上 下
36 / 69
第2章 夏と奉仕

バトル

しおりを挟む
 数日が経過したが、驚くほど成果はない。
 他の方法を探しつつ、今日も依頼の遂行に向けてKLの教場で蓮を待っていたのだが――。

「私だ。瑠凪はいるか?」

 訪れたのは、予想もしてなかった人物だった。

「あれ、先輩。どうしたんですか?」

 俺が声をかけると、凛は美しい銀髪をかき上げながら、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「いや、特に理由はないんだが、少し時間があったから様子を見に行こうと思ってな?」
「そういうことですか。どうぞ、入ってください」

 ヒールの音が静かに教場に響く。
 白いワンピースのフリルが控えめに揺れ、清楚さと上品さを感じる。
 一歩一歩進む姿にも育ちの良さが表れていて、今日も彼女は輝いていた。

「いま、ちょうど依頼人と待ち合わせしてるんです。あと20分くらいでくると思うんですけど」
「そうだったのか。なら、あまり時間をかけないようにしよう。今回はどんな依頼なんだ?」
「詳しいことは言えないですけど、恋愛相談です。春と冬は恋愛系が多いですよ」
「恋愛か……手強いな」

 凛ほどの美貌の持ち主なら、恋愛なんて取るに足らない相手だろうに。
 それとも、高貴なオーラを放っているから男子は近づけないのか。

「……どちら様ですか?」

 その時、背後で本を読んでいた七緒が声をかけた。
 声色は冷たく、どうしてか敵意を孕んでいる。
 凛はその敵意を堂々と受け止めて、視線を返す。

「私か? 私は西堂凛。瑠凪の直属の先輩だ」

 一体いつ、俺は彼女の傘下に入ったのだろう。
 いや、将来安泰そうだし部下になりたいところではあるけど。

「そういう貴様は誰だ? 人に名前を聞く前に、自分から名乗るのが筋だと思うが……」
「面白いことを言いますね。自分が訪ねてきたんですから、知らない人がいたら先に名乗るべきでは?」

 二人の視線がバチバチと音が鳴りそうなほど激しくぶつかり合っている。

「……ふふふ」
「はははは」

 え、なんて二人とも笑ってんの?
 怖いんですけど……。

「瑠凪よ」
「は、はい!?」

 突然話を振られたものだから、びっくりして情けない声を出してしまった。

「彼女が先日私に……先日私と二人きりのディナーに行った時に言っていた、つきまとってくる女子だな?」
「なっ……」

 先輩、どうして言い直すの?
 動揺していた七緒だが、きっと目を細めるとこちらを睨みつけてくる。

「先輩? どういうことですか? 私というものがありながら――」
「次は私の服を見繕ってくれる約束だったな。あぁ、とても楽しみにしているぞ? なにしろ、私たちは互いに心を開きあっている仲なのだから」
「…………」

 七緒の目が完全に殺意に染まっている。
 かけているメガネが割れそうな威圧感。

「まぁ、私はこれからいくらでも先輩と仲を深められますから。同じサークルのメンバーとして認められたことですし」

 威力面では遥かに劣っていそうな攻撃だが、凛は思いの外ダメージを受けているようだった。
 一瞬身体がぐらつくが、すぐにシャンと立ち直る。

「毎日会っているばかりでは新鮮味がないだろう? 将来的には……ず、ずっと一緒にいるかもしれないのだから、今はたまにしか会えない貴重な時間を大切にするべきだ」

 ずっと一緒? 何が?
 あれか、女子にしか分からない暗喩的なやつか。

「それに、貴様は最近瑠凪と知り合ったのだろう? ならば、歴で見ても私の方が親密なのは確実。出会ってからの期間の長さが親密さに直結するわけではないが、私たちはそんなに浅い付き合いはしていない。これで分かったか? どちらがより、瑠凪と近いかということに」

 マシンガンのような言葉の連射の前に、七緒は黙りこくっている。
 彼女が一方的にやられるなんて、珍しいものを見れた。
 そう考えていたのだが、その口元は微かに、機をうかがっているように笑っている。

「……そうですねぇ。確かに、親密なのは貴女かもしれませんねえ」
「そうだろう? いや別に、競っているわけではないがな? 時にははっきりさせておかねばならないこともあるんだ」

 敗北した人間とは思えない、馬鹿にしたような声色。
 だが、凛がそれを知るのは、次の瞬間だ。

「私は瑠凪先輩とキスしましたけど、貴女もそのくらいしてるんですよね?」
「………………は?」
「いやぁ、さすがですねぇ。大学生にもなって、キス程度で勝ったと思った自分が恥ずかしいですよ~」

 今度は逆に、凛が黙りこくってしまっている。
 それは打ちのめされたというより、何が起きたか理解できていないような表情だった。
 これが狙いだったのか。
 さっき七緒が何も言わなかったのは、カウンターの威力を最大限に高めるため。
 どうして俺と凛がキスをしたことがないと分かったのかは不明だが、ともかく勝機を理解した彼女は、わざと攻撃を打たせた。
 そして、防御が解かれる勝ち誇った瞬間に、最大火力をぶつけたのだ。

「る、瑠凪……? それは……本当……なのか……?」

 生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えながら、凛がこちらへ近づいて来る。

「あの……あれは事故でして……」

 わざとらしく弁解するのもどうかと思い、とりあえず真実だけを伝えることにした。
 正確には事故でなく七緒の暴走だが、事故みたいなもんだろう。

「…………そうか」

 顎に一発良いパンチをもらってしまったボクサーのように、フラフラと彷徨う凛。
 もはや、勝負の結果は明白だった。
 にこやかに口を閉じているが、七緒の身体からは勝ち誇ったようなオーラが出ている。

「また、来る……。デート、楽しみにしてるからな……それでは……」

 これ以上七緒と戦っても勝ち目がないと理解したのか、凛は教場を出ていってしまう。
 どれだけダメージを負っていてもちゃんと扉を閉めるんだから偉い。

「……お前、先輩と喧嘩すんなよ……」
「ライバルは逐一蹴散らさなければいけませんから。特にあの人は強敵ですからね。多分何回倒しても立ち上がってくるタイプですし、いずれ息の根を止めますよ」

 ライバルとか強敵とかはよく分からないけど、息の根を止めるっていうのはたとえだよな?
 徐々に周囲の人間関係が険悪になっている気がして、現実から目を背けたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

処理中です...