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30 調子に乗った者の末路2

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 ブルーノ先輩の家の家業は治療魔道具専門商会。みたいなやつ。治療魔術師も輩出している家格の高いシュヴァイガー家の次男坊だ。つよい。

 治療魔術に関わることなら何でもござれという感じで、治療院で使う魔術薬や魔道具を山ほど取り扱っているし、開発もしている。

 しかし最近台頭してきた別の家がある。メルツァー家。同じく治療魔術に必須の魔道具を取り扱っている。

 メルツァー家の魔道具は、価格が先輩んとこより安い。ただ品質はまあ、価格なりではあるそうだ。値段と品質は比例するケースが多い。夜のお店のドリンク代や、詐欺やぼったくり以外。どの世でもそれは常識だ。

 治療魔道具界隈では今、老舗のシュヴァイガー家、新興のメルツァー家のほぼ一騎打ち状態。この国にある大きな治療院から小さな診療所まで、我が家を取引先に選んで貰うため、他の小さな治療魔術関係の家もごっそり巻きこんで、シマ争いでバチバチなのだ。


 っていうのを俺は全然知らなかった。いや多分聞いてたと思うけど、先輩自身のことはよく覚えられるのに、先輩の家の難しい話や、そのまた余所の家の細かい話になると、どうにも覚え切れなくて。

 ていうか二人っきりで話してると、最初普通に色気も素っ気もなくお茶しばいてただけなのに、先輩が急に後ろから抱きついてきたと思ったら、服引っ張られて、できた隙間から手ぇ突っ込まれて胸とか触られたり、首筋に噛み付かれたり、内股とか撫でられたりして、俺ら若いからその後なし崩しにそういうことになるんだもん。ただでさえ忘れっぽいのに、直前の記憶なんか消し飛ぶから。そんなん。



 ──────



「ねえ!  イレネオくん。今日さ、一緒に下町の方行かない?」

 声をかけてきたのは隣のクラスのルカディ。こやつ、先輩並みのイケメン野郎だ。

 髪と瞳は栗色で、ゆるくウェーブがかった長い髪を後ろで結んでいる。平凡な奴がそれをやると伸ばしっぱなしで清潔感がない風に見られるのに、奴の場合は色気を引き立たせる装飾と化している。だから何もせずとも本当にモテやがる。

 俺が学園中の人を眠らす事件の犯人になったあと、やっぱどうしても興味を持ったらしくて話しかけてきたから喋ってたら、顔も喋りも卒のないイケメンすぎて勝手にムカついて、顔面左右対称野郎と名付けてやったことがある。

 意味が伝わりきってなくて、鳩が豆鉄砲食らったような顔してたが。

 下町の方ね。いいな。誰か知り合いに会えるかな。魔獣の内臓の串焼きが久々に食べたい。行くー、と返事をして別れた。  



 ───────



 申請書を出して放課後。乗り合い馬車で近くまで行ったあと、その辺をうろうろする。平日だけど王都だからいつも結構人がいて、活気があるし屋台も多い。適当に目についたもの食べたりするのって楽しいんだよな。先輩にお土産買って帰ろうかな。

 お目当てのタレたっぷりの魔獣モツ串を三本食べ、ドーナツ生地を串に刺して揚げたふわふわのやつ、ほんのり甘い生地の中に、肉と野菜のピリ辛な惣菜が入ってるパンとか、出来立てで美味い。まあよく食べた。

 でもちょっとわからないことがある。お代は全部、ルカディが払ってくれるのだ。俺、こいつに何かしてあげたっけ。全然わからん。

 食うだけ食った後、さすがに食べ過ぎたかなーと思った俺は、しつこいだろうが聞いておいた。

「ねールカディ。俺本当にお礼されるようなことしてないと思うんだけど。やっぱ後でお金返すから」
「君に受け取って貰わなきゃ僕が困るんだよ。これはデートのつもりだから」 

 片目を細めてニッと笑いかけられたのを見て、うわーイッケメーン! ご馳走さまでーす! ととりあえずお礼を言っておいた。この後夕食だが、それはそれでしっかり食べる予定だ。

 ご馳走さまでーす! と人の親切を軽く受け流したが、この後何回かこういうことは続いた。 

 実は人混みが苦手だから手を繋いでくれと言われたときは断った。だって片手が不自由になるじゃん。そしたら奴はその後、俺の肩とか腰とかに手を置くようになった。

 俺が屋台のおばちゃんに『彼氏? かっこいいねえ』と言われたとき、間髪入れず奴が『そうです!』と言ったときはさすがに、ウザいやめろって注意したけど。

 夕食はブルーノ先輩と一緒に食べたりするのだが、俺は間食しようが夕食も入るので、他の話に夢中になって、下町に行ったとは言っても食べ物の話ばかりで誰と行ったか言い忘れたり、先輩もユハニかアポロニアと行ったんだろうと思い込んでたのかもしれない。別に追及されなかった。 

 部屋に戻ったら、まあそういうことになったりするし、まさか隣のクラスのあまり関わりのない奴に変な奢られ方をされて、呑気にムシャムシャ食ってたとは気づかなかったんだろう。



 ──────



 ルカディのことは金持ちのわりといい奴だと思い始めていた頃、奴の部屋に呼ばれた。いいもんがあるから、だと。

「いいもんってなになに? はっ、まさかエロ…」
「なんで秒でバレてるんだ。嗅覚凄いね。絶対内緒だからね。…禁書だよ」

 最後の単語を小声で言った奴の様子にテンションが上がり、面白そうすぎる誘いにホイホイ乗った俺は、あっさり奴の部屋に入った。

 ロシアンルーレットと化した俺のお茶淹れ技術を披露して、今日は微妙だったと笑って、早速例の本を見せてくれよと言ったらお楽しみはもうちょっと後で、と焦らされた。デザートは後で食べる派か。


 気づかなかった。自分で淹れたお茶に、なんか別のもんが入れられてたなんて。


「君さ、ブルーノ・シュヴァイガー先輩の婚約者なんでしょ。どう?  婚約者として大事にしてもらってる?」
「えー? 婚約者として?」

 そういえば深く考えたことはなかったけど、俺らは恋愛というより魔力の相性から関係がスタートしている。

 しかし相性の話は国家機密だ。恩顧のあるサンタの学園長に釘を刺されているから言えないのだ。

「ぶっちゃけ身体から入ってるから、男がご令嬢に対して振る舞うようなアレはないかな。そういうこと以外は幼なじみの友達って感じ」
「か、身体…。じゃあさ、もっと身体の相性がいい人が見つかったら乗り換えたい?」

「え? ないない! 命が惜しい! そもそも見つかんないと思うし」
「いやわからないよ。まだ若いんだから、試してみないと」

 試すってそんな、俺最近言っちゃなんだけどモテてるから、それで充分っていうか────。

 言葉が出なかった。少しずつ、少しずつ、頭がぼんやりとしてきた自覚はあった。

 眠いのかなと思ってたんだ。その時は。
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