49 / 65
第2章 夏と奉仕
席替え
しおりを挟む
新たな席順が発表された。
空酔いしている七緒を考慮して、席は1番から順に七緒、夕莉、瑠凪。机を跨いで安田、楽人、紫、そして蓮となっている。
各々席を移動し始めた頃、蓮が焦った様子で瑠凪に声をかけた。
「なぁ……」
「どうした?」
やっと意中の相手との会話のチャンスを掴んだのに、なぜか蓮の顔に喜びは浮かんでいない。
「やばい。いざ隣になれると分かったら緊張で話せる気がしなくなってきた」
憧れのアイドルに会う時のように、息が詰まりそうになっていたのだ。
それを聞いて瑠凪は、呆れたようにため息を吐く。
「お前なぁ……せっかく巡ってきたチャンスなんだから、もう少し気を強くもとうぜ」
「そうは言っても……失敗するのが目に見えてるっていうか……。た、頼む! どうにかして、助けてくれ!」
入試祈願の神頼みでもこれほどまでに拝み倒さないだろうというくらいに切実な蓮を前に、首を縦に振るしかなかった。
数分後。
「……で…………をしたら……ってことで」
「…………よし。わかった、マジでありがとう」
席替えの間の散らかった状況を利用して、簡単に作戦会議を済ませる。
去り際に熱い感謝の握手をされ、瑠凪は顔を歪めた。
手が離れると、二人はそれぞれの席に着く。
そうして各々近くの参加者と会話を始めた頃、七緒・夕莉の方を気にかける仕草を見せつつ、瑠凪は耳を澄ませていた。
ひとり静かにスマホを触っていた紫に、蓮が明るく声をかける。
「……次はむら……音羽さんかぁ! よろしくな、俺は山本蓮!」
「ん。よろしくね」
「あぁ…………ははは……」
先行き不安だった飲み会は、一応の盛り上がりを見せていた。
にも関わらず、彼らの二人の周囲だけは時が止まったかのように静寂に包まれている。
見かねた瑠凪は、テーブルの下で蓮の足を2度蹴る。
その合図でハッとした蓮が、自然さを装って口を開く。
「そういえば、音羽さんとは前にも会ったよね。ほら、静香ちゃんが声をかけられてる時に……」
「あぁ、うん。そうだね。あの時はありがとう」
「全然! 俺は結局何にもしてないし……」
再び会話が終わりそうになると、瑠凪からまたもや蹴りを喰らう。
今度は一回。事前に決めた会話の出し時を指示しているのだ。
「そういえば、あの時着てた服、すごいカッコよかったな! 服好きなの?」
「まぁ、人並みには好きだよ」
何度か紫から救援の視線を送られているが、瑠凪はそれに気付かないフリをしている。
しかし、その間にも机の下では活発な動きを見せ、指示を出し続けていた。
「俺も服好きなんだよね! よ、よよよかったら今度、一緒に服見に行かない?」
「よし、言った!」と瑠凪は内心でガッツポーズする。
だが、これだけでは不足している。
瑠凪からの指示を受け、続けて言葉を紡ぐ。
「俺、スポーツミックスな感じの服しか持ってなくてさ。でも最近、他の系統の服も着てみようかなって思ってて。だから音羽さんと一緒に行けたら嬉しい」
相手から一定の興味を持たれているなら誘いの言葉だけで約束を取り付けられるが、そうでないのなら、「何故自分を誘ったか」という理由を明確にする必要がある。
人は理解できないことに恐怖し、不信を抱くからだ。
しかし、理論上は抜けのない構成だったが、紫の反応はお世辞にも良いと言えないものだった。
「……どうかな?」
「悪いんだけど、先輩の依頼があるから忙しいんだよね。ごめんね」
「そっ……か」
言った紫はもちろん、それが蓮を傷つけないための理由だということに、瑠凪も気付いている。
しかし、女子や恋愛経験のある男子なら気付ける「拒否」を、蓮は言葉通りに受け取っていた。
「な、なら! 俺がその依頼も手伝うよ! その後ならどう……かな」
この時、瑠凪、蓮、紫の三人はそれぞれ全く違うことを考えていた。
紫は、折角オブラートに包んで断ったのが裏目に出たと、面倒なことになってしまったという風に小さくため息を吐いた。
蓮は、これが火事場の馬鹿力かと言わんばかりに、自分の頭が予想以上に回ったことに驚いていた。
