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第1章 春と
告白
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お世辞にも成功とは思えない親睦会が終わった後、瑠凪は午後の講義を当然のようにサボり、学内で最も大きい校舎の廊下を歩いていた。
その足取りは目的地へ向かっているようではなく、むしろ、考え事を円滑に進ませるため、とりあえず動いているという乱雑な歩幅だった。
「……この時期の一年生はまだ浮かれてるからなぁ、SNS主体で攻めるのが一番簡単な気がする……いやでも、あの子はそういうの嫌いそうだし……」
尻ポケットから小さいメモ帳を取り出し、ペラペラとめくる。
そこには静香の「理想の友達像」がまとめてあるのだが、その内容は三ページにも及び、メモ帳のサイズを加味しても分量が多いのは間違いない。
考えていても埒があかなさそうだったので、瑠凪は教場前のベンチに座り、道ゆく学生を観察することにした。
依頼で行き詰まった時、彼はよく人間観察を行う。
人間それぞれの行動理由や特徴を探ることで、多角的な視点を得るためだ。
静香と似ていそうな生徒、真逆そうな生徒など、歩いてくる生徒をカテゴリー分けし、その共通点や差異を探す。
「あの子は……タイプは似てるけど仲良くなれそうにないな。スマホの背面が割れてるってことは、何かと雑なことが多いだろうし。静香ちゃんは待ち合わせに大遅刻するタイプとは仲良くなれな――みんなそうか」
もちろん他人には聞こえない音量で、ぶつぶつと思考を垂れ流す。
「そっちの二人組のうち一人は高学年っぽいな。歩き方に慣れが出てる。逆に年上に引っ張ってもらうっていう方が良いかもしれない……けど静香ちゃんと仲良くするメリットが相手にあるのか……」
十分ほど観察を続けていたところ、見覚えのある生徒が目の前を通り過ぎる。
否、通りすぎるというのは数秒後の未来であり、その生徒は現在、瑠凪の顔をチラリと見ながら、その前をゆっくり歩いているところだ。
だが、彼は声をかけることもなく、リアクションも取らず、興味なさそうに目を逸らす。
通りがかっただけだという、不自然さを感じないぎりぎりの速度を保っていた生徒は、ついに通り過ぎて行った。
「……ちょっと場所を変えてみるか」
なんとなく興が削がれた瑠凪は、立ち上がり、別の校舎に向かうことにした。
辿り着いたのはビルのような校舎。
外観は白一色で、形だけ見れば豆腐と変わりないが、ところどころガラス張りになっているため、のっぺりとした印象は薄い。
建築ゲームの初心者が、頑張って脱初心者を目指した末に誕生するそれに似ていた。
先ほどの校舎は講義の数が多く、生徒を効率的に見られるという利点があるが、こちらは生徒数こそ少ないものの、パソコン室や食堂といった腰を落ち着けられる施設が多いため、どの時間帯でも深く観察を行える。
時間帯に応じた場所の変更が重要だと、瑠凪は長年の経験から知っていた。
早速、食堂へ向かい、生徒が多く座っているエリアの隣に陣取り、視線を彷徨わせる。
「ワイワイしてるけど、あの子だけは周りが見えているな。バッグのブランド的に素の性格も落ち着いていそうだし、友達候補としてはありだな」
生徒の持ち物やリアクションの取り方など、人の性格は色々な面に現れる。
それを読み取り、的確な評価を下す。
数分後、またしても見覚えのある生徒が現れた。
その生徒は両手でトレイを持っていた。ただ単に、食堂を利用しているだけのようだ。
そのため瑠凪はさして気にもとめず、生徒の会話に耳を傾けていたが――。
ことん。
目の前にトレイが置かれる音で、視線を引き戻される。
日頃から、余裕のある薄い笑みを顔に貼り付けている瑠凪だが、この行動には流石に困惑したようで、少しだけ眉をしかめた。
目は逸らさず、居心地の悪さを与えるために、そのまま相手を見つめている。
しかし、相手も相手で何か言うわけでも、移動するわけでもなく、日替わり定食の目玉であろうカニクリームコロッケを箸でサクリと割る音だけが耳に届く。
二分ほどの思考ののち、瑠凪は席を移動することにした。
机の上に置いていたメモ帳を手に取り、立ち上がろうとする。
