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31 コーバスさんとライちゃんさん
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「あー…ごめんねえ、服が濡れちゃった」
「そんなもんこうすればいいから。落ち着いたか? お茶飲みな」
オルフェくんは僕にやってくれるときのように魔術で服を乾かしはじめた。チラリ、チラリと光っては消えるこの粒子は魔力残滓というらしい。
「そういう技って学校で習うの?」
「そうだよ。俺のは凄く弱いものだから呪文の詠唱とかいらないくらいのもんだけど。そこそこあれば誰でも使える」
意識をしないと使えない魔術というものは、もっと強く効かせたり範囲を広げたりしたいときに呪文が必要になるらしい。そしてその呪文に見合った量の魔力が必要になるとか。
「僕の魔法使いのイメージって、箒に跨がって、そのキラキラをいっぱい飛ばしながら空を飛ぶイメージだよ」
「箒か。学園でも使うらしいぞ。それ以外にデッキブラシとか、ただの木材とか、身体の支えになるもんならなんでも使って慣らすとか。昔、魔術師のお客さんにそう教わった。その人は学園生時代、ベンチごと飛ぼうとしてバランス崩して墜落したらしいぞ」
──なんでベンチを飛ばそうとした。好奇心で身を滅ぼすタイプか。
泣いてスッキリし、面白い話を聞いてすっかり落ち着いたところでノックの音がした。調教師さんの到着を告げるものだった。
「おー、可愛いお嬢さんだな! おじさんはコーバスってんだ。お兄ちゃんと一緒に来たのか?」
顔に大きな傷のある、すっごく強面の人が来たぞ、と緊張が走ったが、笑うと目尻が下がって可愛い印象になる。喋ると完全に下町のおじさんだった。グレイヘアを短く綺麗に刈っているのが似合っている。
「初めまして。ベテルギウスから来ました、カイです。…男です。彼は婚約者です」
頭を下げて礼を取ったオルフェくんが、静かに笑ったことが気配でわかった。お兄ちゃん扱いと婚約者扱いのどっちが原因だろうか。…絶対どっちもだな。
「ちょ…おま……、ちょっと、カイちゃんこっち来い、こっち」
「はい…なんですか?」
「なあお前、絶対成人してねーだろ。あいつと年が離れすぎてねえか? 王族じゃねえんだから今決めなくてもいいんだぞ。親同士が勝手に決めたのか?」
「え、違います、そりゃ最初は彼のお母さんが一番乗り気でしたが、結局自分から告白しました」
「させられた、の間違いじゃねーのか。騙されてねえか? まだなんもされてないだろうな。変なことされてるならおじさんに言いな」
「されてま……じゃなくて、僕もう二十五歳です。次の冬で二十六歳です、本当です!」
「嘘だあ。そう言えって言われてんだろ。ここで言いにくいなら後で聞くから。な?」
「違いますってば…僕が幼く見えるだけです…」
コーバスさんがひそひそ声で話すから、つられて声を落としてしまう。コーバスさんは気づいてないだろうが、バッチリ聞こえているだろう。彼は獣人だしお馬さんだし。
『とりあえず話合わせておくから大丈夫だぞ!』の一言で内緒話は終了した。オルフェくん大丈夫かな、と顔を見たら手で口を押さえて、笑ってるんだか何なんだかわからない表情をしていた。…あとで話そう。
──────
『厩まで遠いから魔術師さん呼んであるわ』とコーバスさんは軽い口調で言った。まさか箒に、と驚いているとすぐにそれっぽいローブを着た魔術師さんが『お待たせしましたー』と現れた。イメージ通りだ。また頭の中で超有名児童文学の、あの作品のテーマ曲が流れ出した。
魔術師さんは少々物理法則を歪めてあるらしき鞄から絨毯のような布地を取り出し、金具で連結し始めた。四人だから四枚らしい。『ここに座ってくださいね。もっと楽にしていいですよ』と言われたので少し身体の力を抜いたら、風の壁に包まれたような感覚を覚え、気がついたらすいすい前に進んでいた。
魔術師さんはカーブを曲がるたびに何かを呟き、ハンドルのようにくいくいと杖を動かしている。魔力残滓という名のキラキラが風に乗り、宙を舞って溶けていく。確かにオルフェくんがやっていたときより、キラキラの量が格段に違う。当たり前のように運転する魔術師さんと、当たり前のように寛いで座っているコーバスさんの背中を見ながら、僕たちはすげえ、すごいね、としか言えなくなってしまった。だって凄いんだもん。
どうやらこの辺が飛馬の厩がある場所らしい。建物だらけの王都では、贅沢な広さである。絨毯はふわりと着地し、重力の存在を思い出して感慨に耽っていると、向こうから飛馬に乗った男の人がカポカポと歩いてきた。
「初めましてー! やだー可愛い! あたしはライオネル! ライちゃんって呼んで! あなた十三歳くらいじゃない? その若さで調教師目指してるの? アグレッシブねえー!」
『ねえねえ、君どこの子? ちょー言ってることわかるんだけど。マジビビる。ね、恋人いる? いてもいいけどさー、ちょっとオレと遠乗りしてみない? オレ飛ぶのちょー速いから。惚れるべ?』
──多い多い。情報量が。あと一気に喋らないで。
