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24.友達

b.

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22時に律と上がる前、真春は香枝をパントリーに連れて行った。

「ごめんね」

2人でいるのを怪しまれないように、真春はダスターを洗いながら口を開いた。

「なんで謝るんですか?」

「あ…いや、律が変なことばっかり言ってて香枝困ってたよねって思って」

「真春さんが謝ることじゃないですよ」

確かにそうだ。
何に責任を感じているのか、香枝に言われて急に恥ずかしくなった。

「あはは、だよね…」

真春は力無く笑って蛇口をひねって水を止めると、ダスターを固く絞ってシンクの脇に置いた。

「変なこと言ってごめん。じゃ、ラストお願いね」

「はい、お疲れ様です」

「お疲れ」

何故か素っ気なく聞こえた香枝の声が冷たく胸に突き刺さった。


事務所に行くと、先に上がっていた律がパイプ椅子に座ってシフト表を眺めていた。

「真春」

パソコンで退勤の打刻をしていると、怠そうな声で律が言った。

「なに?」

「香枝のあの言葉は本当?」

「あの言葉って?」

「香枝の真春に対する好きは、みんなと同じ好きってやつ」

「……」

「真春、まだ告ってないの?」

「は?!」

どストレートな律の言葉に、心臓が飛び上がった。
何かを悟られていそうな気がして怖い。

「告るもなにも…香枝は、その…友達だよ」

「それでいいんだ?」

「こんなとこで話すのやめて」

真春はバクバクする心臓に、静まれと語りかけながら更衣室で着替えを済ませた。

そもそも、「自分のことを好きになれ」と言ってきたくせに今度は「告ってないの?」ってどういう事だ。
もう、訳がわからない。

一緒に帰るつもりなどなかったのに、事務所を出ようとすると律が「待って、あたしも帰る」と言って後ろからついてきた。

律と一緒にキッチンにいる戸田さんに挨拶すると、いつものように「気を付けてねー」と優しい笑顔を向けてくれた。

デシャップ台にいる香枝も挨拶してくれると思いきや、こちらを見向きもしない。
でも、それでいいやと真春は思った。

なぜなら、律が楽しそうに真春の腕に自分の腕を絡ませているから。

香枝に見られたくないと思っている自分って、一体何なのだろう。


裏口から外に出て階段を降りるとすぐ、律は真春を引き寄せて身体を密着させた。

いきなりすぎて、息が止まりそうになる。

「な…に?」

「香枝とは友達なら、あたしにチャンスがあるってことだよね?」

真春は「何言ってんの」と言って身をよじらせて律から離れた。

「チャンスとかそういうのじゃなくて、そもそもあたしは律のことそんな風に見れないし…それに……」

そこまで言った時、奈帆に『律のこと嫌いにならないで。好きな人に気持ちを伝えるのが上手じゃないから』と言われたことを思い出した。

これが律なりの精一杯の言葉なのかもしれない。
ひどいこと言って傷付けていやしないだろうか。

ふとそんな気持ちがどこからかやってきて、急に律のことが可哀想になってきた。
それと同時に、いつも強く言えなくていらない優しさが出てしまう自分に嫌気がさす。

「ごめん…」

ポツリと言うと、律は「真春のこと、諦められない」と呟いた。

「でも…あたしは律の気持ちには応えられない」

「どうして?」

「どうしてって…前にも言ったでしょ?」

律の瞳が少し潤んでいるように見えた。
こんな顔をした律を見たのは初めてだ。

沈黙の間に、律の目にはじわじわと涙が溢れ始めていた。

「律…泣かないでよ。本当にごめん」

そう言いつつも何故謝っているのか分からなくて、真春は黙りこくった。

その時、裏口が開く音とビニールがカサカサと擦れる音がした。
おそらく、最後のゴミを捨てに香枝が出てきたのだろう。

こんな密会みたいなところ、見られたくない。

そう思った瞬間、腕を引かれてよろめいた隙を突かれ、律にキスされた。

100パーセント、いや1000パーセント香枝に見られた自信がある。
香枝が来たタイミングでこんなことするなんて、悪意があるとしか思えない。

もう香枝とは友達のつもりだけど、こんなところを見られるのはやっぱり嫌だ。
他の人に見られるのもそれはもちろん嫌だが、相手が香枝となると話は別だ。

律のことなんて好きじゃないと言ったことを、香枝は覚えているだろうか。
心変わりしたのではないかと思われてしまっても仕方がない。

唇が離れた時、裏口のドアの前に大きなゴミ袋が置かれているのが見えた。

香枝の姿は、ない。

真春は律を見て「なんのつもり?」と冷めた声で言った。
怒りすらも沸いてこない。

「あたしの今の気持ち」

黙っていると、「じゃあね」と言って律はひとりで駐輪場へ向かって行った。

再び、裏口のドアが開く音が聞こえてきた。
真春は急いで駐車場の壁の影に隠れた。

何してるんだろう、自分。

そのままうずくまって膝に頭をつけると、頭にズンズンと血液が巡っていくのが分かった。

これ以上、考えたくない。

裏口のドアが閉まった。
真春はその場でタバコに火をつけて、大きく深呼吸した。
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