「古庵先輩」
ついに、見覚えのある生徒こと、日向七緒が口を開いた。
「…………なんだ?」
返事をしようか迷うが、ゼミ内で自分の悪評を撒かれる可能性を考えた。
「どうして私のことを避けるんですか?」
その顔には変わらず表情はないものの、声には悲しみが込められている。
立ち上がった、とまでは言えない中途半端な体勢で留まっていた瑠凪は、面倒くさそうに腰を降ろす。
「避けてなんかないぞ? ただ、目の前で美味そうなコロッケを食べられるとお腹空いちゃうから、どこかに行こうと思っただけだよ。減量中なんだよね、俺」
両手を使って明るくフォローするが、それを聞いて納得した様子はない。
「だったら、どうして親睦会の時に無理やり会話を終わらせたんですか?」
「無理やり? そう思わせたなら悪かったな。俺実は、あんまり異性との会話が得意じゃなくて……」
手応えがないどころか、自分の攻撃をそのまま跳ね返されているような感覚。
「嘘ですよね。先輩は基本的に、相手の身につけているものとか、その時、周りにあるものを話題にあげてるんです。だから、会話が得意じゃなくても、あの時の私と話すことは、いくらでもできたはずです。つまり、先輩は私を――」
「君が明らかに関わらない方が良さそうなタイプだからだよ」
その瞬間、微かに瑠凪の瞳から光が消え、二人を取り巻く空気が重くなった。
相手を傷つけるだとか、そういうことは微塵も気にしていない、主観的事実を述べる。
しかし、すぐに元のおちゃらけた様子に戻ると、表情豊かに言葉をつづける。
「いやほら、山本と中島くんに話しかけられてたけど、乗り気じゃなかっただろ? だから不機嫌なのかと思って。もしくは男が好きじゃないのかなって」
「……別に、不機嫌だったわけじゃないです。ただ、あの人たちに興味がなかっただけで……」
一瞬だけ垣間見せた本音に気圧されたのか、日向の言葉のキレがなくなってきていた。
この機を逃すまいと、逃げる算段を立てる。
「なら、次は吉永と話してみるといいよ。次会った時に言っておくからさ。それじゃあ俺はここら辺で、今からやることがあるんだ」
机に両手を置いて再び立ちあがろうとしたが、骨のように細く、白く、冷たい手がそれを阻む。
「……春だっていうのに随分手が冷たいな。お湯でもとってきたら? 知ってる? 末端冷え性って本当はない言葉らしいよ」
「今から何するんですか?」
「あれ、通じてないのかな。もしかして二秒前に公用語が変わった? お湯の場所がわからないなら――」
「今から何するんですか?」
威圧しても煽っても一向に引く気配はなく、むしろ有無を言わせない強引さを表情に見てとった瑠凪は、退散を諦めて、しぶしぶ対応することにした。
「はぁ……聞いてたか分からないけど、俺は何でも屋っぽいサークルに所属してるの。んで、今日は依頼者のための情報収集をしたいんだけど、他にもやることがある。あんまり時間があるわけじゃないし、できればもう行きたいんだけど――」
「私もやります、それ」
は?という言葉は口から出ず、顔全体に現れていた。
次いで、口という銃に弾丸を込め、発射。
「嫌だよ。どんな理由で言ったかはわからないけど、君じゃ役に立たない」
「そうですか? 私なら、先輩を満足させることはできると思いますけど」
至って真面目なトーンで話す日向とは対照的に、瑠凪は鼻で笑っている。
「そんなえっちな響きのこと言って恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないです。嘘は言ってないので。私なら、先輩を、満足させられます」
怒りでも、悲しみでも、恥でも、どの面で攻めても日向は揺るがない。
「だいたい、何するかも知らないのに手伝いになるかなんて――」
「人探しですよね? 二号校舎で人を見ていた時も、今さっきも、視線は一つの場所にありませんでした。だから、特定の誰かを探しているわけじゃないと思います」
白髪の男の、軽薄な笑みが消える。
「それに、生徒数や場所が限られている大学で特定の人を探すのは簡単です。その人間の知り合いを見つけるだけで芋づる式にたどり着けるんですから。学部さえわかっているなら、学生課あたりで教場を聞けば、探す手間なんてあってないようなものです。つまり先輩は、依頼人の求める人物像に合った人を探しているんじゃないですか?」
