上 下
2 / 69
第1章 春と

災難

しおりを挟む
「いてぇー……」

 平日とはいえ、都会とは思えないような、人の少ない通りにある黒い外観の建物から、古庵瑠凪は出てきた。
 まだ暦の上では春とはいえ、昼頃の突き刺さるような日差しが彼を襲う。
 どうやら頭に怪我をしているようで、男子にしては白い手で頭を押さえていた。

「あー。まだ十四時か……」

 黒いスラックスの右ポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。

「予定がずれちゃったからなぁ。これからどうするか……」

 二年生ともなると、大学生活にも慣れてきている頃だ。
 しかし、かといって生活に余裕が生まれるわけでもなく、むしろゼミの受講やサークル内の地位の向上という面で、さらに忙しくなるだろう。
 にも関わらず瑠凪は、既に今日は一、二限をなかったものとして扱い、己の欲を満たすための行為に勤しんでいた。
 彼が大学生における典型的な、受験勉強や親の束縛からの解放による逸脱状態にいるのであれば、まだ更生の余地はある。
 浮かれたテンションに現実、つまり自らのスペックが追いついていないからだ。
 だが、長いまつ毛に気だるげな瞳、ピノキオもかくやという高い鼻、カッコいいや可愛いより美形と形容するのがふさわしい容姿の前に、一時的にでも騙されてしまう女子は少なくない。
 適当に生きていても、なんとなく他人の力で生き抜けてしまう彼は、毎日を自由に過ごしていた。

「……そういえば、やることあるんだったな。しょうがない、行くか」

 やるべきことを思い出した瑠凪は歩き出す。
 坂道を降って大通りに出ると、自らの頭の傷を撫で、その後、パンツの左ポケットに入っている財布を上から軽く叩く。

「まぁ、今日は災難だったけど、良しとするか」

 そして、地面に捨てられていた世界一周のチラシを横目で見ながら、人ごみの中に消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

処理中です...