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王侯貴族、結婚相手の条件
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社交界どころか国中で周知されている事実として、プリシア・セノン・リューゲルト公爵令嬢はリューゲルト公爵家の長女であり、クナイリード王国の王太子の婚約者、そしてリューゲルト公爵家の至宝マリーアン・セノン・リューゲルトの意地悪な姉であるという事。
本人からしてみると概ね本当の事であり妹に対して思う所があるのは本当の事だがけして虐めなどしたことは無く、妖精姫と讃えられる可愛らしい容姿と生来の病弱さを武器に周囲を手玉に取り続ける妹を持つ苦労人である事を周知したいと常々思っている、、、まぁ、思っているだけで、どうにもならないのが現実なのだが。
そんなプリシアが王太子の婚約者となったのは7歳の頃だった。
当時の王太子(現在の国王)の第1王子が10歳となり、「小さなお茶会」と言われる高位貴族の5歳から10歳までの子供達が王城に集められる表向き同年代の友好を深める為となっているが、裏を返せば「お見合い」が開催されたのがきっかけだった。
また、このお茶会は将来の王太子の婚約者を決めるだけではなく、王子の側近候補の選定や、参加者同士の婚約前の顔合わせも兼ねている。派閥や利害関係での婚姻が普通であるとはいえ、相性が悪ければ破談になる事もあり、そうなれば家同士の確執にも繋がる為、子供達の相性を見る為のお茶会なのだ。
また、この小さなお茶会が子供達の社交デビューとなる事も多く、子供の資質を周知させる機会にもなっていた。
この小さなお茶会でプリシアは後の王太子であるミハイル王子と出会い、マリーアンは妖精姫と呼ばれる様になったのだった。
マリーアンは月足らずで生まれ、幼い頃は何度も生死の境をさまよった事がある。長じるにつれて健康になったが幼い時の印象とはなかなかに厄介で、両親も使用人も幼い時に関わりのあった貴族の殆どが未だに彼女を『明日をも知れない儚い令嬢』だと認識していて、プリシアの「お医者様からはもう健康だと診断されているのだから、貴族として生きて行く為の勉強をさせるべき」という主張は、勉強を嫌がったマリーアンの仮病と嘘泣きに騙された人々から「病弱な妹に無理を強いる意地悪な姉」という評価を与えるに終わった。
実際、マリーアンは近年風邪ひとつ引いた事などないが、嫌な事から逃れる手段として仮病を用いている為、周囲の「妖精姫は病弱」という認識は改められる事はない。
プリシアからしてみると『夜会やお茶会の時は1度も体調不良になった事はないのに、苦手な勉強の時はほぼ毎回体調不良になるとかおかしいでしょ?!』となるのだが周囲の人々は「病弱で繊細なマリーアンに無理をさせられない」となるのだから不思議で仕方なかった。
マリーアンが10歳になる頃にはプリシアの周囲は一部を除き敵ばかりとなり、家でもマリーアンを溺愛する両親と使用人から敵視される生活となっており、さらにマリーアンが13歳となりデビュタントを迎え夜会に出るようになると、プリシアの悪評がそこかしこで囁かれる様になっていった。
「マリーアン様はいつも姉君に虐げられているらしい」「プリシア様はマリーアン様を疎ましく思っていつも暴言を吐き、時には暴力を振るう事もあるらしい」などなど、プリシアには身に覚えの無い事がさも真実であるかのようにあっという間に広まったのだ。
評判の悪いプリシアに対して「王太子の婚約者を妹に譲るべきでは?」と言ってくる派閥の人間までおり、プリシアはストレスに苛まれる日々を過ごしていた。
そして、マリーアンが16歳の成人を迎え、プリシアと王太子の結婚式が2ヶ月後に迫った頃、王城で行われた定例の夜会で事件は起こった。
定例の夜会とはいえ王城で行われる王族も参加する夜会で、ダンスの時間ももちろんある。
身分の一番高いカップルがファーストダンスを踊り、その後はその次に身分の高いカップルが加わり、3曲目からは自由参加となる。
本来なら王も参加する夜会の為、王と王妃がファーストダンスを踊るところだが、今回は外交に出て不在の為、王太子とプリシアがファーストダンスを勤める事になっていた。
王太子による開会の挨拶も終わり、ダンスが始まるまでの僅かな時間にフロアに出て挨拶を受けている時だった。
「お姉様」
呼ばれて振り向くと両親を連れたマリーアンが居た。
「どうしたの?マリーアン」
