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二章
2-7 乖離
しおりを挟む祐志が泣いている。
ごめん、と言って。
何で祐志が謝る?
悪いのはいつだって……。
俺だ。
「っ!」
ばっと目を覚まして、周囲を見回す。
今、自分が何をしているのか、何もわからなくなっていた。
見慣れない部屋。
広い。ワンルームじゃない。
「ただいまー」
「ただいま! 健吾お腹すいた。おやつない?」
「啓一、光一、おかえり」
可愛い子供達だ。双子かな。
誰が答えているんだ?
「今日はスィートポテトだよ」
「やった!」
「手洗ってくる!」
視界が変わる。
立ち上がった?
これ俺?
違う。
そんなはずない。
祐志はどこだ?
泣いてたんだ。
教えてあげなきゃ。
祐志は何も悪くない。
眠い。
祐志……。
「健吾のスィートポテト好きだな」
「僕もー」
近所の習い事から帰ってきた子供達は、小さめに作ったスィートポテトを次々に平らげていく。
その食欲は天井知らずだ。これだけ食べても夕飯もしっかり食べる。
身長はクラスで一番高いらしい。
祐志も184って言っていたから、二人とも大きくなれそうだ。
祐志の子供の頃もこんな感じだったのかな。可愛かっただろうな。
子供達はまだ小学校入学前だというのに、簡単な読み書き計算をマスターして、優秀さの片鱗を見せている。
二人は既に私立の小学校に入学が決まっている。
エスカレーター式に大学まであるが、小学校から中学校、中学校から高校に上がる度に半数以上が振り落とされる実力主義の学校だ。
俺も小学校はそこだった。
10歳の検査でオメガと判明して、普通の公立中学に進学した。
それまでも、兄や弟妹達と同じようにしていても実力差は明らかで、疑いが確信に変わっただけだったけれど、確定されたのは結構きつかったのは覚えている。
兄は中学までそこにいて高校から海外に行った。アルファ用のカリキュラムはあるけれど、日本には飛び級がないからだそうだ。弟妹も似たような感じだ。
俺は少しでも就職に有利になるように、必死で勉強して英勝大まで入れたけれど、そこまでだった。
社会的にはオメガを差別してはいけなくなったけれど、表立ってできないだけで、余程優秀でないとオメガにも優しい優良企業には入れない。
祐志との結婚で家に入ることになったけれど、どうも祐志も周りも俺の意思を無視したつもりでいるようなのが気になる。
俺はオメガということが嫌であって、家庭に入ることは嫌ではなかった。元々引きこもり気味だったし、一人でコツコツと節約計算とか考えるのは好きだった。
諒さんは落ち着いたら大学に復学したら良いと言ってくれたけど、大学に入った目的が就職だったから、もういい。祐志も気にしてるけど、こればっかりは感覚が違うから分かって貰えない。
「健吾、僕たちの小学校、健吾も行ってたって本当?」
「うん。小学校だけだけどね、行ってたよ」
「おんなじ制服?」
「写真見たい!」
「写真かぁ、あったかな」
あっても実家だ。行きたくない。
困ったな。
「あ、兄さんとこならあるかな」
「伯父さんとこ?」
「行きたい!」
兄の家の話になったら、二人とも写真よりも従兄妹達が気になるようだ。
あちらは上の子が男の子で二学年下、下の子が女の子で三学年下だ。
「予定聞いておくから、待っててね」
「うん」
「うん!」
RINEを開いて連絡しようとして、兄から電話が入っていたのを思い出した。
丸一日経ってしまった。
あの時、祐志はどうしてあんなに電話を拒否したんだろう。
兄は、俺を心配して……? あれ、電話の内容なんてわからないよな。
「健吾、連絡してくれないの?」
「あ、うん。するよ。ごめんちょっとぼーっとしてた」
「どっか具合悪いんじゃない!?」
「そんなことは……」
「だめだよ健吾、寝てて!」
啓一にぐいぐい引っ張られて寝室に押し込まれる。
リビングでは光一が電話をかけている。相手は祐志だろう。
息のあった連携に、どこかぼんやりとされるがままになってしまった。
「寝て!」
「はい」
祐志そっくりの顔で命令されて、何故かすとん、と意識がなくなった。
キラキラと輝くものが見えた。
すごく綺麗だけど、俺には絶対に手に入らないもの。
悲しい。
なくして、いいんだよ。
こんなもの。
「なくしていいものじゃ、ないだろ」
いらないよ?
泣かないで。
だって俺はキラキラした祐志が、好きなんだ。
手に入らない、けど。
「……健吾」
「ん……? あれ、祐志?」
「光一が健吾の調子が悪いって連絡くれたんだ」
「え、もしかして早退した?」
「うん」
昨日も半休したのに、今日もなんて駄目だろう。
せっかく頑張って課長になったのに。
「全然何ともないよ!ちょっと眠かっただけだって」
「うん、じゃあまだ寝てろ」
「だから」
祐志が俺を見て悲しそうにする。
駄目だ、俺のせいで、泣かないで欲しい。
「心配なんだ。昨日、いつもしないことをして疲れたんだろう。夕飯の準備はできてるんだろ?ゆっくりしてくれ」
確かに今日の夕飯は煮込み料理で、もう温めるだけで食べられる。米の予約もセットしてある。
「ごめん、祐志……」
「健吾は普段頑張ってくれてるだろ。たまには俺にも頼ってくれ」
「頼りっぱなしだよ」
「俺なしで生きていけなきゃいいんだ」
ニッと祐志が笑う。
キラキラ。何だこの不思議なエフェクト。
もうとっくに俺は祐志なしじゃ生きていけないよ。
思わず手が伸びて、祐志に触れた。
祐志が微笑んで額にキスをくれた。
足りない。
グッと引き寄せて、口を合わせようとした時。
「父さん、健吾どう?」
「どう?」
子供達の声が聞こえた。
子供、誰の?
俺の子供達だ。
世界一可愛い子供達。
俺、何かおかしい。
「祐志……俺、おかしい。こわい」
「疲れたんだよ。大丈夫、そばにいる。啓一と光一もいる。大丈夫だ」
「でも」
「大丈夫、少し眠るといい」
祐志の体温と優しい声に包まれて、俺はまた眠った。
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