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おっさんと大群

テレポート

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「――魔物の大群が攻めてきたぞおおおおおおおッ!」

 こちらに向かって走ってくる――否、逃げている男は冒険者ではなさそうだ。
 背丈はあるものの、その身体つきは日頃から戦っている人間のそれではない。
 おそらく技術職か何かだろう。

「あの、何があったんですか?」

 男に声をかけると、彼は汗だくの顔でチラリとこちらを見て。

「あんたも逃げろおっさん! 街の外にとんでもない数の魔物がいるんだ! ギルドにも伝えたが、Sランク冒険者もいない今、この危機を切り抜けられるとは思えない!」

 最後の言葉が聞き取れた頃には、彼の姿は小さくなっていた。

「大量の魔物が……。ルーエ、あの人は尋常じゃない焦り方だったけど、魔物の大群が襲ってくることは珍しいのか?」

 彼女の返事を待つ傍ら、ほんの少しだけ鼓動感知を有効にして街の外を探る。
 すると、彼の言うとおりマルノーチを取り囲むように無数の心臓が蠢いていた。
 ……というか、ルーエの言葉を待っているのだが、いつまで経っても声すら聞こえない。

「おい、ルーエ?」
「…………せっかくの、せっかくのチャンスを……許せんぞ下級生物が……!」

 予想できなかったわけではないが、彼女は怒りを露わにしていた。

「おいジオ! さっさと魔物の群れを処理して夕食に向かうぞ!」
「あ、あぁ。でも、俺たちが全速力で行くのが誰かに見られたら――」
「だったら私のテレポートを使えばいい! 発動するぞ、今すぐに!」

 ルーエがそう言うや否や、俺の身体を包み込む空間が捩れていく。
 1秒にも満たない少しの時間、俺は身体の感覚を失い、瞬きした時には別の場所にいた。

「こ、これは……」
「確かに魔物がこれほどまでに徒党を組むことはそうあるまい。強力な指導者がいれば可能性はあるが、ざっと見る感じ、ここに指揮官はいない」

 つまり、先ほどの男があれほど取り乱していたのも当然ということか。
 眼前には、弧を描くような魔物の大群。

「オークにゴブリン、スライム。スケルトンは基本的に夜でも地上には出てこないのだが、一体どういう風の吹き回しだろうな?」

 山の中だけの話でなければ良いのだが、魔物は基本的に同種でしか群れない。
 仮に別種だとしても、以前戦ったバジリスクとコカトリスのように、元々は同種だったか、種の延長線上にいるものだけが群れるのだろう。
 しかし、目下の状況には、その常識は通用しないようだ。

「ざっと千体はいるな。この街のギルドがどれだけの冒険者を抱えているかは分からないが、厳しい戦いに――っておい!?」
「ん? どうした?」

 魔物の分析で気が回っていなかった。
 今、俺とルーエは、地上十数メートルの場所から周囲の様子を見ているのだ。
 そして、重力がその役割を思い出したかのように、俺の身体を下に下にと引っ張ろうとしている。

「……どうしてこんな高い場所にテレポートしたんだ?」
「それはお前が他の人間に見られたくないって言うからだよ」

 命の危険を感じているからか、彼女の言葉は通常の速度で聞こえるのに、身体の動きはスローに感じる。

「空を飛んでいる魔物はいないから、目が空中に向けられる心配はないだろう? なぁに、落ちてきたくらいなら怪しまれないさ」
「おま……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 ルーエがお茶目さをアピールするかの如くウインクをすると、ついに内臓が浮く感覚が強くなる。

「うおぉぉおぉおぉぉぉ!? 死ぬ死ぬ死ぬ!」

 こんな高さから落ちれば人間はまず生き残れない。
 俺は急いで、しかし丁寧に落下制御の魔術をかけ――。

「なぁジオ、この後の夕飯のことなんだが――」
「邪魔しないでくれるかなぁ!?」

 空中を浮遊できる元魔王が呑気に話しかけてくるものだから集中できない。
 その間にも激突は近づいてきているのだ。
 仕方ない。
 過去に封印していたアレをやるしかないようだ。
 俺は深く酸素を取り込み、全身が鉄になったとイメージする。
 その想像は自らの身体のリミッターを外し、肉体本来の強靭さを発揮する。

「――――な、何かが落ちてきたぞ!」
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