「お姉様にお願いがあるの」
「お願い?それは今じゃなきゃダメなの?もうすぐダンスが始まるわ、今日はファーストダンスを踊らないといけないからそろそろ殿下と合流しなきゃなのだけど」
プリシアは視線を少し離れた所で挨拶を受けている婚約者に移し、話は後で聞くと態度でも現した。
「今じゃなきゃダメなの!王太子様とのファーストダンスは私が踊りたいんだもの!」
「は?」
本気で何を言ってるのかわからなかった。
呆然とするプリシアに両親までもが
「マリーアンのお願いなのよ、代わってあげなさい」
「意地悪をせずに妹に譲りなさい」
などと言うではないか。
プリシアは正式に認められた王太子の婚約者ではあるが、国王不在の夜会で妹に主催である王太子のパートナーを譲ったとなればその婚約者の座までも妹に譲ったと見なされかねない状況にある。それもこれも全てこの妹のせいで。
それがわからない両親では無いはずなのに『譲れ』と言うからには両親もまた王太子の婚約者にはマリーアンが相応しいと思っているという事だと判断せずにいられなかった。
そこにはプリシアの今までの努力だとか、立場などを慮る気持ちはなく、両親にとってプリシアは蔑ろにしても良い存在だと表明しているも同然だった。
「そ、そんな事できないわ、パートナーを譲るだなんて」
「どうして!私はミハイル様と踊りたいの!お姉様より私の方がお似合いだって皆んな言ってるわ!私だって公爵令嬢よ!お姉様と立場は一緒なのにお姉様の方が年上だからってミハイル様の婚約者になるなんてズルいってずっと思ってた!ミハイル様だってお姉様より私の方がいいって絶対思ってるわ!」
「そうだ!こんなに可愛くて可憐なマリーアンこそ未来の王妃に相応しい!我儘を言わずに代わりなさい!」
「全く、どうしてそんなに意地が悪いの!妹のお願いを聞いてあげないだなんて!」
事は簡単に譲る譲られるで済む様な問題では無いのだと何故この人達はわからないのだろう、震える体を抑えながらプリシアは辛うじて残っていた両親に対する思慕も妹に対する慈しみも何もかもを打ち砕かれた気持ちでいっぱいだった。
「何をしている」
「ミハイル様!」
マリーアンは背後から掛けられた声に振り向くとそのまま姉に見せつける様に抱き着いた。
「殿下」
(貴方もですか)
2人の様子を見た周囲の人々、とりわけ両親が嬉しそうな声を上げる。
「殿下にはやはりマリーアンがお似合いですな!」
「本当に!プリシアに今言い聞かせている所です!どうか今夜のファーストダンスはマリーアンと踊って下さいませ!婚約者についてもマリーアンに変更させて頂きますわ!愛し合う2人が一緒になれないなんて不幸ですもの!」
「愛し合う2人だって?マリーアンと私が?」
「はい!マリーアンから聞いております!2人でお茶会をして親睦を深め愛を育んでいると!」
「お茶会?何を言っている?」
「殿下?」
くっきりと眉間に皺を寄せ不機嫌な表情をする王太子の様子に周りの人々も公爵夫妻も違和感を感じ始めていた。
「取り敢えず、マリーアン嬢は離れてくれないか、それからこの状況をもう一度説明して欲しい」
そう言ってマリーアンを押し退けるとプリシアに近付き引き寄せる。
「シア、離れるべきではなかった様だね」
「殿下」
震えるプリシアの体にミハイルの機嫌は更に下降する。
「ミハイル様!どうして!?いつもお姉様より先に私に会って下さっていたじゃない!愛してるのは私でしょ!?」
「私がマリーアン嬢に対して愛を囁いた事は無いはずだが?そもそも婚約者同士のお茶会だというのに何故か貴女がシアより先に必ずやって来ていたのも疑問に思っていたが、それを愛し合う者同士の逢瀬の様に吹聴しているとは、、、迷惑極まりないな。」
明らかに不機嫌な王太子に怖々と公爵が声を掛ける。
「殿下、、、あの、マリーアンからは殿下から求婚されたと聞いているのですが」
「そんな事実はない」
「嘘よ!未来の王妃に相応しい人と結婚するって仰ったわ!」
「それが何故君だと?」
「だって!皆んな言ってます!私の方が王太子妃に相応しいって!」
「何をもって相応しいと言っているのかな?」
「だって!お姉様より可愛い私の方が殿下に相応しいに決まってます!お姉様なんて陰気だし!ただ真面目ってだけじゃない!」
マリーアンの訴えを聞いて違和感を感じる周囲の人々のざわめきと共にミハイルの眉間には深い皺が刻まれていた。
「話にならないな」
「ミハイル様!酷いわ!」
ミハイルは深く息を吐くとやってられないとばかりに頭を振る。
