上 下
38 / 68

38 兵士長さんとバクラ号1

しおりを挟む
 僕に初めての仕事が舞いこんだのは、錐鞘亭に到着してから一週間後の朝だった。

 支給された通信魔道具は、僕の知っているもので言えばファックスだ。タイプライターのような道具を使って書かれたらしき文章が送られてくる。それをバリバリと切って読んでみた。

 ──オリオン地区、領主付きの兵士長より通訳依頼あり。明日出立願いたい。

 この国で飛馬ちょうばに乗るのは主に騎士、兵士、衛兵。騎士と兵士が王城や領主を守り、魔獣討伐に赴く。衛兵は各地の街を守る役割に分かれている。今回はオリオンという地区にある領主さんの邸にいる、飛馬と兵士長さんの通訳をして欲しいという依頼だ。

 勤務中の兵士さんの横を通りすがったことはあれど、間近で見てお話ししたことは一度もない。どんな感じの人なんだろう。どんな感じの飛馬だろう。

 出立準備はオルフェくんが手伝ってくれている。お店の人手が足りているときは、基本的に彼が護衛役としてついてきてくれることになった。ならお給料を出さねばと張り切っていたら、婚約者だから無給でいいと言い張られ、僕が負けた。

 寝る前に話したのが悪かった。あっという間に夜着を捲られ、手を這わされ、こういうことで返してくれと要求されたのだ。反論しようとすると口で口を塞がれた。途中から僕も訳がわからなくなるので、気がついたらわかった、そうするからと返事をしてしまっていた。ちゃんとするつもりだったのに。無念である。



 ──────



 領主邸はとても立派な建物だった。一見装飾の少ないルネサンス建築のように見えて、内部にはやはり蒸気を通す燻し金の管が残っていた。

 オルフェくん曰わく、これらは昔、蒸気の力でエネルギーを賄っていた名残だそうだ。地震がないのであまり建て替えはせず、昔のままの建物が多い。古いほど歴史があっていい建物なのだ、という価値観のお陰というところもあるらしい。

 丁度兵士さんは鍛錬のため外に出ていた。引き合わせて貰った兵士長さんはよく日焼けをした、白い歯が印象的な体格のいいお兄さんだった。彼の相棒はバクラ号。かっこいい名前と珍しい赤銅色の嘴を持ったバクラ号は、挨拶が終わってもずっと微動だにせず、僕のことを見つめていた。

「いやーまいった! このバクラ号はね、本当に優秀でいい飛馬なんだけど、例えば討伐に行くじゃない? あとちょっと頑張ってもいいくらいのところで引き返したり止まったりしちゃうんだよね! どうしてそこでやめちゃうんだって一生懸命指示はするんだけど、ピタッと止まっちゃうときがある! それが性格なのか、何か考えがあるのか知りたくてね!」

 よくもまあ、ここまでスラスラと殆ど息継ぎもせず喋れるものだ。そして声がやたらでかい。現場で張り上げる必要があるからか、音量調節をしない派なのか、でかい。空気がビリビリと震えるようである。

「兵士長さんは、討伐でバクラくんがたまに止まったり引き返したりするのはなんでって言ってるけど、そのときの理由を教えて貰っていい?」

 バクラ号はミュウ、と可愛い声で鳴きながら話してくれた。

『だって、危ないもん。危ないと思ったら引かなきゃいけないじゃんか。死んだら元も子もないよ。この人、いつも熱くなって無理しすぎるんだよ。ひとりで戦ってるわけじゃないんだから』

 ──なるほど、一理ある。

 僕はバクラ号の言葉を兵士長さんに伝えた。彼は『えー!!』と、また思いっきり大きな声を出して反論した。

「何言ってんだよー! その限界を超えたところに勝機が転がってんだよ! あと少し、あと少しだけでいいんだよ! 他に任せてちゃ終わるものも終わらない! もっと熱くなれよ!!」

 ──なんか聞いたことのあるフレーズが出てきた。

『熱くなったら終わりの始まりだっての。戦場では身体は常に熱い方がいいけど、頭は冷やして挑まないと。命がいくつあっても足りないよ。付き合い切れない。この万年火の玉男が』
「はー!? そのギリギリを攻めるのが兵士の役割だっつの! 崖っぷちの戦いでこそ兵士は輝けるんだよ! 本気になれば全てが変わる! それでこそ男じゃねえか!」

『一騎当千しようなんてまだまだ早いんだよ、このヒヨッコが。兵士は数の力も命だろうが。本気だから引くときゃ引いて、突っ込むときは突っ込んでんだろうが。頭使って状況見ろやこのタコ助が』
「なんでだよ!! その行けないかもってラインはてめぇで決めちゃダメなんだよ! そこを超えることで見える景色もあるんだよ! 頭で考えるな! 心を燃やせ!!」

 ──バクラ号から飛び出す侮蔑ワードが増えてきた。さすがにそれは通訳不可能だ。



 双方言いたいことはよくわかる。わかるのだが、精神性を大切にしている兵士長さんと、戦略性を大切にしているバクラ号とで意見が食い違っている。参ったな、僕は戦場経験がないから落とし所がわからない。