「………………」
驚いたわけではない。
いや、驚きも胸の中にあったのだろうが、大部分を占めていたのは「この人間は関わっていい類か」という疑問だ。
答えに辿り着くまでの理論に多少無理はあるが、解答は間違っていない。
頭がキレる人間の、それも、違った役割を持てる異性の助けを借りられるのは大きいが、思考が読めないというその一点だけが、瑠凪の拒絶を引き出していた。
協力するふりをして、何か自分に不都合なことをしようとしているのかもしれない。
「大した推理だ。小説家にでもなった方がいいんじゃないか?」
「それは割と追い詰められた人のセリフですよ。どうですか、私にも手伝わせてくれますか?」
もうかれこれ十五分くらい時間を無駄にしている気がする。
不毛な会話をそろそろ切り上げて情報収集に向かおうと、核心に切り込む。
「それはできない。大体、君がどういう理由で俺を手伝おうと思ったのかも、最終的に何をしようとしているのかも、何も見えてこないからだ」
「……それを言ったら手伝わせてもらえるんですか?」
予想外の返事だった。
彼は、日向は自分と同じように、本心を告げないまま相手を動かす術に長けていると思えたからだ。
そんな相手が、突然、求めている回答を目の前にぶら下げてきたのだ。
おそらくはフェイクだと、瑠凪はそう判断した。
――その先に待っている答えを予期していなかった。
「言えるならな。言えないから今まで黙ってたんだろう? それに、適当なことを言ったってすぐにバレ――」
「好きだからです」
「…………は?」
やはり、その顔から感情を読み取ることができない。
ただ一つ、死んだようだった目だけは、その奥が潤んでいるような気がした。
「好きだから」という荒唐無稽な理由で騙せると思うほど、日向の頭が悪いとも思えない。
果たして彼女の言葉は本当なのかと、瑠凪が判断しかねていると理解したのか、日向は彼の手を取る。
「好きだからです。古庵瑠凪先輩が、世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
瑠凪の体温が移ったのか、その手のひらは熱を帯びていた。
その足取りは目的地へ向かっているようではなく、むしろ、考え事を円滑に進ませるため、とりあえず動いているという乱雑な歩幅だった。
「……この時期の一年生はまだ浮かれてるからなぁ、SNS主体で攻めるのが一番簡単な気がする……いやでも、あの子はそういうの嫌いそうだし……」
尻ポケットから小さいメモ帳を取り出し、ペラペラとめくる。
そこには静香の「理想の友達像」がまとめてあるのだが、その内容は三ページにも及び、メモ帳のサイズを加味しても分量が多いのは間違いない。
考えていても埒があかなさそうだったので、瑠凪は教場前のベンチに座り、道ゆく学生を観察することにした。
依頼で行き詰まった時、彼はよく人間観察を行う。
人間それぞれの行動理由や特徴を探ることで、多角的な視点を得るためだ。
静香と似ていそうな生徒、真逆そうな生徒など、歩いてくる生徒をカテゴリー分けし、その共通点や差異を探す。
「あの子は……タイプは似てるけど仲良くなれそうにないな。スマホの背面が割れてるってことは、何かと雑なことが多いだろうし。静香ちゃんは待ち合わせに大遅刻するタイプとは仲良くなれな――みんなそうか」
もちろん他人には聞こえない音量で、ぶつぶつと思考を垂れ流す。
「そっちの二人組のうち一人は高学年っぽいな。歩き方に慣れが出てる。逆に年上に引っ張ってもらうっていう方が良いかもしれない……けど静香ちゃんと仲良くするメリットが相手にあるのか……」
十分ほど観察を続けていたところ、見覚えのある生徒が目の前を通り過ぎる。
否、通りすぎるというのは数秒後の未来であり、その生徒は現在、瑠凪の顔をチラリと見ながら、その前をゆっくり歩いているところだ。
だが、彼は声をかけることもなく、リアクションも取らず、興味なさそうに目を逸らす。
通りがかっただけだという、不自然さを感じないぎりぎりの速度を保っていた生徒は、ついに通り過ぎて行った。
「……ちょっと場所を変えてみるか」