「情けない、私は外見で伴侶を決めるような愚か者だと皆に思われていたということか」
そうミハイルが言うとこの場を囲む様に集まっていた貴族達は顔を見合わせ戸惑う素振りを見せた。
何故ならマリーアンから聞いた『王太子殿下はマリーアンと本当は婚約したい』と言っていると言う言葉を信じていた為、それを否定するミハイルの言葉に会場内は貴族達の困惑したざわめきに充ちていった。
今までマリーアンは色々な社交の場で王太子との仲を吹聴していたし、マリーアンの病弱な時代を知る人間も多く、姉による虐めを併せて訴えていた為その可憐な容姿も相まって、『病弱な妹を虐げる様な悪逆な姉よりも王太子殿下と仲が良い可憐な妹の方が相応しい』と多くの者が思ってしまっていた。
だからこそ、王太子の様子に「自分達は大きな勘違いをしているのではないか?」と不安になった者も多かった。
「皆に聞きたい、我々王侯貴族にとってとりわけ各家の後継者にとって伴侶に求める絶対条件とは何か」
「見た目の美しさに決まってるわ!」
「公爵、どうかな?」
「マリーアンが言う通り美しさもでしょうが、社交性では?その点マリーアンは完璧です!」
その答えを聞いてまた王太子はため息を吐いて、周囲を見回した。
「皆も同じ考えかな?残念ながら私の考えは違う。見た目の美しさ、社交性どちらも大切だろう、でもね、私たち家を継ぐ者にとっては最も重要な役割があるだろう?それは、、、血を、次代へ繋ぐ事だ」
怪訝そうな表情をしていた多くの人々がハッとした表情を浮かべた。
「子供なら私だって産めます!」
「そうかもね、でも君は病弱なんだろう?今、王家に男子は私1人だ、妹は幼く、しかも他国への嫁入りが既に決まっている。王家にとって重要なのは健康な女性であり、もし万が一私が子を残さず早世してもそのまま女王として立てるだけの能力がある女性がより望ましい。王位継承権があるとなおいいね。」
「健康だからって子供が産めるとは限らないわ!」
「確かに、でも病弱で出産リスクの高い人物よりも健康な女性であるということは出産や育児において明確なメリットではないかい?もちろん健康な女性だからと言って誰でもいい訳ではない。第一に健康である事は勿論、賢く、思慮深く、そして勿論美しくある事。容姿だけでは無いよその心根が美しくなければ子供を育てる上で悪影響を及ぼすだろうからね、その点シアは健康で優しく、賢く勤勉であり、父方の祖母は先代国王の妹、母方の曽祖父は4代前の王弟と王家に子供が少ない状況もあって王位継承権も持っている正に私の理想そのものだ」
「嘘よ!お姉様は私の事を虐げる様な人なのよ!」
「それこそ嘘だね、シアには僕と婚約した時からずっと王家の影が付いている。彼女が君を虐げた事実はないよ、逆の報告は沢山あったけどね」
「そんな!」
王太子の言葉に周囲から大きなざわめきが上がった。妹を虐げる悪女とされていた姉が本来は虐げられている方であったというのは衝撃であった。騙されていたと知った人々の冷たい視線が公爵夫妻とマリーアンに突き刺さる。
「健康で王位継承権があればいいんでしょ!私だって当てはまるわ!」
「君は私の話を聞いていたか?」
「だって王位継承権がある事も条件だって」
「望ましいとは言ったけど、絶対ではないよ。あと君は病弱なんじゃなかった?」
「私は健康です!お医者様がそう言ってました!それにお姉様に王位継承権があるなら私もあるわ!」
「今までの病が仮病だと認めるわけだ」
「最近健康になったんです!」
「最近ね、、、君が医者に初めて健康だと言われたのは10歳の時だ、勿論報告を受けてる。だがシアが健康になったのであれば勉強をするべきと主張した時、君は両親に仮病を使い使用人も含めて皆でシアを責め立てた、その事を知らないとでも?」
「そ、それは」
「あと、君に王位継承権はないよ」
「え?」
「ちょっと変な言い方だけど、君は幼少時は正しく病弱だった、その時に用いられた薬の中には将来的に不妊を引き起こす物があったんだ。その薬を用いる治療をする者はあらゆる継承権を放棄する事になっている。
君の両親も知ってるはずだけどね、都合良く忘れているみたいだね」
「そんな!どういう事よお父様!お母様!」
「確かにあの薬は使用する際に継承権の放棄を求められますが、成人時に再度検査を行なって生殖機能に問題なければ継承権も戻すことができるはずです!」
「では、継承権の復権を求める申請は認められたかい?」
「そ、それは」