そして瑠凪は、自分が指示を出していないのに良いアプローチができた蓮に関心すると共に、正反対の思考も持っていた。
確かに、安田達の依頼が元で断られるのなら、その根を断てばいい。
これについては、直接的に言わず、あえてオブラートに伝える方法を選んだ紫にも責任があると言える。
しかし、同時にこれはKLに正式に依頼されたものである。
別の依頼者とはいえ、彼の提案は部外者が関わっても良いラインを超えていた。
どうしたものかと瑠凪は顎に手を当てながら考えていたが、ふと、右手首が何かを訴えているかのように痛んだ。
先ほど交わされた熱烈な握手に心がこもりすぎていたが故の痛み。
無論、痛みが意志を持っているわけではないし、思いの外怪我の調子が悪いわけでもない。
だが、瑠凪はその手首に妙に惹きつけられていた。
そうして数秒ほど同じ場所を見つめ続け、一度鋭く息を吸うと、二人に向かって言う。
「今回は特例として、この依頼への協力を認めるよ。先輩達には俺の方から説明しておく。だけど蓮、他の人には秘密にしてくれよ?」
「あぁ、ありがとう! なんでも言ってくれよな!」
「紫ちゃんもそれでいい?」
「…………うん」
また一つ目標に近づいたことで蓮は乗りに乗っている。
数分前までとは打って変わって、自分で会話を考え始めたのだ。
瑠凪はその様子を確認して、満足気に二人から目を逸らす。
明らかに不服そうな紫の態度に、瑠凪は気付かないフリをした。
紫が悲しそうに俯いたのに、瑠凪は気付かなかった。
空酔いしている七緒を考慮して、席は1番から順に七緒、夕莉、瑠凪。机を跨いで安田、楽人、紫、そして蓮となっている。
各々席を移動し始めた頃、蓮が焦った様子で瑠凪に声をかけた。
「なぁ……」
「どうした?」
やっと意中の相手との会話のチャンスを掴んだのに、なぜか蓮の顔に喜びは浮かんでいない。
「やばい。いざ隣になれると分かったら緊張で話せる気がしなくなってきた」
憧れのアイドルに会う時のように、息が詰まりそうになっていたのだ。
それを聞いて瑠凪は、呆れたようにため息を吐く。
「お前なぁ……せっかく巡ってきたチャンスなんだから、もう少し気を強くもとうぜ」
「そうは言っても……失敗するのが目に見えてるっていうか……。た、頼む! どうにかして、助けてくれ!」
入試祈願の神頼みでもこれほどまでに拝み倒さないだろうというくらいに切実な蓮を前に、首を縦に振るしかなかった。
数分後。
「……で…………をしたら……ってことで」
「…………よし。わかった、マジでありがとう」
席替えの間の散らかった状況を利用して、簡単に作戦会議を済ませる。
去り際に熱い感謝の握手をされ、瑠凪は顔を歪めた。
手が離れると、二人はそれぞれの席に着く。
そうして各々近くの参加者と会話を始めた頃、七緒・夕莉の方を気にかける仕草を見せつつ、瑠凪は耳を澄ませていた。
ひとり静かにスマホを触っていた紫に、蓮が明るく声をかける。
「……次はむら……音羽さんかぁ! よろしくな、俺は山本蓮!」
「ん。よろしくね」
「あぁ…………ははは……」
先行き不安だった飲み会は、一応の盛り上がりを見せていた。
にも関わらず、彼らの二人の周囲だけは時が止まったかのように静寂に包まれている。
見かねた瑠凪は、テーブルの下で蓮の足を2度蹴る。
その合図でハッとした蓮が、自然さを装って口を開く。
「そういえば、音羽さんとは前にも会ったよね。ほら、静香ちゃんが声をかけられてる時に……」
「あぁ、うん。そうだね。あの時はありがとう」
「全然! 俺は結局何にもしてないし……」
再び会話が終わりそうになると、瑠凪からまたもや蹴りを喰らう。
今度は一回。事前に決めた会話の出し時を指示しているのだ。
「そういえば、あの時着てた服、すごいカッコよかったな! 服好きなの?」
「まぁ、人並みには好きだよ」
何度か紫から救援の視線を送られているが、瑠凪はそれに気付かないフリをしている。
しかし、その間にも机の下では活発な動きを見せ、指示を出し続けていた。
「俺も服好きなんだよね! よ、よよよかったら今度、一緒に服見に行かない?」
