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1 悪いお薬の御者

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「そこの御者さん止まってー! ごめんねーちょっと中見せてもらっていい? 急いでる? そっかそっかー、じゃあこっちも急いで中見せてもらうから。すぐ終わるよー大丈夫! どこから来たのー?」

 うちの衛兵隊長は今日もよく口が回る。 

 ツーマンセルで行うのが決まりの見回り。それを行うのは、国が雇い主である我ら衛兵の仕事だ。

 本来なら私も尋問に参加すべきなのだ。しかし奴が喋り倒すせいで、仲間のはずなのに口が挟めない。

 愛想がないとよく言われるせいか、私が声をかけると何も悪いことをしていないはずの人でも怖がるか警戒するかのどちらかなので、自然とこうなってしまう。なぜだ。丁寧に声をかけているつもりなのに。

「御者さんは降りてね! わー、丈夫そうないいお馬さんだね。大丈夫すぐ済むからね! へー、北の方。これから帰るの。遠いのに大変だね! でもおっかしーなあ、それにしては装備が軽いね?」

 御者の顔色が変わった。何か嘘をついているな。

「上着あるの? じゃあ中にあるよね? どこ? えーないのー? これからまた北に帰るんでしょ? 寒いでしょうよー。ねえ北の特産って何があるの?」

 お喋り魔獣と名高い衛兵隊長のサンダー。ただ雑談をしているようでさりげなく馬の手綱を握り、御者が乗馬できない位置に陣取っている。

 私は後ろの荷台の幌を開け、箱の中身を確認する。魔術薬の瓶に入ってはいるが、魔薬だ。まともな精製方法では作られていないものは魔薬と呼ばれる。魔力殺しとも言われるこれらは、実は魔力残滓が欠片も入っていないというのが特徴だ。
 キラキラと光ってはいるが、これは星魚せいぎょの鱗を砕いたもので偽装しているのだ。

 胸元の魔道具で本部へ連絡をし、サンダーに視線とハンドサインで合図する。彼のはっきりとした濃い青色の目が笑った。

「特産だよ特産。詳しくない? 知らないの? おっかしーなあ、星魚だよー。荷物のお薬にも使われてるじゃない。じゃ、一緒に来てね!」



 ──────



「今日も色々あったよねー。最近魔薬出てくるパターン多くない? 本部の摘発まだかなあ。作ってる場所押さえて作ってる人を捕まえたらある程度減るはずだよね。あの星魚の偽キラキラ見飽きたよー。やっぱ本物がいいよね。地上で見られるお星様! ねーマリちゃん、また見たいよねー」

 日報を書きながら喋れるってどういう技能なんだ。
 私は『嫌だ。面倒臭い』とだけ返事をした。

「えー。いいじゃん見に行くだけなのに。ケチー。お腹空いたよねー。あっ、星魚といえば蟹座亭行かない? お魚食べたい。マリちゃん何食べたい?」

 ──行くとは一言も言ってない。

 しかしここで断ると、なぜだいいじゃないか、いやだ一人で行け、の応酬が始まって長引くため毎回諦めて付き合うことになる。同僚がまた始まった、という微笑ましいものを見るような顔で見てくる。そうじゃない。同情してくれ。そしてお前が代われ。



 サンダーとは王立第二魔術学園の騎士科からの付き合いだ。

 サンダーは私より手足が長く、身長も僅かだが高くて有利なくせに剣技は私の方が上だった。ちょっとした試合では必ず私に負けていた。本人は手を抜いているわけじゃないので、多分性格や相性の問題だ。

 私と同程度の実力を持つ者は他にもいた。しかし毎日を過ごすうちに、気がついたらいつも横に来ていたのがサンダーだった。

 とにかく喋る。黙ることができない。声がよく通るため、まともに付き合うと場所によっては個人情報が丸出しになる。

 人の秘密を言いふらすようなタイプじゃないのは皆知ってはいたが、奴に秘密を明かしてはならない、というのも共通認識のひとつだった。物理的に人の耳に届いてしまうことがあるからだ。