「認められていないはずだ、何故なら医師がすでに『幼少期の病は完治しており、体力もついているため虚弱とは言えず現在は健康である』と言っているにも関わらず、マリーアンの虚言を信じ虚弱である事を理由に彼女の言いなりになって姉であるプリシアを虐げ、更に悪意の捏造でもってプリシアを貶め続けていた。マリーアン、君の継承権の復権が認められなかった理由は本人と両親が周囲に「自分は虚弱体質である」と喧伝していたからだ。虚弱で有るならば生殖機能に障害がなかったとしても出産に耐えることはできない、また不妊の可能性も高いと判断されたんだ。」
その言葉を理解したのか公爵夫妻は青ざめ愛娘を見つめた。
「マリーアン全ては君の自業自得なんだよ。今後君に求婚する人間は子供を求めていない既に後継者のいる人物になるんじゃないかな。」
「そんなわけないわ!お姉様が結婚したら私が公爵家の跡取りなのよ!」
それは悲鳴のような叫びだった。
「君は今までの話を少しも理解していないんだな、私は言ったよ『継承権を放棄する』と」
「それは王位継承権でしょ!」
「私は『王位継承権』と限定はしていないよ。『継承権』と言ったんだ当然、家の継承権も含まれている」
ここまで言われて漸く自分の置かれている立場が理解できたのかマリーアンは絶叫と共に崩れ落ちた。
ミハイルは同じく崩れ落ちた公爵夫妻共々パーティ会場から警備にあたっていた騎士たちの手によって退出させ、その後何事もなかったかのようにパーティを再開させると予定通りプリシアとファーストダンスを踊り、パーティが終わるまで予定を消化した姿は新たな王太子夫妻に対する貴族達の信頼と尊敬を集める結果となった。
3ヶ月後ー
一月前に結婚式を挙げ、晴れて夫婦となったミハイルとプリシアは王太子宮の庭園で1週間後に迫った新婚旅行を兼ねた外遊について話をしていたが、ふと会話が止まった時にプリシアが思わずといった様に溜息を吐いた。
「どうかした?何かあったの?」
「あぁ!すみません、何でもないんです。ただ幸せだなって」
「フフ、僕も幸せだよ。シアと漸く結婚できたし、昔からいつか後悔させてやると思い続けていたアイツらをちゃんと片付けられたしね」
「まぁ」
プリシアはミハイルの普段とは違う言葉遣いに驚くと共にあのパーティの後の事を思い出していた。
あの後、マリーアンの継承権の復権は認められることはなく、今までの発言の全てが嘘であったと周知された結果と相まってそれまで溢れるほど届いていた縁談は全てなくなり、友人達にも見切りをつけられ頻繁に呼ばれていた茶会も呼ばれることもほとんどなくなり、呼ばれても嘲笑われる事が続いて次第に引きこもるようになっていった。
両親も心労から身体を壊し隠居する事になった為、今は両親共々領地の屋敷で隠棲しており、将来プリシアに子供が2人以上生まれた場合にはリューゲルト公爵家の爵位が引き継がれることに決まっている。
それまでの間はプリシアの従兄でリューゲルト公爵の弟の息子の1人が中継ぎとしてその爵位を引き継ぐ事になった。
そのまま正式に爵位を継ぐ話も出ていたが兼ねてより独身主義だった従兄から「爵位を継いで結婚を強制されるなんて嫌だね」という言葉と共に拒否されてしまい、ならば他の従兄弟へと話をしたが悉く『ケチのついた爵位を継ぎたくない』との言葉で拒否されたまま結局は中継ぎとしての継承に落ち着く事になった。
多少、複雑な心境ではあるが仲の良い従兄が中継ぎとはいえ公爵として爵位を継いでくれた事にプリシアは安心した。
王太子妃としての地位を確たるものにするには後ろ盾となる実家の力が多少なりとも必要であり、自身の両親が公爵のままで有るよりは現在の方が良いと思ってしまったのだ。
今は憂いることもなく、愛しい夫と共にこうしてお茶を飲み、笑い合って居られるのは間違いなくあのパーティでの出来事があったからであり、ミハイルがあの3人の嘘を徹底的に暴き、論破した結果だと思う。
そう考えると自分の幸福へのターニングポイントは結局のところミハイルと出会った7歳の小さなお茶会だったのだとプリシアは思ったのだった。
「ミハイル様、私を選んで下さって本当にありがとうございます」
「僕のほうこそシアがあの時信じてくれたから徹底的にやれたんだ。だから、信じてくれてありがとう、愛しているよシア」
「私も愛しています」
「一緒に幸せになろうね」
微笑むミハイル様を見ながらあの時一瞬疑ってしまったことは一生の秘密にしようと心に誓ったのはプリシアだけの秘密である。