「…ここは一旦話を区切りましょう。それぞれ個別に聞かせてください。まずはバクラ号から。なにか新しいことがわかったら兵士長さんにお伝えしますので」

 頭は冷やして挑めと主張していたバクラ号は、只今絶賛チクチクワードを量産中だ。『脳みそ母ちゃんの腹に置いてきたのか』
『安全装置壊れてんのか、治療魔術師に治してもらえや』『そんなんだからついてけないって裏で新人がぼやいてんだよ。何言ってっかわかんねーけどあれ絶対お前の悪口だかんな』とかメチャクチャなことを言っている。よっぽどストレス溜まってたんだな、バクラ号。

 もちろん、兵士長さんには何も聞こえてはいない。『ちぇー、じゃあよろしくお願いしまーす!』と駆け足で去っていった。言えるだけ言ったかな、と思ったところでバクラ号の首を撫でて落ち着いてもらった。

『はあ、ありがとう。落ち着く。あなた、なんかいい匂いがするね。そっちは落ち着くというかドキドキしてきちゃうんだけどさ。一緒に来たあの人って彼氏?』

 つい、とバクラ号が嘴を向けた先にオルフェくんがいた。座ってひらひらと手を振っている。またこのパターンか、とあとで言われるだろうなあ。

 もう彼は僕が飛馬にナンパされて断る流れに慣れてしまった。ルート号が守ってくれるしね。成獣の飛馬と獣人のオルフェくんだと、さすがに彼の方は分が悪い。負けん気の強さは全くもって遜色ないが。



 悪口が収まりナンパが終わった頃、しばらく黙ったバクラ号が口を開いた。

『ワタシはね、突っ込み過ぎて死んだ兵士と魔術師を乗せていたことがある。ワタシは掠り傷だったけど、乗っていた方に大きな魔獣の鉤爪が当たって即死した。新人の頃から気に入っていた兵士だった。魔術師の方も気は弱かったがいい子だった。…ずっと後悔していた、何故言われるがまま飛んでしまったのかと。ちょっとまずいかも、とはその時思ったんだ。直感を信じるべきだった』

 バクラ号は過去のことをゆっくりと語ってくれた。

 討伐は的の小さい接近戦なら兵士が前に出て、魔術師が後方支援につく。しかし的が大きいと二人が離れすぎてしまうため、基本的に一緒に飛馬に乗って戦いに行く。弓矢などを弱点に当てないとならないときは飛びながら接近する。

 お気に入りだったという兵士と魔術師が戦闘中に死亡した。それ以来、慎重に慎重を期すようになった。もっと前に出ろとの指示は伝わる。でも人間とは話せないから、意図を伝えたくても、注意をしたくてもできない。彼はジレンマを抱えていた。

「君は勇敢だね。そこで討伐に行くのを拒否しないで、次への教訓にしたわけだ」
『ふふ、ありがとう。撫でて?』

 僕はバクラ号の首を撫でてあげた。うっとりと目を閉じて喜んでくれた。



『ところでさ、二人目の彼氏とか作る気ない? ワタシ下手じゃないよ?』
「……彼は婚約者なので」

 ──まあ、元気が出たようでなによりだよ。



────────────────────
© 2023 清田いい鳥
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

好きだと伝えたい!!

えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。

異世界に落っこちたら溺愛された

PP2K
BL
僕は 鳳 旭(おおとり あさひ)18歳。 高校最後の卒業式の帰り道で居眠り運転のトラックに突っ込まれ死んだ…はずだった。 目が覚めるとそこは見ず知らずの森。 訳が分からなすぎて1周まわってなんか冷静になっている自分がいる。 このままここに居てもなにも始まらないと思い僕は歩き出そうと思っていたら…。 「ガルルルゥ…」 「あ、これ死んだ…」 目の前にはヨダレをだらだら垂らした腕が4本あるバカでかいツノの生えた熊がいた。 死を覚悟して目をギュッと閉じたら…!? 騎士団長×異世界人の溺愛BLストーリー 文武両道、家柄よし・顔よし・性格よしの パーフェクト団長 ちょっと抜けてるお人好し流され系異世界人 ⚠️男性妊娠できる世界線️ 初投稿で拙い文章ですがお付き合い下さい ゆっくり投稿していきます。誤字脱字ご了承くださいm(*_ _)m

誰も愛さないと決めた三十路の孤独な僕を、監禁希望の白いヤンデレワンコが溺愛する話

モスマンの娘
BL
冒険者ギルドで採取系クエストの鑑定師を行っている 黒髪黒い瞳のアキラは、誰も愛さないで一人で生きていくと決めていた なのにそこに現れたのは ヤンデレワンコでアキラを拉致監禁してひたすらに求めてくる 軽く無理矢理表現あり 洗浄表現あり 夢から覚めるなら殺して〜虐待を受けてきた白狼、天才科学者はなんとか助け出すが、歪んだ性知識と無知な性知識、いつになったら幸せになれるの? の登場人物のパロディです。 あいかわらずの、ジョン✕アキラです。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

処理中です...