────────────────────
© 2023 清田いい鳥
「そんなもんこうすればいいから。落ち着いたか? お茶飲みな」
オルフェくんは僕にやってくれるときのように魔術で服を乾かしはじめた。チラリ、チラリと光っては消えるこの粒子は魔力残滓というらしい。
「そういう技って学校で習うの?」
「そうだよ。俺のは凄く弱いものだから呪文の詠唱とかいらないくらいのもんだけど。そこそこあれば誰でも使える」
意識をしないと使えない魔術というものは、もっと強く効かせたり範囲を広げたりしたいときに呪文が必要になるらしい。そしてその呪文に見合った量の魔力が必要になるとか。
「僕の魔法使いのイメージって、箒に跨がって、そのキラキラをいっぱい飛ばしながら空を飛ぶイメージだよ」
「箒か。学園でも使うらしいぞ。それ以外にデッキブラシとか、ただの木材とか、身体の支えになるもんならなんでも使って慣らすとか。昔、魔術師のお客さんにそう教わった。その人は学園生時代、ベンチごと飛ぼうとしてバランス崩して墜落したらしいぞ」
──なんでベンチを飛ばそうとした。好奇心で身を滅ぼすタイプか。
泣いてスッキリし、面白い話を聞いてすっかり落ち着いたところでノックの音がした。調教師さんの到着を告げるものだった。
「おー、可愛いお嬢さんだな! おじさんはコーバスってんだ。お兄ちゃんと一緒に来たのか?」
顔に大きな傷のある、すっごく強面の人が来たぞ、と緊張が走ったが、笑うと目尻が下がって可愛い印象になる。喋ると完全に下町のおじさんだった。グレイヘアを短く綺麗に刈っているのが似合っている。
「初めまして。ベテルギウスから来ました、カイです。…男です。彼は婚約者です」
頭を下げて礼を取ったオルフェくんが、静かに笑ったことが気配でわかった。お兄ちゃん扱いと婚約者扱いのどっちが原因だろうか。…絶対どっちもだな。
「ちょ…おま……、ちょっと、カイちゃんこっち来い、こっち」
「はい…なんですか?」
「なあお前、絶対成人してねーだろ。あいつと年が離れすぎてねえか? 王族じゃねえんだから今決めなくてもいいんだぞ。親同士が勝手に決めたのか?」
「え、違います、そりゃ最初は彼のお母さんが一番乗り気でしたが、結局自分から告白しました」
「させられた、の間違いじゃねーのか。騙されてねえか? まだなんもされてないだろうな。変なことされてるならおじさんに言いな」
「されてま……じゃなくて、僕もう二十五歳です。次の冬で二十六歳です、本当です!」
「嘘だあ。そう言えって言われてんだろ。ここで言いにくいなら後で聞くから。な?」
「違いますってば…僕が幼く見えるだけです…」
コーバスさんがひそひそ声で話すから、つられて声を落としてしまう。コーバスさんは気づいてないだろうが、バッチリ聞こえているだろう。彼は獣人だしお馬さんだし。
『とりあえず話合わせておくから大丈夫だぞ!』の一言で内緒話は終了した。オルフェくん大丈夫かな、と顔を見たら手で口を押さえて、笑ってるんだか何なんだかわからない表情をしていた。…あとで話そう。
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『厩まで遠いから魔術師さん呼んであるわ』とコーバスさんは軽い口調で言った。まさか箒に、と驚いているとすぐにそれっぽいローブを着た魔術師さんが『お待たせしましたー』と現れた。イメージ通りだ。また頭の中で超有名児童文学の、あの作品のテーマ曲が流れ出した。
魔術師さんは少々物理法則を歪めてあるらしき鞄から絨毯のような布地を取り出し、金具で連結し始めた。四人だから四枚らしい。『ここに座ってくださいね。もっと楽にしていいですよ』と言われたので少し身体の力を抜いたら、風の壁に包まれたような感覚を覚え、気がついたらすいすい前に進んでいた。
魔術師さんはカーブを曲がるたびに何かを呟き、ハンドルのようにくいくいと杖を動かしている。魔力残滓という名のキラキラが風に乗り、宙を舞って溶けていく。確かにオルフェくんがやっていたときより、キラキラの量が格段に違う。当たり前のように運転する魔術師さんと、当たり前のように寛いで座っているコーバスさんの背中を見ながら、僕たちはすげえ、すごいね、としか言えなくなってしまった。だって凄いんだもん。
どうやらこの辺が飛馬の厩がある場所らしい。建物だらけの王都では、贅沢な広さである。絨毯はふわりと着地し、重力の存在を思い出して感慨に耽っていると、向こうから飛馬に乗った男の人がカポカポと歩いてきた。
「初めましてー! やだー可愛い! あたしはライオネル! ライちゃんって呼んで! あなた十三歳くらいじゃない? その若さで調教師目指してるの? アグレッシブねえー!」
『ねえねえ、君どこの子? ちょー言ってることわかるんだけど。マジビビる。ね、恋人いる? いてもいいけどさー、ちょっとオレと遠乗りしてみない? オレ飛ぶのちょー速いから。惚れるべ?』
──多い多い。情報量が。あと一気に喋らないで。
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