本人からしてみると概ね本当の事であり妹に対して思う所があるのは本当の事だがけして虐めなどしたことは無く、妖精姫と讃えられる可愛らしい容姿と生来の病弱さを武器に周囲を手玉に取り続ける妹を持つ苦労人である事を周知したいと常々思っている、、、まぁ、思っているだけで、どうにもならないのが現実なのだが。
そんなプリシアが王太子の婚約者となったのは7歳の頃だった。
当時の王太子(現在の国王)の第1王子が10歳となり、「小さなお茶会」と言われる高位貴族の5歳から10歳までの子供達が王城に集められる表向き同年代の友好を深める為となっているが、裏を返せば「お見合い」が開催されたのがきっかけだった。
また、このお茶会は将来の王太子の婚約者を決めるだけではなく、王子の側近候補の選定や、参加者同士の婚約前の顔合わせも兼ねている。派閥や利害関係での婚姻が普通であるとはいえ、相性が悪ければ破談になる事もあり、そうなれば家同士の確執にも繋がる為、子供達の相性を見る為のお茶会なのだ。
また、この小さなお茶会が子供達の社交デビューとなる事も多く、子供の資質を周知させる機会にもなっていた。
この小さなお茶会でプリシアは後の王太子であるミハイル王子と出会い、マリーアンは妖精姫と呼ばれる様になったのだった。
マリーアンは月足らずで生まれ、幼い頃は何度も生死の境をさまよった事がある。長じるにつれて健康になったが幼い時の印象とはなかなかに厄介で、両親も使用人も幼い時に関わりのあった貴族の殆どが未だに彼女を『明日をも知れない儚い令嬢』だと認識していて、プリシアの「お医者様からはもう健康だと診断されているのだから、貴族として生きて行く為の勉強をさせるべき」という主張は、勉強を嫌がったマリーアンの仮病と嘘泣きに騙された人々から「病弱な妹に無理を強いる意地悪な姉」という評価を与えるに終わった。
実際、マリーアンは近年風邪ひとつ引いた事などないが、嫌な事から逃れる手段として仮病を用いている為、周囲の「妖精姫は病弱」という認識は改められる事はない。
プリシアからしてみると『夜会やお茶会の時は1度も体調不良になった事はないのに、苦手な勉強の時はほぼ毎回体調不良になるとかおかしいでしょ?!』となるのだが周囲の人々は「病弱で繊細なマリーアンに無理をさせられない」となるのだから不思議で仕方なかった。
マリーアンが10歳になる頃にはプリシアの周囲は一部を除き敵ばかりとなり、家でもマリーアンを溺愛する両親と使用人から敵視される生活となっており、さらにマリーアンが13歳となりデビュタントを迎え夜会に出るようになると、プリシアの悪評がそこかしこで囁かれる様になっていった。
「マリーアン様はいつも姉君に虐げられているらしい」「プリシア様はマリーアン様を疎ましく思っていつも暴言を吐き、時には暴力を振るう事もあるらしい」などなど、プリシアには身に覚えの無い事がさも真実であるかのようにあっという間に広まったのだ。
評判の悪いプリシアに対して「王太子の婚約者を妹に譲るべきでは?」と言ってくる派閥の人間までおり、プリシアはストレスに苛まれる日々を過ごしていた。
そして、マリーアンが16歳の成人を迎え、プリシアと王太子の結婚式が2ヶ月後に迫った頃、王城で行われた定例の夜会で事件は起こった。
定例の夜会とはいえ王城で行われる王族も参加する夜会で、ダンスの時間ももちろんある。
身分の一番高いカップルがファーストダンスを踊り、その後はその次に身分の高いカップルが加わり、3曲目からは自由参加となる。
本来なら王も参加する夜会の為、王と王妃がファーストダンスを踊るところだが、今回は外交に出て不在の為、王太子とプリシアがファーストダンスを勤める事になっていた。
王太子による開会の挨拶も終わり、ダンスが始まるまでの僅かな時間にフロアに出て挨拶を受けている時だった。
「お姉様」
呼ばれて振り向くと両親を連れたマリーアンが居た。
「どうしたの?マリーアン」
「お姉様にお願いがあるの」
「お願い?それは今じゃなきゃダメなの?もうすぐダンスが始まるわ、今日はファーストダンスを踊らないといけないからそろそろ殿下と合流しなきゃなのだけど」
プリシアは視線を少し離れた所で挨拶を受けている婚約者に移し、話は後で聞くと態度でも現した。
「今じゃなきゃダメなの!王太子様とのファーストダンスは私が踊りたいんだもの!」
「は?」
本気で何を言ってるのかわからなかった。
呆然とするプリシアに両親までもが
「マリーアンのお願いなのよ、代わってあげなさい」
「意地悪をせずに妹に譲りなさい」
