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22 誘拐未遂の子供たち

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「はいはーい! そこの御者さん止まってー! 聞こえてるー? 止まってー! 止まれってー!! コラー!!」

 サンダーの声はよく通る。絶対に聞こえているはずの御者は必死に前を向いている。

 全速力で駆ける二頭立ての馬車。きっちり幌を閉じた荷台。もう説明の必要がないくらいに怪しいやつだ。しかしこちとら飛馬ちょうばである。馬とは違い、戦場に向いた魔獣に乗り追跡している。脚もあるが翼もあるのだ。

 絶対に逃げ切れると楽観視してはいないだろうが、僅かな可能性に賭けたくなるほど切羽詰まっているのだろう。あっ、森の方に突っ込んでいきやがった。

「マリちゃん上行って! 俺こっち!」
「了解」

 空からの追跡と、陸からの追跡に分かれる。ん? ここを真っ直ぐ行くと、あの海に出てしまうのでは? 突然森が切れている。崖では?

 まずい、飛馬は飛べるが馬は飛べない。御者が無事でも荷台ごと落ちれば証拠隠滅されてしまう。もし荷台に誘拐された人なんかが乗っていたら。それが貴人だったら。非常にまずい。

 私は慌てて通信魔道具を手に取った。

「サンダー! この先崖だ! 車輪止めろ!!」
「了解!!」

 原理はとても原始的な道具である。車輪に向けて投げると幅広の紐が絡んで、車体は強制的に止まる。馬も止まらざるを得なくなる。

 しかし紐の先は飛馬の胴体と固定してあるので、凄い力での綱引きになる。魔獣である飛馬はちょっと頑張るだけで平気だが、乗っている側はそうではないので投げる前に飛馬と自分を器具で固定する。

 それでも馬上で振り回されるのは避けられない。翼が激突したり、バランスを崩した飛馬もろとも横倒しになる可能性もある。崖が近い。サンダーは間に合うか。無事にやれるか。

 ザザザザザ!! という摩擦音と、二頭の馬が嘶く声が聞こえた。砂埃が上空からも確認できる。やったか。

 私はすぐに下降した。飛馬が木をバキバキと四脚で蹴散らしながら降りてゆく。この脚で蹴られれば即死は免れないが、こういうときには頼もしい。

 降りた位置はピッタリ合っていた。ちょうど落馬した御者が慌てふためき逃走しようとしていたため、威嚇し剣を向けたらやっと諦めた。急いで手足を捕縛する。あちこち木の枝が折れて空間ができているが、サンダーは無事なのか。



「マリちゃん大丈夫!? 俺平気! うまく止められたわ! 見てこの手袋! ズッタズタ!!」

 サンダーが掌を開いて見せた。血は出ていなかったが、車輪をじかに握りでもしたのかと思うくらいずたぼろに裂けていてゾッとした。下半身は固定したとしても鞍に付属する革帯などに捕まらなければ、あちこちへ引っ張られるように身体が折れ曲がる。姿勢を保つため、力いっぱい手綱と革帯を掴んでいた証拠である。

 人間が馬上で振り回されれば、飛馬のバランスが崩れてしまう。訓練で何度もやったが、本当に大変なのだ。出来ればやりたくなかっただろう。

「あー俺いい仕事した。久しぶりにやったんだけどこれ。楽しかったー!! ねっ、パトラ! よーしよし良くやった、えらいねー! 頑張ったねー!」

 ──楽しかったんかい。心配して損した。

 魔獣のパトラ号は『ミュウー』とでかい身体に似合わない声で鳴き、サンダーに返事を返していた。心なしか目がらんらんと輝いている。お前もかい。さすが戦闘魔獣。逞しい。

『ンミュミュ』『ミュウ、ミミュウ』と飛馬同士で会話を始めた。ワタシもそっちがよかったなーとかそういう話をしているように聞こえる。クレオ号、お前も頑張ったぞとひとまず労う。目を細めて喜んでくれた。忙しくてもちゃんと労らないと飛馬は拗ねるからな。



 さて事後処理である。飛馬に繋いで放置した御者はすっかり大人しくなり、遠い目をして転がっている。所持品の確認が終わったあと、荷台の中を改めた。……ああ、まさかのまさかだ。

