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48 指名手配中の魔術師3

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「オルフェくん、何度も言うけど僕は大丈夫だから。心配ないよ。僕は君よりお兄さんなんだから」
「いいや、心配だ。大丈夫じゃない。酷い目に遭ってるし、手首が痛そうだ」

「痛いけど、こんなのすぐ治るよ。魔術薬も飲んだし。でも明日、ルート号の操縦はお願いしてもいい?」
「いいよ。いくらでもやるよ。…触ってもいいか」

「いいに決まってるよ。なんで?」
「男が怖くなったかと……」

 彼は案外繊細だ。お馬さんは本来繊細な生き物だからか、彼もそういうところがある。気にしないで、どんと来い、なんて言っても通用しなさそうなので、僕からやってみようと思ったのだ。何をだって? 魔力を流すアレだよ、アレ。

「カイ、本当にっ…………」
「…………どう? 何か感じる?」

 …顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「可愛いね、オルフェくん。でもここはちょっと可愛くない感じだね」
「…やめろ、さわるな、…いやいいんだけど、いまはちょっと、爆発しそう…」

 爆発って、と笑ったところでいつもよりずっと優しく横に寝かされた。そっと確かめるようにキスされる。自分でやったことだが緊張してきた。だって、自分から魔力を人に注ぐなんて初めてなのだ。これから口にする言葉だって。

「……抱いて、オルフェくん」
「…………なるべく…、なるべく優しくする…………」

 なるべくは、なるべくだった。最初は物足りないくらいだったオルフェくんの手は、少しずつだが激しくなってゆき、身体は揺らされ続けて、最後はあまり記憶がない。

 見知らぬ男からだとあんなに気持ち悪かったキスが、されるたびに頭がクラクラするようだし、夜着を脱がす掌が肌に当たるたび、ゾクゾクと期待してしまう。おそらく怪しい傷がないか検分しているのであろう後孔への刺激は随分焦らされてしまい、傷があってもわからなくなるくらいに濡れてしまった。

 凄いね君は、どうやって僕をこんなに気持ちよくさせてるの、ねえ僕が本当は成人してないって言ったらどうする? と、まだ恐る恐る触れてくる彼にいたずら心であれこれ刺激してやったら、やっと調子を取り戻してくれた。ちょっと調子に乗りすぎていたきらいがあるが。

 いいか、今日くらいは。ひと仕事終えて帰ってきたのだ。



 ──────



 後日、日刊紙に事件の詳細が載っていた。『古代魔道具窃盗の男、顔を変えて潜伏』と、でかでかと書かれた一面記事だ。

「最初は若いお兄さんに見えたんだよ。お肌はカサカサだったけど」
写実紙しゃしんでは殆ど黒髪…? 濃い灰色になってんな。でも若いときの髪は白っぽい」

「だよね…ああ、ここに禁術に関しての話が載ってる。やっぱりその影響だって。精神が狂う他にも、髪とか爪とか、外見にも影響が出るって」

 あの男のことは正直、もうどうでも良かった。あの時オルフェくんがやった凄まじい蹴り技を間近で見たお陰で、僕の恐怖も吹っ飛んだからだ。ちなみにオルフェくんは無罪放免となった。普通に調書を取られただけだ。ここの法は僕の故郷とは違うのだろう。過剰防衛というものが存在しないのかもしれない。

 そんなことより、僕はあのオーパーツとも言える魔道具のことが気になっていた。衛兵さんは『魔力を込めて』としか言わなかった。男は確信を持った様子で『混ぜないと意味がない』と言っていた。どうしてその結論に至ったのか。

 鏡文字のようだったという日刊紙の写真があれば見てみたい。それで何かわかっても、公表する気もなければ使うことを志願する気もさらさらない。ルート号のそばから離れて行動することを未だに禁じられている僕は、オルフェくんに資料を探しに行きたいと懇願した。

