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32 飛馬のおやつ
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まず情報を整理しよう。ライちゃんさんは三つ編みにしたゆるいウェーブの髪とたれ目が優しげな男の人。オネエ様だ。調教師さんの一人。乗っている飛馬はジョーカーくん。飛馬ってみんなこんな喋り方なんだろうか。…なんかチャラい。たまたまだろうか。
「初めまして、カイです。ひと月の間、宜しくお願いします。…あのね、僕は婚約者がいるから。…うん、あとで乗らせてもらうよ。ジョーカーくん、宜しくね。…そうなんだ、わかった言っとく」
「…なんでこの子の名前わかったの? 比喩じゃなくて本当だったの、言葉が通じるって」
「らしいな。見てみろ、さっきからジョーカーがカイちゃんの方しか見てねえ」
「あの、王城のご飯ってのがよくわからないんですけど、それはいいけど飼料のときは塩分が足りないときがあるそうです。食べられはするけど物足りないと。沢山飛んだときは特に」
「やだあたし、こんな凄いお方に可愛いとか言っちゃった。ごめんねカイ様」
「おじさんも可愛いとか言っちゃった。すまんなカイ様」
茶化しているんだか真面目なんだかわからないノリで様付けするのをなんとかやめてもらい、早速仕事を教えてもらおうとしたらワラワラと飛馬が集まってきた。今は放牧中だったらしい。そしてみんな一斉に喋り出した。多分端からはミュウミュウ言ってるようにしか聞こえないだろう。いや僕、言葉はわかるけど! わかるけど聖徳太子じゃないから!
『初めましてー、かわいーわねあんた。あたしと付き合わない?』
『この子いい匂いするー、いつまでも嗅げる。この馥郁たる香り』
『次オレに嗅がせて、うーん豊満で朗らか、絹のようにしなやか。しかもフレッシュで輝かしい』
次々に味わい深くバランスがいいとか、果実味があるとか、スウェート牛の甘みがとか、好き好きにコメントするから処理が追いつかない。僕のメモリはそこまで容量がないし、僕の記憶装置はそこまで性能がよくない。
「うわ! なんだよ!」
「ああそれ、魔力を味見させてって言ってんのよ。魔力は魔獣のおやつになるから。掌を上にして、あげてご覧なさいな」
飛馬たちは離れて見ていたオルフェくんにも絡み始めた。手を食まれる感触が辛いのか、目を強く閉じて耐えている。うわあ。大丈夫かな。
『ねえこの人、この子についてる匂いと一緒。彼氏?』
『えー彼氏いるのー?オレっちガッカリ。こーゆー耳はないけど羽角ならオレにもあるぜー?』
『ねえ、アタシに乗り換えなよ。アタシの方が綺麗でしょ? ほら見てこの羽根。日が当たると輝きが変わるのよ』
『えーオレの方が綺麗だし。オレに乗り換えなよ。それに羽毛の柔らかさでは他の追随を許さないし』
ここでハッと気がついた。こんなところで翻弄される程度では、使えないと判断されてしまうのではないか。先程の労働契約書の内容を思い出す。ただでさえ高い基本給。
あのお給料なら、清廉樹祭で見た大兵縄が買える。洗濯物を干すのが捗る。雨風に晒されて、ちょっと崩れてきていた庭の柵を新調できる。マテウスさんが、足が取れたけどまだ使えるからと言っていたザルを買い換えられる。
「みんなお静かに! 魔力が欲しいなら僕のをあげるから。ここに一列に並んで!」
飛馬の動きと鳴き声とお喋りが全てピタリと止まった。まさか一度で成功するとは思ってもみなかったので、自分で言っておいてなんだけど驚いてしまった。
サササーッと飛馬が並び始める。みんなちょっと子供っぽい感じはあれど、喧嘩はせずに並んでいる。よしよし。
「みんないい子だね。嬉しいよ。…オルフェくん、魔力ってどうやってあげるの?」
「こんな涎でベトベトになるけど大丈夫か? なんていうか…そうだな、下腹のこの辺に意識を集中させて、温かい感じがしてきたらそれを胸、肩、腕、指先にまで伸ばす感じ」
「ありがとう、やってみる」
僕は目を閉じて意識を集中させた。あ、早速何か温かい、というか熱い感じがする。これを肩、腕、…あれ?
