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14 荷馬車の彼

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「ふんふん。ここに停めて荷物の整理をしてたら左から衝撃が来て、馬が嘶いた。で、何かと思って見に行ったら一台の荷馬車が駆けて行ったのを見た。それで車体を確認したら左後ろが壊されてた。うーんこりゃ当て逃げ濃厚だね! 記録魔道具はついてる? ついてない? あーそうだよね、あれ高いもん。うん、いつも見回りしてるからそれっぽい荷馬車見つけたら必ず尋問するから! 時間はかかるかもしれないけど! 頑張るね! 記録するから待っててね!」

 今日もうちの衛兵隊長の口が滑らかすぎて私の入る隙がない。

 不幸である。荷馬車の中に入っていたせいで、御者が誰であったかの情報がない。取り立てて特徴のない、暗い茶色の荷馬車が通り過ぎて行っただけ。

 明らかにその荷馬車がぶつけた犯人なのだが、彼はその瞬間を見ていない。記録魔道具もなし。打つ手は限られている。

「買ったばっかりだったんですよ……状態いいやつを安く譲って貰ったのに……僕の商売道具……」

 ──不幸だ。

 荷馬車の彼はまだ若い。兄弟が多く、両親が頑張って働いていたが母親が急逝したそうだ。女手のない家。子供達を食べさせなければならない。

 長男の彼は幼いときから働いているそうだ。次男は家の切り盛りに忙しく、その下の兄弟はまだ幼いが出来ることをして、冬に備えてきた。

 寒い冬が明けて一安心したと思ったらこの事故である。彼は随分と落ち込んでいた。

「おっと。大丈夫だよーそんなに落ち込まなくても。記録は取ったから。運良く車軸は無事だし、曲がっちゃった車輪を替えればいいから。見つかれば見舞金が貰えるし、修理代もぎ取る権利も貰えるからね!」

 母親を亡くし、悲しむ暇もなく働き続け、常に鬱屈した思いを抱えていたのだろう。サンダーに抱きつき、わあわあと泣き出してしまった。

 サンダーは彼の背中をトントンと叩いて宥めながら、困ったような笑顔を浮かべてこちらを向き、声を出さずに『ごめんね』と口を動かして伝えてきた。お前じゃあるまいし、私はそんなことを気にするほど心は狭くないぞ。



 ────────



「そこのお父さーん! お父さん! そうそうあなた。ちょっといいです? 今日はどこから来たの? 時計町? じゃあ街道通ってきたわけね? そうなんだ。これからどこ行くの? ふんふん、まだ荷運びが残ってる。あったかくなったからねえ、滞ってた荷物が流れ出すよね。だよねー、忙しい時期だよね! じゃあ早めに終わらせてあげたいからさあ、まず後ろの荷物から見せてね! いい? ありがとね!」

 ──幸運だ。

 もう見つかった。逃げられたから大丈夫だとでも思ったのだろうか。商売道具を壊された者が黙っているはずがないだろう。

 私は荷物を確認した。大量の小麦粉、果物などの食料品だ。荷物は問題なし。その旨をサンダーにハンドサインで伝えた。

「はい、じゃあ次は営業証見せてね! えー違う違う、これはみんな必ずやるやつなんだよ。お父さんにだけじゃないよ。ハッ。まさかの不携帯……? だよねー持ってるよねー。はいじゃあ見せてね。控えるからちょっと待ってね!」

 顔と名前、偽造ではないことの確認、それが済んだら番号を控える。ここまでは良かった。

「ところでさー、時計町から出る前にどこかに寄ったでしょ。俺そういうのわかっちゃうんだよねー。えー別に魔術師免許は持ってないよ。当ててあげよっか。まずちょっと顔が赤いよねー。元々? 写実しゃしんでは普通に日焼けした肌色だよ? 暑かった? お父さん、更新日覚えてない? ……そう、秋だよね。そういうこと。認めて貰えて良かったよ!」

 ──まず飲酒していることが発覚。まだある。次だ。

「それからこの車体! これ結構いい素材使ってるんじゃない? へー、それ硬くて丈夫な木材で有名だよね! 高かったでしょう。うわー高い、儲かってるんだね! お父さん凄いや! でもさー、ここからここまで傷が入っちゃってるね。前にぶつけたの? どこで? 建物に?」

 ──男の目の動きがおかしくなってきた。さっさと吐いたほうが楽になれるのに。そいつは絶対諦めないぞ。

「それってどんな建物? あー外壁? 出庫するときに? えーそれショックだねえいい荷馬車なのに! あれー、でもおっかしいなあ、ここが特に強く削れてて、真っ直ぐ線が走ってるよね。これ、減速も停止もしてないってことだね。してたら傷が上に跳ねるみたいな形になるからね。いい荷馬車なのに強引に行っちゃうもんかな? で、その下に半円から始まる線が同じく強く削れて真っ直ぐ続いてるよね。外壁に車輪でもついてたのかなー?」

 ──男は顔に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 違法告知書を書き、控えを渡す。これで修理代までは取れないが、取る権利は与えられる。男が支払うお金の中には罰金と見舞金が含まれている。後日被害者が受け取る分だ。

 ちなみに営業証の類は魔道具なので、改竄できない記録がつけられる。修理代を支払わないとその旨がずっと記載されたままになり本人の信用度が下がるので、概ね滞納率は低い。それでも構わないとするいい加減なところもあるが。



 ────────



「俺、近々晩餐会行かないといけないらしい。ほら。見てこれ」

 青い封蝋に王家の印。紙質の良い滑らかな質感の封筒。世にも恐ろしい招待状である。

 この封筒を前にしてシレッとしていられる平民は魔術師かこいつくらいである。

「……王家と繋がりあったか?」
「ない。表向きは。多分、引き抜き人経由で話が行ったっぽい。お見合いじゃない?」

『だるーい』と言いながらテーブルにほおり投げるサンダーを見ながら思った。

 ……正直寂しい。こいつがいなくなったら。

 あと、肉体関係が最後までいってなくて良かったとも。ごめん。でも権力者という生き物は、怖い怖い魔獣なのだよ。
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