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第1章 春と

紳士の嗜み2

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「――そんなサークルがあったんですね! 大変そうだけどすごいです!」
「ありがとう。菜月ちゃんは何かサークル入ってるの?」
「私は軽音です! 『star』ってところなんですけど」
「あぁ、めちゃくちゃ大きいところじゃん、すごいね」

 一度の躓きもない滑らかさで会話が進み、彼女の名前が「菜月」であること、文学部の一年生であること、かなり大所帯の軽音サークルに入っていることがわかった。
 静香との共有点も多そうだし、やはり俺の目に狂いはなかったようだ。
 念には念を入れて、もう少し情報を引き出してみよう。

「でもいいなぁ、一年生って」

 大袈裟にため息をつく。

「え、そうですか? 私からしたら、二年生の方が大人で羨ましいです」
「確かにね。たださ、大学入りたてのワクワクは二年生になったらなくなっちゃうのよ」
「あー、やっぱりそうなんですね」
「俺は出身がこの辺りだからあんまり新鮮味はなかったけど、地方出身の人は楽しいだろうなぁって」
「私も都内出身なんでアレなんですけど、四国からきた友達は確かに驚いてましたね」

 出身は都内ということで、ここも静香の条件に合致している。
 目の前の相手との会話が盛り上がっている時、声が弾んでいる時こそ情報を引き出すチャンスだ。
 だが、直接「どこに住んでるの?」と聞くより、相手の返答を誘導する形の方が、よりスマートで、自然である。
 今回の目的は自分のためではなく後輩のためなので、「魅力的な雄」ではなく「面白い先輩」の印象を植え付ければ良い。
 さて、様子見はこの辺りで良いだろう。
 いよいよ、静香の話題を出してアポイントメントを取り付ける。

「そういえば軽音サークルって言ってたけど、友達はできた? 俺の後輩に違う軽音サークル入ってる女の子がいるんだけど、友達できないって悩んでるんだよね」
「私も、サークルの人数が多いから、挨拶する人はいるけど、遊んだりする人はいないですね……」
「あるあるなんだね。あ、なら後輩と友達になってあげてよ。その子も都内住みだし、音楽の話で盛り上がれるかもしれないし」

 ここが本命。最も重要な瞬間だが、真剣さがバレないよう、思いつきを装って提案する。
 声のトーンも間も完璧だが、どうだ――?

「いいですよ。むしろ私も友達欲しいから大歓迎です!」

 よし、と心の中でガッツポーズをする。
 社交辞令な風にも見えないし、作戦成功だ。

「ありがとう。なら、今度その子が空いてる時に連絡するから、連絡先もらってもいい?」
「あ、いいですよー。NINEでいいですか?」
「大丈夫。QRコード出すね」

 コードを読み取って、友人登録してもらう。
 数秒後、俺のトーク画面に菜月からのスタンプが届いた。
 ということで、ここからが最後の仕上げだ。
 もはや目的は達成されたので、そそくさと引き上げるべき……だと思っていると、最後の最後で不信感を与えてしまう可能性がある。
 実は今までの話は全部出まかせで、本当の狙いは別にあると思われてしまえば、苦労は水の泡。
 せっかく交換した連絡先も、無慈悲に、容赦なくブロックされてしまう。
 だから、連絡先をもらった後も、少しだけ話して空気をできる限り明るくし、そして場を離れるのが最も安全なクロージング。

「アイコンめっちゃ可愛いね。どこで撮ったの?」
「これは確か、横浜の山下公園の辺りだった気がします」
「言われてみればそんな感じだ。バラが綺麗な季節に行くといいんだよね」
「初耳です! 今度行ってみます!」

 このくらいでいいだろう。
 あとは適当に理由をつけて、大学に戻るとしよう。
 どんな理由にしようかな――。

「先輩。そろそろゼミの親睦会があるから行きますよ」
「あぁ、ごめん。それじゃあ菜月ちゃん、また連絡するね」

 ちょうどよく助け舟がきた。
 笑顔で手を振る菜月に挨拶し、カフェを出る。



 滞在時間は三十分くらいだったか。
 障子に差すような柔らかい日差しが時間を伝えてくれた。
 実際には親睦会はないが、とりあえず大学には戻る。
 カフェを出てからの七緒はどうにも不機嫌そうだ。

「よく俺が帰りたいタイミングがわかったな」
「それくらいわかりますよ」

 前方を歩いている彼女に話しかけても前を向いたまま、つっけんどんな返事がきた。
 特に困ることもないのでそのまま放置して歩いていたが、我慢できなくなったのか、歩く速度を落として隣に並んでくる。

「私、先輩とデートできると思って楽しみにしてたんですけど」
「いや、サークル活動だって言ってんだろ。雑な気持ちでやるなら本当に付いてこないで」
「ぐぅ…………ごめんなさい」

 俺もそこまで熱心にやっているわけではないが、彼女を遠ざけるのにもってこいの理由だ。
 事実、これまで上手いこと言葉を返してきた七緒はシュンとしている。

「でも、先輩みたいにかっこいい人とカフェに行けるってなったら、誰でも期待しちゃうと思いません? 女の子をほったらかして別の女の子に話しかけに行くなんて、むしろ先輩にも悪いところがあると思うんですけど」

 前言撤回。
 どれだけ状況が悪くても諦めない、起き上がり小法師並のガッツがあるようだ。
 俺は自分のことを一ミリたりとも悪いと思っていないが、彼女の言っていることが間違っていないとも理解している。

「はぁ……悪かったよ」
「心のこもってない謝罪はいりません。デートしてください今度で良いので」
「デートぉ? 家でいい?」
「……全然いいですけど、捨てられたらなにするかわかりませんよ?」
「お洒落なカフェ探しとくわ」

 いかがわしいことをするとは一言も言っていないのに、どうしてバレたんだ?
 そして、「手を出す」と事前通告することで拒否してもらおうと思ったのだが、もう一段上手の返事をされてしまった。
 異性と二人きりのデートほど興が乗らないこともそうないが、仕方ない。
 よく分からん詫びのために、無駄な予定が一つ増えてしまった。

「でも期待するなよ。なんならカフェ探しといてくれ。最近臨時収入があったから奢ってやるぞ」
「探すのは全然いいです。楽しみにしてますね。新しい服買おうかなぁ」

 先ほどまでの不機嫌そうな態度はどこへやら、今は鼻歌でも歌いそうだ。
 女子の考えることはよく分からないなと、そんなことを思いながら、この日は適当に講義を受けて帰った。
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