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第2章 夏と奉仕

席替え

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 新たな席順が発表された。
 空酔いしている七緒を考慮して、席は1番から順に七緒、夕莉、瑠凪。机を跨いで安田、楽人、紫、そして蓮となっている。
 各々席を移動し始めた頃、蓮が焦った様子で瑠凪に声をかけた。

「なぁ……」
「どうした?」

 やっと意中の相手との会話のチャンスを掴んだのに、なぜか蓮の顔に喜びは浮かんでいない。

「やばい。いざ隣になれると分かったら緊張で話せる気がしなくなってきた」

 憧れのアイドルに会う時のように、息が詰まりそうになっていたのだ。
 それを聞いて瑠凪は、呆れたようにため息を吐く。

「お前なぁ……せっかく巡ってきたチャンスなんだから、もう少し気を強くもとうぜ」
「そうは言っても……失敗するのが目に見えてるっていうか……。た、頼む! どうにかして、助けてくれ!」

 入試祈願の神頼みでもこれほどまでに拝み倒さないだろうというくらいに切実な蓮を前に、首を縦に振るしかなかった。
 

 数分後。

「……で…………をしたら……ってことで」
「…………よし。わかった、マジでありがとう」
 
 席替えの間の散らかった状況を利用して、簡単に作戦会議を済ませる。
 去り際に熱い感謝の握手をされ、瑠凪は顔を歪めた。
 手が離れると、二人はそれぞれの席に着く。
 そうして各々近くの参加者と会話を始めた頃、七緒・夕莉の方を気にかける仕草を見せつつ、瑠凪は耳を澄ませていた。
 ひとり静かにスマホを触っていた紫に、蓮が明るく声をかける。

「……次はむら……音羽さんかぁ! よろしくな、俺は山本蓮!」
「ん。よろしくね」
「あぁ…………ははは……」

 先行き不安だった飲み会は、一応の盛り上がりを見せていた。
 にも関わらず、彼らの二人の周囲だけは時が止まったかのように静寂に包まれている。
 見かねた瑠凪は、テーブルの下で蓮の足を2度蹴る。
 その合図でハッとした蓮が、自然さを装って口を開く。

「そういえば、音羽さんとは前にも会ったよね。ほら、静香ちゃんが声をかけられてる時に……」
「あぁ、うん。そうだね。あの時はありがとう」
「全然! 俺は結局何にもしてないし……」

 再び会話が終わりそうになると、瑠凪からまたもや蹴りを喰らう。
 今度は一回。事前に決めた会話の出し時を指示しているのだ。

「そういえば、あの時着てた服、すごいカッコよかったな! 服好きなの?」
「まぁ、人並みには好きだよ」

 何度か紫から救援の視線を送られているが、瑠凪はそれに気付かないフリをしている。
 しかし、その間にも机の下では活発な動きを見せ、指示を出し続けていた。

「俺も服好きなんだよね! よ、よよよかったら今度、一緒に服見に行かない?」

 「よし、言った!」と瑠凪は内心でガッツポーズする。
 だが、これだけでは不足している。
 瑠凪からの指示を受け、続けて言葉を紡ぐ。

「俺、スポーツミックスな感じの服しか持ってなくてさ。でも最近、他の系統の服も着てみようかなって思ってて。だから音羽さんと一緒に行けたら嬉しい」

 相手から一定の興味を持たれているなら誘いの言葉だけで約束を取り付けられるが、そうでないのなら、「何故自分を誘ったか」という理由を明確にする必要がある。
 人は理解できないことに恐怖し、不信を抱くからだ。
 しかし、理論上は抜けのない構成だったが、紫の反応はお世辞にも良いと言えないものだった。

「……どうかな?」
「悪いんだけど、先輩の依頼があるから忙しいんだよね。ごめんね」
「そっ……か」

 言った紫はもちろん、それが蓮を傷つけないための理由だということに、瑠凪も気付いている。
 しかし、女子や恋愛経験のある男子なら気付ける「拒否」を、蓮は言葉通りに受け取っていた。

「な、なら! 俺がその依頼も手伝うよ! その後ならどう……かな」

 この時、瑠凪、蓮、紫の三人はそれぞれ全く違うことを考えていた。
 紫は、折角オブラートに包んで断ったのが裏目に出たと、面倒なことになってしまったという風に小さくため息を吐いた。
 蓮は、これが火事場の馬鹿力かと言わんばかりに、自分の頭が予想以上に回ったことに驚いていた。
 そして瑠凪は、自分が指示を出していないのに良いアプローチができた蓮に関心すると共に、正反対の思考も持っていた。
 確かに、安田達の依頼が元で断られるのなら、その根を断てばいい。
 これについては、直接的に言わず、あえてオブラートに伝える方法を選んだ紫にも責任があると言える。
 しかし、同時にこれはKLに正式に依頼されたものである。
 別の依頼者とはいえ、彼の提案は部外者が関わっても良いラインを超えていた。
 どうしたものかと瑠凪は顎に手を当てながら考えていたが、ふと、右手首が何かを訴えているかのように痛んだ。
 先ほど交わされた熱烈な握手に心がこもりすぎていたが故の痛み。
 無論、痛みが意志を持っているわけではないし、思いの外怪我の調子が悪いわけでもない。
 だが、瑠凪はその手首に妙に惹きつけられていた。
 そうして数秒ほど同じ場所を見つめ続け、一度鋭く息を吸うと、二人に向かって言う。

「今回は特例として、この依頼への協力を認めるよ。先輩達には俺の方から説明しておく。だけど蓮、他の人には秘密にしてくれよ?」
「あぁ、ありがとう! なんでも言ってくれよな!」
「紫ちゃんもそれでいい?」
「…………うん」

 また一つ目標に近づいたことで蓮は乗りに乗っている。
 数分前までとは打って変わって、自分で会話を考え始めたのだ。
 瑠凪はその様子を確認して、満足気に二人から目を逸らす。
 明らかに不服そうな紫の態度に、瑠凪は気付かないフリをした。
 紫が悲しそうに俯いたのに、瑠凪は気付かなかった。
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