 しかし奴は人の話を聞き出すのが上手かった。会話の弾数が多い上に勝手に話を進めて行くので、それは違うと訂正したくなる人間心理をくすぐって自白させられる羽目になる。奴に秘密を隠すときは、強固な意志が必要だ。

 しかし良いこともあった。通常ならまだクラス内で大して交流のないであろう時期から、うちのクラスだけは雰囲気が良かった。奴が喋り倒して個人情報をばらまくからだ。これが良い効果を生んだ。

 人は、相手のことがわからないうちはどうしても警戒してしまうものだ。しかし奴が勝手に個々のプロフィールをばらまくおかげでその警戒心が早いうちからなくなり、あいつはああいう奴だと認識できることで安心感を得られた。我がクラスの雰囲気の良さは中々の評判だった。



「そういえば。また来てたな、あの引き抜き人」
「あー来てたね。俺、何回も断ってんだけどねー。懲りないよねあの人も。騎士団なんて入りたくないよ。尋問できなくなるじゃない」

 ──尋問好き過ぎるだろ。

「それにさー。あの堅苦しい服。絶対動きにくいよ。肩とかまともに上げられないよ。あと偉い人の横でじっと立ってるとかほんと無理なんだけど。俺、絶対喋っちゃうよ。そんでソッコー胴体から首がバイバイすんだよ。俺まだ死にたくないんだけど」
「あり得るから怖いな。騎士の制服は似合うと思うぞ」

「あーマリちゃんああいう堅苦しいの好きそう。いつもシャツの襟がパリッとしてるもんねー。じゃあ俺そういうの着るからパーティー呼ばれたら一緒に来てよ。エスコートするから踊ってー?」

 ──嫌だ。

 でもどうせ連れて行かれることになるだろう。しまった、似合うとか言わなきゃよかった。

 本当に黙ってはいられない奴だが、仮に黙って立っているだけでも様になる。光を受けると蒼く輝く黒髪、キリッとした眉、青い深海の瞳。神様が手ずから仕上げたような整った顔に長い手足がつき、体幹がしっかりしていて姿勢が良い。

 口を閉じることさえできればだが、絵になる男は貴重だ。王宮で働くには見目の良さも選考基準のひとつだ。私に勝てたことはないが、要人警護に必要なだけの技能はある。しかしこいつは騎士団の引き抜きを蹴った。

「なんでよー。来てよ。素敵な服プレゼントするよー。どんなのが似合うかなー。ネイビーとかどう?」
「要らん。似合うのはお前だけだよ」

「似合うよー。騎士服もきっと似合ってたよ。もしマリちゃんがそっち行くつもりだったら一緒に行ってたなー」

 砂のような薄茶の髪によくあるアンバーの瞳が薄い顔に付属している私が、美しいあの衣装を纏っているところを想像した。
 浮くだろう。私が王族だったらそんな奴は要らん。

 そう、こいつは私が引き抜きを受けた衛兵隊について来てしまった。先生もびっくりしていた。

『仲がいいからって一緒の職場になれるとは限らないよ!? いいの!?』と説得されていたが、『なれるなれる! 大丈夫でーす』と親指と人差し指で輪っかを作り頬に当てながら、軽い調子で返事をしていた。

 本当に同じ隊に配属されたときは嘘だろうと思った。しかし今現在、こうやって目の前で揚げた魚をもりもり食っている。


 ──裏で、何かやったんじゃないか。


 サンダーは元貴族。現平民。親戚のせいで芋づる式に没落させられた。しかしお父上はそこからまた商売を成功させた。再度位を授ける打診が来ているらしい。それだけの実力とコネクションはあるのだ。

「ねー、それ食べないならちょーだい。うーんこの苦味がたまらん」

 いい、と言う前に口に入れるな。この野郎。
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