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23.カウントダウン
d.
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「あたしは香枝の事が好き。でも…それは友達として好きなんだと思う。キスしたりして、香枝をその気にさせちゃったかもしれない。けどやっぱり、そういうことするのは、その…」
友達として好きなのには嘘はない。
でも恋愛感情があるのは確かだ。
キスしたい、触れたい、抱き締めたいって思ってしまうのだから。
今でもそう思うのに、欲望を押し殺して話す言葉は恐ろしく無責任だ。
自分で言いながら、自分を諭しているだけで、香枝を説得しようなんて気持ちはもしかしたら1ミリもないのかもしれない。
嫌われてしまいそうで、怖くて、その先が言えない。
涙が溢れてくる。
「…いいんです。あたしもそうしたいって思ってたから」
香枝は真春と目を合わせずにそう言った。
真春も香枝と目が合わせられなくて、香枝が今どんな顔をしているかは分からなかった。
「こんな時に恭介のことを言うのはどうかと思うんだけど…香枝に好きって言うたびに…苦しくて。香枝にも、恭介にも、ひどいことしてるって」
香枝は黙った。
こんな関係にはタブーでしかない恭介の存在など、本当は話にも出したくなかった。
言ってしまったら全てが終わるに決まっている。
説得以前の問題だ。
でも、分かっていながらそこから目を背けてここまできてしまったのは自分の弱い心のせいだ。
さっき涙を流したせいか、涙腺が緩くなっているようで、一瞬にして目の前がぼやけてコンクリートが濁り始めた。
「あたしは香枝と…ずっと友達でいたい。お互いに友達として好きって気持ちがあればそれでいいって思った。これから先も、仲良しでいたいって思ってるの…」
そこまで言うと、また真春の涙腺は大崩壊した。
大粒の涙がとめどなく溢れ出てくる。
「ごめんね…あたし最低だよね。香枝に好きって言って…キスとかハグまでして…。それで友達でいてなんて」
体全体がかぁーっと熱くなり、もう何も考えられない。
香枝の前でこんなに感情が溢れたのは初めてだ。
本当に本当に大好きな人にこんなこと言うのは、辛すぎる。
「やっぱり、あたし真春さんに迷惑かけてたんですね…」
違うよ。
そうじゃない。
迷惑なんかじゃない。
自分の感情がいけなかったのだ。
少しでも揺らいだ、自分の感情が。
でも、幸せだと思っている自分がいたのは事実だ。
「…違う。あたしがいけないの。ずっとずっと、あたしは香枝が好きだった。香枝は何も悪くない…」
香枝は何も答えなかった。
その代わりに、「真春さん、泣かないで」と嗚咽の止まらない真春の背中を優しく撫でた。
そんなに優しくしないで…。
香枝に触れられるだけで、我慢している気持ちがへし折れてしまいそうになる。
今すぐにだって香枝にしがみついて泣きたい。
キスだってしたい。
自分で言ってるくせに例えようのないくらい大きな悲しみが覆いかぶさってきて、どんどん涙が出てくる。
香枝のこと、大好きなのに…。
「後悔してないですよ」
香枝が言った。
「真春さんを好きになったこと、後悔してません。今もこれから先もずっとずっと友達でいてください」
真春は重い頭を上げて香枝の顔を見た。
香枝も泣いていた。
しかし、この間みたいに泣きじゃくるような感じではなかった。
「旅行の時に言ってくれたじゃないですか。付き合うとかそういう形的なものじゃなくて、お互いに好きならそれでいいんじゃないか、って」
「…うん」
「そういうことでしょ?」
やんわり笑った香枝の目から涙が一筋流れた。
「あの時、真春さんに『好き』って言ってもらえて、嬉しかったです」
いつもと違う、大人びた感じの香枝。
立場が完全に逆転してしまっている。
「でも、あの日からずっとそのこと考えてたんです。真春さんは優しいから受け入れてくれただけで、本当は迷惑かけてるかもしれないって思ってました。そもそも、彼氏いるし…。それで、もうキスとか抱きついたりとか、そういうのもやめようって本当は思ってたんです」
「……」
「でも、真春さんに会うと気持ちが抑えきれなくなって、『やっぱり、好きだ』って思っていつも自分に負けてました。体調悪かった時は特に…」
香枝は伏し目がちになって、へへっと力なく笑った。
「あの時、真春さんがずっと側にいてくれて本当に幸せでした。帰りも、別れるの嫌でしたもん」
今そんなこと言われたら、折れかけている心が完全に真っ二つになってしまいそうだ。
こんなに近くにいるのに、触れたくても触れてはいけない相手に触れたくなってしまう。
