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13話 仮想世界の並行世界へ
並行世界の界人
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厳重に施錠された入口。開錠するには、どうやらカードキーとパスコードが必要なようである。
「すみれ、面倒だから部屋の内側までもう一度転移頼む」
「了解しました、お父さん」
「その必要はない」
声はすみれのスマートフォンから鳴り響いた。
「カードキーはすみれの社員証、パスコードは私が入力する。そこの端末にお前のスマートフォンを接続してくれ」
スマートフォンから聞こえた音声が界人のそれと同じだったことがそうさせたのか、すみれは何の疑問も抱かずに社員証をカードリーダーにかざし、スマートフォンをパスコード端末に接続した。
「すみれ、ご苦労だったな」
開錠され自動で入口のドアが開く。それと同時に部屋の奥に一台だけ設置されたコールドスリープカプセルが静かに起動する。
「すみれ、お前! どういうことだ!!」
信人の身体から発せられた界人の言葉で我に返るすみれ。
「界人君、あまりすみれを責めないでやってくれ、そいつは何も知らないんだ」
声のする方に視線を向ける三人。コールドスリープカプセルの扉は開き、その傍らにはスーツを着た一人の男性が佇んでいた。
「お父さん? なの?」
李依がおそるおそる声を掛ける。
「お前の言っているお父さんの定義とはなんだ? 身体のことか? それとも意識のことか? 身体のことを言っているのなら、お前の父親の交通事故直後の身体を治療させて保存しておいたのだから答えはイエスだ。しかし、意識の方はどうだろう? お前は、私なんて死んでしまえばいいと本気で思ったことがあるか?」
「そんなこと……あるわけないじゃない!!」
「それなら、答えはノーだ。お前は私の知っている李依じゃない。だから、私もお前の知っている父親ではないようだ」
「やっぱり、こっちのお父さんは酷いですね。まんまと騙されちゃいました」
「ちょっと待って! それなら僕は誰なのさ」
青ざめる信人。
「信人は信人さ、私の息子。そこの李依もさっきはっきりと願ってたじゃないか」
「そんなはずは……だって……だって、信人の意識は父さんの意識に上書きされて生滅したはずじゃ!?」
「まぁ――、お前がそう思い込むのも無理はない。私が遥にそう説明したんだからな。そして遥もそう信じて疑わなかった。お前が物心つく前から、お前は界人なんだと言い聞かされて、育てられれば……」
「そんなの嘘だ!!」
「それじゃ、信人? お前の言う崇高な使命とはなんだ?」
「それは……それは……どうしても思い出せなくて」
「信人、思い出せないんじゃない。もともと、そんなものはありはしないのさ。私の本当の目的は遥にも伝えていないのだから」
「最初から、お父さんの描いた通りにことが運んだと……」
すみれが冷静に話を先へと促す。
「そうだな。健康管理計測インプラントに保存された私の意識データをスマートフォンに送信できても、そのデータを生身の人間に上書きする機能も能力も私には無かったからな」
「それならデータをどうやってこの世界まで……そんな能力もお父さんには……」
「だから、さっき、ご苦労だったと、礼を言わせてもらったじゃないか」
慌てて、スマートフォンの被験者設定画面を確認するすみれ。信人と一緒にグラントする直前に受け取った2通のメールの1通目。全文をクリップボードにコピーして被験者設定画面に貼り付けたメールである。
神坂すみれ:服装を思いのままにチェンジできる。
小学校4年生の李依に会いに行ったときに修正したので今はこうである。
神坂すみれ:年齢と服装を思いのままにチェンジできる。
そして、その文言の後に空白が入力されていることに気が付く。それを下に向かってスクロールすると……神坂すみれがグラントを繰り返す度に、このメールに添付された界人の意識データも一緒にグラントされる。
「さすがですね、お父さん。さすがついでに一つ聞いてもいいですか?」
無言で頷く並行世界の界人。
「私は記憶の干渉における時間の非連続性についてのシミュレーション実験から飛び出した存在。そんな私が、お父さんが飛行機に乗らず交通事故にも遭わなかった並行世界に渡り、その未来から信人君を連れ出し、お父さんたちが高校の卒業旅行に訪れていた洞爺湖付近の山道にグラントさせた。その後、信人君の走馬灯ループの度にその並行世界へとグラントを繰り返し、ようやく信人君に人知を超えた力を授けることのできる世界に辿り着いた。そして、その世界と地続きである未来が今この世界。つまりはここは私が生まれたシミュレーション実験の仮想世界ということでいんですよね。結局そこに戻ってきてしまったと……」
「半分正解で、半分不正解ってところだな」
静かに口を開く並行世界の界人。
「確かに、スマートフォンの被験者設定画面から信人に神がかった能力を付与できたのだから、この世界はすみれがもともと暮らしていた世界なのだろう。しかし、エントランスの中央でロケットランチャーに破壊されたお前の抜け殻を見ただろう? あの場面はまさに私とお前がシミュレーション実験を繰り返していた世界と地続きの未来。おそらく、この世界にはもともと私達がロンドンに辿り着くシーンは用意されていなかった。だから都合よく存在していた私が飛行機事故に遭わずロンドンに辿り着けた並行世界の未来と差し替わった。世界の分岐によって並行世界が生まれるのであれば、その逆、世界の収束もあるってことさ」
「それって、結局どういこと?」
全く理解できないといった表情で李依が聞き返す。
「私の意識も一つに収束されるべきってことだよ!!」
並行世界の界人が信人の身体に拳銃を向ける。
「信人はあなたの息子なんでしょ? 信じられない! あなたはお父さんなんかじゃない! お父さんの身体返してよ!」
そして、李依は願った。
「すみれ、面倒だから部屋の内側までもう一度転移頼む」
「了解しました、お父さん」
「その必要はない」
声はすみれのスマートフォンから鳴り響いた。
「カードキーはすみれの社員証、パスコードは私が入力する。そこの端末にお前のスマートフォンを接続してくれ」
スマートフォンから聞こえた音声が界人のそれと同じだったことがそうさせたのか、すみれは何の疑問も抱かずに社員証をカードリーダーにかざし、スマートフォンをパスコード端末に接続した。
「すみれ、ご苦労だったな」
開錠され自動で入口のドアが開く。それと同時に部屋の奥に一台だけ設置されたコールドスリープカプセルが静かに起動する。
「すみれ、お前! どういうことだ!!」
信人の身体から発せられた界人の言葉で我に返るすみれ。
「界人君、あまりすみれを責めないでやってくれ、そいつは何も知らないんだ」
声のする方に視線を向ける三人。コールドスリープカプセルの扉は開き、その傍らにはスーツを着た一人の男性が佇んでいた。
「お父さん? なの?」
李依がおそるおそる声を掛ける。
「お前の言っているお父さんの定義とはなんだ? 身体のことか? それとも意識のことか? 身体のことを言っているのなら、お前の父親の交通事故直後の身体を治療させて保存しておいたのだから答えはイエスだ。しかし、意識の方はどうだろう? お前は、私なんて死んでしまえばいいと本気で思ったことがあるか?」
「そんなこと……あるわけないじゃない!!」
「それなら、答えはノーだ。お前は私の知っている李依じゃない。だから、私もお前の知っている父親ではないようだ」
「やっぱり、こっちのお父さんは酷いですね。まんまと騙されちゃいました」
「ちょっと待って! それなら僕は誰なのさ」
青ざめる信人。
「信人は信人さ、私の息子。そこの李依もさっきはっきりと願ってたじゃないか」
「そんなはずは……だって……だって、信人の意識は父さんの意識に上書きされて生滅したはずじゃ!?」
「まぁ――、お前がそう思い込むのも無理はない。私が遥にそう説明したんだからな。そして遥もそう信じて疑わなかった。お前が物心つく前から、お前は界人なんだと言い聞かされて、育てられれば……」
「そんなの嘘だ!!」
「それじゃ、信人? お前の言う崇高な使命とはなんだ?」
「それは……それは……どうしても思い出せなくて」
「信人、思い出せないんじゃない。もともと、そんなものはありはしないのさ。私の本当の目的は遥にも伝えていないのだから」
「最初から、お父さんの描いた通りにことが運んだと……」
すみれが冷静に話を先へと促す。
「そうだな。健康管理計測インプラントに保存された私の意識データをスマートフォンに送信できても、そのデータを生身の人間に上書きする機能も能力も私には無かったからな」
「それならデータをどうやってこの世界まで……そんな能力もお父さんには……」
「だから、さっき、ご苦労だったと、礼を言わせてもらったじゃないか」
慌てて、スマートフォンの被験者設定画面を確認するすみれ。信人と一緒にグラントする直前に受け取った2通のメールの1通目。全文をクリップボードにコピーして被験者設定画面に貼り付けたメールである。
神坂すみれ:服装を思いのままにチェンジできる。
小学校4年生の李依に会いに行ったときに修正したので今はこうである。
神坂すみれ:年齢と服装を思いのままにチェンジできる。
そして、その文言の後に空白が入力されていることに気が付く。それを下に向かってスクロールすると……神坂すみれがグラントを繰り返す度に、このメールに添付された界人の意識データも一緒にグラントされる。
「さすがですね、お父さん。さすがついでに一つ聞いてもいいですか?」
無言で頷く並行世界の界人。
「私は記憶の干渉における時間の非連続性についてのシミュレーション実験から飛び出した存在。そんな私が、お父さんが飛行機に乗らず交通事故にも遭わなかった並行世界に渡り、その未来から信人君を連れ出し、お父さんたちが高校の卒業旅行に訪れていた洞爺湖付近の山道にグラントさせた。その後、信人君の走馬灯ループの度にその並行世界へとグラントを繰り返し、ようやく信人君に人知を超えた力を授けることのできる世界に辿り着いた。そして、その世界と地続きである未来が今この世界。つまりはここは私が生まれたシミュレーション実験の仮想世界ということでいんですよね。結局そこに戻ってきてしまったと……」
「半分正解で、半分不正解ってところだな」
静かに口を開く並行世界の界人。
「確かに、スマートフォンの被験者設定画面から信人に神がかった能力を付与できたのだから、この世界はすみれがもともと暮らしていた世界なのだろう。しかし、エントランスの中央でロケットランチャーに破壊されたお前の抜け殻を見ただろう? あの場面はまさに私とお前がシミュレーション実験を繰り返していた世界と地続きの未来。おそらく、この世界にはもともと私達がロンドンに辿り着くシーンは用意されていなかった。だから都合よく存在していた私が飛行機事故に遭わずロンドンに辿り着けた並行世界の未来と差し替わった。世界の分岐によって並行世界が生まれるのであれば、その逆、世界の収束もあるってことさ」
「それって、結局どういこと?」
全く理解できないといった表情で李依が聞き返す。
「私の意識も一つに収束されるべきってことだよ!!」
並行世界の界人が信人の身体に拳銃を向ける。
「信人はあなたの息子なんでしょ? 信じられない! あなたはお父さんなんかじゃない! お父さんの身体返してよ!」
そして、李依は願った。
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