「うわ、うわ、オルフェくん!! これ何!? なんかおかしい!!」
「カイ、魔術師になれるんじゃないか!? 量がすげえな!」
「さすがカイ様。魔力量もただ者ではないわ」
「すげーなカイ様。全員に配ってもまだ余るな」
キラキラ、というよりギラギラした魔力残滓らしきものがぶわりと掌から零れ始め、先頭の飛馬がおっとっと、とお酒を啜るような感じで食みはじめた。目をカッと見開いて、『美味い!!』と叫んでいる。
しかし魔力は魔獣のおやつだと先程ライちゃんさんが言っていた。これは与えすぎるとご飯が食べられなくなるのではと不安になってきて、おしまい! 次の子どうぞ! となるべく公平に順番を回すことを意識した。
みるみるうちに掌が涎まみれになっていくが、それに構っている場合ではない。さっさと餌付けを終わらせて、仕事を覚えなくてはならない。腕が疲れて震えてきたところで、最後の子のおやつタイムが終了した。しかし。
「あああ、まだ止まらないよう、オルフェくん、どうするのこれえぇ」
「今度は逆。掌、肩、胸、下腹で留める。そうそう、これで収まる。慣れたらもっと早くできる」
「よかっ……ライちゃんさん、コーバスさん、あの飛馬たち大丈夫ですか…?」
「大丈夫よぉ。よっぽど美味しかったんじゃない? ちょーっと足元覚束ないけど」
「半分鳥だから、千鳥足って言って差し支えねえな」
古代魔力だからだろうか。そういえば僕、オルフェくんの魔力が入ってきたとき酔っ払いみたいになったよな。それと何か関係してるんだろうか。チラッとオルフェくんの方を見ると、食まれた掌を振ってとても嫌そうな顔をしていた。
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© 2023 清田いい鳥
「初めまして、カイです。ひと月の間、宜しくお願いします。…あのね、僕は婚約者がいるから。…うん、あとで乗らせてもらうよ。ジョーカーくん、宜しくね。…そうなんだ、わかった言っとく」
「…なんでこの子の名前わかったの? 比喩じゃなくて本当だったの、言葉が通じるって」
「らしいな。見てみろ、さっきからジョーカーがカイちゃんの方しか見てねえ」
「あの、王城のご飯ってのがよくわからないんですけど、それはいいけど飼料のときは塩分が足りないときがあるそうです。食べられはするけど物足りないと。沢山飛んだときは特に」
「やだあたし、こんな凄いお方に可愛いとか言っちゃった。ごめんねカイ様」
「おじさんも可愛いとか言っちゃった。すまんなカイ様」
茶化しているんだか真面目なんだかわからないノリで様付けするのをなんとかやめてもらい、早速仕事を教えてもらおうとしたらワラワラと飛馬が集まってきた。今は放牧中だったらしい。そしてみんな一斉に喋り出した。多分端からはミュウミュウ言ってるようにしか聞こえないだろう。いや僕、言葉はわかるけど! わかるけど聖徳太子じゃないから!
