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第2章 夏と奉仕

解散

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「それじゃあ最後は元の席に戻って~!」

 何度目かの席替えが終わり、そろそろ飲み放題の終了時間だ。
 楽人の合図のあと、それぞれが自分が最初に座っていた席に戻った。
 序盤とは違い、大体の参加者はお互いを友達だと思えるくらいには打ち解けている。
 隣同士で喋らなくとも、みんなで盛り上がることができるはずだ。

「いやぁ、最初はどうなるかと思ったけど、盛り上がって良かったよ」

 全員が座ったタイミングを見計らって会話を始める。

「確かに~。正直適当に理由つけて帰ろうかと思ってたもん」
「ちょっとそれ酷くない!? でも、盛り上がってなかったのは確かだよな……」

 予想していた通り、安田、楽人と会話に入ってきてくれた。
 ついでだ。最後に、今回の飲み会で地味に助けになっていた楽人に礼をしよう。

「楽人は気になる人いた? こいつ、彼女欲しいってずっといってるんだよ。悪いやつじゃないんだけど、どうして良い人が見つからないのか……」
「え、楽人君彼女探しに飲み会参加してたの?」
「そうそう。新しい出会いがあるかと思って飛びついちゃってさぁ~。そしたらほとんど彼氏持ちって言うでしょ? 騙されたと思ったね」
「ウケる。なら、アタシの友達紹介してあげよっか?」
「マジで!?」

 会話に加わってきた夕莉が素晴らしい提案をしてくれる。
 とはいえ、最初からこれを狙っていたわけなんだが。

「うんうん。二階堂君、話してみた感じ浮気とかしなさそうだし、ギャルって筋肉好き多いかんね。結構モテるんじゃない?」
「おぉ……ついに俺の筋肉が日の目を浴びる時が来たというのか! ぜひよろしくお願いします!」

 お前の筋肉はピチュランダで披露しろよ。
 でも、遅めの春が来る可能性が出てきて良かったな。
 このタイミングで、店員が飲み放題の終了を知らせに来る。

「ってことで、今日の飲み会はここまで! 楽しかったからまたこのメンバーでやりましょう~!」

 俺だけでなく蓮や楽人の目標も達成できたわけだし、ちょうどいい終わり時だ。
 右も左も財布を出して自分の料金を払っている。
 同じように、集金係の楽人に代金を渡そうとしたのだが、彼は俺の胸の前に手のひらを向け、首を横に振った。

「……お前の分は俺に払わせてくれ。この恩は末代まで語り継いでいこうと思う」
「子孫に馬鹿にされるからやめとけよ。嫌だろ、自分がアホの血引いてるってわかったら」
「じゃあ息子までくらいにしとくよ。とりあえず、瑠凪の分は俺が払う。ありがとう」

 金欠なわけではないが、お言葉に甘えて財布をしまうことにした。


 店の外に出ても、この盛り上がりは続いていた。

「夕莉。七緒ちゃんの調子はどう?」
「もう全然大丈夫。酔いも冷めて無口に戻っちゃった」

 七緒の顔を見てみると、眠そうではあるものの、意識がはっきりしている目。

「…………記憶はあります」

 俺が何か言う前に、七緒が口を開いた。
 すっかり忘れてしまえていれば幸せだったのに、覚えているようだ。

「七緒ちゃん、普段あんなにクールぶってるのに酔うとあんなになるんだな。思い出して恥ずかしくならないの?」

 ああいう風になってしまう人間は少なくないが、いつも振り回されている分、ここでストレス発散といこう。

「恥ずかしく……ないですけど……?」

 口では気にしていない風を装っているが、目を逸らし、耳は若干赤くなっている。

「あれ? 手、ぷるぷるしちゃってない?」
「してないです! ぶっ飛ばしますよ!」

 鋭いミドルキックが飛んでくるが、うまく両手で掴んで対処する。

「暴力は関心しないなぁ。原因は自分にあるのになぁ?」
「せ、先輩が止められるのは知ってますから。それより、全部忘れてください」
「残念ながら記憶力は良い方なんだよ。ごめんな!」

 両手を合わせて七緒に謝罪する。
 といっても、顔が半笑いになるのを抑えられないし、申し訳ない気持ちは微塵もない。

「……あいつら、楽しそうだな」

 遠くで楽人が何か言っていたが、聞き取ることができなかった。


「俺たちはこっちだから。じゃあまた大学で!」
「またな! 今日はありがとな瑠凪~!」
「おう。安田先輩と夕莉はまた後日連絡するから待っててくれ!」

 未だに恥ずかしがっている七緒を連れ、他の参加者たちとは反対側に歩き出す。
 偶然にも、俺たち二人だけが違う駅の利用者だったのだ。

「はぁ~、楽しかったな」

 夜風が少し冷たいが、火照った身体には心地良い。

「私は気付いたら黒歴史が増えてたんですけど。来なきゃ良かったです」
「そう言いつつ絶対来てただろ」
「まぁ、先輩を狙う毒牙から守ってあげなきゃいけませんからね。この身に変えても守り抜く所存です」
「俺は将軍か何かなの?」

 街灯に照らされた七緒の顔は、まだ少し赤い気がした。
 横顔をぼうっと見つめていると、左手に柔らかい感触。

「…………さんざん私のことを辱めて楽しんだんですから、少しくらいいいですよね?」
「……しょうがないな。辱めたって言うか、押し倒された時は俺の方が恥ずかしかったと思うけどな」

 流石に大人数の前であんなことをされると照れる。

「そもそも、七緒ってああいうの堂々とできるタイプじゃなかったっけ?」
「いや、そうなんですけど。空気酔いとはいえ、勢いでやっちゃったのが恥ずかしいんです。やるなら気合い入れてやりたいんですよ」
「そんなもんなかなぁ」

 でも、お酒の勢いで女性を口説いてばかりいるやつはシラフで行動できなくなると聞いたことがあるし、似たようなものなのかもしれない。

「何にせよ、途中までは送ってってやるよ。大丈夫だとは思うけど、一応心配だしな」
「……ありがとうございます。家までお願いしようかとも思いましたけど、流石に今日は引いてあげますね」
「助かるよ。何で俺が感謝してんの?」

 人数が減ったことで、妙に静けさが際立っていた。
 しかし、この雰囲気は案外――。

「落ち着きますね」

 繋いでいる手が、ゆっくりと風を切る。
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