 私達はすぐに外に連絡しようとしたが、ジュンヤが外を確認し動きが止まった。裏切ったディックがいるらしい。ザッと説明されたが、裏切り者が奴ならあり得ると思った。
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と言っても、ノックの回数で知られるシンプルな方法だったが、何もないよりずっと良い。ジュンヤは連絡が取れ、エルビス殿の無事も分かり安心していた。私もだ。敵の手に落ちたのではないと知るだけで、ダリウス様も動きやすくなるだろう。
私も安心したが、寒さと戦っていた。血を流しすぎた。しかし、寒いはずなのに汗が流れ落ちる。こんな所で死んでたまるか。ジュンヤを一人ぼっちにしたくない。何度も汗を拭ってくれる優しい手に甘えてしまう。
「大丈夫か……?」
「寝ていれば、体力も戻る……み、水をくれ。」
「うん」
怪我は治っても体力は戻らない。それが治癒の問題点だ。この二日の間に少しでも動ける様にならなければ。
それなのに、水をなかなか渡してくれなかった。
「マテリオ。考えたんだけど、試したい事がある」
「なんだ……?」
「水口移しで、飲んでみろ。」
「はぁ!? な、何を言って! 良いから……それを……」
口移し? それは私とジュンヤが? そ、そんな破廉恥な事を! 身動き取れないならまだしも、水くらい飲める!!
「治癒だけじゃ足りないんだ。そうだろ? 傷は治ったけど、魔力も減ったままだし、そのせいか分からないけど体力も戻らない。だから、これは……治療だ。うん」
「治療……? し、しかし」
「一回やってみて効果なければ終り。それで良いだろ? このままじゃ、もし追いつかれたりした時逃げられない」
「確かにそうだが……その時は、」
「置いてかないぞ。言ったろ?」
治療? 治療でキ……口移し? ケローガでのダリウス様の回復は凄まじかった。だから、治療ならば——許される?
「良し、お互い確認しよう。これは治療!」
「これは治療……」
私は自分に何度も言い聞かせる。あくまでも治療で、キスでは……ない。緊張で震えてしまうのが分かる。なぜ震える? キスなど何度も力の交歓で行って来たではないか。だが口を開けられずにいると、温かく柔らかい唇が触れ舌が唇を開く様促して来た。
恐る恐る開くと、水がこちらに流れ込んでくる。ただの水の筈なのに、甘くトロリと柔らかな蜜に変わっている様だった。
甘い——なんて甘美な蜜だ。体の奥に力が送り込まれ、冷たい身体に温かい一筋の流れとなって体内を走った。だが、わずかな間だけで、すぐに融けて消えてしまった。
「どう……かな?」
「力が……入ってきた……」
「そ、そうか! 良かった。今ので足りる?」
もう一度欲しい。それしか考えられなくなっていた。ジュンヤの甘やかな花の香りをすぐ側で感じながら、もっと欲しいと思った。
「足りない」
「わ、分かった。もう一回、な?」
再び口づけ水を流し込んでくれた時、思わずその背中に手を回してしまった。細くしなやかで、だが決して貧弱ではない均整の取れた体だ。
もっと触れたい。——触れてはいけない。なぜこんなにも苦しいのか。
「ん……」
舌が水を誘導して入って来て、私は思わずその舌に触れた。その時、甘く痺れる様な衝撃が全身を駆け巡った。
これは、なんだ……?もっと欲しい。欲しいのは、力? 違う。
ジュンヤと触れ合っている、その時間が——欲しい。
気がつけばジュンヤの肩をしっかりと掴んでいたらしい。あんなにも力の入らなかった手が嘘の様だ。
欲しい…。この体を抱きしめ、もっと深い所まで行きたい……!!
「んむっ……」
舌を滑り込ませると、甘やかな声が漏れた。それは堪らなく可愛らしい声だった。いつもの凛とした清廉なジュンヤとの違いに、全てを奪いたい激しい欲求を駆り立てられた。
「んっ、ふぅ……ん……」
どこもかしこも甘い口腔を舌で舐めあげ、舌を絡めると、唾液が飲み込めないジュンヤから無理矢理奪い啜った。
「はあっ、はぁ……急に、なん……だよ……」
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「なら、このままで良いから、話そう。うん」
「話、と言っても……」
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恥ずかしい事に、下半身に問題が生じていた。こんな馬鹿な! 私はジュンヤを神聖な神子として崇めていた筈だ! こんないやらしい反応をするなんて!
「見るな! これは何かの間違いだっ! 向こうを、向いてろ!」
「こ、これ、俺のせい……だろ?」
「とにかく! 治めるから!」
祈りの言葉を思い出そうと必死になるが、考えるのは先程のジュンヤの甘い舌の感触と、滑らかな口腔の事…。
「そう言うなら、手ぇ離してくれないと……」
離さなくてはいけないと分かっている! 分かっているとも。
「分かってる! 分かってるんだが……こんな事……!」
抱きしめた手を離す事が出来なかった。手だけ別の生き物になり意識を持っているかの様だ。
「っ!? んんっ……」
突然ジュンヤからキスされた。トロリと甘い蜜が私に与えられ、もう止められなかった。
小さく柔らかな甘い舌。私の舌先で愛撫すると、応えて絡めて来る。同時に甘い蜜と温かな力が流れ込む。
愛しい……愛している……この身体の隅々まで愛して、繋がりたい……!!