なんとなく興が削がれた瑠凪は、立ち上がり、別の校舎に向かうことにした。
辿り着いたのはビルのような校舎。
外観は白一色で、形だけ見れば豆腐と変わりないが、ところどころガラス張りになっているため、のっぺりとした印象は薄い。
建築ゲームの初心者が、頑張って脱初心者を目指した末に誕生するそれに似ていた。
先ほどの校舎は講義の数が多く、生徒を効率的に見られるという利点があるが、こちらは生徒数こそ少ないものの、パソコン室や食堂といった腰を落ち着けられる施設が多いため、どの時間帯でも深く観察を行える。
時間帯に応じた場所の変更が重要だと、瑠凪は長年の経験から知っていた。
早速、食堂へ向かい、生徒が多く座っているエリアの隣に陣取り、視線を彷徨わせる。
「ワイワイしてるけど、あの子だけは周りが見えているな。バッグのブランド的に素の性格も落ち着いていそうだし、友達候補としてはありだな」
生徒の持ち物やリアクションの取り方など、人の性格は色々な面に現れる。
それを読み取り、的確な評価を下す。
数分後、またしても見覚えのある生徒が現れた。
その生徒は両手でトレイを持っていた。ただ単に、食堂を利用しているだけのようだ。
そのため瑠凪はさして気にもとめず、生徒の会話に耳を傾けていたが――。
ことん。
目の前にトレイが置かれる音で、視線を引き戻される。
日頃から、余裕のある薄い笑みを顔に貼り付けている瑠凪だが、この行動には流石に困惑したようで、少しだけ眉をしかめた。
目は逸らさず、居心地の悪さを与えるために、そのまま相手を見つめている。
しかし、相手も相手で何か言うわけでも、移動するわけでもなく、日替わり定食の目玉であろうカニクリームコロッケを箸でサクリと割る音だけが耳に届く。
二分ほどの思考ののち、瑠凪は席を移動することにした。
机の上に置いていたメモ帳を手に取り、立ち上がろうとする。
「古庵先輩」
ついに、見覚えのある生徒こと、日向七緒が口を開いた。
「…………なんだ?」
返事をしようか迷うが、ゼミ内で自分の悪評を撒かれる可能性を考えた。
「どうして私のことを避けるんですか?」
その顔には変わらず表情はないものの、声には悲しみが込められている。
立ち上がった、とまでは言えない中途半端な体勢で留まっていた瑠凪は、面倒くさそうに腰を降ろす。
「避けてなんかないぞ? ただ、目の前で美味そうなコロッケを食べられるとお腹空いちゃうから、どこかに行こうと思っただけだよ。減量中なんだよね、俺」
両手を使って明るくフォローするが、それを聞いて納得した様子はない。
「だったら、どうして親睦会の時に無理やり会話を終わらせたんですか?」
「無理やり? そう思わせたなら悪かったな。俺実は、あんまり異性との会話が得意じゃなくて……」
手応えがないどころか、自分の攻撃をそのまま跳ね返されているような感覚。
「嘘ですよね。先輩は基本的に、相手の身につけているものとか、その時、周りにあるものを話題にあげてるんです。だから、会話が得意じゃなくても、あの時の私と話すことは、いくらでもできたはずです。つまり、先輩は私を――」
「君が明らかに関わらない方が良さそうなタイプだからだよ」
その瞬間、微かに瑠凪の瞳から光が消え、二人を取り巻く空気が重くなった。
相手を傷つけるだとか、そういうことは微塵も気にしていない、主観的事実を述べる。
しかし、すぐに元のおちゃらけた様子に戻ると、表情豊かに言葉をつづける。
「いやほら、山本と中島くんに話しかけられてたけど、乗り気じゃなかっただろ? だから不機嫌なのかと思って。もしくは男が好きじゃないのかなって」
「……別に、不機嫌だったわけじゃないです。ただ、あの人たちに興味がなかっただけで……」
一瞬だけ垣間見せた本音に気圧されたのか、日向の言葉のキレがなくなってきていた。
この機を逃すまいと、逃げる算段を立てる。
「なら、次は吉永と話してみるといいよ。次会った時に言っておくからさ。それじゃあ俺はここら辺で、今からやることがあるんだ」
机に両手を置いて再び立ちあがろうとしたが、骨のように細く、白く、冷たい手がそれを阻む。
「……春だっていうのに随分手が冷たいな。お湯でもとってきたら? 知ってる? 末端冷え性って本当はない言葉らしいよ」