などと言うではないか。
プリシアは正式に認められた王太子の婚約者ではあるが、国王不在の夜会で妹に主催である王太子のパートナーを譲ったとなればその婚約者の座までも妹に譲ったと見なされかねない状況にある。それもこれも全てこの妹のせいで。
それがわからない両親では無いはずなのに『譲れ』と言うからには両親もまた王太子の婚約者にはマリーアンが相応しいと思っているという事だと判断せずにいられなかった。
そこにはプリシアの今までの努力だとか、立場などを慮る気持ちはなく、両親にとってプリシアは蔑ろにしても良い存在だと表明しているも同然だった。
「そ、そんな事できないわ、パートナーを譲るだなんて」
「どうして!私はミハイル様と踊りたいの!お姉様より私の方がお似合いだって皆んな言ってるわ!私だって公爵令嬢よ!お姉様と立場は一緒なのにお姉様の方が年上だからってミハイル様の婚約者になるなんてズルいってずっと思ってた!ミハイル様だってお姉様より私の方がいいって絶対思ってるわ!」
「そうだ!こんなに可愛くて可憐なマリーアンこそ未来の王妃に相応しい!我儘を言わずに代わりなさい!」
「全く、どうしてそんなに意地が悪いの!妹のお願いを聞いてあげないだなんて!」
事は簡単に譲る譲られるで済む様な問題では無いのだと何故この人達はわからないのだろう、震える体を抑えながらプリシアは辛うじて残っていた両親に対する思慕も妹に対する慈しみも何もかもを打ち砕かれた気持ちでいっぱいだった。
「何をしている」
「ミハイル様!」
マリーアンは背後から掛けられた声に振り向くとそのまま姉に見せつける様に抱き着いた。
「殿下」
(貴方もですか)
2人の様子を見た周囲の人々、とりわけ両親が嬉しそうな声を上げる。
「殿下にはやはりマリーアンがお似合いですな!」
「本当に!プリシアに今言い聞かせている所です!どうか今夜のファーストダンスはマリーアンと踊って下さいませ!婚約者についてもマリーアンに変更させて頂きますわ!愛し合う2人が一緒になれないなんて不幸ですもの!」
「愛し合う2人だって?マリーアンと私が?」
「はい!マリーアンから聞いております!2人でお茶会をして親睦を深め愛を育んでいると!」
「お茶会?何を言っている?」
「殿下?」
くっきりと眉間に皺を寄せ不機嫌な表情をする王太子の様子に周りの人々も公爵夫妻も違和感を感じ始めていた。
「取り敢えず、マリーアン嬢は離れてくれないか、それからこの状況をもう一度説明して欲しい」
そう言ってマリーアンを押し退けるとプリシアに近付き引き寄せる。
「シア、離れるべきではなかった様だね」
「殿下」
震えるプリシアの体にミハイルの機嫌は更に下降する。
「ミハイル様!どうして!?いつもお姉様より先に私に会って下さっていたじゃない!愛してるのは私でしょ!?」
「私がマリーアン嬢に対して愛を囁いた事は無いはずだが?そもそも婚約者同士のお茶会だというのに何故か貴女がシアより先に必ずやって来ていたのも疑問に思っていたが、それを愛し合う者同士の逢瀬の様に吹聴しているとは、、、迷惑極まりないな。」
明らかに不機嫌な王太子に怖々と公爵が声を掛ける。
「殿下、、、あの、マリーアンからは殿下から求婚されたと聞いているのですが」
「そんな事実はない」
「嘘よ!未来の王妃に相応しい人と結婚するって仰ったわ!」
「それが何故君だと?」
「だって!皆んな言ってます!私の方が王太子妃に相応しいって!」
「何をもって相応しいと言っているのかな?」
「だって!お姉様より可愛い私の方が殿下に相応しいに決まってます!お姉様なんて陰気だし!ただ真面目ってだけじゃない!」
マリーアンの訴えを聞いて違和感を感じる周囲の人々のざわめきと共にミハイルの眉間には深い皺が刻まれていた。
「話にならないな」
「ミハイル様!酷いわ!」
ミハイルは深く息を吐くとやってられないとばかりに頭を振る。
「情けない、私は外見で伴侶を決めるような愚か者だと皆に思われていたということか」
そうミハイルが言うとこの場を囲む様に集まっていた貴族達は顔を見合わせ戸惑う素振りを見せた。
何故ならマリーアンから聞いた『王太子殿下はマリーアンと本当は婚約したい』と言っていると言う言葉を信じていた為、それを否定するミハイルの言葉に会場内は貴族達の困惑したざわめきに充ちていった。
今までマリーアンは色々な社交の場で王太子との仲を吹聴していたし、マリーアンの病弱な時代を知る人間も多く、姉による虐めを併せて訴えていた為その可憐な容姿も相まって、『病弱な妹を虐げる様な悪逆な姉よりも王太子殿下と仲が良い可憐な妹の方が相応しい』と多くの者が思ってしまっていた。