愛してる? そうだったのか。私はジュンヤを愛していたのか……
愛しい人の舌を丹念に愛撫しながら、二度とはないだろうこの時間を思った。ひと時の、思い出を……愛を受け止めて、欲しい。
「ん、んんぅ……ふぁ……はぁ、マテリオ、も、終り……力入る様に、なったろ?」
唇が離れてしまい、私は与えられた蜜を嚥下した。熱い力が流れ込み、情欲と共に燃え上がった。ジュンヤを抱き込み、グルリと反転して覆い被さった。
「あっ!?」
「はぁはぁ……ジュンヤ……私は、私は ……欲しい物があるんだ……頼みを、聞いてくれるか?」
「何? 俺に出来る事?」
「お前じゃなければダメだ。——コレが、欲しい……」
抱いてはいけない……あの方達への裏切りになってしまう……、せめて昂ぶってくれているココの雫を与えてくれないだろうか。
「それって、まさか」
「飲みたい……慈悲をくれ……」
「そんな無理しなくても!」
「無理じゃない。私は、触れてみて気がついた。お前が——好きなんだ」
「っ!? そ、んな。媚薬効果のせいだよ!」
「絶対違う。庇護者の検査を辞退した時は、贖罪と崇高な判断だと信じた。神子を崇め守ろうと思っていた。だが、お三方に抱かれる様になったお前を見ていると心がざわめいていた!」
もう、二度と言う機会はないと覚悟して告白する。黒瞳を見つめ、たった今気がついた激情を暴露する。
「お前は私をなんとも思っていないだろうが、私は……この気持ちに気がついてしまった……!」
私に告げられたその表情は困惑していた。分かっている。友の様に思ってくれていたのは。愛ではない事も。
「俺……は……」
「今、この時だけ……私の物になってくれないか……?」
この馬車の時間だけ。二度とはない時間。
「俺を、抱きたい……のか?」
「——そうだ。無茶な事を言っている自覚はある。これでこの気持ちは封印する。その代わり、生涯守ると誓う。」
「生涯って……そんなの……」
「私には一生を賭ける価値のある時間だ。」
「俺、無神経な事したかも。ごめん……」
「お前はお前らしくいて良いんだ。そこが——愛した理由だから」
もっと怒っても良い筈なのに、その言葉はいつも誰かを思いやる。これは私の勝手な思いなのに。
「急に言われても、分からないよ、分からない——」
「最後までしなくていい。ただ、触れて奉仕したい。お前に触りたい」
「俺ばかり恥ずかしいのは嫌だ……」
「——そうか」
私は拒まれた。無理はしたくない。
貰った力が尽き、上に倒れ込みそうになったので横に転がった。終わりだ。ユーフォーンへ着いたら、新しい神官の手配をしよう。一緒にいれば身の危険を感じたり嫌な思いをするだろう。そんな風に困らせたくない。
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「ああ。少し力を分けて貰ったし、そのうち回復するだろう……すまない。私の言った事は忘れてくれ」
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「その事はもう良くてさ。俺はむしろそれがあったから、腹を割って話せる相手だと思って接してた。そういう意味では特別なんだ。」
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「どういう事だ? それはお互いの心が通じてないとダメだと聞いた」
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カッと顔に熱が集まり、腹の奥から湧き上がる歓喜に頬が緩むのを感じ片手で顔を隠す。
「なんて事を……言うんだ……」
期待をしてしまいそうだ。だが、浮かれてはいけない。私が動揺していると、当然に何かを思い出したように困った顔をした。
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「そうか。で、ここにトイレがない事も覚えてる?」
「そう言っていた気が——あ」
「思い出した?」
ジュンヤが棚を探り出して来た玉。これは洗浄機能があるが、基本的に性交時に使われる。
「これさ、清浄だけの玉?」
「多分、違う。無理矢理体内を清浄すれば、多少の不快感が起きる。それをごまかす為の——媚薬だ。」
「そういう事か」
「入れなくては、いけないな」
「そうだね……浅くても効く?」
「——より深い方が不快感は少ないらしい」
ジュンヤが香油も出して分け合う。
「あのさ。お互い見ないように一緒にやろう。背中向けてさ!」
「そうだな! ああ。そうしよう。見ない!
私の事も見ないでくれ」
なんと言う事だ! 後ろでズボンを脱ぐ気配があり、思わず意識してしまうのを振り払い、私もズボンを下ろした。問題は、私の体はとても硬い事だ。これを奥まで入れるのは至難の技となるだろう。
恥ずかしさと同時に、背後のジュンヤも行う事に僅かに興奮しながら玉を押し当てた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読者様お疲れ様です!二話連続1万字超えでお疲れだと思います。次はもっと長いです、本当にすいません。ただ、R回に至るまでの気持ちの経緯を描きたいという事があり、かなり前からの心情を書き連ねたところ、こんな文字数です。
次話はR回です。ニヤニヤお楽しみ頂けたら幸いです。
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