「今から何するんですか?」
「あれ、通じてないのかな。もしかして二秒前に公用語が変わった? お湯の場所がわからないなら――」
「今から何するんですか?」
威圧しても煽っても一向に引く気配はなく、むしろ有無を言わせない強引さを表情に見てとった瑠凪は、退散を諦めて、しぶしぶ対応することにした。
「はぁ……聞いてたか分からないけど、俺は何でも屋っぽいサークルに所属してるの。んで、今日は依頼者のための情報収集をしたいんだけど、他にもやることがある。あんまり時間があるわけじゃないし、できればもう行きたいんだけど――」
「私もやります、それ」
は?という言葉は口から出ず、顔全体に現れていた。
次いで、口という銃に弾丸を込め、発射。
「嫌だよ。どんな理由で言ったかはわからないけど、君じゃ役に立たない」
「そうですか? 私なら、先輩を満足させることはできると思いますけど」
至って真面目なトーンで話す日向とは対照的に、瑠凪は鼻で笑っている。
「そんなえっちな響きのこと言って恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないです。嘘は言ってないので。私なら、先輩を、満足させられます」
怒りでも、悲しみでも、恥でも、どの面で攻めても日向は揺るがない。
「だいたい、何するかも知らないのに手伝いになるかなんて――」
「人探しですよね? 二号校舎で人を見ていた時も、今さっきも、視線は一つの場所にありませんでした。だから、特定の誰かを探しているわけじゃないと思います」
白髪の男の、軽薄な笑みが消える。
「それに、生徒数や場所が限られている大学で特定の人を探すのは簡単です。その人間の知り合いを見つけるだけで芋づる式にたどり着けるんですから。学部さえわかっているなら、学生課あたりで教場を聞けば、探す手間なんてあってないようなものです。つまり先輩は、依頼人の求める人物像に合った人を探しているんじゃないですか?」
「………………」
驚いたわけではない。
いや、驚きも胸の中にあったのだろうが、大部分を占めていたのは「この人間は関わっていい類か」という疑問だ。
答えに辿り着くまでの理論に多少無理はあるが、解答は間違っていない。
頭がキレる人間の、それも、違った役割を持てる異性の助けを借りられるのは大きいが、思考が読めないというその一点だけが、瑠凪の拒絶を引き出していた。
協力するふりをして、何か自分に不都合なことをしようとしているのかもしれない。
「大した推理だ。小説家にでもなった方がいいんじゃないか?」
「それは割と追い詰められた人のセリフですよ。どうですか、私にも手伝わせてくれますか?」
もうかれこれ十五分くらい時間を無駄にしている気がする。
不毛な会話をそろそろ切り上げて情報収集に向かおうと、核心に切り込む。
「それはできない。大体、君がどういう理由で俺を手伝おうと思ったのかも、最終的に何をしようとしているのかも、何も見えてこないからだ」
「……それを言ったら手伝わせてもらえるんですか?」
予想外の返事だった。
彼は、日向は自分と同じように、本心を告げないまま相手を動かす術に長けていると思えたからだ。
そんな相手が、突然、求めている回答を目の前にぶら下げてきたのだ。
おそらくはフェイクだと、瑠凪はそう判断した。
――その先に待っている答えを予期していなかった。
「言えるならな。言えないから今まで黙ってたんだろう? それに、適当なことを言ったってすぐにバレ――」
「好きだからです」
「…………は?」
やはり、その顔から感情を読み取ることができない。
ただ一つ、死んだようだった目だけは、その奥が潤んでいるような気がした。
「好きだから」という荒唐無稽な理由で騙せると思うほど、日向の頭が悪いとも思えない。
果たして彼女の言葉は本当なのかと、瑠凪が判断しかねていると理解したのか、日向は彼の手を取る。
「好きだからです。古庵瑠凪先輩が、世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
瑠凪の体温が移ったのか、その手のひらは熱を帯びていた。
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