「よし、言った!」と瑠凪は内心でガッツポーズする。
だが、これだけでは不足している。
瑠凪からの指示を受け、続けて言葉を紡ぐ。
「俺、スポーツミックスな感じの服しか持ってなくてさ。でも最近、他の系統の服も着てみようかなって思ってて。だから音羽さんと一緒に行けたら嬉しい」
相手から一定の興味を持たれているなら誘いの言葉だけで約束を取り付けられるが、そうでないのなら、「何故自分を誘ったか」という理由を明確にする必要がある。
人は理解できないことに恐怖し、不信を抱くからだ。
しかし、理論上は抜けのない構成だったが、紫の反応はお世辞にも良いと言えないものだった。
「……どうかな?」
「悪いんだけど、先輩の依頼があるから忙しいんだよね。ごめんね」
「そっ……か」
言った紫はもちろん、それが蓮を傷つけないための理由だということに、瑠凪も気付いている。
しかし、女子や恋愛経験のある男子なら気付ける「拒否」を、蓮は言葉通りに受け取っていた。
「な、なら! 俺がその依頼も手伝うよ! その後ならどう……かな」
この時、瑠凪、蓮、紫の三人はそれぞれ全く違うことを考えていた。
紫は、折角オブラートに包んで断ったのが裏目に出たと、面倒なことになってしまったという風に小さくため息を吐いた。
蓮は、これが火事場の馬鹿力かと言わんばかりに、自分の頭が予想以上に回ったことに驚いていた。
そして瑠凪は、自分が指示を出していないのに良いアプローチができた蓮に関心すると共に、正反対の思考も持っていた。
確かに、安田達の依頼が元で断られるのなら、その根を断てばいい。
これについては、直接的に言わず、あえてオブラートに伝える方法を選んだ紫にも責任があると言える。
しかし、同時にこれはKLに正式に依頼されたものである。
別の依頼者とはいえ、彼の提案は部外者が関わっても良いラインを超えていた。
どうしたものかと瑠凪は顎に手を当てながら考えていたが、ふと、右手首が何かを訴えているかのように痛んだ。
先ほど交わされた熱烈な握手に心がこもりすぎていたが故の痛み。
無論、痛みが意志を持っているわけではないし、思いの外怪我の調子が悪いわけでもない。
だが、瑠凪はその手首に妙に惹きつけられていた。
そうして数秒ほど同じ場所を見つめ続け、一度鋭く息を吸うと、二人に向かって言う。
「今回は特例として、この依頼への協力を認めるよ。先輩達には俺の方から説明しておく。だけど蓮、他の人には秘密にしてくれよ?」
「あぁ、ありがとう! なんでも言ってくれよな!」
「紫ちゃんもそれでいい?」
「…………うん」
また一つ目標に近づいたことで蓮は乗りに乗っている。
数分前までとは打って変わって、自分で会話を考え始めたのだ。
瑠凪はその様子を確認して、満足気に二人から目を逸らす。
明らかに不服そうな紫の態度に、瑠凪は気付かないフリをした。
紫が悲しそうに俯いたのに、瑠凪は気付かなかった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~
いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。
橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。
互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。
そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。
手段を問わず彼を幸せにすること。
その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく!
選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない!
真のハーレムストーリー開幕!
この作品はカクヨム等でも公開しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる