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87 ジルヴェスター先生のデビュー作発売決定
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「じゃあ明日待ってるからね。葡萄酒に合う美味しいチーズを用意しておいてやろう」
受け取るものがあるため、俺はクラースさんと一緒にばあちゃんの家に向かっている。また重いものを頼まれてしまった。飛び出さないよう厳重に包んだ酒瓶を今、背中に背負って空を飛んでいる。
ついでに魔術薬を届けたいクラースさんが、今日は割れ物が多いから、と速度を落としてくれている。だが、普通に早馬より速度は出ているのでやはりカチコチに緊張はしてしまう。
俺は事実高いところより、速度がわかる距離で飛ぶ方がより怖いということが判明した。わかったところで運転手に文句など言えるわけないが。
ぶっちゃけ今も泣きそうだ。でも情けないと思われたくない気持ちの方が上回っている。
──────
俺の最初のお客さんであるイゴルさん。彼とは紆余曲折あったのだが飲み友達に収まった。わざわざ高い占い料をはたいて俺に会いに来ようとしてしまうので、挨拶のときの握手で彼を夢から一気に醒まさせたのだ。
ほんのりと俺をいいな、と思う気持ちは残っているらしいのだが、最初よりかはマシである。『なんかいろいろこっ恥ずかしい台詞ぶち撒けちゃってごめんなさいっ』と顔を隠して恥じらっていたが、じゃあお詫びに三宝牛のローストもっかい奢ってください、と言うと『絶対ヤダ』と言ってくるくらいの関係にはなれている。
時々、サロン・黒鳶の俺宛てとして葡萄酒が贈られてくる。あの農園主の畑で採れた葡萄を使ったものである。一本は俺に。もう一本はママさんに。
わざわざ店主にも贈るなんて律儀だなあ、と思っていたがメルヤが添えられた手紙を見つけ、『ママー、またアピられてんじゃん。パパリンにバレないようにしなよー』と言っていた。そういうことか。後妻は娶らないとか言ってたくせして気が変わったのか。以前、彼女を見つめてぼーっとしていたからな。
もちろん葡萄酒だけで終わるわけがない。花束と贈り物を持って会いに来ることも時々ある。無論、お目当てはママさんである。
その辺彼女は上手いので、夫がいると前置きしつつも『エッカルトさんってさすがねぇ。わたしの知らない色々なことをご存知で。しかもよ、あんな大きな農園の経営を続けていらっしゃるなんて凄い。きっと感性が良くていらっしゃるのね。あらそうなんですね、歴史が深いわ。その歴史を支えられるほどの手腕をお待ちなのねぇ』と、歌うように心をくすぐる言葉を並べ聴かせることに余念がない。
農園主は鼻を伸ばしてそれに聴き入り、『ママさんだって素晴らしい女性だよ。ああ、出会う順序が違っていたら。あなたのような天使は私がいの一番に捕まえたかった。人のものなんて嘘だろう? 天使は嘘も上手いらしい』などとのたまっている。
そんな農園主にはちょっとした趣向として、俺を最後の妻にするんじゃなかったんですか、絶対諦めませんからー、っておっしゃってたのは嘘だったわけだ、この浮気者、と思ってもいないことを言う。
それを聞いたママさんは、面白そうに目を細めながら唇を尖らせ『あらやだぁ、ワルイ人。誰にでもそうおっしゃってるの? 弄んだのね。本気にしかけちゃったわぁ、危ない危ない』と悪ノリする。そしてお詫びとして、という名目で高い酒をボトルごと入れさせるのだ。大人の酒場の遊びである。
農園主の息子はオスカーという。最近やっと名前を覚えた。正直、彼の扱いは一番難しいと思う。父親である農園主より強引じゃない。かといって大人しすぎるほどでもない。
至極真面目に、礼儀正しい態度を崩さず、俺に会いに来てくれる。その目的は占いじゃない。呪術でもない。俺自身が欲しい、という。
その気持ちだけでありがたいのだ。俺は既婚者だし、何も返してあげられないから。無意識とはいえ俺の呪力のせいなのだ、その責任を取りたいから呪術をかけ直させてくれ、と彼には何度もお願いした。頭を下げた。
未だに彼はそれを断る。外の気温がどうであろうが手袋をして、俺の手を時折見つめ、触れたそうな仕草をする。あからさまにならないよう気をつけているつもりだろうが、俺は彼の気持ちを知っている。知っているから気づいてしまうし、複雑なのだ。
終始控えめではあるが一生懸命俺に話しかけ、大げさにならないよう褒めて讃えて、豪華すぎず、受け取りやすい贈り物は毎回欠かさず手渡しして。なにかと俺を喜ばせようとしてくれる。少し憂いを帯びた笑顔と共に。
つい先日、あの本は探したけど見つからなくて、という話をうっかり口にしてしまい、後に彼がその本を持って現れたときはしまった、と後悔した。
少しずつ確実に溜まってゆく罪悪感に負け、それをクラースさんに吐露してしまった。彼は言葉を尽くして慰めてくれた。『オレが良いと思うんだよ。そう思う人が他にいても不思議じゃない』とも言ってくれた。
しかし、『まあ、いざとなったらオレを呼びな。実力行使に出てあげる』と、片手杖をテーブルに立ててカツカツ鳴らしていたのには肝を冷やした。彼が嫉妬してくれているという優越感を覚えながらも、修羅場を乗り越えた人特有の余裕と底力を感じて少し怖かった。
メルヤについに本格的な結婚話が持ち上がった。相手は以前、隣国での挙式に出席してくれた彼氏である。しかし予想通り、順調にとはいかなかった。親の反対があったのだ。
正確には彼の父親。どっちも父親ではあるので、ここでは便宜上母親と呼ぶ。彼の母は別にいいじゃない、さして位の高い爵位じゃないし、と婚姻を認めてくれているが、父は反対の意志を崩さなかった。
大丈夫かよメルヤ、と真面目に心配になっていたのだが『彼ピのことは好きだよ。超好き。でもさー、親が反対する結婚って絶対最後ダメんなるから。あたしゴイリョクとか全然ないけど、それはよーく知ってっから』と、彼女は長期戦でも構わないという覚悟を持った目をしていた。
そうか、と手元のグラスに目を落としていたらママさんがそっと手を近づけてきて『わたしは駆け落ちしてもいいって言ってるのよ。でもね、父親に似て頑固なのぉ』と、苦笑いをしながらそっと彼女は囁いた。
たまらずメルヤに呪術かけてやろうか、タダで、と言ってみたらくるっと勢いよく振り返ってきて『マジか。オナシャス』と、さっきのイイ女風の顔をあっさり脱ぎ捨て依頼された。……そういう柔軟さはママさん譲りだな。彼氏の父親にはちょっと悪いが、ひと肌脱ぐか。仕方ない。
サロン・黒鳶で会わせてもらい、隣国トルマリーでの挙式の手引きをしてくれたキャラックさん。彼は結局出席することは叶わなかったが、宣言通り祝儀をくれた。
……ちょっと多すぎた。額が。下町育ちの平民である俺としては、なにか適当なメッセージカードと共に、花や品物の贈呈で終わると思っていたのだ。
俺はお貴族様の常識がわからない。返礼品を渡しながら、多い気がしたのですが、と彼に素直に問うてみたら『若い二人を応援し隊所属だから』と、一切返させてくれなかった。輸入品を買うときは必ず彼を通そう。心臓に誓う勢いだ。
そのトルマリーで世話になった案内人テオドロは、やはりカニブの実中毒でほぼ確定だとクラースさんが沈んだ顔と声でそう漏らしていた。
中毒症状。呪術でどうにかなるかなあと一緒に考えていたら、『量を減らすのが第一だね。もしお金を余分に積まれても、ひと月に飲む量だけを送ることにする。あとは積み立てるって言い聞かせる。もしここに来ちゃったときは、ジルくんよろしく!』と、手を握ってお願いされた。
なんか可愛いなと思って思わずキスしたら、外で遊んでいた子供たちに見つかり思いきり囃し立てられた。別にいいだろ、結婚してんだから。黙っていい子に遊んどけ。
俺の紙束を今か今かと待っていたらしい教頭先生。何度読んだかわからないと言っていたのに、『すこし時を経てまた読んだら新しい発見が』と、先に感想および考察という名の新作を分厚い手紙にしたためてきたので根負けした。
もうあんたが書けよ、と思いながら現在新しい物語を書いている。いつか貰った煙幕ペンは非常に使いやすいもので、執筆が捗るため今のところは概ね順調だ。
前の話というのは、事件に次ぐ事件という構成だった。完全なる娯楽目的。その遊び気分を挟みながらも、主人公を射止められなかった脇役たちを主役に据えてみた。
これでもかと大げさに、気狂いに書いた脇役たち。ほぼヤケクソで作った奴らも人間である。架空のだけど。
こいつにはこんな背景があり、認知の歪んだ目で見た世界はこうなのだ。だから失敗したが、それが良いと認めてくれる世界と人を見つけるまでの無駄に壮大な物語。
主人公を核に集まり、主人公を基点として散らばっていったそいつらは、歪んだ認知が瓦解すればするほどかつて慕っていた主人公の真の厚意に気づき始める。やがて人生を立て直し、主人公の危機を救う役割を自ら引き受け舞い戻る。
めっちゃそれっぽいじゃん。教頭先生喜ぶんじゃね? と思いながら、あらすじをパパッと手紙にしたため返信した。後日、俺が書いた文字数の数十倍はある返信が届き、とてもとても楽しみにしている、との喜びの声が寄せられた。
良かったな、もう転職する気はないから先生の世話にはなんないけど、と思いながら最後の追伸を読んだ。
──君が前に書いた物語、本になるからね。楽しみだなあ。王国内の書店に置かれる予定だから。差し当たっては契約書を同封するね!──
………………は?
──────
「はい、生前贈与。これは魔術薬のお代金ね」
「ばあちゃん、金をこんなズタ袋に……まあいいや、謹んで頂戴いたします」
「いいんですか、リーセロットさん。まだまだ長生きされるでしょうに。入り用のときは用立てますけど、無駄に時間がかかってしまうのでは」
「大丈夫だよ、必要な分はちゃんとある。毎年少しずつ渡せば税金は取られないからね。税は国の戦費のために必要なもんだけどさ、無駄には払いたくないだろ。それよりあんたら、あんまり稼ぐと税を潤沢に取るために爵位をやるなんて話になるよ。その辺意識してんのかい」
「えっ……全然意識してなかった。いくら稼ぐと来ちゃうんだろ……」
「ああいうのは断られないよう、わざと複雑にしてんだよ。ジル、あんた葡萄農園で荒稼ぎしてきたろ。来年が楽しみだねえ」
「うわ、ヤベー。めんどくせー……」
「そのコルク全然外れませんね。やっぱりオレが取ります。貸してください」
「あら、ありがとね。これくらいって思ったんだけど。締まりがイイのよー私みたいに」
「下ネタ好きだなばあちゃんは。黒鳶のママさんみてえ」
「あの子は私の親戚だよ。兄の孫にあたる。私、言ってなかったかい?」
「えっ」
「えっ」
どおりで美人……いや初耳だ。だから俺を推薦してくれたのか。メルヤとほとんど面識はなかったみたいだが、それは兄だけと疎遠だったという家庭の事情があるらしい。
行き先だけはなんとなく決めて、無造作に進んでいたつもりだった俺の人生。クラースさんに出会い、道楽亭の店主に助けられ。ばあちゃんに出会い、お客さんに恵まれ、また助けられ。
巡り巡って現在地点。とんでもなく高い山に登ってしまった気がしている。そう言うとばあちゃんは『それは運命という名の山なのさ』と、錫色の目を三日月にしてカラカラと笑っていた。
『そうだね。しかも半年後に作家先生という山にも登る』とクラースさんが作家名と共にバラしてしまい、完全に読む体勢になってしまったばあちゃんと共に盛大に祝われた。穴があったら入りたい。そこからしばらく出たくない。
印字は急に止まらない。編集者は教頭先生と昵懇だし、俺が動揺している間に言葉巧みに操られ、作ることが決まってしまった。部数を聞いて気が遠くなった。売れなかったらどうすんだよ。赤字は補填できないぞ。
俺はやってない、と叫びたい。完全にやってるし、いずれ本屋に行けばバレるわけで、もう言えなくなってしまったが。
『俺、やってません』。今現在、世界一声に出して言いたい王国語である。
────────────────────
しばらく休もうと思いまして。投稿するだけして読書に精を出し、仕事、家のことを適当にやろうと思ってたんですが(そっちを頑張れよ)、書いてないと妙につまんないし、想像だけが先走って暴走しちゃって。大した引き出しないはずなのに。
増えてゆく小ネタ、タイトル、思いつきの次話。なんだよもー、と書いてたらタスクが前より増えて後書きに手を入れられなかったです。ハハハ!
新人賞に応募ってやつをしてみたいので、新しいのはいずれってことで。それまで私を忘れないでね!いいね!この通りだよお嬢さん!!(地面と仲良し)
わかったからちょっと静かにして、と理解を示してくださったお嬢さんはエールとお気に入り追加お願いしまーす!
受け取るものがあるため、俺はクラースさんと一緒にばあちゃんの家に向かっている。また重いものを頼まれてしまった。飛び出さないよう厳重に包んだ酒瓶を今、背中に背負って空を飛んでいる。
ついでに魔術薬を届けたいクラースさんが、今日は割れ物が多いから、と速度を落としてくれている。だが、普通に早馬より速度は出ているのでやはりカチコチに緊張はしてしまう。
俺は事実高いところより、速度がわかる距離で飛ぶ方がより怖いということが判明した。わかったところで運転手に文句など言えるわけないが。
ぶっちゃけ今も泣きそうだ。でも情けないと思われたくない気持ちの方が上回っている。
──────
俺の最初のお客さんであるイゴルさん。彼とは紆余曲折あったのだが飲み友達に収まった。わざわざ高い占い料をはたいて俺に会いに来ようとしてしまうので、挨拶のときの握手で彼を夢から一気に醒まさせたのだ。
ほんのりと俺をいいな、と思う気持ちは残っているらしいのだが、最初よりかはマシである。『なんかいろいろこっ恥ずかしい台詞ぶち撒けちゃってごめんなさいっ』と顔を隠して恥じらっていたが、じゃあお詫びに三宝牛のローストもっかい奢ってください、と言うと『絶対ヤダ』と言ってくるくらいの関係にはなれている。
時々、サロン・黒鳶の俺宛てとして葡萄酒が贈られてくる。あの農園主の畑で採れた葡萄を使ったものである。一本は俺に。もう一本はママさんに。
わざわざ店主にも贈るなんて律儀だなあ、と思っていたがメルヤが添えられた手紙を見つけ、『ママー、またアピられてんじゃん。パパリンにバレないようにしなよー』と言っていた。そういうことか。後妻は娶らないとか言ってたくせして気が変わったのか。以前、彼女を見つめてぼーっとしていたからな。
もちろん葡萄酒だけで終わるわけがない。花束と贈り物を持って会いに来ることも時々ある。無論、お目当てはママさんである。
その辺彼女は上手いので、夫がいると前置きしつつも『エッカルトさんってさすがねぇ。わたしの知らない色々なことをご存知で。しかもよ、あんな大きな農園の経営を続けていらっしゃるなんて凄い。きっと感性が良くていらっしゃるのね。あらそうなんですね、歴史が深いわ。その歴史を支えられるほどの手腕をお待ちなのねぇ』と、歌うように心をくすぐる言葉を並べ聴かせることに余念がない。
農園主は鼻を伸ばしてそれに聴き入り、『ママさんだって素晴らしい女性だよ。ああ、出会う順序が違っていたら。あなたのような天使は私がいの一番に捕まえたかった。人のものなんて嘘だろう? 天使は嘘も上手いらしい』などとのたまっている。
そんな農園主にはちょっとした趣向として、俺を最後の妻にするんじゃなかったんですか、絶対諦めませんからー、っておっしゃってたのは嘘だったわけだ、この浮気者、と思ってもいないことを言う。
それを聞いたママさんは、面白そうに目を細めながら唇を尖らせ『あらやだぁ、ワルイ人。誰にでもそうおっしゃってるの? 弄んだのね。本気にしかけちゃったわぁ、危ない危ない』と悪ノリする。そしてお詫びとして、という名目で高い酒をボトルごと入れさせるのだ。大人の酒場の遊びである。
農園主の息子はオスカーという。最近やっと名前を覚えた。正直、彼の扱いは一番難しいと思う。父親である農園主より強引じゃない。かといって大人しすぎるほどでもない。
至極真面目に、礼儀正しい態度を崩さず、俺に会いに来てくれる。その目的は占いじゃない。呪術でもない。俺自身が欲しい、という。
その気持ちだけでありがたいのだ。俺は既婚者だし、何も返してあげられないから。無意識とはいえ俺の呪力のせいなのだ、その責任を取りたいから呪術をかけ直させてくれ、と彼には何度もお願いした。頭を下げた。
未だに彼はそれを断る。外の気温がどうであろうが手袋をして、俺の手を時折見つめ、触れたそうな仕草をする。あからさまにならないよう気をつけているつもりだろうが、俺は彼の気持ちを知っている。知っているから気づいてしまうし、複雑なのだ。
終始控えめではあるが一生懸命俺に話しかけ、大げさにならないよう褒めて讃えて、豪華すぎず、受け取りやすい贈り物は毎回欠かさず手渡しして。なにかと俺を喜ばせようとしてくれる。少し憂いを帯びた笑顔と共に。
つい先日、あの本は探したけど見つからなくて、という話をうっかり口にしてしまい、後に彼がその本を持って現れたときはしまった、と後悔した。
少しずつ確実に溜まってゆく罪悪感に負け、それをクラースさんに吐露してしまった。彼は言葉を尽くして慰めてくれた。『オレが良いと思うんだよ。そう思う人が他にいても不思議じゃない』とも言ってくれた。
しかし、『まあ、いざとなったらオレを呼びな。実力行使に出てあげる』と、片手杖をテーブルに立ててカツカツ鳴らしていたのには肝を冷やした。彼が嫉妬してくれているという優越感を覚えながらも、修羅場を乗り越えた人特有の余裕と底力を感じて少し怖かった。
メルヤについに本格的な結婚話が持ち上がった。相手は以前、隣国での挙式に出席してくれた彼氏である。しかし予想通り、順調にとはいかなかった。親の反対があったのだ。
正確には彼の父親。どっちも父親ではあるので、ここでは便宜上母親と呼ぶ。彼の母は別にいいじゃない、さして位の高い爵位じゃないし、と婚姻を認めてくれているが、父は反対の意志を崩さなかった。
大丈夫かよメルヤ、と真面目に心配になっていたのだが『彼ピのことは好きだよ。超好き。でもさー、親が反対する結婚って絶対最後ダメんなるから。あたしゴイリョクとか全然ないけど、それはよーく知ってっから』と、彼女は長期戦でも構わないという覚悟を持った目をしていた。
そうか、と手元のグラスに目を落としていたらママさんがそっと手を近づけてきて『わたしは駆け落ちしてもいいって言ってるのよ。でもね、父親に似て頑固なのぉ』と、苦笑いをしながらそっと彼女は囁いた。
たまらずメルヤに呪術かけてやろうか、タダで、と言ってみたらくるっと勢いよく振り返ってきて『マジか。オナシャス』と、さっきのイイ女風の顔をあっさり脱ぎ捨て依頼された。……そういう柔軟さはママさん譲りだな。彼氏の父親にはちょっと悪いが、ひと肌脱ぐか。仕方ない。
サロン・黒鳶で会わせてもらい、隣国トルマリーでの挙式の手引きをしてくれたキャラックさん。彼は結局出席することは叶わなかったが、宣言通り祝儀をくれた。
……ちょっと多すぎた。額が。下町育ちの平民である俺としては、なにか適当なメッセージカードと共に、花や品物の贈呈で終わると思っていたのだ。
俺はお貴族様の常識がわからない。返礼品を渡しながら、多い気がしたのですが、と彼に素直に問うてみたら『若い二人を応援し隊所属だから』と、一切返させてくれなかった。輸入品を買うときは必ず彼を通そう。心臓に誓う勢いだ。
そのトルマリーで世話になった案内人テオドロは、やはりカニブの実中毒でほぼ確定だとクラースさんが沈んだ顔と声でそう漏らしていた。
中毒症状。呪術でどうにかなるかなあと一緒に考えていたら、『量を減らすのが第一だね。もしお金を余分に積まれても、ひと月に飲む量だけを送ることにする。あとは積み立てるって言い聞かせる。もしここに来ちゃったときは、ジルくんよろしく!』と、手を握ってお願いされた。
なんか可愛いなと思って思わずキスしたら、外で遊んでいた子供たちに見つかり思いきり囃し立てられた。別にいいだろ、結婚してんだから。黙っていい子に遊んどけ。
俺の紙束を今か今かと待っていたらしい教頭先生。何度読んだかわからないと言っていたのに、『すこし時を経てまた読んだら新しい発見が』と、先に感想および考察という名の新作を分厚い手紙にしたためてきたので根負けした。
もうあんたが書けよ、と思いながら現在新しい物語を書いている。いつか貰った煙幕ペンは非常に使いやすいもので、執筆が捗るため今のところは概ね順調だ。
前の話というのは、事件に次ぐ事件という構成だった。完全なる娯楽目的。その遊び気分を挟みながらも、主人公を射止められなかった脇役たちを主役に据えてみた。
これでもかと大げさに、気狂いに書いた脇役たち。ほぼヤケクソで作った奴らも人間である。架空のだけど。
こいつにはこんな背景があり、認知の歪んだ目で見た世界はこうなのだ。だから失敗したが、それが良いと認めてくれる世界と人を見つけるまでの無駄に壮大な物語。
主人公を核に集まり、主人公を基点として散らばっていったそいつらは、歪んだ認知が瓦解すればするほどかつて慕っていた主人公の真の厚意に気づき始める。やがて人生を立て直し、主人公の危機を救う役割を自ら引き受け舞い戻る。
めっちゃそれっぽいじゃん。教頭先生喜ぶんじゃね? と思いながら、あらすじをパパッと手紙にしたため返信した。後日、俺が書いた文字数の数十倍はある返信が届き、とてもとても楽しみにしている、との喜びの声が寄せられた。
良かったな、もう転職する気はないから先生の世話にはなんないけど、と思いながら最後の追伸を読んだ。
──君が前に書いた物語、本になるからね。楽しみだなあ。王国内の書店に置かれる予定だから。差し当たっては契約書を同封するね!──
………………は?
──────
「はい、生前贈与。これは魔術薬のお代金ね」
「ばあちゃん、金をこんなズタ袋に……まあいいや、謹んで頂戴いたします」
「いいんですか、リーセロットさん。まだまだ長生きされるでしょうに。入り用のときは用立てますけど、無駄に時間がかかってしまうのでは」
「大丈夫だよ、必要な分はちゃんとある。毎年少しずつ渡せば税金は取られないからね。税は国の戦費のために必要なもんだけどさ、無駄には払いたくないだろ。それよりあんたら、あんまり稼ぐと税を潤沢に取るために爵位をやるなんて話になるよ。その辺意識してんのかい」
「えっ……全然意識してなかった。いくら稼ぐと来ちゃうんだろ……」
「ああいうのは断られないよう、わざと複雑にしてんだよ。ジル、あんた葡萄農園で荒稼ぎしてきたろ。来年が楽しみだねえ」
「うわ、ヤベー。めんどくせー……」
「そのコルク全然外れませんね。やっぱりオレが取ります。貸してください」
「あら、ありがとね。これくらいって思ったんだけど。締まりがイイのよー私みたいに」
「下ネタ好きだなばあちゃんは。黒鳶のママさんみてえ」
「あの子は私の親戚だよ。兄の孫にあたる。私、言ってなかったかい?」
「えっ」
「えっ」
どおりで美人……いや初耳だ。だから俺を推薦してくれたのか。メルヤとほとんど面識はなかったみたいだが、それは兄だけと疎遠だったという家庭の事情があるらしい。
行き先だけはなんとなく決めて、無造作に進んでいたつもりだった俺の人生。クラースさんに出会い、道楽亭の店主に助けられ。ばあちゃんに出会い、お客さんに恵まれ、また助けられ。
巡り巡って現在地点。とんでもなく高い山に登ってしまった気がしている。そう言うとばあちゃんは『それは運命という名の山なのさ』と、錫色の目を三日月にしてカラカラと笑っていた。
『そうだね。しかも半年後に作家先生という山にも登る』とクラースさんが作家名と共にバラしてしまい、完全に読む体勢になってしまったばあちゃんと共に盛大に祝われた。穴があったら入りたい。そこからしばらく出たくない。
印字は急に止まらない。編集者は教頭先生と昵懇だし、俺が動揺している間に言葉巧みに操られ、作ることが決まってしまった。部数を聞いて気が遠くなった。売れなかったらどうすんだよ。赤字は補填できないぞ。
俺はやってない、と叫びたい。完全にやってるし、いずれ本屋に行けばバレるわけで、もう言えなくなってしまったが。
『俺、やってません』。今現在、世界一声に出して言いたい王国語である。
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しばらく休もうと思いまして。投稿するだけして読書に精を出し、仕事、家のことを適当にやろうと思ってたんですが(そっちを頑張れよ)、書いてないと妙につまんないし、想像だけが先走って暴走しちゃって。大した引き出しないはずなのに。
増えてゆく小ネタ、タイトル、思いつきの次話。なんだよもー、と書いてたらタスクが前より増えて後書きに手を入れられなかったです。ハハハ!
新人賞に応募ってやつをしてみたいので、新しいのはいずれってことで。それまで私を忘れないでね!いいね!この通りだよお嬢さん!!(地面と仲良し)
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( ᵒ̴̶̷̥́ ^ ᵒ̴̶̷̣̥̀ )ハピエンバンザイィィィ
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クラースさんの過去が悲しすぎて前が見えないッッスマホに文字が打ちにくいじゃないですかぁトリサァァァン
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