「あたし…香枝の気持ちを弄んでたような気持ちになったの。色々しといて、友達でいようなんて本当に最低だし…嫌われても仕方ないって思ってる」
「何言ってるんですかー。あたしは何があっても真春さんのこと、嫌いになんかならないですよ。っていうか…嫌いになれないです」
香枝は手の甲で涙を拭いながら言い、鼻をすすった。
「真春さんとなら、これから先ずっと仲良しでいられる気がします」
「…本当?」
「はい…真春さんとはずっと、仲良しでいたい。何でも言い合える仲というか、なんだろ…そんな感じ。上手く言えないけど」
香枝は涙で光る眼差しを真春に向けて「でも、好きなのには変わりないです」と優しく微笑んだ。
泣きながらくしゃっと笑う香枝。
その笑顔に心を奪われてしまう。
香枝の本心はどうなのかわからない。
時間が経つにつれて、いい関係を築いていけるだろうか。
今この瞬間、香枝の言う"好き"は"恋のような好き"から"人として好き"に変わったのだろうか。
自分の心も、時が経てば形を変えていくのだろうか。
ちゃんと香枝に伝えられてよかった。
受け止めてもらえてよかった。
何故だろう…心からそう思えない自分がいた。
「ありがと…。ごめんね」
「なんで謝るんですか!もう謝るのはナシですよ」
真春は「ごめん」と涙を拭いながら微笑んだ。
「あー、ほらまた謝った」
香枝はケラケラ笑って両方の指で余った涙を拭った。
鼻をすすった後、真春は香枝を見据えた。
何も言わずに数秒が経った。
香枝も何も言わず、こちらを見ている。
何を言うべきなのか、分からない。
「…遅くにごめんね」
「いえ。ちゃんと話せて良かったです。あたしもモヤモヤしてたから」
香枝は真春の目を見て言った。
「本当にありがとね。…じゃ、そろそろ帰るね」
「そんなにいっぱい泣いた後で自転車漕いで大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「事故らないでくださいね」
「大丈夫だって」
真春は小さく笑った後、道路脇に停めた自転車に跨り香枝に手を振った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
泣き腫らした目でぎこちない笑顔を作って、真春は少し傾いた三日月に向かって自転車を漕ぎ始めた。
今日はもう、何も考えられない。
頭も何も考えようとしていない。
予測出来ない未来は、可もなく不可もない結末を迎えた。
そして、また予測出来ない霞みがかった未来を作り出した。
何をしてもつきまとう香枝への思いは、これからどう形を変えていくのだろう。
友達として好きなのには嘘はない。
でも恋愛感情があるのは確かだ。
キスしたい、触れたい、抱き締めたいって思ってしまうのだから。
今でもそう思うのに、欲望を押し殺して話す言葉は恐ろしく無責任だ。
自分で言いながら、自分を諭しているだけで、香枝を説得しようなんて気持ちはもしかしたら1ミリもないのかもしれない。
嫌われてしまいそうで、怖くて、その先が言えない。
涙が溢れてくる。
「…いいんです。あたしもそうしたいって思ってたから」
香枝は真春と目を合わせずにそう言った。
真春も香枝と目が合わせられなくて、香枝が今どんな顔をしているかは分からなかった。
「こんな時に恭介のことを言うのはどうかと思うんだけど…香枝に好きって言うたびに…苦しくて。香枝にも、恭介にも、ひどいことしてるって」
香枝は黙った。
こんな関係にはタブーでしかない恭介の存在など、本当は話にも出したくなかった。
言ってしまったら全てが終わるに決まっている。
説得以前の問題だ。
でも、分かっていながらそこから目を背けてここまできてしまったのは自分の弱い心のせいだ。
さっき涙を流したせいか、涙腺が緩くなっているようで、一瞬にして目の前がぼやけてコンクリートが濁り始めた。
「あたしは香枝と…ずっと友達でいたい。お互いに友達として好きって気持ちがあればそれでいいって思った。これから先も、仲良しでいたいって思ってるの…」
そこまで言うと、また真春の涙腺は大崩壊した。
大粒の涙がとめどなく溢れ出てくる。
「ごめんね…あたし最低だよね。香枝に好きって言って…キスとかハグまでして…。それで友達でいてなんて」
体全体がかぁーっと熱くなり、もう何も考えられない。
香枝の前でこんなに感情が溢れたのは初めてだ。
本当に本当に大好きな人にこんなこと言うのは、辛すぎる。
「やっぱり、あたし真春さんに迷惑かけてたんですね…」
違うよ。
そうじゃない。
迷惑なんかじゃない。
自分の感情がいけなかったのだ。
少しでも揺らいだ、自分の感情が。
でも、幸せだと思っている自分がいたのは事実だ。
「…違う。あたしがいけないの。ずっとずっと、あたしは香枝が好きだった。香枝は何も悪くない…」
香枝は何も答えなかった。
