上 下
31 / 68

31 コーバスさんとライちゃんさん

しおりを挟む
「あー…ごめんねえ、服が濡れちゃった」
「そんなもんこうすればいいから。落ち着いたか? お茶飲みな」

 オルフェくんは僕にやってくれるときのように魔術で服を乾かしはじめた。チラリ、チラリと光っては消えるこの粒子は魔力残滓というらしい。

「そういう技って学校で習うの?」
「そうだよ。俺のは凄く弱いものだから呪文の詠唱とかいらないくらいのもんだけど。そこそこあれば誰でも使える」

 意識をしないと使えない魔術というものは、もっと強く効かせたり範囲を広げたりしたいときに呪文が必要になるらしい。そしてその呪文に見合った量の魔力が必要になるとか。

「僕の魔法使いのイメージって、箒に跨がって、そのキラキラをいっぱい飛ばしながら空を飛ぶイメージだよ」
「箒か。学園でも使うらしいぞ。それ以外にデッキブラシとか、ただの木材とか、身体の支えになるもんならなんでも使って慣らすとか。昔、魔術師のお客さんにそう教わった。その人は学園生時代、ベンチごと飛ぼうとしてバランス崩して墜落したらしいぞ」

 ──なんでベンチを飛ばそうとした。好奇心で身を滅ぼすタイプか。

 泣いてスッキリし、面白い話を聞いてすっかり落ち着いたところでノックの音がした。調教師さんの到着を告げるものだった。



「おー、可愛いお嬢さんだな! おじさんはコーバスってんだ。お兄ちゃんと一緒に来たのか?」

 顔に大きな傷のある、すっごく強面の人が来たぞ、と緊張が走ったが、笑うと目尻が下がって可愛い印象になる。喋ると完全に下町のおじさんだった。グレイヘアを短く綺麗に刈っているのが似合っている。

「初めまして。ベテルギウスから来ました、カイです。…男です。彼は婚約者です」

 頭を下げて礼を取ったオルフェくんが、静かに笑ったことが気配でわかった。お兄ちゃん扱いと婚約者扱いのどっちが原因だろうか。…絶対どっちもだな。

「ちょ…おま……、ちょっと、カイちゃんこっち来い、こっち」
「はい…なんですか?」

「なあお前、絶対成人してねーだろ。あいつと年が離れすぎてねえか? 王族じゃねえんだから今決めなくてもいいんだぞ。親同士が勝手に決めたのか?」 
「え、違います、そりゃ最初は彼のお母さんが一番乗り気でしたが、結局自分から告白しました」

「させられた、の間違いじゃねーのか。騙されてねえか? まだなんもされてないだろうな。変なことされてるならおじさんに言いな」
「されてま……じゃなくて、僕もう二十五歳です。次の冬で二十六歳です、本当です!」

「嘘だあ。そう言えって言われてんだろ。ここで言いにくいなら後で聞くから。な?」
「違いますってば…僕が幼く見えるだけです…」

 コーバスさんがひそひそ声で話すから、つられて声を落としてしまう。コーバスさんは気づいてないだろうが、バッチリ聞こえているだろう。彼は獣人だしお馬さんだし。

『とりあえず話合わせておくから大丈夫だぞ!』の一言で内緒話は終了した。オルフェくん大丈夫かな、と顔を見たら手で口を押さえて、笑ってるんだか何なんだかわからない表情をしていた。…あとで話そう。



 ──────



『厩まで遠いから魔術師さん呼んであるわ』とコーバスさんは軽い口調で言った。まさか箒に、と驚いているとすぐにそれっぽいローブを着た魔術師さんが『お待たせしましたー』と現れた。イメージ通りだ。また頭の中で超有名児童文学の、あの作品のテーマ曲が流れ出した。

 魔術師さんは少々物理法則を歪めてあるらしき鞄から絨毯のような布地を取り出し、金具で連結し始めた。四人だから四枚らしい。『ここに座ってくださいね。もっと楽にしていいですよ』と言われたので少し身体の力を抜いたら、風の壁に包まれたような感覚を覚え、気がついたらすいすい前に進んでいた。

 魔術師さんはカーブを曲がるたびに何かを呟き、ハンドルのようにくいくいと杖を動かしている。魔力残滓という名のキラキラが風に乗り、宙を舞って溶けていく。確かにオルフェくんがやっていたときより、キラキラの量が格段に違う。当たり前のように運転する魔術師さんと、当たり前のように寛いで座っているコーバスさんの背中を見ながら、僕たちはすげえ、すごいね、としか言えなくなってしまった。だって凄いんだもん。



 どうやらこの辺が飛馬ちょうばの厩がある場所らしい。建物だらけの王都では、贅沢な広さである。絨毯はふわりと着地し、重力の存在を思い出して感慨に耽っていると、向こうから飛馬に乗った男の人がカポカポと歩いてきた。

「初めましてー! やだー可愛い! あたしはライオネル! ライちゃんって呼んで! あなた十三歳くらいじゃない? その若さで調教師目指してるの? アグレッシブねえー!」
『ねえねえ、君どこの子? ちょー言ってることわかるんだけど。マジビビる。ね、恋人いる? いてもいいけどさー、ちょっとオレと遠乗りしてみない? オレ飛ぶのちょー速いから。惚れるべ?』

 ──多い多い。情報量が。あと一気に喋らないで。



────────────────────
© 2023 清田いい鳥
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

【完結】偽聖女め!死刑だ!と言われたので逃亡したら、国が滅んだ

富士とまと
恋愛
小さな浄化魔法で、快適な生活が送れていたのに何もしていないと思われていた。 皇太子から婚約破棄どころか死刑にしてやると言われて、逃亡生活を始めることに。 少しずつ、聖女を追放したことで訪れる不具合。 ま、そんなこと知らないけど。 モブ顔聖女(前世持ち)とイケメン木こり(正体不明)との二人旅が始まる。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

愛はひとつが良いと思うの

聖 りんご
恋愛
結婚三年目の記念日。 ラブラブ新婚生活からそろそろ可愛い子共をつくって幸せファミリーにシフトチェンジしようと薔薇色の未来をみていたララは現実を見てしまった。 夫であるリックの楽しそうなデート現場。 「はああああ?!」 ※平日更新

処理中です...