『初めましてー、かわいーわねあんた。あたしと付き合わない?』
『この子いい匂いするー、いつまでも嗅げる。この馥郁たる香り』
『次オレに嗅がせて、うーん豊満で朗らか、絹のようにしなやか。しかもフレッシュで輝かしい』
次々に味わい深くバランスがいいとか、果実味があるとか、スウェート牛の甘みがとか、好き好きにコメントするから処理が追いつかない。僕のメモリはそこまで容量がないし、僕の記憶装置はそこまで性能がよくない。
「うわ! なんだよ!」
「ああそれ、魔力を味見させてって言ってんのよ。魔力は魔獣のおやつになるから。掌を上にして、あげてご覧なさいな」
飛馬たちは離れて見ていたオルフェくんにも絡み始めた。手を食まれる感触が辛いのか、目を強く閉じて耐えている。うわあ。大丈夫かな。
『ねえこの人、この子についてる匂いと一緒。彼氏?』
『えー彼氏いるのー?オレっちガッカリ。こーゆー耳はないけど羽角ならオレにもあるぜー?』
『ねえ、アタシに乗り換えなよ。アタシの方が綺麗でしょ? ほら見てこの羽根。日が当たると輝きが変わるのよ』
『えーオレの方が綺麗だし。オレに乗り換えなよ。それに羽毛の柔らかさでは他の追随を許さないし』
ここでハッと気がついた。こんなところで翻弄される程度では、使えないと判断されてしまうのではないか。先程の労働契約書の内容を思い出す。ただでさえ高い基本給。
あのお給料なら、清廉樹祭で見た大兵縄が買える。洗濯物を干すのが捗る。雨風に晒されて、ちょっと崩れてきていた庭の柵を新調できる。マテウスさんが、足が取れたけどまだ使えるからと言っていたザルを買い換えられる。
「みんなお静かに! 魔力が欲しいなら僕のをあげるから。ここに一列に並んで!」
飛馬の動きと鳴き声とお喋りが全てピタリと止まった。まさか一度で成功するとは思ってもみなかったので、自分で言っておいてなんだけど驚いてしまった。
サササーッと飛馬が並び始める。みんなちょっと子供っぽい感じはあれど、喧嘩はせずに並んでいる。よしよし。
「みんないい子だね。嬉しいよ。…オルフェくん、魔力ってどうやってあげるの?」
「こんな涎でベトベトになるけど大丈夫か? なんていうか…そうだな、下腹のこの辺に意識を集中させて、温かい感じがしてきたらそれを胸、肩、腕、指先にまで伸ばす感じ」
「ありがとう、やってみる」
僕は目を閉じて意識を集中させた。あ、早速何か温かい、というか熱い感じがする。これを肩、腕、…あれ?
「うわ、うわ、オルフェくん!! これ何!? なんかおかしい!!」
「カイ、魔術師になれるんじゃないか!? 量がすげえな!」
「さすがカイ様。魔力量もただ者ではないわ」
「すげーなカイ様。全員に配ってもまだ余るな」
キラキラ、というよりギラギラした魔力残滓らしきものがぶわりと掌から零れ始め、先頭の飛馬がおっとっと、とお酒を啜るような感じで食みはじめた。目をカッと見開いて、『美味い!!』と叫んでいる。
しかし魔力は魔獣のおやつだと先程ライちゃんさんが言っていた。これは与えすぎるとご飯が食べられなくなるのではと不安になってきて、おしまい! 次の子どうぞ! となるべく公平に順番を回すことを意識した。
みるみるうちに掌が涎まみれになっていくが、それに構っている場合ではない。さっさと餌付けを終わらせて、仕事を覚えなくてはならない。腕が疲れて震えてきたところで、最後の子のおやつタイムが終了した。しかし。
「あああ、まだ止まらないよう、オルフェくん、どうするのこれえぇ」
「今度は逆。掌、肩、胸、下腹で留める。そうそう、これで収まる。慣れたらもっと早くできる」
「よかっ……ライちゃんさん、コーバスさん、あの飛馬たち大丈夫ですか…?」
「大丈夫よぉ。よっぽど美味しかったんじゃない? ちょーっと足元覚束ないけど」
「半分鳥だから、千鳥足って言って差し支えねえな」
古代魔力だからだろうか。そういえば僕、オルフェくんの魔力が入ってきたとき酔っ払いみたいになったよな。それと何か関係してるんだろうか。チラッとオルフェくんの方を見ると、食まれた掌を振ってとても嫌そうな顔をしていた。
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