だからこそ、王太子の様子に「自分達は大きな勘違いをしているのではないか?」と不安になった者も多かった。
「皆に聞きたい、我々王侯貴族にとってとりわけ各家の後継者にとって伴侶に求める絶対条件とは何か」
「見た目の美しさに決まってるわ!」
「公爵、どうかな?」
「マリーアンが言う通り美しさもでしょうが、社交性では?その点マリーアンは完璧です!」
その答えを聞いてまた王太子はため息を吐いて、周囲を見回した。
「皆も同じ考えかな?残念ながら私の考えは違う。見た目の美しさ、社交性どちらも大切だろう、でもね、私たち家を継ぐ者にとっては最も重要な役割があるだろう?それは、、、血を、次代へ繋ぐ事だ」
怪訝そうな表情をしていた多くの人々がハッとした表情を浮かべた。
「子供なら私だって産めます!」
「そうかもね、でも君は病弱なんだろう?今、王家に男子は私1人だ、妹は幼く、しかも他国への嫁入りが既に決まっている。王家にとって重要なのは健康な女性であり、もし万が一私が子を残さず早世してもそのまま女王として立てるだけの能力がある女性がより望ましい。王位継承権があるとなおいいね。」
「健康だからって子供が産めるとは限らないわ!」
「確かに、でも病弱で出産リスクの高い人物よりも健康な女性であるということは出産や育児において明確なメリットではないかい?もちろん健康な女性だからと言って誰でもいい訳ではない。第一に健康である事は勿論、賢く、思慮深く、そして勿論美しくある事。容姿だけでは無いよその心根が美しくなければ子供を育てる上で悪影響を及ぼすだろうからね、その点シアは健康で優しく、賢く勤勉であり、父方の祖母は先代国王の妹、母方の曽祖父は4代前の王弟と王家に子供が少ない状況もあって王位継承権も持っている正に私の理想そのものだ」
「嘘よ!お姉様は私の事を虐げる様な人なのよ!」
「それこそ嘘だね、シアには僕と婚約した時からずっと王家の影が付いている。彼女が君を虐げた事実はないよ、逆の報告は沢山あったけどね」
「そんな!」
王太子の言葉に周囲から大きなざわめきが上がった。妹を虐げる悪女とされていた姉が本来は虐げられている方であったというのは衝撃であった。騙されていたと知った人々の冷たい視線が公爵夫妻とマリーアンに突き刺さる。
「健康で王位継承権があればいいんでしょ!私だって当てはまるわ!」
「君は私の話を聞いていたか?」
「だって王位継承権がある事も条件だって」
「望ましいとは言ったけど、絶対ではないよ。あと君は病弱なんじゃなかった?」
「私は健康です!お医者様がそう言ってました!それにお姉様に王位継承権があるなら私もあるわ!」
「今までの病が仮病だと認めるわけだ」
「最近健康になったんです!」
「最近ね、、、君が医者に初めて健康だと言われたのは10歳の時だ、勿論報告を受けてる。だがシアが健康になったのであれば勉強をするべきと主張した時、君は両親に仮病を使い使用人も含めて皆でシアを責め立てた、その事を知らないとでも?」
「そ、それは」
「あと、君に王位継承権はないよ」
「え?」
「ちょっと変な言い方だけど、君は幼少時は正しく病弱だった、その時に用いられた薬の中には将来的に不妊を引き起こす物があったんだ。その薬を用いる治療をする者はあらゆる継承権を放棄する事になっている。
君の両親も知ってるはずだけどね、都合良く忘れているみたいだね」
「そんな!どういう事よお父様!お母様!」
「確かにあの薬は使用する際に継承権の放棄を求められますが、成人時に再度検査を行なって生殖機能に問題なければ継承権も戻すことができるはずです!」
「では、継承権の復権を求める申請は認められたかい?」
「そ、それは」
「認められていないはずだ、何故なら医師がすでに『幼少期の病は完治しており、体力もついているため虚弱とは言えず現在は健康である』と言っているにも関わらず、マリーアンの虚言を信じ虚弱である事を理由に彼女の言いなりになって姉であるプリシアを虐げ、更に悪意の捏造でもってプリシアを貶め続けていた。マリーアン、君の継承権の復権が認められなかった理由は本人と両親が周囲に「自分は虚弱体質である」と喧伝していたからだ。虚弱で有るならば生殖機能に障害がなかったとしても出産に耐えることはできない、また不妊の可能性も高いと判断されたんだ。」
その言葉を理解したのか公爵夫妻は青ざめ愛娘を見つめた。