「……カイが拐かされたと気づいたのは、明らかに人気のない方、人気のない方へと匂いが続いていたからだ。その先に警報魔道具と、護衛魔道具が捨てられていた。それを見つけたとき、俺がどんな気持ちだったかわかるか。もう二度とあの犯人と、あの魔道具に関わってほしくないんだ」
「関わる気は全くないよ。僕ひとりが納得できればそれでいいんだ。ていうか、匂いがわかったの? あの雨で?」

「少し薄れてはいたがよくわかった。その匂いは多分、魔力が籠もっているんじゃないかと思う。魔力そのものの匂いかもしれない」
「なるほど、体臭とはまた違う匂いなわけね。そうかもしれない。みんな、お酒に群がる飲兵衛みたいなもんかな。飛馬ちょうばも酔っ払ってたもんなあ」

 僕は酒樽か、と思いながらも考えた。この心配性の男の子をどうやって説得しよう。彼が心を動かすもの。安心してくれるもの。それは一体なんだろう。



 ──────



 また後日、僕たちはベテルギウス図書館に足を踏み入れた。ここはさほど大きくない街の図書館にしては規模が大きい。

 石造りの図書館の内部は見ているだけで面白い。入るとすぐに大小様々な歯車を組み合わせた大きな時計に出迎えられる。壁という壁が本棚だ。壁の本棚は三階建てで、黒い錬鉄でできた螺旋階段が数ヶ所設置されており、各階の手摺りの奥にびっしりと本が並んでいる。

 ここから探すのは至難の業なので、司書さんに日刊紙の切り抜きを見せて、この古代魔道具についての本を探してほしいとお願いした。…探してもらうまでもなかった。とっくに話題の本コーナーにいくつか置いてあったのだ。こういう事件も庶民にとっては娯楽の一部なのだろう。

 僕は比較的空いていた机に座り、読書灯を引き寄せた。燻し金の細い管を金具で無骨に繋げた先に裸電球をはめ込み、針金で簡易に囲ったデザイン。そのトグルスイッチを入れてから、本を開いた。

 …いくら文字が読めるといっても、専門的な単語の羅列は目が滑る。なんとか苦労して読んでいるうちに、ある一冊の本に引き込まれた。『元研究員が語る、転移魔道具の真実』だ。元研究員。つい読みたくなるキラーワードだ。



「なんかね、よくわからないメーターを解析するのが大変だったって。あと起動に必要な魔力が多すぎて、研究員さんが何人も倒れたって。いっぱい仮説を立てては失敗して、結局推察の域を超えてなかった」
「古代魔力を持った奴がいなかったから?」

「そうそう。かろうじて殆どのメーターは動かせたけど、あるメーターだけはピクリとも動かなかった。それが古代魔力を測るものじゃないか。あれが作られたのは古代魔力と現代魔力が切り替わる過渡期と考えられ、それを動力として使っていたと考えられる。当時の魔力の質を再現できなかったから座標が狂ったんじゃないかって」
「あの日刊紙は? 百年前の」

「…あれは僕の故郷の新聞だよ。どこの地方かわからないけど、それは間違いなかった」
「……そうか」

 オルフェくんはそう言ったっきり、黙ってしまった。僕がここに居ることを一番に願ってくれている彼が不安に思うのは当然だろう。僕はずっとここに居たいんだ、じゃないと仕事を探したりしない、今後のことを考えたりはしないと何度も言った。

 彼はやや曇った笑顔を見せてくれたが、あと一押しが必要だと思った。彼が望んでいるものが必要だ。

 だから僕は、僭越ながら僕の人生を彼にあげることにしたのだ。次の休日に役所に行こう、と。  




 ここに来る前の僕なら卒倒していたことだろう。なんでそうなる、と驚くだろう。やめておけと言うかもしれない。でも過去は過去、今は今だ。僕は今を生きているのだ。今の僕の行動権を所有するのは、今の僕自身だ。

 人が恋をしはじめた時は、生きはじめたばかりのときである。

 有名な人の格言だ。僕はここに飛ばされてから、ようやく生きはじめることができたのだ。

 未来のことを考えたことがない、考えようともしなかった僕がこの先を見る意志と活力を得たのだ。全ては彼と、彼を取り巻く全てのために。



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© 2023 清田いい鳥
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