「こんばんはー! 君たち大丈夫? 怪我してる子はいない? いないね、良かった! あとで痛くなってきたり、気持ち悪くなってきたら遠慮しないで言ってね! とりあえずお話は落ち着いてから本部の方で聞くから、ひとまずここで待ってようね!」

「お兄ちゃん! 私たち魔力があるから連れていかれたの!」
「いってーすいじゅんごえだからっておじさんがいってた!」
「ぼく、お母さんのとこ帰りたい、帰りたいいい」

 ビャー、と一斉に泣きだしてしまった。どこから攫われてきたのかはまだわからないが、噂を聞きつけた人身売買業者が、子供が各々一人になったところを狙ったのであろう。

 この国での人身売買は重罪だ。誰しも多少の魔力があるのは当たり前だが、一定水準超えの者はこのような危険があるため学園に入るまで、自分の身を自分で守れるようになるまでは気を付けないとならない。

 防犯魔道具を持たせたりなどの対策を取ってはいても、子供はうっかり一人になってしまうと物理的な危険に晒される。防犯対策の強化と法改正があってからは随分と減少はしたのだが、未だゼロにはなっていない。

 私は救援の誘導と犯人の見張りのために外に出て、サンダーが子供たちの慰め役となった。子供たちの今後の人生に、陰を落とさないといいが。

「お兄ちゃん、恋人いる? 独り身なの? ちぇ、なーんだ。好きな人って男? 女?」
「おとこのひとかー。まりょくある? あんましないの? まりょくあるひとがよくなったらあたちがおよめさんになりたい」
「ひっく、お兄ちゃん、ぼくのお母さんより美人だね……」

 安心したのならいい。いいけど切り替えが早過ぎやしないか子供たちよ。

 魔力のある子だからかな。……逞しいなあ。



 ──────



「サンダー。お前、魔力量ってどれくらいあるんだ」
「言ってなかったっけ? 結構いっぱい」

「多いのはわかるよ、測ったとき大体の数値が出ただろ。何色だったんだよ」

 この国では兆候が出たり、家系的に多いだろうと思われる子供は無料の魔力検査を受に行くのが普通だ。検査用の計器には七色に分かれた目盛りがあり、針がどこまで振れるかによっておおよその量がわかる。

 もし一定水準かそれ以上に達していれば、国立魔術学園のどこかに強制進学させられる。王族以外は。どれだけ貧乏だろうが金持ちだろうが例外はない。その代わり身辺の保護、および金銭面の補助が課税額に応じて手厚く出る。

 国の宝である魔術師は数多く欲しい。そして、魔力暴走をさせないため、本人の保護と人災対策も兼ねている。

 ずっと疑問に思っていた。こいつは私と同じ騎士科だった。『結構いっぱい』というのなら、本人の意思を無視してでも魔術科にブチ込まれているはずなのに。

「ん──……内緒。うちはそういうお家だから」
「ふーん? 私が知らないだけで抜け道はあるのか」

「抜け道っていうかー、……ちょっと家の機密に触れちゃいそうだから。結婚したら全部教えてあげられるけど、どうする? 明日する? 今日する?」
「……………………」

「えっ、考えてくれるの、マジで!? 本当!? マリちゃん!!」
「待って。考えてるからほっといて。魔力検査を受けず学園の教育も受けず制御を身につける……それには王家の家庭教師や安全な場所が必要だろうし……」

 抱きしめようとしてきたサンダーの顔を押し返し、私は思考の旅へ出かけた。結婚ねえ。こいつには言ってないし絶対言わないが、別にしてもいいと思っている。

 こいつの挙動は制御不能だが、後手に回っても慌てず対処できるのは今のところ私しかいないからだ。他にいたのなら、私はその人を尊敬するだろう。肩の荷が下りた気分にもなろう。そしてきっと、ひとりで寂しい気持ちを抱えることになるだろう。



 でも言わない。言ったらとんでもないことになる。身体は大事にしたい。

 私は捕縛前の、つかの間の猶予期間を楽しんでいるのだ。まさに知らぬが仏である。
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