その代わりに、「真春さん、泣かないで」と嗚咽の止まらない真春の背中を優しく撫でた。
そんなに優しくしないで…。
香枝に触れられるだけで、我慢している気持ちがへし折れてしまいそうになる。
今すぐにだって香枝にしがみついて泣きたい。
キスだってしたい。
自分で言ってるくせに例えようのないくらい大きな悲しみが覆いかぶさってきて、どんどん涙が出てくる。
香枝のこと、大好きなのに…。
「後悔してないですよ」
香枝が言った。
「真春さんを好きになったこと、後悔してません。今もこれから先もずっとずっと友達でいてください」
真春は重い頭を上げて香枝の顔を見た。
香枝も泣いていた。
しかし、この間みたいに泣きじゃくるような感じではなかった。
「旅行の時に言ってくれたじゃないですか。付き合うとかそういう形的なものじゃなくて、お互いに好きならそれでいいんじゃないか、って」
「…うん」
「そういうことでしょ?」
やんわり笑った香枝の目から涙が一筋流れた。
「あの時、真春さんに『好き』って言ってもらえて、嬉しかったです」
いつもと違う、大人びた感じの香枝。
立場が完全に逆転してしまっている。
「でも、あの日からずっとそのこと考えてたんです。真春さんは優しいから受け入れてくれただけで、本当は迷惑かけてるかもしれないって思ってました。そもそも、彼氏いるし…。それで、もうキスとか抱きついたりとか、そういうのもやめようって本当は思ってたんです」
「……」
「でも、真春さんに会うと気持ちが抑えきれなくなって、『やっぱり、好きだ』って思っていつも自分に負けてました。体調悪かった時は特に…」
香枝は伏し目がちになって、へへっと力なく笑った。
「あの時、真春さんがずっと側にいてくれて本当に幸せでした。帰りも、別れるの嫌でしたもん」
今そんなこと言われたら、折れかけている心が完全に真っ二つになってしまいそうだ。
こんなに近くにいるのに、触れたくても触れてはいけない相手に触れたくなってしまう。
「あたし…香枝の気持ちを弄んでたような気持ちになったの。色々しといて、友達でいようなんて本当に最低だし…嫌われても仕方ないって思ってる」
「何言ってるんですかー。あたしは何があっても真春さんのこと、嫌いになんかならないですよ。っていうか…嫌いになれないです」
香枝は手の甲で涙を拭いながら言い、鼻をすすった。
「真春さんとなら、これから先ずっと仲良しでいられる気がします」
「…本当?」
「はい…真春さんとはずっと、仲良しでいたい。何でも言い合える仲というか、なんだろ…そんな感じ。上手く言えないけど」
香枝は涙で光る眼差しを真春に向けて「でも、好きなのには変わりないです」と優しく微笑んだ。
泣きながらくしゃっと笑う香枝。
その笑顔に心を奪われてしまう。
香枝の本心はどうなのかわからない。
時間が経つにつれて、いい関係を築いていけるだろうか。
今この瞬間、香枝の言う"好き"は"恋のような好き"から"人として好き"に変わったのだろうか。
自分の心も、時が経てば形を変えていくのだろうか。
ちゃんと香枝に伝えられてよかった。
受け止めてもらえてよかった。
何故だろう…心からそう思えない自分がいた。
「ありがと…。ごめんね」
「なんで謝るんですか!もう謝るのはナシですよ」
真春は「ごめん」と涙を拭いながら微笑んだ。
「あー、ほらまた謝った」
香枝はケラケラ笑って両方の指で余った涙を拭った。
鼻をすすった後、真春は香枝を見据えた。
何も言わずに数秒が経った。
香枝も何も言わず、こちらを見ている。
何を言うべきなのか、分からない。
「…遅くにごめんね」
「いえ。ちゃんと話せて良かったです。あたしもモヤモヤしてたから」
香枝は真春の目を見て言った。
「本当にありがとね。…じゃ、そろそろ帰るね」
「そんなにいっぱい泣いた後で自転車漕いで大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「事故らないでくださいね」
「大丈夫だって」
真春は小さく笑った後、道路脇に停めた自転車に跨り香枝に手を振った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
泣き腫らした目でぎこちない笑顔を作って、真春は少し傾いた三日月に向かって自転車を漕ぎ始めた。
今日はもう、何も考えられない。
頭も何も考えようとしていない。
予測出来ない未来は、可もなく不可もない結末を迎えた。
そして、また予測出来ない霞みがかった未来を作り出した。
何をしてもつきまとう香枝への思いは、これからどう形を変えていくのだろう。
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