「マリーアン全ては君の自業自得なんだよ。今後君に求婚する人間は子供を求めていない既に後継者のいる人物になるんじゃないかな。」
「そんなわけないわ!お姉様が結婚したら私が公爵家の跡取りなのよ!」
それは悲鳴のような叫びだった。
「君は今までの話を少しも理解していないんだな、私は言ったよ『継承権を放棄する』と」
「それは王位継承権でしょ!」
「私は『王位継承権』と限定はしていないよ。『継承権』と言ったんだ当然、家の継承権も含まれている」
ここまで言われて漸く自分の置かれている立場が理解できたのかマリーアンは絶叫と共に崩れ落ちた。
ミハイルは同じく崩れ落ちた公爵夫妻共々パーティ会場から警備にあたっていた騎士たちの手によって退出させ、その後何事もなかったかのようにパーティを再開させると予定通りプリシアとファーストダンスを踊り、パーティが終わるまで予定を消化した姿は新たな王太子夫妻に対する貴族達の信頼と尊敬を集める結果となった。
3ヶ月後ー
一月前に結婚式を挙げ、晴れて夫婦となったミハイルとプリシアは王太子宮の庭園で1週間後に迫った新婚旅行を兼ねた外遊について話をしていたが、ふと会話が止まった時にプリシアが思わずといった様に溜息を吐いた。
「どうかした?何かあったの?」
「あぁ!すみません、何でもないんです。ただ幸せだなって」
「フフ、僕も幸せだよ。シアと漸く結婚できたし、昔からいつか後悔させてやると思い続けていたアイツらをちゃんと片付けられたしね」
「まぁ」
プリシアはミハイルの普段とは違う言葉遣いに驚くと共にあのパーティの後の事を思い出していた。
あの後、マリーアンの継承権の復権は認められることはなく、今までの発言の全てが嘘であったと周知された結果と相まってそれまで溢れるほど届いていた縁談は全てなくなり、友人達にも見切りをつけられ頻繁に呼ばれていた茶会も呼ばれることもほとんどなくなり、呼ばれても嘲笑われる事が続いて次第に引きこもるようになっていった。
両親も心労から身体を壊し隠居する事になった為、今は両親共々領地の屋敷で隠棲しており、将来プリシアに子供が2人以上生まれた場合にはリューゲルト公爵家の爵位が引き継がれることに決まっている。
それまでの間はプリシアの従兄でリューゲルト公爵の弟の息子の1人が中継ぎとしてその爵位を引き継ぐ事になった。
そのまま正式に爵位を継ぐ話も出ていたが兼ねてより独身主義だった従兄から「爵位を継いで結婚を強制されるなんて嫌だね」という言葉と共に拒否されてしまい、ならば他の従兄弟へと話をしたが悉く『ケチのついた爵位を継ぎたくない』との言葉で拒否されたまま結局は中継ぎとしての継承に落ち着く事になった。
多少、複雑な心境ではあるが仲の良い従兄が中継ぎとはいえ公爵として爵位を継いでくれた事にプリシアは安心した。
王太子妃としての地位を確たるものにするには後ろ盾となる実家の力が多少なりとも必要であり、自身の両親が公爵のままで有るよりは現在の方が良いと思ってしまったのだ。
今は憂いることもなく、愛しい夫と共にこうしてお茶を飲み、笑い合って居られるのは間違いなくあのパーティでの出来事があったからであり、ミハイルがあの3人の嘘を徹底的に暴き、論破した結果だと思う。
そう考えると自分の幸福へのターニングポイントは結局のところミハイルと出会った7歳の小さなお茶会だったのだとプリシアは思ったのだった。
「ミハイル様、私を選んで下さって本当にありがとうございます」
「僕のほうこそシアがあの時信じてくれたから徹底的にやれたんだ。だから、信じてくれてありがとう、愛しているよシア」
「私も愛しています」
「一緒に幸せになろうね」
微笑むミハイル様を見ながらあの時一瞬疑ってしまったことは一生の秘密にしようと心に誓ったのはプリシアだけの秘密である。
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はじめまして。
プリシアがミハイルを一瞬でも疑ったことは、
今までの両親やマリーアンや周りの人々を思えば、そりゃ仕方ない!と思います。
すっきり論破、すっきりざまぁで、とても良い読後です。
またの投稿を楽しみにお待ちしております。
はじめまして
感想ありがとうございます!
私的には初のざまぁ作品だったのでドキドキでしたが、気に入って頂けてとても嬉しいです。
これから偶に投稿すると思いますので、その時はまたお読み頂けたら幸いです。
(恋愛ざまぁ系じゃないジャンルかもですが、良ければ💦)